第8話 許したい その3

文字数 4,587文字

 体勢を立て直した緑祁は、洋次を見て、

「勝負再開だ、洋次!」
「そんなに亡骸に変貌したいか? わたしが手伝ってやる!」

 洋次は蚊取閃光を使い、大量の虫を生み出した。カブトムシとクワガタだ。百匹以上の虫が角や顎を帯電させて、そして彼はそれを緑祁にけしかける。

(まだだ。もう少し、引き寄せる!)

 旋風を起こして虫たちを吹き飛ばす緑祁だが、もっと大きな反撃はしない。[ライトニング]にも、精霊光を使わせない。狙うは水蒸気爆発によるカウンター。この数なら、勝負を決められる……業陰を除霊してしまえる。

「今だ!」

 目の前の虫との距離が、一メートルを切った。その瞬間に緑祁は両手を前に出し、右手では鬼火を、左手では鉄砲水を繰り出して合わせた。

「霊障合体・水蒸気爆発!」

 凄まじい爆風が、前方へ発生する。その強い風が蚊取閃光の虫を巻き込み洋次に迫る。
 が、

「同様の手段が、二度も通用すると想定しているか! 見下されたものだな!」

 前にも洋次はこれをくらった。その時は霊障の解除が間に合わず、半分はくらった。でも今は違う。

「横転だ」

 何と業陰は洋次を乗せたまま、バレルロールをした。器用に吹っ飛んで来る虫たちを避けたのだ。

「外れた……?」
「学習において一番重要なのは、反省だ。何故問題を間違えたか、どこでミスしたのか、どうして正解できなかったのか……。正答を理解するだけでは理解不足、同様のミスを誘引しないためにも、自分の心中に、反省し刻印する! 優秀なわたしはそうやって、好成績を獲得したが、劣等なるきさまはどうやらそうではないらしいな?」

 業陰に乗っているから、バレルロールを選んだだけだ。地上では違う方法で避ける。前に水蒸気爆発で蚊取閃光を跳ね返されたから、反省し、そしてどうやってそれに対処するのかをシミュレートした。霊障を消すのは間に合わないので、ちょっと体を動かして逃げればいいだけのことだった。
 飛び道具などの遠距離攻撃は、今の洋次には通じない。緑祁はそれを即座に理解した。

(だとしたらこの空中戦、どうやって戦う……? 僕の鬼火は電霊放で消される。鉄砲水と旋風も、横転されたら避けられてしまう!)

 一気に弱い方向に流れてしまう緑祁。それを察知したのか、[ライトニング]が嘶いた。

「[ライトニング]……?」

 まるで、自分に喝を入れるかのような鳴き声だ。

(そうだね、[ライトニング]…。僕が弱気じゃいけないんだ! 洋次を許すためにも、ここで勝たないといけない! 勝利に向かって、進まないと駄目なんだ!)

 選んだ戦法は、肉弾戦だ。近づいて洋次が乗る業陰を直接攻撃して除霊するのだ。だが、かなりリスクがある。というのも洋次が彼の接近をそう簡単に許すはずがない。蚊取閃光、音響魚雷、雷撃砲弾で妨害してくるだろう。

(でも! 危険を承知でやるしかないんだ!)

 しかし、もう決めた。[ライトニング]も緑祁の意志を感じ取り、頷いてくれる。

「行くぞ、[ライトニング]!」

 思いっ切り羽ばたき、洋次に向かって進む[ライトニング]。

「自暴自棄になったか? 撃墜されるだけだぞ……」

 当然、迫ってくる大きな目標を前に洋次は霊障合体を使う。まず、雷撃砲弾を周囲に浮かせて進路の妨害。そして蚊取閃光で追撃だ。だが、

「そこだ、[ライトニング]!」

 緑祁と[ライトニング]は、器用に雷撃砲弾とそこから伸びる電撃を避ける。そして襲い掛かってくる蚊取閃光の虫たちは、緑祁の台風や[ライトニング]の精霊光で退けた。
 徐々に洋次との距離を縮める緑祁。

(マズそうか? わたしの方に、近づいてきている! 直接、わたしを叩き落とすつもりだな…? そうはさせない!)

 焦り始めた洋次は業陰に命じ、その場から離れる。

「逃がさないぞ、洋次!」

 だが緑祁の執念も深い。ここで逃げられたら、もう洋次を倒せないだろう。冷静に、虫と雷撃砲弾を処理しながら迫る。

「ふん……。音響魚雷!」

 洋次はその追跡を断ち切るべく、音響魚雷を緑祁の目の前に撃ち出した。[ライトニング]の精霊光がそれを迎撃する前に炸裂。尋常ではない爆音が放たれた。

「っ………!」

 やはり、体が勝手に動いて耳を塞いでしまう。しかしそれでも緑祁は[ライトニング]の背中で踏ん張り、[ライトニング]も進むことをやめない。

「馬鹿な?」

 怯む素振りすら見せなかったことに、洋次の方が怯んでしまった。

「たどり着いたぞ、洋次……!」

 もう、目の前に緑祁がいる。[ライトニング]が業陰に体当たりを仕掛けた。

「うおお?」

 業陰よりも力が強い。蹄で何度も業陰の頭を蹴った。緑祁もこの至近距離なら外れないと思い、小型の台風を業陰に叩き込む。

「ゲゲア!」

 今の[ライトニング]の蹴りで、業陰のトサカが折れた。すると業陰は力を失い、体が薄くなっていく。

「まさか! 消滅するのか、業陰?」

 その通りだった。業陰は最後まで洋次を乗せて羽ばたいていたが、肉弾戦では[ライトニング]に敵わず、除霊されてしまった。
 業陰が消えたということは、洋次はもう空中にいられない。

「おおおおお!」

 すぐさま彼の体が落ち始める。

「洋次!」

 そこにすかさず手を伸ばす緑祁。命を奪うことは望んでいない。だから、洋次の足首を掴んで助けた。

「危なかった……。洋次、この戦い、そっちの負けだ! 安全に地表に降りよう、暴れないでくれ」
「わたしがいつ、救助しろと命令した?」
「な、何を言ってるんだ! こんなの、助けない方が狂ってる!」
「きさまの手伝いなど、必要ないとわたしは発言しているのだ。こんな余計な世話など、断固拒否だ!」

 何と洋次は、応声虫でサソリを生み出すとそれを握り、体を起き上げてその尻尾の先……針を自分を掴む緑祁の手に刺したのである。

「ぐうぅわあ!」

 毒はない。だが大きいせいで、凄まじい痛みだ。思わず手を離してしまった。

「洋次……! まさか落ちて……? いくら慰療があっても、こんな高いところか落ちては……!」

 肝心の洋次は、応声虫を使ってゴライアスオオツノハナムグリを何匹も生み出しそれを蹴って、まるで階段を下るかのように地面に移動し綺麗に着地した。

「何てヤツだ……」
「緑祁、このままだと洋次に逃げられるわ…! 降りましょう」
「そうだね。[ライトニング]、着陸だ! 洋次との決着は、地上でつける!」

[ライトニング]と[ダークネス]は地面に降り立った。


 先に降りた洋次は、逃げる素振りを見せていなかった。きっと、負けて逃げることは彼のプライドが許さないのだろう。寧ろ緑祁が降りてくるのを待っているほどだ。
 遅れて着地した緑祁と香恵。緑祁は[ライトニング]と[ダークネス]を、札にしまう。

「洋次! 一対一で勝負だ!」
「ふん。馬鹿馬鹿しいな」
「負けることが、かい?」
「そうではない。きさまに明日はない。それなのにもがいているのが、滑稽だ」
「それは、どういう意味……?」

 ここで洋次は、あることを話した。
 鍾乳洞で見た、豊雲の切り札のことだ。業葬賊は、明日の朝には覚醒するだろう。もしそうなったら、緑祁たち……ひいては【神代】に勝利はない。それくらいに強靭な幽霊が、誕生しようとしているのだ。ついでに剣増は既に豊雲の手によって殺されていることも教える。

「明日の朝が、タイムリミット……」

 緑祁は思った。あの正夫ですら、緑祁のことを恨んでいた。豊雲も同じだとすれば、真っ先に命を狙われるのは自分とその周りの人たちだ。

「そんなことはさせない!」
「できるか、きさまに! ここでわたしに敗北する、きさまにっ!」
「やってみせる! 僕の周りの人たちを、香恵を僕は必ず守る!」
「香恵? あの阿婆擦れがどうした?」
「あ、あば……?」

 驚いた緑祁。誘拐するくらい執着していた洋次が何と、もう香恵に興味がないと言っているのだ。きっと自分になびかないのが気に食わず、容姿が整っていても心が腐っている女=優秀な自分と釣り合わない、と判断したのだろう。
 緑祁は洋次を見ていると、あることに気づいた。彼の腰だ。右にはヘラクレスオオカブト、左にはコーカサスオオカブトが、まるでガンマンの拳銃のように引っ付いている。もちろん蚊取閃光で生み出した虫だ。そして洋次は、緑祁が動き出すのを待っているのだ。

(どちらか速いか! 決めてやる、緑祁! 腕か脚を動かしてみろ、わたしの蚊取閃光がそれを貫く!)

 数秒、沈黙が緑祁と洋次を包んだ。二人ともジッとしていて動かない。夜風が二人の間を通り抜ける。

「っわわ!」

 香恵がこの緊張感の中動こうとして、自分の足に躓いて声を出した。その何気ない声が火蓋を切った。

「きさまに敗北という地獄を!」
「洋次っ! うおおおお!」

 先に動けたのは、緑祁だった。霊障を左手の先から放つ。鬼火だ。

「無駄な足掻きを!」

 鬼火なら、電霊放で消せる。洋次は体験していなくても、それが知識でわかる。だから迷うことなくヘラクレスオオカブトを取り、そしてその角から電霊放を撃った。撃ち出された稲妻は、緑祁の鬼火を貫いた。

(何故だ?)

 だが洋次が抱いたのは勝利の余韻ではない。疑問だ。自分よりも霊能力者としての経験が長いはずの緑祁が、どうして鬼火を選んだのか。自分は電霊放を使え、それは鬼火に干渉し中和し無効化できる。それを緑祁が知らないわけがないはずだ。

「……だが、いい」

 ここは念のため、コーカサスオオカブトも取って二撃目の電霊放を撃っておく。

「終了だ、緑祁……」

 しかしその最後の一撃を撃ち出す時、洋次は自分の左手が濡れていることに気づいた。

(どこで、濡れた……?)

 思い当たることがない。そしてもう電霊放を発射している。
 直後、前方に撃ち出されるはずだった電霊放が、洋次に逆流した。

「おおああああああ!」

 自分で自分の電霊放に撃たれ、痺れを全身で味わう洋次。意識が飛んでしまい、その場に崩れる。

「ふ、ふう……。勝った、よね?」

 緑祁の鬼火は、ワザとだ。電霊放で無効化させるために使った。本命は右手の鉄砲水である。二発目の電霊放を撃ち込まれる前に虫を濡らし、逆流させたのだ。
 しかし、一発目の電霊放が右腕に直撃したのも事実。出血もしているし、痺れて指が動かせない。

「勝ったのね、緑祁!」
「ギリギリだけどね……」

 香恵が彼に駆け寄り、腕を撫でて慰療を使う。一瞬で痺れがとれ、傷口が塞がった。

「香恵、洋次も治してあげて」
「直接触りたくないけど、でもこれで」

 藁人形を取り出し、霊障合体・開運(かいうん)人形(にんぎょう)を使う。藁人形に慰療を流し込んで、遠隔で相手の傷を治すのだ。洋次は気絶こそしているものの、傷は問題ない程度に回復した。

「銅鐸寺に戻りましょう、緑祁。もちろん洋次の身柄を確保して……」
「わかっているよ。でも、僕にはやらないといけないことがあるんだ」

 それは、豊雲を止めることだ。何としてでも業葬賊の完成は、阻止しなければいけない。

「そもそも一連の事件は、僕のせい……僕を恨んでいる人たちが起こしているんだ。だから、僕に責任がある! 僕が行って、止めないといけないんだ!」

 香恵もそれに異論はない。二人は銅鐸寺の人をここに呼んで、

「洋次のことを見張っててくれ」

 とお願いし、[ライトニング]と[ダークネス]を召喚して彼女たちの背中に乗り、休む間もなく夜空を駆けた。
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