第7話 呪われた谷 その1
文字数 4,190文字
一日を休息に費やした絵美たちは、今日は朝から行動することを決意。早速朝食を済ませるとまず【神代】の本店に行き、そこで話し合って目的地を決める。
「もう一度、蛭児の家に行ってはどうだろう? 出かけていたのならもう帰って来てもいい頃だしさ、十人で押しかければ観念するんじゃないかな?」
具体的な場所を想像できないために、雛臥の言うことがかなり理に適っているように聞こえる。
「じゃあ、そこに行くか? 確か長野の……」
範造も賛成するつもりで、住所を再確認。その時、廊下の方から怒鳴り声が聞こえた。
「だから! 何度も言わせるな! 今そんなことに割ける人員はいないんだ! どうせただの自然現象だろう? 調べるまでもない!」
「しかし、目撃情報では……」
「幽霊を見たのか? 違うんだろう? いたのは人だったらしいじゃないか? じゃあ、霊障でも幽霊でも何でもない。手を煩わせることじゃないな」
気になった絵美は骸と廊下に出て、尋ねた。
「どうかしたの?」
「面倒な依頼が舞い込んできたんだ。何でも富山と長野、それに新潟の県境周辺で……」
それを聞くと骸が、
「富山って、『月見の会』の新集落があった場所じゃないか! それに蛭児の住所は長野…」
点と点を線でつないだ。
「その調査、私たちにやらせてくれない?」
「……今、お前たちの置かれた状況を理解していないのか? 容疑者に仕事を与える馬鹿が、どこにいる?」
断られる。当然だ、これを利用して逃げられるかもしれないのだから。
「待ってください。その事件、こちらに関係しているかもしれないのです」
ここで頭を下げたのは、範造。教室の入り口で頼み込む。
「お前も、コイツらの監視が仕事だろう? 投げ出すつもりか?」
「そうではありません。しかし、俺たちはどんな些細なことでもいいから手掛かりが欲しい。もしこれが真犯人が見せた尻尾なら、掴まなければいけないのです。それに……」
拒否されないように、
「それに、そこにこの一連の事件の犯人がいたら、行くな、と言ったあなたに責任が降り注ぐことにもなりますよ?」
脅しもかける。
「ぐっ! じ、じゃあ、好きにしろ! 言っておくが人員は追加しないぞ!」
何とか許可を得ることができた。
教室に戻って、何が起きたのかを説明する。
「さっきそこで仕入れた情報だ。富山、長野、新潟の県境で不審な現象が起きたらしい」
「それは、一体――?」
夜空にまるでオーロラのような青い光が登っていったらしい。それに加えて、暴風も吹き荒れたそうだ。不思議なのはその青い炎と暴風が、お互いをかき消すことなく同時に存在していたこと。これは霊障で間違いない、と睨む。
「あまり蛭児とは関係ないように聞こえるぞ、それ!」
当然の指摘を朱雀は入れた。蛭児の霊障は蜃気楼だけだし、それを大っぴらに見せる必要がまずない。
「そうだけどよ、ここでジッとしているよか、俺はいいと思うぜ?」
説得力はないが範造は、行ってみるべきと判断。対して皇の四つ子は、
「どうする? 紅華、赤実、朱雀。そなたたちの意見を聞きたい」
「悔しいがわっちは賛成じゃ。確かに蛭児の住所と近い場所。慰霊碑が封じておった魂を蛭児が持ち出したとなれば、何かが起きていてもおかしくはない」
「わたいはどうでもよい。絵美たちがどこかに行くのなら、どこまでも追いかけて見張るのみじゃ!」
「わたしは拒否する。これは蛭児とは何も関係がない。もちろん、禁霊術ともじゃ」
決めかねている様子。ここで緋寒は、
「わちきは、行ってみるのも手じゃと思う」
と言った。
「確かに朱雀の言う通り、骨折り損になる可能性はある。しかしじゃ、今のこの状況でこんな不審なことが起きるのは、何かの前触れかもしれん」
結局、多数決で範造に賛成することになった。
「じゃ、早いとこ行こうぜ」
準備はもうできているので、すぐに出発だ。
「おおお……。これは荒れているな。どうやら強力な霊がいるみたいだぞ」
目的地に近づくにつれ、みんなの心臓の鼓動が高まる。それぐらい、感じ取れる気配に緊張しているのだ。
「何かあるわね、これ……」
絵美もその、言い表せない恐怖を抱く。
林道を二台のワンボックスカーが進む。対向車はないし、道は変に曲がってもいない。それなのにスピードはあまり高くないのだ。
「おい、範造! もっとアクセルを踏まんか! ここの制限速度は何キロだと思っておる?」
「うるさいぞ、皇! そんなこと言われなくてもわかっている。だが……」
体が言うことを聞かないのだ。足に力を入れようとしても、逆に入らない。足が浮く。後ろをついて来る車は雛菊が運転しているのだが、遅いことに関して文句は言われない。多分彼女も範造と同じ状態なのだろう。
予想以上に時間をかけてようやくたどり着いた一行。新幹線の駅からこんなにかかったのは、
「何か、ヤバい場所だ」
という霊的な本能がブレーキをかけていたせいだ。
「行くわよ……?」
今も青い炎は天に向かって伸びている。この森林の向こうの谷に、何かがいるのだ。
一歩一歩、慎重に踏み込む。そして距離を縮める。
「声……?」
誰かが呟くと、みんなが聞き耳を立てた。確かに聞こえる。大勢の人の声だ。
(でも、どうして? 付近には民家はなかったはずだわ! こんな田舎の林道の先に、誰が集まっているって言うの?)
聞こえる音を頼りに踏み出す。木々の隙間を抜けて歩くと、見えた。
「………」
大勢の人が、立っている。
「な、何で……?」
この不自然に広く、そして何もない谷に。
「死者だ!」
範造が叫んだ。
「確かか?」
「霊視してみろ! アイツらには、生気がない」
「でも、こんな数……。全部『帰』で?」
あり得ない。目の前にいる人たちは、数百人をはるかに超えている。そして全員が霊能力者だ。
その死者の中で誰かが、絵美たちの方を指差した。大声を出したために、見つかってしまったようだ。
「ど、どうすればよい、緋寒?」
「わちきに聞くな! この場合は、ええと……」
判断に困惑する皇。対して範造は、
「ちょっと心が苦しいかもしれない。だが、蘇ってしまった死者をあの世へ返すには、もう一度殺すしかない……!」
と言う。
「魂は、大丈夫なの?」
「ああ。自然の摂理に反しているのは向こうの方だ。だから死者を再度葬っても、こちらが汚れる心配はない。ってか、それ以外に死者に対してできることがない!」
これは【神代】で決められていることである。だから皇の四つ子も、
「わかった! これはみんなで協力するしかないな。絵美! 刹那! 雛臥! 骸! ここらで頑張ってみるぞ! 範造に雛菊、足を引っ張るではないぞ!」
「それはアナタがイうセリフ?」
範造の話と彼が『橋島霊軍』慰霊碑跡地でとった行動から察するに、死者には霊障が効く。
「だが気をつけろ! 相手も霊能力者なら、霊障を使って来るぞ!」
だから全力でかかれ、と範造は言った。
「やってやるわ! この禁霊術の真犯人……。どうせ蛭児でしょうに! 絶対に追い詰めて捕まえてやるんだから!」
無実のために、四人は前に出る。
「わちきらは、あっち側から攻める! 範造たちは左舷を叩け!」
「言われるまでもない!」
皇の四つ子も処刑人たちも、動いた。
絵美の目の前に現れた死者は、うめき声を上げながら霊障を使った。その指先に火が灯ったのを見て、
(鬼火ね……)
逆に彼女の激流をくらわせる。でも威力は控え目だ。死者と言えど今は生きている人と何ら違わない。それが彼女に、一撃を躊躇わせた。
「効いてる…!」
勝手は幽霊に対して霊障を使うのと同じ。だから絵美の激流は十分に死者をあの世に送り返せた。
「危ねえぞ!」
だがこの数だ。彼女の後ろに回り込んでいた死者がいたらしく、それを骸が木霊を使って防御。近くの木を伸ばし、相手の体を貫いた。
「ありがとう……」
「礼は後でいい。てか、いらない! 今はこの状況を打破することに専念だ!」
彼は感じている。ここに犯人がいるはずだ。そしてそれは、蛭児だろう、と。だから絵美に、
「俺とお前で、この集団の中央に行くぞ! 準備はいいか!」
「ええ、もちろんよ」
作戦を伝えると、絵美も乗ってくれた。激流が二人を乗せ、死者の群を切り分けて進む。
「さあどこにいる? この『帰』を起こしている人物は、ここに必ずいる!」
この谷の真ん中まで進むつもりだ。途中襲い掛かってくる死者に対しては、骸の木霊で防御。こんな冬だが植物の種を持っているため、それを成長させて木の実を眉間に打ち込めば十分倒せる。
「あっちが中央なんじゃない?」
絵美が言った。その指の先には、天目掛けて登る青い炎の尻尾が地上に伸びている。
「行く価値はあるな。ああ、そっちに行こ……」
突如、二人の動きは強引に止められた。礫岩が地面から飛び出し、激流を遮ったのだ。
「チッ……。ここからはこの死者たちをどうにかしながら進むしかないな……!」
霊障で倒せるには倒せるのだが、次から次へと群がってくる。これではキリがない。
「最後の一人まで倒すわよ、骸! 諦めないで!」
「ああ!」
真横から、雪の氷柱が飛んできた。それを避けると反対側にいた死者に突き刺さった。
(知能はそこまでないのか……?)
この状況で骸は疑問を抱いた。そういえば『橋島霊軍』のところにいた死者も、あまり賢そうには見えなかったのだ。今もそうだ。仲間のことを考えるなら、避けられた時点で氷柱は解いておかなければいけないはず。
(喋りもしないのも関係あるのか? 【神代】の本部では、『帰』は完全蘇生と聞いていたが、ここにいる人たちは、そう見えない。生きていた時と同じとは、とても思えない)
だとしたら、そんな失敗作のような人たちが何故ここにいる? ここに集まっている?
「コイツらは………本命じゃないんだ!」
きっと、蘇らせたかった人物は多くない。副産物がこの、数百人以上の死者だ。具体的に誰を蘇生させればいいのかわからなかったから、手あたり次第に『帰』を行った。彼はそう推理した。
「絵美! お前の意見を………」
一瞬だけ振り返る。直後にもう一度、大きく首を回す。絵美が後ろにいない。
「おいおい! まさか俺を置いて行ってしまったのか!」
周囲を見ると、青い炎の発生源に向かって動く水しぶきが。慌てて骸もその後を追った。
「もう一度、蛭児の家に行ってはどうだろう? 出かけていたのならもう帰って来てもいい頃だしさ、十人で押しかければ観念するんじゃないかな?」
具体的な場所を想像できないために、雛臥の言うことがかなり理に適っているように聞こえる。
「じゃあ、そこに行くか? 確か長野の……」
範造も賛成するつもりで、住所を再確認。その時、廊下の方から怒鳴り声が聞こえた。
「だから! 何度も言わせるな! 今そんなことに割ける人員はいないんだ! どうせただの自然現象だろう? 調べるまでもない!」
「しかし、目撃情報では……」
「幽霊を見たのか? 違うんだろう? いたのは人だったらしいじゃないか? じゃあ、霊障でも幽霊でも何でもない。手を煩わせることじゃないな」
気になった絵美は骸と廊下に出て、尋ねた。
「どうかしたの?」
「面倒な依頼が舞い込んできたんだ。何でも富山と長野、それに新潟の県境周辺で……」
それを聞くと骸が、
「富山って、『月見の会』の新集落があった場所じゃないか! それに蛭児の住所は長野…」
点と点を線でつないだ。
「その調査、私たちにやらせてくれない?」
「……今、お前たちの置かれた状況を理解していないのか? 容疑者に仕事を与える馬鹿が、どこにいる?」
断られる。当然だ、これを利用して逃げられるかもしれないのだから。
「待ってください。その事件、こちらに関係しているかもしれないのです」
ここで頭を下げたのは、範造。教室の入り口で頼み込む。
「お前も、コイツらの監視が仕事だろう? 投げ出すつもりか?」
「そうではありません。しかし、俺たちはどんな些細なことでもいいから手掛かりが欲しい。もしこれが真犯人が見せた尻尾なら、掴まなければいけないのです。それに……」
拒否されないように、
「それに、そこにこの一連の事件の犯人がいたら、行くな、と言ったあなたに責任が降り注ぐことにもなりますよ?」
脅しもかける。
「ぐっ! じ、じゃあ、好きにしろ! 言っておくが人員は追加しないぞ!」
何とか許可を得ることができた。
教室に戻って、何が起きたのかを説明する。
「さっきそこで仕入れた情報だ。富山、長野、新潟の県境で不審な現象が起きたらしい」
「それは、一体――?」
夜空にまるでオーロラのような青い光が登っていったらしい。それに加えて、暴風も吹き荒れたそうだ。不思議なのはその青い炎と暴風が、お互いをかき消すことなく同時に存在していたこと。これは霊障で間違いない、と睨む。
「あまり蛭児とは関係ないように聞こえるぞ、それ!」
当然の指摘を朱雀は入れた。蛭児の霊障は蜃気楼だけだし、それを大っぴらに見せる必要がまずない。
「そうだけどよ、ここでジッとしているよか、俺はいいと思うぜ?」
説得力はないが範造は、行ってみるべきと判断。対して皇の四つ子は、
「どうする? 紅華、赤実、朱雀。そなたたちの意見を聞きたい」
「悔しいがわっちは賛成じゃ。確かに蛭児の住所と近い場所。慰霊碑が封じておった魂を蛭児が持ち出したとなれば、何かが起きていてもおかしくはない」
「わたいはどうでもよい。絵美たちがどこかに行くのなら、どこまでも追いかけて見張るのみじゃ!」
「わたしは拒否する。これは蛭児とは何も関係がない。もちろん、禁霊術ともじゃ」
決めかねている様子。ここで緋寒は、
「わちきは、行ってみるのも手じゃと思う」
と言った。
「確かに朱雀の言う通り、骨折り損になる可能性はある。しかしじゃ、今のこの状況でこんな不審なことが起きるのは、何かの前触れかもしれん」
結局、多数決で範造に賛成することになった。
「じゃ、早いとこ行こうぜ」
準備はもうできているので、すぐに出発だ。
「おおお……。これは荒れているな。どうやら強力な霊がいるみたいだぞ」
目的地に近づくにつれ、みんなの心臓の鼓動が高まる。それぐらい、感じ取れる気配に緊張しているのだ。
「何かあるわね、これ……」
絵美もその、言い表せない恐怖を抱く。
林道を二台のワンボックスカーが進む。対向車はないし、道は変に曲がってもいない。それなのにスピードはあまり高くないのだ。
「おい、範造! もっとアクセルを踏まんか! ここの制限速度は何キロだと思っておる?」
「うるさいぞ、皇! そんなこと言われなくてもわかっている。だが……」
体が言うことを聞かないのだ。足に力を入れようとしても、逆に入らない。足が浮く。後ろをついて来る車は雛菊が運転しているのだが、遅いことに関して文句は言われない。多分彼女も範造と同じ状態なのだろう。
予想以上に時間をかけてようやくたどり着いた一行。新幹線の駅からこんなにかかったのは、
「何か、ヤバい場所だ」
という霊的な本能がブレーキをかけていたせいだ。
「行くわよ……?」
今も青い炎は天に向かって伸びている。この森林の向こうの谷に、何かがいるのだ。
一歩一歩、慎重に踏み込む。そして距離を縮める。
「声……?」
誰かが呟くと、みんなが聞き耳を立てた。確かに聞こえる。大勢の人の声だ。
(でも、どうして? 付近には民家はなかったはずだわ! こんな田舎の林道の先に、誰が集まっているって言うの?)
聞こえる音を頼りに踏み出す。木々の隙間を抜けて歩くと、見えた。
「………」
大勢の人が、立っている。
「な、何で……?」
この不自然に広く、そして何もない谷に。
「死者だ!」
範造が叫んだ。
「確かか?」
「霊視してみろ! アイツらには、生気がない」
「でも、こんな数……。全部『帰』で?」
あり得ない。目の前にいる人たちは、数百人をはるかに超えている。そして全員が霊能力者だ。
その死者の中で誰かが、絵美たちの方を指差した。大声を出したために、見つかってしまったようだ。
「ど、どうすればよい、緋寒?」
「わちきに聞くな! この場合は、ええと……」
判断に困惑する皇。対して範造は、
「ちょっと心が苦しいかもしれない。だが、蘇ってしまった死者をあの世へ返すには、もう一度殺すしかない……!」
と言う。
「魂は、大丈夫なの?」
「ああ。自然の摂理に反しているのは向こうの方だ。だから死者を再度葬っても、こちらが汚れる心配はない。ってか、それ以外に死者に対してできることがない!」
これは【神代】で決められていることである。だから皇の四つ子も、
「わかった! これはみんなで協力するしかないな。絵美! 刹那! 雛臥! 骸! ここらで頑張ってみるぞ! 範造に雛菊、足を引っ張るではないぞ!」
「それはアナタがイうセリフ?」
範造の話と彼が『橋島霊軍』慰霊碑跡地でとった行動から察するに、死者には霊障が効く。
「だが気をつけろ! 相手も霊能力者なら、霊障を使って来るぞ!」
だから全力でかかれ、と範造は言った。
「やってやるわ! この禁霊術の真犯人……。どうせ蛭児でしょうに! 絶対に追い詰めて捕まえてやるんだから!」
無実のために、四人は前に出る。
「わちきらは、あっち側から攻める! 範造たちは左舷を叩け!」
「言われるまでもない!」
皇の四つ子も処刑人たちも、動いた。
絵美の目の前に現れた死者は、うめき声を上げながら霊障を使った。その指先に火が灯ったのを見て、
(鬼火ね……)
逆に彼女の激流をくらわせる。でも威力は控え目だ。死者と言えど今は生きている人と何ら違わない。それが彼女に、一撃を躊躇わせた。
「効いてる…!」
勝手は幽霊に対して霊障を使うのと同じ。だから絵美の激流は十分に死者をあの世に送り返せた。
「危ねえぞ!」
だがこの数だ。彼女の後ろに回り込んでいた死者がいたらしく、それを骸が木霊を使って防御。近くの木を伸ばし、相手の体を貫いた。
「ありがとう……」
「礼は後でいい。てか、いらない! 今はこの状況を打破することに専念だ!」
彼は感じている。ここに犯人がいるはずだ。そしてそれは、蛭児だろう、と。だから絵美に、
「俺とお前で、この集団の中央に行くぞ! 準備はいいか!」
「ええ、もちろんよ」
作戦を伝えると、絵美も乗ってくれた。激流が二人を乗せ、死者の群を切り分けて進む。
「さあどこにいる? この『帰』を起こしている人物は、ここに必ずいる!」
この谷の真ん中まで進むつもりだ。途中襲い掛かってくる死者に対しては、骸の木霊で防御。こんな冬だが植物の種を持っているため、それを成長させて木の実を眉間に打ち込めば十分倒せる。
「あっちが中央なんじゃない?」
絵美が言った。その指の先には、天目掛けて登る青い炎の尻尾が地上に伸びている。
「行く価値はあるな。ああ、そっちに行こ……」
突如、二人の動きは強引に止められた。礫岩が地面から飛び出し、激流を遮ったのだ。
「チッ……。ここからはこの死者たちをどうにかしながら進むしかないな……!」
霊障で倒せるには倒せるのだが、次から次へと群がってくる。これではキリがない。
「最後の一人まで倒すわよ、骸! 諦めないで!」
「ああ!」
真横から、雪の氷柱が飛んできた。それを避けると反対側にいた死者に突き刺さった。
(知能はそこまでないのか……?)
この状況で骸は疑問を抱いた。そういえば『橋島霊軍』のところにいた死者も、あまり賢そうには見えなかったのだ。今もそうだ。仲間のことを考えるなら、避けられた時点で氷柱は解いておかなければいけないはず。
(喋りもしないのも関係あるのか? 【神代】の本部では、『帰』は完全蘇生と聞いていたが、ここにいる人たちは、そう見えない。生きていた時と同じとは、とても思えない)
だとしたら、そんな失敗作のような人たちが何故ここにいる? ここに集まっている?
「コイツらは………本命じゃないんだ!」
きっと、蘇らせたかった人物は多くない。副産物がこの、数百人以上の死者だ。具体的に誰を蘇生させればいいのかわからなかったから、手あたり次第に『帰』を行った。彼はそう推理した。
「絵美! お前の意見を………」
一瞬だけ振り返る。直後にもう一度、大きく首を回す。絵美が後ろにいない。
「おいおい! まさか俺を置いて行ってしまったのか!」
周囲を見ると、青い炎の発生源に向かって動く水しぶきが。慌てて骸もその後を追った。