第9話 雌雄決する緑紫 その3

文字数 3,133文字

「大丈夫かい、しで………」

 紫電・改の体はガクガク震えていた。それは、自分が感電したからと普通は思うだろう。しかし緑祁は違った。

(い、今……。顎が動いた時、何か光ったような? 一体何が……)

 口の中に注意が向いた。その時、歯と歯の間から電霊放が飛んだのである。

「ぶわああああ!」

 避けようと思った時には既に遅い。右肩を撃たれた。

「く、痺れる……。かなり痛い。で、でも、どうして口から電霊放が……?」
「それはな、銀歯に蓄電させたからだぜ」

 言いながら紫電・改が起き上がった。さっきまでのは、全部演技だ。惜しいことにあと少しで緑祁の胴体に電霊放を叩き込めたのだが、近づかれたためにバレてしまった。

「お前には見せたことなかったな? 俺の奥の手だぜ」
「でも紫電! そっちは感電したはずだ! どうして無事でいられるんだ? もしや僕と同じで、アース線を体に巻き付けているのかい?」
「違うな。今の俺には、逆流する電気すらも利用可能なのさ!」

 普段は無理だが、霊鬼が憑依している紫電・改ならできる。

「やっぱり演技だったのか!」

 まだ勝負は終わらない。緑祁は鋭く動いて後ろに下がった。対する紫電・改はロッドを構えて電霊放を撃ちこむ。

「ぐわっ!」

 右足に被弾した。太ももから下が言うことを聞かなくなり、緑祁の体は地面に倒れた。

「よし! これで逃げられねえな! 覚悟しな、緑祁!」

 電霊放を撃つ紫電・改。対して緑祁は旋風を起こした。

「無駄だ! 風では電霊放に干渉できねえことは、お前が一番知ってるだろうが!」
「僕の目的は、直接防ぐことじゃない!」

 その風は、緑祁の足元に転がっているゴミを巻き上げた。そしてそれは電霊放に当たったが、遮ってくれた。

「さっき千切れて地面に落ちたゴムの水着の破片か、考えたな緑祁!」

 しかしガードできたのはこの一度だけ。強すぎる電気によって、焼かれてすぐさま灰に変えられる。
 緑祁は何とか右足を手で押さえて立ち上がった。でもやはり、グラつく。

「う、うう……。でも、勝利する時は立っていないといけない! 紫電にできるんだ、僕にだってできる!」

 そして勝つには、自分から攻めなければいけない。だから緑祁は旋風を二つ起こすと、片方には鬼火を、もう片方には鉄砲水を乗せた。

「ダブルで攻撃だ、台風、火災旋風!」

 方や赤い風。片や潤う風。対処は左右で同じで、ただ電霊放を撃つだけである。

(しかしそれだけで終わらないはずだ……)

 でも紫電・改は用心する、風ではなく、緑祁の動きに注意を集中させた。

(この二つはフェイクだ! 俺の気を引いて、何かしでかすつもりなんだ。直前まで引きつけても問題はない、よーく観察するんだ……!)

 彼の一挙手一投足に注目し、注意深く探る。でも緑祁は動きを見せない。

(策がない? 違う、そんなわけねえぜ。だが……)

 だが、次なる一手を繰り出そうとしないのだ。

「チッ! これ以上は難しい……」

 台風と火災旋風を電霊放で撃ち壊す。残った風が紫電・改の頬を掠めたが、それだけだ。

「一気に潰すぞ、緑祁!」

 一歩踏み出した時、紫電・改はとある音に気が付いた。
 ポチャンという音だ。水溜りに足を突っ込んだかのような感触が、靴を履いていても伝わったのだ。

(動いてないわけではなかったのか! さっき降らせた雨に使った鉄砲水! 地面に吸収されたと思いきや、コイツが操って広場に伸ばしていた!)

 ここであることを思い出した紫電・改は、踏み出した足を下げた。直後に彼の目の前に、水の柱が出現した。

「やはり!」

 偽緑祁も使った、柱の出現。本物と全く変わらない寄霊が使用したのだから、緑祁が考え実行するのも何も不思議ではない。ただ、

「かわされた?」

 緑祁からすれば、始めてみせる技なのに避けられたことに違和を感じる。

「既に偽者が使った手法だ、新鮮味はないぜ!」

 次に柱を出しても、もう見切られてしまって当たらない。

「駄目だ……。これなら行けると思ったのに!」

 逆に紫電・改は電霊放を撃って、水柱を弾かせ崩壊させた。

(い、いや!)

 ここで閃く緑祁。水の柱をさらに増やした。

(今、柱は壁となって僕と紫電の視線を遮っている。だからこうすれば、相手の位置がわかる!)

 水が弾けた場所が、紫電・改のいる場所。

(危険だけど、勝つためなら僕も臆しないよ! 近づこう! ゼロ距離で鬼火を使えば、流石の紫電でも無効化する暇がないはずだ!)

 また、水が弾かれた。感覚でわかる。左前方だ。

(そこにいる、紫電!)

 素早くかつ音を立てずに駆け付けると緑祁は鬼火でバスケットボールぐらいの火球を作り出し、水の柱が消される瞬間を待った。

「今だ!」

 目の前の水に穴が穿かれたので、彼は鬼火を発射。
 しかし、

「い、いない?」

 そこに紫電・改の姿がないのである。ただ、トランジスタが置いてある。

「……しまった! 電霊放を撃ったのはこのダミーだ!」
「その通りだぜ緑祁!」

 今度は本物の紫電・改だ。何と水の柱を体当たりで突き破って緑祁の前に出た。

「くっ……!」
「くらわせる! 暗黒電霊放!」

 暗い稲妻が瞬いた。その電気が緑祁を襲う。

「……う、ぐううわああああ!」

 体に巻いてあったアース線が、たった一発の電霊放に悲鳴を上げた。これ以上は電気を地面に逃がせない。同時に建てた水の柱は元の水溜りに戻る。

「………し、紫電…」

 それは紫電・改にもわかった。

(今の一撃で、アース線は役立たずになったな。もう次の電霊放を緑祁は受け止められない!)

 勝利を確信する紫電・改。
 でも、緑祁は勝負を諦めた顔をしていない。まだ何かやれるはずだと言いたげな表情だ。

「こんなに近づけたんだ、今度は僕の番だよ!」

 ここで紫電・改は考える。

(俺は離れた場所からでも緑祁を攻撃できる。だからここは防御に回るべきだ)

 同時に、何で攻め込まれてもいいように攻略方法も作る。
 鉄砲水と鬼火なら、電霊放で解決できる。旋風はそれだけでは勝負を決定づけることはないので体で受け止める。きっと遠くに吹き飛ばすだろう。台風と火災旋風は電霊放を撃ちこみつつ、こちらも風に乗らせてもらう。
 どう転んでも隙はない。

 しかし緑祁が選んだのは、ここに来て初めての選択肢だ。

「鬼火と鉄砲水だ!」

 火と水を合わせ、新たな技を繰り出したのだ。

「な、何ぃ!」

 一見すると、自ら起こした火を水で消してしまい意味のない行為に思える。
 だが、そうではない。数百度の炎に水が接し、液体が一気に気体に変化する。生じた水蒸気の体積は、水の千七百倍だ。その体積の変化が爆風っとなって紫電・改を襲ったのである。
 新たな霊障合体・水蒸気爆発(すいじょうきばくはつ)がアドリブで決まった。

「うぐおおおおおおおああああああああああ!」

 紫電・改は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「な、今のは……! くそ、俺が遅れを取るだなんて……」

 でもまだ、命繋ぎの数珠は切れていない。それは緑祁も同じだ。

「紫電! そっちが立ち上がるまで待つよ。一瞬速い方が勝利だ、それでいいね」
「言うじゃねえか、この状況で!」

 紫電・改は立ち上がる。それを緑祁は黙って見ている。

(甘い…って一蹴してやりたいがよ、正々堂々とする姿勢は流石俺のライバルだぜ! 褒めてやる! そして勝利を奪ってやる!)
(紫電……。やっと僕とそっちの間の因縁、決着がつくね。今、わかる。この日をずっと僕は待っていたんだ。初めて出会った四月のあの日からずっと!)

 二人をしばらくの間、沈黙が包んだ。両者ともに動かない。

 その時である。
 ガガガガガという地響きが、広場に響いた。

「ん、何だ?」
「紫電の霊障ではない…?」

 この二人の戦いに、この世ならざる存在が呼び起こされたのだ。
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