第16話 逆襲の追複曲 その1

文字数 4,465文字

「本当にこんなところに来るのかな?」

 一人、スマートフォンと睨めっこしながら道を歩く峻。というのも【神代】のデータベースにとある情報が上がったからだ。

「死返の石を鶴ヶ城まで運び、そこで破壊する」

 正直、怪しさは拭えない。峻は、いいや修練は目的のためにどうしても死返の石が必要だ。それを壊されるとなると、全てが破綻する。しかしそれは相手もわかっていること。

「わざわざ石を破壊することを公表する必要はない。勝手に黙って壊せばいいのでは?」

 きっと、これはワザとアップロードされた偽の情報だ。言い換えるなら見え見えの疑似餌。石の破壊はせずに別のことをするはず。

「峻、行くんだ」
「本気にしてますか、修練様? 冷静になってください」
「ああ、落ち着いて考えている」

 そのあからさまな罠に、あえて引っかかる魚を演じる。そうすることで相手から少しでも情報を引き出せるかもしれない。それに万が一情報が本当だったら……。

「では、行きます。いざ出陣!」
「頼んだぞ、峻! 必ず戻って来い!」

 修練に背中を押され激励を受け、廃校を出た。


 移動は怪しまれていない。夜の町を一台の軽自動車が静かに進む。新幹線に乗っている時も特に視線は感じなかった。

「順調だ」

 緑が紫電に負けていなければもっと完璧だった。でもそのた戦いの際に彼女は、紫電は石を持っていないことを知り、発信。犠牲は大きいがこれ以上彼を狙う理由は消えたと考える。

(見えてきたぞ……)

 暗闇の夜空を見上げるかのようにそびえ立つ鶴ヶ城。ライトアップはとっくに終わっているので、もう周囲には誰もいない。だからこそ、

「よっと、それ!」

 車を適当に停め、敷地内に入る。そして気配を伺う。駐車前に周辺をぐるっと回ったが、その時には大掛かりな人の移動を感じさせるものは何もなかった。

(やはり嘘か?)

 敷地内も一周して、再度そう感じたので長居せずに戻ることを選ぶ。向きを変えて車の方に歩き出した時だ。

「んん?」

 目の前を、一匹の虫が横切った。何か、おかしな虫だ。夜なのにハッキリと姿がわかる。光っているのだ。しかしフラフラと飛ぶその虫は季節からして明らかにホタルではない。

(何だ? 誰か来ているのか?)

 考え方を百八十度変えた。もう少しよく観察してみる。

(光ってるんじゃない……。漏電している、のか?)

 稲妻のように火花が散っているようにも見える。

(そういうことか!)

 誰が使っているのかまでは答えはわからない。しかしこの現象は説明できる。応声虫と電霊放の合わせ技の、蚊取閃光だ。マダラガガンボが帯電しているのだ。
 ゆっくりと飛ぶガガンボの軌跡を目で追う。それは誰かの手のひらに止まった。

「お、お前は……!」

 男が一人、立っている。峻は彼の顔を見てすぐに誰か思い出せた。洋次だ。

「そんなに疑問か? ここ福島は、わたしたちの故郷だ」
「わたし、たち?」

 洋次の側には誰もいない。しかし彼は目を、周囲の石垣に向けた。反射的に峻もその視線の先を追う。隠れていた結、秀一郎、寛輔がそこにいた。三人は峻が逃げられないように監視し、逃亡を妨害する役目だ。

「逃亡することは、もう賢明な判断ではないな。きさまは袋小路に誘導されたネズミ。どうにでも料理できる」

 ふふふ、と笑う峻。

「まさか、いや驚いたよ。僕たちに手を貸したんだ、とっくに捕まっていると思った。脱走したのか? そんな雰囲気じゃないよね?」

 寝返ったと考えるべき。だとしたらやはり、石に関する情報は嘘だったのか。その彼の思考を察知したかのように洋次はポケットから布袋を取り出し、中身を手に出す。

「それは!」

 黒ずんだ赤い石、死返の石だ。暗くてよく見えないが、間違いない。

「これを奪還したいのだろう? ならばわたしに勝利してみせろ!」
「いいよ、洋次。お前がその気なら……僕も本気を出してやる!」

 ここで洋次たちを打ち負かし、石を取り返す。それは峻に任せられた任務だ。だがそれ以上に、【神代】側に寝返った四人への制裁という認識が、彼の中にあった。だから、ただ石を没収だけでは足りない。

「いくぞ、洋次!」

 先に動いたのは、峻だった。彼が繰り出したのは、礫岩。まずは目障りな蚊取閃光の虫たちをシャットアウトするのだ。地面から鋭い岩が飛び出た。

(そういう戦略か!)

 しかし洋次は動じない。相手からすれば、自分の得意技を封じるのは当然の選択。だから、ここは札を出す。霊魂が入れられているものだ。

「撃って来るか! ならば避けるだけだ!」
「照準はきさまじゃない」

 札は上を向いている。当たり前だが、そのまま発射しても命中しない方向だ。でもそれでいい。
 解き放たれた霊魂は数十メートル撃ち上がると、爆ぜて大きな音を生み出した。

「な? ぐ、ぐわああ!」

 腕が勝手に動き、耳を塞ぐほどの轟音だ。空気の振動が峻の鼓膜を突き、彼の動きが数秒止まる。

(……しまった、音響魚雷か! 霊魂に応声虫を混ぜていたな?)

 コントロールを一瞬失った隙に、洋次が生み出した電気を帯びた虫が一斉に、岩の裂け目をくぐって飛び、峻に群がった。

「うっ!」

 少しずつだが、一撃を加える。峻は痺れる耳から手を離し、

「邪魔なんだよ、退け!」

 機傀で生み出した丸ノコの刃を投げつけ虫を切り刻む。いくら霊障で生み出された虫とはいえ、耐久力はそれほど高くない。かすっただけで脚や翅が千切れ、力を失って消えていく。

(礫岩に、機傀……。それだけか? まだあると考えた方がいいな)

 今、戦いの主導権を握っているのは洋次。だからこそ冷静に分析をする。峻は、いいや彼だけではなく、残る蒼や紅、緑についても、一緒に行動している最中に霊障を見せなかった。誰が何を使えるのか、説明や自慢もなかった。対して洋次たち四人は、協力する際にある程度の情報共有をしていたので、手札を知られている。

(ここで吐き出させる!)

 だから、蚊取閃光を大量に生み出しけしかける。
 痺れを切らした峻は、

「ああもう、うっとうしいんだよ! 虫けらどもが!」

 腕を交差し、それから広げる。すると彼の周囲の空気の流れが変わった。旋風だ。風圧で虫たちが押し返され、あらぬ方向に飛んでいく。

「お前も、なっ!」

 同時に、強風を洋次に送りつける。

「……っ!」

 鋭い。まるで刃物で肌を切りつけられたかのような感覚だ。事実、髪の毛の先端が切り落とされた。服のボタンが千切れジッパーが欠けたくらいだ、この旋風を受け続けるのは好ましくない。

「優秀な能力だな、峻! だが!」

 接近すれば、確実に旋風の命中精度は上がるだろう。それでも洋次は峻に向かって動いた。

「ほうお? 僕に向かって来るのか? この風が怖くないってか?」
「一瞬だけ恐怖はした。だが、それだけだ」
「完全に怖気づかなかったことは評価してやるよ。だけどね!」

 やはり、礫岩が厄介だ。地面が動きうねり、行く手を阻む。飛び出した岩石の狙いは驚くほどに正確で、もうあと一歩踏み出していれば確実に頭に当たっていた。

「お前じゃ僕には勝てないんだよ、わかったか?」
「理解できない発想だな」

 機傀で生み出される丸ノコの刃や釘も危険だ。ただでさえ足元がおぼつかない状況、体を動かしかわすのも難易度が高い。そこに峻は的確に、金属を撃ち込んでくるのだ。

「霊魂に電霊放をプラスした! 雷撃砲弾だ、いけ!」

 そこで霊魂に放電させ、盾にする。

「無意味だって、わからないのかよ?」

 それをあざ笑うかのように、礫岩を使用し岩を飛ばして霊魂を破壊する峻。相性の都合上、どうしても一方的に打ち負かされてしまう。
 少し、空気の流れが変わった。最初は洋次には、冷静に観察し推測する暇があった。だが今、リードしているのは峻の方だ。霊障の組み合わせが、彼とはかなり悪い。電霊放は礫岩で止められてしまうし、応声虫は機傀で対策される。そうして抵抗する手段が途切れると、旋風が飛んで来る。

(思った以上に隙が無いな、コイツ……!)

 強い。しかもそれ以上に洋次を絶望させる要素があった。

(まだコイツは、霊障合体を使っていない)

 それはつまり、全力ではないということ。言い換えれば彼の真の強さは、このはるか上……その未知の領域をまだ見せていない。既に後手後手に回っている洋次からすれば、希望の糸を断ち切られるかのような非情な現実。

(しかし! 壁を乗り越えなければゴールにはたどり着けない! 勝つこととは、そういうこと!)

 嘆いても光は失わない。少しでもリードを取り戻すべく、脳細胞が戦略を編み出す。今洋次は、峻に見えないように足元でケラを生み出した。

「意味がないことをするなよ、洋次!」

 地中なら見つからないだろうという考えなのだが、礫岩が使えて地面の動きに敏感に反応できる峻にはそもそも通じない。見えていないのに、すぐに見つかった。そうすると地面から尖った石が飛び出し、ケラがやられた。

「もう倒してしまおうか? どうさ?」
「勝手にしろ……」

 峻からすれば、もうゴールが見えている。ここで洋次を戦闘不能にし、石を取り上げる。それから霊障を駆使して残る三人をかわす。

「じゃあ、させてもらうぞ! 最後に言い残したいことはあるか、洋次?」

 両手を挙げ、洋次に向けて振り下ろした。こうするだけで血肉を切り裂ける旋風が生じる。

「ミンチになりたいなら、最後の抵抗でもしてきな!」
「ならば、やってやる!」

 危険過ぎるこの状況、何と洋次は前進した。掠るだけで服が引き裂かれるほどの風だ、体が無事なわけがない。事実彼の腕や足から、簡単に出血した。カッターで切られたかのような痛みも伴う。体は悲鳴を泣いているが、

(止まらないだと?)

 足は前へ前へと進んでいる。あっという間に峻の鼻先に近づいた。

「馬鹿な?」
「ああ、馬鹿だ。こんな戦術はな、選択するのは愚者の骨頂……」

 自暴自棄になりながらも、手に持ったヘラクレスオオカブトの角を、峻の肩に突き刺し放電させる。

「うぐううぐぐがああああああ!」

 蚊取閃光の直流しだ。彼が痺れている隙に、傷を手で撫で慰療で出血を塞いだ。

(こういう選択は、したくはなかったが……)

 自分には慰療がある、だから多少のダメージは気にしないで攻め込める。汚い勝ち方だ。洋次だってできれば、綺麗に……できる限り、卑怯卑劣な手を使いたくはない。そう考えようとした時だ、峻の腕が動き、刺さっているカブトムシを抜いた。

(……?)

 結構深く突き刺したし、そこから放電もさせた。なのに、彼の肩は血を吹き出さないのだ。血液の動きを邪魔するほど服が厚いとは思えない。自分の応声虫も電霊放も弱いとは考えにくい。

(骨も貫いた手応えだったが?)

 となれば、答えは必然的に、

(慰療がある! コイツには!)

 肉体の損傷を回復し、そして動き出す。

「……結構痛かったぜ、洋次…。やるじゃんかよ。回復手段があるから、多少無理な行動もできるわけだ。油断していた!」
「きさまもな……。なるほど、勝利は程遠いというわけか、理解した」
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