第6話 過去の苦難 その2

文字数 1,849文字

 不自然にも、炭鉱へ続く入り口は開いていた。

(あ……)

 緑祁はこの時、悟る。何かは必ず起きることを。

「よし、行こうぜ!」

 友達にはそれがわからない。だから無謀にも足を進めるのだ。緑祁を除く五人は何か起きないかと、ワクワクしながら炭鉱内に入る。

「何だこれ?」

 前情報を知らない友達は、突如懐中電灯の光に照らし出された祠を見て言った。

「汚ねえしジメジメしてしかも熱いし、その上白ける結果かよ? 面白くねえな」
「ああ、興ざめだぜ。幽霊は空気も読めない詰まらないヤツだな。これじゃあ気分転換にもなんねえよ」

 他のメンバーも口をそろえて愚痴る。それを聞いている緑祁の内心は穏やかではなかった。

(もう駄目だ……)

 彼にのみ見えている悪霊が、よりドス黒くそして大きくなっていく。これは怒りだ。死後に与えられた安息の地を穢した者に対する負の感情。この炭鉱に忍び込んだ者をあの世に引きずり込もうと言わんばかりの力を感じる。

「何もないんだし……」

 もう帰ろう、と緑祁は言いたかった。だが、突然全員が持っている懐中電灯が壊れて灯が無くなったのだ。

「うわ、何だ?」
「え、ちょちょちょ? 暗い!」

 突如、数センチ先もわからない暗黒に放り出された六人。

「落ち着いて!」

 緑祁は叫んだ。だがその声は仲間に届いていない。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 狂気に満ちた笑い声のような悲鳴のような声に、耳を揺さぶられているのだ。

「うるせえ、何だこりゃあ?」

 みんな耳を塞ぎ、しゃがむ。そして暗闇なので何も見えない。中には転んだ友人もいた。
 その五人には見えないが、祠の扉が勝手に開き、中からおぞましい骸骨の幽霊が出現した。

(これが、ここに祀られている思念の集合体だ……!)

 もう黙っているわけにはいかなかった。今、動かないと誰が…いや一人ずつ連れていかれる。だから緑祁は鬼火を二つ繰り出し片方を悪霊にぶつけた。

「ヒュヤアアアアオオオオ……!」

 相手は緑祁に霊能力があると思っていなかったようで、それで怯んだ。

「な、何だその火は?」

 いきなり現れた光源に友達は驚く。

「いいから速く逃げて!」

 促しても、怯えてしまって足が動かないのだろう。だから誰も逃げ出せない。

「う、うわああああ……」

 骸骨は一人に狙いを定めた。大きな手を彼に向けて伸ばす。

「今度はそっちか!」

 緑祁はその手を旋風で退ける。

「速く!」

 二体の霊が怯んで霊気が揺らいだからか、やっと足を動かすことができた五人は一目散に入入り口に向かって走った。緑祁はまだ残っている。

(この炭鉱を出ても追って来るかもしれない。ここで食い止めないと…!)

 その使命を感じたのだ。そしてそれは、ここでは彼にしかできない。
 この年齢で緑祁は、悪霊の相手をした。札や塩はなく、霊障を相手にぶつけて無理矢理成仏させる力技に頼った。まだ幼さを感じさせる齢だったので、力は弱い。だが悪霊の方も、集合している思念の多さの割には大した強さを感じない。故に勝負は拮抗。
 緑祁と悪霊は戦いに耐えうる存在ではあったものの、この炭鉱はそうではない。壁がきしんでヒビが入る。天井が少し崩れて石が落ちる。

「……ダメだ、僕もここから出ないと!」

 落盤する直前なのは火を見るよりも明らかだ。だから緑祁は決着を諦めて入り口に向かった。彼が脱出すると同時に、この炭鉱は落盤して完全に塞がった。

「まだ、か…」

 しかしそれで終わりではない。炭鉱に眠る霊はそこと運命を共にしたようだが、よからぬ気配を感じ取った浮遊霊たちが集まってきているのだ。

(この数を相手するのは無理だ…。戦うよりも町に戻って、浮遊霊の方から散り去ってもらった方がいい)

 瞬時に判断し、ここまで来ればもう安全だろうと思って地面に座って息を切らしている友人たちを焚きつけて起き上がらせ、町灯りのところまでさらに走った。そして家よりも先に寺に行き、住職に話を聞いてもらってすぐさまお祓いをした。

「なんて馬鹿なことを! 君たち、ああ、けしからん!」

 住職は怒って緑祁たち一人一人の頭をグーで殴ったが、ちゃんとお祓いをしてくれ、さらに山荘と炭鉱に行ったことについて墓場に持って行くと約束してくれた。

(ここまですれば、大丈夫だと思う…)

 そう。緑祁の思った通り、その後霊障に悩まされたり変な霊に取り憑かれたりすることは誰にも起きなかった。だから彼がとった行動は正しい、と感じる。

 だが、一部に大きな間違いが潜んでいたのだ。
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