第2話 未確認霊能力者 その2

文字数 4,875文字

「カーナビによれば、この辺だ」

 辻神は田柄彭侯を連れて、車で福島の山中に来ていた。

「どういう噂があるんだ? この森? 山に?」
「まずここで車を降りたら、山道を登っていく。そこに山荘があるらしい」


 数十年前のことである。その山荘で事件があった。季節は冬。山荘はとある個人の所有物で、その一族は年を越すために大人数で来ていたらしい。だがここでトラブルが発生したのだ。理由は不明だが、用意した食料が全て駄目になってしまった。
 家族は絶望したに違いない。何せ今とは異なり、通信手段が発展していないのだ。交通も予定外の大雪のせいで遮断されてしまった。つまりは雪が解けるまで……約三ヶ月の間、山荘は陸の孤島と化した。

(生き残るには、食べ物を口にしないといけない!)

 誰もがそう考えただろう。しかし食べられるものは、もう底をついた。
 その時、誰かの理性が外れた。

「ギャアアアアアアアアアア!」

 家族の中の誰かが、仲間の腕に噛みついたのである。そのまま肉を引き千切り、生々しい咀嚼音が建物の中に響いた。
 確かに食べ物はない。だが、見方を変えれば人だって食べることができる肉の塊。
 最初に誰かが食われるのを見ていた人も感化され、また誰かを襲った。ターゲットになったのは子供がほとんど。
 自分が助かるために、家族の肉を喰らう。この事件の悲劇の始まりだ。
 渇いた喉は、他の誰かの血で潤した。食べれる部分は内臓だろうと脳だろうと骨だろうと食べた。
 しかし、一向に雪が溶けない。これではいつここを抜け出せるかわからない。その不安が、この一族をさらに狂わせることになる。

(食べなければ、食べられる…!)

 次第に発想も変貌する。当初は生き残るために仕方ない、相手に申し訳ないという感情が確かにあったらしく、事件後に発見されたメモ書きに後悔の念が書かれていた。だがそれも、自分が食料にならないためには相手を先に殺すしかないという焦りにかき消されることに。
 結果、この一族は殺し合いに発展した。血で血を洗う醜い争いだ。

「か、勝った……!」

 最終的に生き残ったのは、当時高校生だった少年。だが戦いで足を負傷していた。次第に悪化し、壊死した足。これでは雪が溶けても、山を下りることができない。

「チクショオオオオオオォォォ……」

 結局、その少年も山荘内で飢え死にすることになったのだ。
 春が訪れた時、たまたまこの山荘に通りかかった登山者がふもとまで降りて、警察に通報。駆け付けた警官は、

「地獄を再現したかのような空間で、鼻が曲がった。部下は足を踏み入れた途端に出て行き、道端に嘔吐した」

 と記録に残している。


「事件は本当に昔の話らしいが、事実らしい」
「みたいだな。今スマートフォンで検索してみたがよ、出て来るぜ。人食の別荘、って言うらしい」
「怖い名前だ」

 もしかしたら、未だにその犠牲者の魂が山を下りたがって彷徨っているかもしれない。年月を考えると、悪霊かそれと同じくらい凶悪な幽霊となっているだろう。辻神と彭侯は、出会った場合は除霊することに決めた。

「ストップ、彭侯」

 歩いている際、突然辻神が足を止めて言った。

「何だ?」
「下を見ろ」

 視線を下げる。雪は溶けているため、地肌が露出している。

「足跡がある。誰のだ? 私たちのではない。山荘に続いているぞ」
「事件の犠牲者の遺族? でも、もう何十年も前じゃあ、花を手向ける気にもならない?」

 その足跡をたどってみる。まだ誰のものか、そしていつのものかは不明だ。

「あ、辻神! これを見てくれ!」
「何を発見した?」

 彭侯が指さしたのは、ミミズだ。踏みつけられてぺったんこになっている。それにアリが群がっているのだ。

「つまりはつい最近、誰かがここを通った! ということか……。そしてそれは、幽霊ではなく生身の人間!」

 ここで辻神は蜃気楼を使い、自分たちの姿に周囲の背景を投影して疑似的に透明人間になる。これでこの誰かがいるであろう山荘に近づくのだ。

(こんな曰くつきの物件を訪れる輩は、確実に霊能力者だ。もしや……)

 もしかしたら、この行方不明事件の裏にいる人物……誘拐犯かもしれない。だから周囲を警戒し慎重に歩み寄る。

「山荘だ」

 着いた。雨風に晒されていたのか、もう随分と汚い館だ。枯れたつたが壁を飲み込んでいる。窓ガラスは砕け散ってフレームだけが残っており、全体的に朽ち果てている。

「ここに誰かがいるのか!」
「入ってみよう。誰かがいても、私の蜃気楼のおかげでバレはしない」

 ドアに触れると、ギイイと音を立てて倒れた。ちょうつがいすらも腐っている様子。

「おや…?」

 ここで異変に気づいたのは、辻神だった。

「どうかしたか?」
「この山荘、【神代】の依頼に出されていたか?」
「どうだろう? オレは確認してないぜ。仮にあったとしてももう、かなり昔の話じゃん? 記録なんて、残っていればいい方だ」
「だな……」

 一々全国にある心霊スポットを、【神代】は虱潰しにしたりしない。だが、

「こういう悲惨な出来事が起きた場所には、幽霊が集まりやすい」
「言うまでもないぞ? オレにだってわか……」

 辻神が言いたいことが、わかった。

「いない! 幽霊が、一体も!」

 既に【神代】の誰かが数年前にここを訪れ、事件の犠牲者たちの霊を鎮めた可能性はある。しかし、さっきから付近に幽霊の存在を感じないのだ。これは明らかに不自然なこと。

「ここに来た誰かは、霊能力者ってわけか。ソイツは、吉備豊次郎という人物に関与しているかもしれないな」
「誰だ、それ?」
「孤児院や児童養護施設を頻繁に訪ねていた人物だ。まるで何かを探すように、な。そして、先月の末に死体が発見された……」

 会話をしながら、二人は廊下を進む。

「テーブルの残骸? 邪魔だな、こんな狭い通路に置くなよ!」
「気をつけろ、椅子もあるぞ」

 そしてリビングに到達。

「何だこれは!」

 ここで二人は、大声を出した。
 そこには、魔法陣が描かれていたのだ。カラスの血を使って描いたらしく、その真新しい死体が側に放置されていた。

「何事だこれは? 何かの儀式? でも、何をしたって言うんだ?」
「わからない……! だが、これは【神代】に報告しなければいけない! 彭侯、デジカメを出して撮れ!」
「お、おう!」

 何枚か撮影する。

(何かが起きている……。だが、何が起きている? この身の毛もよだつ魔法陣を使って、誰が何をした……?)

 降霊術かもしれない。下手をすれば、禁霊術かもしれない。

「辻神、ちょっと退いてくれ。そのカラスの死体も念のために写しておこう」

 頷いて横に下がる辻神。
 その時だ。

「……ん? 何か、臭うぞ? 焼けている臭いだ」
「焼き畑でもしてんのかね、ふもとの畑で?」

 それにしては、煙がこんな山奥にまで届き過ぎである。

(もっと近い。それに、ちょっと熱い……)

 ハッとなって辻神は廊下を駆け、この山荘の二階に上がった。

「なんてことだ!」

 火元は、リビングの上の階だったのだ。焼けている。

「彭侯! 今すぐ上がって来い! 速く!」
「どうかしたのか? って、うおおおおお!」

 もうこの二階の部屋全域に火の手は回っている。

「消せるか、おまえの鉄砲水で?」
「任せろ! うりゃあああ!」

 彭侯は手のひらから消防車のように鉄砲水を放水した。少しずつだが、消火ができている。

「あと少しだ!」
「頑張れ!」

 その消火活動を側で見ていた辻神は、違和を感じていた。

(私と彭侯が入る前は、火はついてなかった。この山荘自体が長年使われていなかったことと、音が聞こえなかったので落雷したわけでもない。となれば、誰かが後からつけたということ! 誰だ、その犯人は!)

 二人が内部にいる状態で、放火をされた。となると犯人はまだ近くにいるはず。そう判断した辻神は、窓の側に駆け寄って外を見渡す。

(いた!)

 五人の男女が、この山荘を遠巻きに見ていた。一人は手を動かし、鬼火を繰り出している。

(霊障だったか、やはり!)

 即座にスマートフォンを取り出し、その五人を撮影。これを霊能力者ネットワークで照らし合わせれば、誰が犯人なのかすぐにわかる。

「もういい! 引き上げるぞ、彭侯!」
「えええっ? でもまだ火は消せてないぞ?」
「外にいるヤツが、鬼火で一階に火をつけた! グズグズしていると逃げ場が消える!」
「それは……ヤバい!」

 引き返そうにも、もう階段が火の海だ。木造建築だから、火がすぐに成長するのだ。

「電霊放……は、間に合いそうにない! ならば!」

 彭侯と一緒に、二階の廊下を走る。そして壁に激突。

「ぬおおおおおおお!」

 突き破って外に出られた。近くの木の枝にしがみつく。

「彭侯!」

 辻神は木があったために大丈夫だったが、彭侯の方には何もない。

「心配はいらんぜ。鉄砲水で!」

 地面に向けて放水。その勢いが、重力を和らげる。上手く着地。それを見て辻神も木から降りる。
 間もなく焼け落ちる山荘。この世ならざる気配が一気に放出され、天に舞った。

「で、こんなことをしたのは誰だったんだ?」

 二人が山荘から脱出している間に、どうやら犯人たちは逃げたようだ。

「すぐにわかる。姿を写真に撮ったからな。霊障を使っていたから、霊能力者ネットワークに登録されている人物で間違いない」

 幸いにも火事はこの山荘だけで済んだ。念のために二人は消防に通報を入れ、すぐに車に乗って東京に戻る。


 だが、【神代】の予備校で驚くべき事実が二人を待っていた。

「わからない? どういうことだ?」

 満も困惑した表情で、

「送られてきた写真を見たんだが、霊能力者ネットワークに登録されていないんだ。ちゃんと機械で顔を照合してみたが、該当者なし……」
「じゃあ、知らない人物ってわけか?」
「そうなってしまう。が、それはあり得ないはずなんだ……」

 四年前に霊怪戦争が終結し、日本中の霊能力者は漏らすことなく【神代】に登録された。以前は【神代】に対し怒りを抱いていた辻神や彭侯だって、生まれた時から登録されているくらいである。

「野良の霊能力者は、日本にはいないはず」
「なら、【UON】とかいうヤツらでは?」
「問い合わせてみたが、違うと言われた。そもそも写真の人物たちは、明らかに日本人じゃないか」

【UON】には日本人のメンバーはいないとも返事には書かれていた。だいたい、今はもう【神代】との関係が悪化しては困ると思っているはずの【UON】が、こんな事件を起こす理由がない。

「つまるところ、お前たちが遭遇した人物たちは……未確認霊能力者、ってことになる」
「未確認……」

 全貌が掴めないが故に、何も想像できない。
 満のスマートフォンに電話が入った。

「もしもし?」

 それは、【神代】が派遣した調査隊からだった。霊障が使われたということは、霊紋が現場に残されているということでもある。写真だけではなくその角度からも調べていたが、

「何ぃ? 登録がない霊紋? それは本当か?」

 現地での調査でも、手掛かり一つ掴めなかった。

「彭侯が提出した魔法陣の方はどうだ?」
「ああ、あれな。多分、禁霊術だ。【神代】の方にも資料があって、わかった。だが何の禁霊術なのかまではわからない」
「見た感じ、少なくとも『帰』ではないな。魔法陣も血もいらないはずだ。必要なのは死返の石だけ」

 残る三つの禁霊術は、『契』、『重』そして『別』である。どれもいい響きではない。

「とにかく今私が言えることは、ただ不明ということだ。辻神に彭侯、予期せぬ事件だったが、ご苦労だった。引き続き、行方不明者の捜索をしてくれ」
「了解だ」

 突如出現した、未確認の霊能力者。これに不信感を抱いた辻神。

(私の前に、また現れるかもしれない。念には念を入れておこう)

 スマートフォンに残された写真を見返し、この五人との遭遇に備えることに。

(…ん? この顔、そう言えばどこかで見たことがある気が……。気のせいか?)

 霊能力者ネットワークに登録がない人物に、以前出会っているわけがない。そう、自分に言い聞かせた。
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