第9話 沈黙の初対面 その1

文字数 3,069文字

 次の日、長崎空港に一同はいた。

「じゃあな! 俺は先に帰るぜ」

 紫電は一人、青森行きの飛行機、そのファーストクラスに乗り込む。

「確かに除霊をすれば、目覚めるかもだわ…」

 緑祁、刹那、絵美の三人は羽田空港行きの便に搭乗した。

「本物の目覚め。それが何を意味するか、我らにはわからぬ。だが、何かしらの希望の糸を掴めるはずだ――」

 可能性はゼロではないことを、刹那と絵美は知っている。いいや、緑祁もだ。

「香恵………」

 緑祁は飛行機の小窓から、外を見ていた。

(僕が一緒にいるべきなのは、本物なの? 偽者なの? 一体どっちなんだい、香恵……)

 何が正しくて何が間違っているのか、もう誰にもわからない。そんな混乱した中で緑祁は、本物の香恵がいるという病院に向かうのだ。

「では、わちきらにもすべきことがあるぞ!」

 四人を見送った皇の四つ子は、長崎に残ることを選んだ。この事件に関することをするのだ。

「まずは軍艦島について。重之助に、寄霊が寄り付かないよう強い結界を張るよう頼もう! それをわちきらが行うのじゃ! それから……」

 他にもやるべきことは山のように残っている。それを一つずつ片付けるのだ。


 飛行機の中で、緑祁は全く落ち着けなかった。乗り物に弱いからではない。これからのことを考えると、どうしても動機が止まらないのだ。

「気のし過ぎは心に毒よ?」

 後ろで見ている絵美に指摘されても、

「わかってるけど……」

 心配事は途絶えない。
 結局、少しも気を緩めることができずに空港に着く。

「首都圏か…。中学の修学旅行で来て以来だよ。僕には都会過ぎるんだよね」

 そびえ立つビル群が、威圧感を生んでいる。同じ日本とは思えないほど発展しているのだ。

「まあ青森は田舎ぽかったし」

 絵美の言葉を否定する気にもなれない。

「さてと、まずはバス乗り場…」

 横浜まではバスで移動。

「東京の路線図は、毛細血管よりも複雑である。そんな中、道路を通って目的地まで連れて行ってくれるバスはありがたき存在なのだ――」

 三人には電車で移動する自信がなかったし、ちょうど空港からバスが出ているのでそれに乗り込む。

「………………」

 段々と目的地が近づいてきて、緑祁の心はさらに焦る。

「案ずることはない。汝には我らがついている。今まで困難を乗り越えて来たのだ、自信を持つべきである――」

 思わず刹那が慰めを入れたほどだ。
 横浜駅に着いてからは、タクシーで移動。すると十数分後に、例の病院に到着した。

「ここに、香恵がいる……」

 緊張が緑祁の全身に走る。

「では、行こう――」
「もしそうなら…。私と刹那が会っていたのは、やっぱり偽者ってことね」

 刹那と絵美も、気を引き締めた。朱雀から受け取った報告書には病室が何号室であるかまで書かれているので、病院側に聞いて怪しまれるようなこともない。

「友人の、お見舞いに来たんですけど…」

 受付でそう言い、香恵の名と部屋番号を教えると、

「ではこちらの紙に……」

 名前と患者との間柄を記載。軽くチェックを受けてから許可が出、

「では、どうぞ。エレベーターは奥に行ってから左です」

 移動する。
 八階に到着し、端の方まで廊下を歩く。そしてこのフロアの角部屋。八二四号室に、藤松香恵様、と書かれている。

「……入ろうか」

 いきなり扉を開けるのは失礼なので、ノックをする。すると、

「はい」

 返事があった。しかし声の質は香恵に似ているものの、本人のものではない。向こうの方から戸を開けて、

「あ、どなたでしょう?」

 女子高生が現れた。この子は香恵の三つ下の妹、藤松(ふじまつ)理恵(りえ)だ。

「香恵の友人よ」

 嘘ではない。だが、本当でもない。

「そうでしたか。ではどうぞ」

 理恵は三人を心地よく受け入れてくれた。
 そしてその病室のベッドに横たわる人が一人。

「か、香恵……」

 間違いない。断言できる。

 軍艦島からの帰り道で事故に遭い、それから行方をくらました、香恵。それは偽者で、今、緑祁は本物の香恵と初めて会う。しかし彼女の意識はなく、とても静かな対面だった。

「姉さんはもう、一年以上もこのままでして。主治医も原因不明、とだけ……」

 医学ではどうして目覚めないのかわからないのも、寄霊に取り憑かれた際に起こることだ。

「絵美、刹那…。除霊の準備は大丈夫?」
「任せよ。いつでもできている――」

 それに対し、

「ま、待ってください! あなたたちは姉さんに何をするつもりなんですか!」

 理恵が反発する。

「事情を説明しなきゃだね。ちょっといいかしら?」

 ここで、絵美はどうして自分たちがここに来たのか、そしてどうして香恵が眠りから覚めないのかを教えた。

「そうなのですか」

 意外と飲み込みが速い理恵。

「姉さんは生まれつき幽霊が見えると言っていました。去年のあの日も、【神代】という組織から依頼が来て、それで長崎に。でも家に帰って来た次の日から、寝たきりで……。何度検査しても原因がわからなくて…」

 姉が霊能力者であることを知っており、さらに緑祁が同じことを体験していたために、理解してくれたのだ。

「僕はこの二人に除霊されて、それで目覚めることができたんだ。同じことが、香恵にもできるかもしれない」

 それを聞いた理恵は、泣き出しそうになりながら、

「お願いします! 姉さんを救ってください! 私も父も母も、姉さんの帰りを待っているんです!」

 大きな声を出し何度も頭を下げる。

「合点承知――」
「言われなくてもそのつもりよ。…ん?」

 刹那と絵美はやる気である。だが、緑祁の反応が、おかしいことに気づく。

(本物の香恵が目覚めた時、僕は何をすればいいんだろう?)

 緑祁は、除霊できるかどうか悩んでいるのではない。その後のことについて迷っているのだ。

(彼女が目覚めるのは、嬉しいことのはずだ。でも、僕の側にいてくれなかったら? 実は他に恋人とかいて、そっちを選んだら?)

 香恵に拒まれた時のことを考えると、心拍数が高くなる。

(朱雀の言う通り偽者を探した方がよかったのか? でもそれでは目の前にいる、本物の香恵が救われない……)

 この様子を見ていた絵美は刹那に、

「緑祁抜きで、私たちだけでやっちゃうわよ…」

 と伝える。

「では、やろうではないか――」

 除霊を始める。前に緑祁に対して行ったのと同じことをする。それが効くとわかっているからだ。
 だが、

「手応えがない。どうやら効いていない――」

 緑祁の時は、一度では目覚めなかった。しかし表情が揺らいだ瞬間があった。なのだが今の香恵の手を握ってみても、反応が現れない。

「おかしいわね? 十分な力を使ってるはずなのに……」

 すぐに二度目、三度目の除霊を試みる。その間緑祁は理恵と一緒に病室の端にいた。

「あの、緑祁さん。姉さんとはどんな関係なんですか?」
「友達だよ。でも、本人に会うのは今日が初めてなんだ。今まで僕と一緒にいてくれたのは、寄霊っていう特殊な悪霊が再現した偽者……」
「そう、ですか…」

 理恵には霊能力がないらしく、刹那たちが何をしているのか、詳しくはわかっていない。

「緑祁さん、姉さんのことが好きでしょう?」
「そうだよ」

 図星だったが、全く動揺しなかった。寧ろすぐに頷いて認めた。

「もしも姉さんが起きたとしても、緑祁さんのことをどう思うかはわかりません。ひょっとしたら、その、偽者? の方が、緑祁さんに好意的かもしれないです」

 やはり個人個人の心の深淵は、本人でないとわからない。

「でも私は、緑祁さんの姉さんへの想いを信じます! 姉さんを助けてください! 幸せを願ってください!」
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