第9話 怒りの矛先 その2

文字数 3,674文字

 この霊魂の恐ろしさは、ここからだ。着弾して終わりではない。体から離れ浮き上がると、また宙を舞う。

「えぇい」

 それに氷柱を撃ち込んでも駄目だ。氷柱の方が砕ける。グズグズしていると二回目の着弾が迫る。

「うおおおお!」

 ここで紫電が動いた。電霊放だ。ディスに向けて撃ち出した。同時に雪女も氷柱を発射。

(二つ同時なら、避けられないはず……)

 仮に電霊放はかわせても、氷柱は少し軌道を修正できる。だからどちらかは当てられるはず、と思う。

「え……?」

 思わず雪女が声を漏らすことが、目の前で起きた。何とディス、電霊放と氷柱の両方を避けない。体で受け止めたのだ。

「ぐ、ググウウ!」

 氷柱は刺さり、電霊放で痺れる。でもそれは一瞬の痛みで、体をスッと撫でると全てが元通り。

「フフフ。もう痛くも痺れもしない。キサマらのファントムフェノメノンは、無意味だったな?」
「いいやそうでもねえぜ」

 紫電は言う。

「今、お前は一瞬だけだが痛みを感じた! ということは、たとえ傷にならなくても痛覚に訴えることは可能! 意識が飛ぶほどの痛みを与えれば、俺たちの勝ちだぜ!」
「それができるのか?」

 二人を絶望の淵に落とすために、ディスは霊魂を何発も拳銃から発射した。その全てが器用に動き軌道を変え、二人に迫る。

(流石にこれ全部は、辛いかな……?)

 何とその集中砲火に対し、雪女が前に出たのだ。

「お、おい……? 何やってんだ?」
「紫電はアイツ本人に集中して。この霊魂は私が引き受ける」

 彼女の作戦は、こうだ。
 霊魂は全部、自分がさばく。その間に紫電がディスを直接叩く。

「俺はいいが……。お前は大丈夫なのか?」

 霊魂が一発、雪女に着弾した。しかし彼女は自分のその、狙われた場所を雪の結晶で包んで防御したのだ。

「ぶ厚くすれば、防げないことはない。動ける余裕はないけど……」

 それを目で確かめた紫電の決断は早い。

「じゃあ、覚悟しな! ディス!」
「来るか…!」

 近距離戦を挑む紫電。狙いはディスが握る、おもちゃの拳銃だ。

(アレを破壊すれば、もう霊魂は撃ち込めねえはずだぜ)

 ダウジングロッドが火花を散らす。至近距離での電霊放は直撃さえすれば甚大な威力を発揮できる。

「当たったら危険? いいやワタシには無病息災があるのでね」

 けれどもすぐに回復されてしまう。まだ威力が足りなかったのだ。

「近づいたのは、悪手だったなシデン! この至近距離、ワタシのメンタルキャノンを避けられるか!」

 眼前で一発、撃たれた。

「わあああ!」

 これが顔に直撃。筆舌に尽くしがたい痛みだ。

(か、あ……。うげ………)

 飛びそうになる意識を何とか体に繋ぎとめた。顔に当たった霊魂はもう患部から離れ始めている。

「一か八か、だぜ…!」

 その逃げようとする霊魂を紫電は、なんと掴んだ。

「なにぃ?」

 ディスとの攻防でわかったことは一つだけじゃない。

「お前の霊魂、威力はある! だが、体を貫くことはできねえみてえだな?」
「うるさい! もう一発撃ち込んでやる!」

 その追撃も、紫電は手でキャッチ。もちろんこれには痛みも伴い、随意とは反して指が開きそうになる。

「お前も受けてみろ、霊魂!」

 紫電は握りしめた霊魂を、ディスにくらわせた。指が完全に開いたのは、手が彼の胸に当たる直前。流石にディスをもってしても、ここから向きを変えることはできない。

「ガッフ!」

 二発分の霊魂をディスは胸に受けた。その一瞬体が怯み、そして紫電は見逃さない。

「ぜいやああああ!」

 勇悦からもらったメリケンサックによるパンチを、そこに打ち込んだのだ。電霊放の直流しもあって、衝撃は大。

「バオオオオオ!」

 ディスの悲鳴がそれを表している。

(ど、どうだ……?)

 かなり手応えのあった攻撃だ。
 だが、

「き、キサマ……。驚いたぞ! そんなことをしてくるとはな。警戒をしなければいけないようだが、キサマも隙だらけだ」

 まだディスの意識は健在。

「あっ」

 雪女が処理していた霊魂が数発、向きを変えた。紫電の後ろに迫る。

「今だッ!」

 タイミングよく紫電はしゃがんだ。その頭上を霊魂が通過。本当にギリギリである。だが、

「それをすると思っていた!」

 過ぎ去った霊魂が急ブレーキをかけ止まり、紫電目掛けて降り注いだ。

「ぬおっ!」

 足を折り畳んでしまっている紫電にこれを避ける余裕はない。

「無限に撃ち抜かれるんだな、シデン!」

 しかも霊魂は曲芸飛行まで披露し、紫電の背中と胸にぶつかった。

「………!」

 もう悲鳴も出ないほどだ。限界が近づいている。そんな体に鞭を打って紫電は電霊放を撃った。

「…! し、しまった!」

 今ので倒せたと思っていたディスは、また油断した。左手に持っていた拳銃が、今の電霊放に撃ち抜かれたのだ。プラスチックのそれはダメージに耐え切れず砕け散り中からバラバラになった虹色の石の破片が地面へ落ちる。

「後は右手のそれに集中攻撃するだけだぜ!」

 そうすれば、勝利は自分たちのもの。そう思った矢先の出来事である。
 ディスは持っていた拳銃を紫電に投げつけた。

「ば、馬鹿な……?」

 当然それを電霊放で撃ち抜く紫電。これでディスは攻撃手段を失ったことになる。

「いや、ならない」

 実は既に十分な量を発射済みで、もういらないと判断した結果だ。ほんのわずかな時間でいいから、紫電の注意を逸らしたかったのである。ディスは紫電の手首を、ダウジングロッドに触れないように掴んだ。そして力を加えて握り締め、紫電の指が勝手に開きロッドが落ちる。それをディスは踏んで壊した。

「クソっ!」
「少しはユキメの心配をしたらどうだ?」
「…!」

 慌てて振り向くと、そこにはボロボロの雪女がいた。

「ゆ、雪女!」
「大丈夫だから……。きみは本人に集中して…」

 雪の結晶での防御には限界があったらしい。

「お前……絶対に許さん!」

 もう片方のダウジングロッドをディスに向けた。

(この時を待っていた!)

 何故ディスが、わざわざ両手を空にしてしかも紫電のロッドを片方叩き落としたのか? それは、この瞬間……電霊放が発射される直前のためだった。
 ディスは紫電の手首をまた掴んだ。そして物凄い力で腕を無理矢理曲げ、

「自分に撃っていろ!」

 誤射をさせた。

「し、紫電……?」

 自らの雷に撃たれた紫電。それを見ていた雪女は絶望する。かなりの威力を、逆に利用されたのだ。

「そ、そんな………」
「アーハッハッハッハッハ! ワタシにたてつくからこうな………」

 だが、気づく。紫電の目がまだ、希望の光を失っていないことに。

「礼を言うぜ、勇悦……!」

 彼の体に流された電撃は、全てが背中のバックパックコイルに吸収される。だから紫電自身は全然痺れていない。逆に今ので電気が十分な量貯まった。

「なんだってええええええ!」

 すぐにディスは手を紫電の手首から離したが、もう遅い。

「くらえ! 超火力の、電霊放だ!」

 この近距離、どう足掻いても避けられるわけがない。しかも霊魂で防ごうにもそれらは雪女をいじめており、間に合わない。
 昼間だというのに太陽よりも明るい稲妻が、紫電のロッドから放たれた。

「ー……………」

 それはディスの体に直撃すると、意識を貫いた。気を失った彼の体はゆっくりと地面に倒れる。同時に宙を舞っていた霊魂が消える。

「た、倒した………!」

 勝利の瞬間が訪れた。


「ぐ、うう……」

 ディスの目が覚めるまで紫電と雪女は彼の側にいた。

「やっと起きたか、コイツ!」
「怪我、治してよね? 負けてはいはい終わり、って感じで逃がさないから」

 霊魂の使えないディスなど恐れるに足らず。

「負け、か………」

 それを実感すると、かなり悔しい気分になる。それに反して怒りはこみ上げてこなかった。きっと無意識のうちにディスは理解したのだろう。

「勝負も、悪くはないな。勝ち負けにこだわるだけの戦い、結構面白かった」

 任務に関係ないバトル。自分の精神とプライドだけを賭けた競争。だからこそ、心の底から熱くなれたのだ。そのお礼にディスは二人の傷を慰療で治した。

「なあ。今度は【神代】とか【UON】とか関係なしに、手合わせしてみようぜ?」
「その時が来れば、な……」

 ディスはこの場所から去った。その時彼の仲間であるギル、ゼブ、ジオ、ガガ、ザビが迎えに来てくれていた。

「負けてしまったのか、ディス?」
「そうだ。でもワタシにはわかった」
「何を?」
「【神代】は、潰えるべきではない。寧ろ今まで通りに日本の霊能力者を管理するべきだ」

 その視線の先には、帰路に就こうとする紫電と雪女が。

「彼らのような霊能力者の心の拠り所となるべき……忠誠心を集めるべきは【神代】だ、【UON】ではない」

 自分たちのように任務を言い渡されても反対意見を唱えず寧ろ率先して【UON】と戦った。そんな人たちだからこそ、守るべきものを守り切れたと感じるのだ。

「この国を守るためなら、神様も風を吹かせてくれる、というわけだな……」

 ディスのチームの作戦行動は、これで全てが終了。紫電と雪女は、【神代】を守ってみせた。
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