終幕

文字数 2,947文字

 儀式は終わった。修練の魂は完全に、あの世へ渡った。それをみんなで見守った。

「これでひと段落か。さて、俺たちは八戸に帰るぞ」
「でもここって、空港はないよね? 港しかないから、船で帰らないといけないよ」
「大丈夫だって。東京まで戻れば、そこから飛行機でひとっ飛び!」
「でも、もう慣れた……空を進む感覚にはね。結構悪くない感じかな?」

 紫電と雪女は、すぐに戻るつもりのようだ。学校もあるから、当たり前だろう。

「おれたちも、戻ろうぜ! 四月なのに、この島は暑い……いや、熱い!」
「京都の夏といい勝負だな。あそこも盆地だから、夏は過酷だ。まあ私たちはもう慣れているけど。なあ、弥和?」
「でも気候は違う? 京都は内陸って感じじゃん?」

 病射たちも、長居するつもりはないらしい。

「辻神はどうする? オレたちももう、帰る?」
「そうだな。片道二十四時間なら、早めに本土に戻った方がいいだろう。山姫、スマートフォンで部屋は買えるか?」
「任せてヨ」

 帰路の準備をする辻神たち。
 滅多に来ないはずの島だが実は、二か月前の二月に来たばかり。観光しようにも、もう回ったので、真新しさがない。だから儀式に参加した大多数の霊能力者たちは、それが終わればすぐに帰る。

「どうする雛臥? 俺たちは観光してもいいぞ? 初めて来るし」
「遠慮するよ。それよりもこの暑さ、何とかならないかね……。骨の髄まで溶けてしまいそうだ……」
「同意である――」
「私のお気に入りの水着もないし、今回は素直に帰りましょう」

 絵美や骸たちもだ。彼らは二月には来なかったが、それでも島を回ることよりも帰ることを選んだ。
 しかし緑祁は違った。

「もう一泊、するの?」
「うん」

 ホテルにそう伝え、部屋を確保してもらったのだ。

「もう少し、この島にいたい。前にも思ったけど、結構いい島だ。気候は青森とは全然違うけど、それでも長居したくなってきた」

 でも彼にも大学での講義、研究室での活動がある。だから一日伸ばすのが限界だ。

「わかったわ」

 香恵もそのプランに納得した。

「住んでみたい島だよ、ここは。南の島だし、それに修練や邪産神を送り出した島だ。僕にとっては特別な場所!」

 だから、大学を卒業したら……将来的にはここで暮らしてみたい。島で就職するのもいいだろう。【神代】の霊能力者として、島で仕事をすることだってできる。

「面白そうね、それ。私も緑祁について行ってもいい?」
「もちろんだよ、香恵! それは嬉しいな!」


 この島に来る前、時間的には修練の処刑が終了した後のことだ。緑祁をはじめとした、今回の一連の事件に関わった者たちが、【神代】の息のかかったとあるホテル会場に呼び出された。理由は簡単で、表彰するためだ。

「良い仕事をしてくれた。その功績を表し、称える」

 富嶽から直接、褒美をもらえるのだ。【神代】の霊能力者ならこんなに羨ましいことはないだろう。
 緑祁には、勲章が与えられることになっていた。何せ、親玉である修練を倒し捕らえたのだから。勲章の階級もかなり高く、六芒星勲章が用意された。【神代】の勲章は、下は十芒星で上が五芒星だ。つまりは二番目に位の高い勲章ということ。それはあの可憐すら、もらったことがない(彼女がもらったのは、彼女のためだけに特別に設けられた陰陽玉勲章である)。
 が、

「受け取れません」

 表彰台で、富嶽に面と向き合って緑祁はそう言った。

「ほう?」
「僕の勝利を祝い称えるよりも、修練の死を悲しみ悼んでください。僕は、修練の死を防ぐことができなかったんです。彼の命と引き換えにもらえる勲章に、一体何の意味がありますか?」

【神代】の幹部たちは、その発言にざわついた。授与を拒否するなど、前代未聞だ。だがその騒ぎも、すぐに静まることになる。

「なら、俺もいらねえ」

 紫電だった。すると彼を皮切りに、

「私も、いりません」
「私も」
「辞退させてもらう」
「オレも」
「僕も」
「おれだって!」
「私も」
「私もです」
「俺も」
「僕もだ」
「私も」
「我も――」

 表彰予定の皆が、一斉に辞退する意思を述べた。
 緑祁がもらわないからいらない、のではない。彼らは理解しているのだ。この事件を解決したことは、とても名誉のあることだろう。だがその事件の最後には、二人の人間の死がある。言い換えれば事件は、死で終幕した。その死を喜ぶことなどできないことに。
 寧ろ、求めたいことがあるくらいなのだ。

「何が望みだ、緑祁? 貴様にだって、欲しいものがあるであろう?」
「それは、許し、です」
「ほほう。言ってみろ」
「修練の仲間だった、峻や蒼、紅に緑を許してやってはくれませんか? 彼らに手を貸した洋次や寛輔、秀一郎と結も、です。生きている上で人はどうしても道を間違えてしまう。でも、やり直そうと思えるのなら、正しい道に戻れる! そのチャンスを、彼らに与えて欲しい!」

 またもざわつく会場。しかしここは富嶽が、

「わかった。反省する意思があるのなら、特別な処分を下す」

 と言い、皆をまとめた。
 ただ、完全に何も送られなかったわけではない。それだと、功労者に何の報酬がないことになってしまい、格好がつかず示しがつかない。だから後日、栄典以外の物を贈ることで話がまとまった。
 この後に予定されていた祝賀会は問題なく開催されたが、緑祁たちは出席しなかった。


「緑祁、本土に戻ったら、あの福島の鍾乳洞跡地に行かない? 豊雲の霊を弔ってやらないといけないわ」
「そうだった! 行かないと!」

 でも今日は、もうフェリーには乗らない。だからこの島でできることを行う。緑祁と香恵は花屋で菊の花を購入し、もう一度儀式を行った神蛾神社に向かい、その隣にある霊園に来た。その奥……邪産神の墓のさらに奥に、修練と智華子が眠る墓石がある。急ごしらえだったので今はまだ仮の物だが、後でもっと豪華な石碑になる予定だ。
 まずは他の墓石に水をかけつつ花を供える。そして数秒目を閉じ手を合わせ、拝む。顔も名前も知らないが、死者を弔うことが大事だ。
 それから、修練と智華子の遺骨が埋葬された奥の石碑に向かった。

「修練……」

 正直、修練がどんな人生を送っていたのかは知らない。でも、愛のために生きていたことだけは確かだ。その想いをあの世でしか成就させられなかったことが悔しい。
 花を添え、墓石に水をかけた。線香にも火をつけ、そして二人で合掌し読経する。

「安らかに眠ってください。誰も二人のことを邪魔しませんから……」

 二人の冥福を祈った。暑い中、十分以上は目を閉じ念じた。

「ありがとう」

 ふと、誰か……それも修練の声が聞こえた気がした。緑祁は目を開けて周囲を見渡したが、修練がいるはずはない。でも、空耳とも思えない。
 きっと、あの世にいる修練の声がこの世にいる緑祁の耳に届いたのだろう。

「どうしたの、緑祁?」
「ううん、何でもないよ」

 明日も出発前に、墓参りをする予定だ。今日はもうホテルに戻ることに。

「ん、参拝者かな?」

 道の向こう側から、誰かが来る。多分、三人組の男性だ。その三人は、何故か緑祁のことを見ている。

「貴様が、永露緑祁か?」
「そう……だけど? そっちは誰?」


 太陽が頭上で光るこの真っ昼間に、青年は出会った。未来の【神代】の後継者に。
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