第7話 ダークホース その1

文字数 4,337文字

 もう三月も半分が過ぎた。依然として皇の四つ子がトップである。

「ペースが速いのではないな。他が遅すぎるのじゃ……」

 自分たちのテンポで進んでいるだけなのだが、どうも周りが追いつけていない。範造たちと戦った後は誰とも遭遇していないのだ。そのまま福島の飯盛山を目指す。何故か会津若松にも厳島(いつくしま)神社(じんじゃ)があって、そこがチェックポイントになっている。

「おや?」

 道を進んでいる時、緋寒が気づいた。前に誰かがいる。その外見から察するに、女であるらしい。

「誰じゃ?」

 タブレット端末で順位を確認する。自分たちよりも前にいるということは、順位が変動したということ……と思ったが、リアルタイムで更新される順位表によると一位は皇の四つ子。

「よくわからぬ?」

 どうして一番リードしている自分たちよりも先に、この福島にたどり着けているのか。そこがわからない。

「きっと、そういうルートを選んだんじゃろうな。しかし出会ったが不幸! 紅華、赤実、朱雀、行くぞ!」

 相手は一人だが、緋寒たちはいつだって本気だ。それが相手への敬意でもある。


「本来、ここ狂霊寺は来るものを拒むんだ。そういう場所なんだが、お前たちは運がいい! この大会中にそんなことしたら、【神代】から何を言われるかわからないしな!」

 緑祁たちは群馬の狂霊寺に着いた。御朱印を黒宮狂儀に入れてもらっている最中、

「俺たちの順位はどうなってる、香恵? 順位によっては今日、もうちょっと進むぞ」
「今確認するわ……」

 画面を開いてみると、

「十位以内に入ってるわ!」

 嬉しい声が聞こえる。

「よし! なら今日はここに泊まらせてもらおう」
「もう疲れた。私は早くお風呂に入りたいな」

 雪女はもう、休むことを考えている。
 だが緑祁は、香恵からタブレット端末を借りて驚くことになる。

「い、一位が……?」
「どうしたの、緑祁?」
「一位が入れ替わってるんだ……。今日の朝に確認した時は、皇の四つ子だったのに!」
「追い抜かされたんじゃねえのか? そんなに驚くことかよ?」

 紫電もそれを見てみた。そしてあることに気づく。

「おい! 皇の奴らはどこに行った?」

 順位表に、緋寒たちのチームが載ってないのである。
 これが意味することは二つ。

「まさか失格になったの? でも皇の四つ子って、ルールに厳しいんだよね? 不正どころかグレーなことすらするとは思えないんだけど」

 雪女の言う通り、あの四つ子はルール違反とは程遠い存在。失格になるとは思えない。
 となると残された可能性は一つ。

「脱落した? いいや、誰かに負けたってこと?」

 口でそう言いながら、緑祁は即座に否定する。

「そんな馬鹿な? 緋寒たちが誰かに負けるもんか! 僕ですら勝てるかどうか怪しいのに!」
「でも緑祁、これを見るにそうとしか思えないわ……」

 それを考えると、四人の血の気が一気に引く。
 皇の四つ子を超える霊能力者が、存在する。その何者かはこの大会に出場しており、今もどこかのチェックポイントを目指している。
 焦燥感に駆られた紫電だが、疲労の回復を優先したいと思い、

「今日はここに泊めてもらって。明日、すぐに出発だ……」

 狂霊寺の離れ屋に進んだ。


 時計の針を少し……この日の正午過ぎに戻す。

「はあ、はあ……!」

 この時既に、皇の四つ子は壊滅状態だった。緋寒は一人で町中を逃げている。一見すると妹たちを見捨てたかのようだが、実際は違う。

「逃げよ、緋寒! そなただけでも!」

 紅華に言われ、三人の妹が自ら犠牲となって彼女を逃がしたのだ。

「一体何者なんじゃ、アイツは!」

 聞いたことも見たこともない人物。そのたった一人が、自分たちを蹂躙したのだ。
 この大会、チーム全員でゴールする必要はない。途中で脱落してしまう可能性があり、その場合はゴールまでたどり着けなくても仕方がないからだ。だから緋寒一人さえ生き残れば、十分優勝も狙える。
 なのだが、

「あっ!」

 目の前の道に、その女はいた。

(逃げていたはずなのに、いつの間にか前に! 先を越されておるのか……?)

 足がガクガク震える。逃げることすら叶わないのだ。

「逃げ出さないでよ、面倒だから。聞いてる?」

 相手は余裕の表情で、そう言った。対する緋寒は体の震えが止まらない。

「あなたの妹たち、まあまあ良かったわね。でも、そこまで。結局は私を倒せるまでには至らなかったわけ。意味のない期待だったわ」
「……」

 言い返すことすらできないぐらいに精神的に負けている。

「んで……妹たちが命懸けで逃がしたあなたの実力はどうなの? まさか、さほど変わらないわけじゃないわよね…?」
「うぐ……」
「もう時間がないわ。さっさと神社に戻りたいから、ここでトドメを! 逃げられるとは思わないことね」

 もう、ここまで追い詰められたら最後は、覚悟を決めて一矢報いることしかできない。

(行けるかどうかは、わからぬ……。じゃが、逃げるには倒すしかない!)

 心に言い聞かせる。自分なら、この状況を突破できる、と。

「はああああ!」

 極光と電雷爆撃で、この相手に襲い掛かった。

「甘いわ…! 霊障合体・闘撃(とうげき)波弾(はだん)……!」

 その直後、緋寒の悲鳴が町に響いた。


「福島のチェックポイントはどこにする?」

 彭侯が新幹線から降りながら、そう聞いた。

「喜多方ラーメン食べれるところに行こうヨ!」
「福島ならどこで食べても同じじゃねえの? 詳しく知らんけど」
「夢がないなあ、彭侯は!」

 山姫と歩きながら喋っている隣で、辻神は地図をタブレット端末で開いている。

「場所は、飯盛山の厳島神社、土筆(つくし)神社(じんじゃ)喜多方(きたかた)(ぐう)興仁(きょうじん)()……。一番近いのは興仁寺だが、近いということはみんな集まるわけだ」

 とすると、少し遠いが飯盛山を目指した方がいいかもしれない。

「この福島は魔境かもしれないからな……」

 というのも、首位をずっと独占していた皇の四つ子が突然順位表から消えたのである。最後に通ったチェックポイントは、新潟の潮風(しおかぜ)神社(じんじゃ)だった。東北地方に踏み入れた瞬間、失格か脱落したのである。しかもその後代わりにトップになったチームも、すぐに姿を消す。
 何かある。本能でわかる。

「でもよ、何があるんだ? チェックポイントでは御朱印をもらうだけだろ?」
「言われてみればそうだが……」

 確かに彭侯の言う通り、この大会では幽霊の除霊やその他の課題を課せられているわけではない。チェックポイントとなっている寺院や神社に行って、御朱印を入れてもらえばそれで終わり。

「飯盛山って、白虎隊のあの舞台だよネ? 行こうヨ!」

 山姫と彭侯は特に反対しなかったので、向かうことに決める。
 郡山駅から会津若松駅まで移動しそこからは歩く。もう夕方で、この日の移動はこれ以上は難しそうだ。

「念のために…」

 辻神はいつも通り蜃気楼を使って、自分たちの姿を誤魔化しながら進んだ。

(これで安全なはずだ。皇の四つ子……。会ったことはないが、一位をずっとキープできていた。彼女たちが弱いわけがないんだ。だから何か、ある!)

 そのまま飯盛山を登って、厳島神社にたどり着く。

「うわっ! びっくりした……!」

 ここの係員である小野寺(おのでら)翔気(しょうき)。彼は霊能力者でしかも二十歳以上だが、大会には参加しなかった。辻神が彼の前でいきなり蜃気楼を解いたので、突然現れた三人に驚いているのだ。

「どうして参加しなかったの?」
「だって俺、霊障使えないもん」

 彼は後天的に霊能力者になった人物だ。それは別に珍しいわけではない。生まれつき持っている人もいるが、後から気づいたり、幽霊に睨まれるようなことをしたせいで開花したりもする。さらに霊能力者には、霊障が使える人と使えない人に分かれるのである。翔気の場合は両方とも後者。

「だったら係員になってバイト料もらった方がいいぜ」

 優勝なんて夢のまた夢だ。なら確実に金が手に入る係員のバイトの方が効率が良い。そのために仙台で一人暮らし中だがわざわざこの福島まで来たのである。

「手帳、開きなよ。スタンプスタンプ押そうぜ!」
「御朱印、スタンプ言うなよ!」

 しかし字は上手く、三人分をすぐに終わらせて印を押す。

「これで、よし! 報告もして……。凄いな君たち、福島のチェックポイントを最初に通過したぞ!」
「そうなのか?」

 翔気のノートパソコンに情報を入力したら、画面にそう出たのだ。
 あまり実感のない顔を三人はしている。

「どうした? 嬉しくねえのか?」
「いや……。何か、この福島に来た他の霊能力者がほとんど脱落しているのが気になるんだ」
「はえ~そんなことが起きてたのか。でも、俺にはよくわからんな……」
「まあ係員にはわからないことだろう。御朱印、ありがとう。私たちは次に向かう」
「ああ、頑張れよ!」

 このまま、厳島神社を後にする三人。もちろん警戒して蜃気楼を使う。
 その次の瞬間だった。突然彭侯の目の前にギロチンの刃が落ちてきたのである。

「うっわ! 何だこりゃああ?」
「大丈夫か、彭侯!」

 本当に間一髪。あと数センチ前に出ていたら、間違いなく直撃していたところだったのだ。

「誰だこんなことしたのは……」

 これは明らかに機傀で作られたものだが、辻神たちのチームにそれを使える者はいない。当然、神社にいる翔気もだ。

(となると、誰かが近くに……?)

 辻神がそれに気づいた時、鳥居の上の方から声がする。

「蜃気楼を使って目を盗んで歩くっていうのは、中々良い発想よね。でもさ、係員とやり取りする以上、自分の姿は現さなければいけないわね? ここまで来ているとは、ビックリだわ」

 と言って、女が一人降りて来た。

「誰だ、おまえは!」
「名乗っておこうかしら? 大神(おおがみ)……(みさき)!」

 岬。それがこの女性の名である。

「おいアンタ! 何位だよ? 順位表に名前がねえぞ!」

 タブレット端末の画面を見ながら彭侯が叫んだ。自分たちと同じテンポで福島のチェックポイントに来たということは、順位は上の方でないとおかしいのだ。だが、掲載されているチームのメンバーにはその名前がない。
 しかし、岬も嘘を言っているのではない。偽名を使う意味がないからだ。

「いいじゃないの、そんなことはどうでも。肝心なのはあなたたちが私の目を盗んで、ここを通ろうとしていること! 許さないわよ?」
「ちょっと待ってヨ! やる気なの?」

 驚くのも無理はない。山姫は周囲を見てみたが、岬の味方がいるようには感じない。
 辻神たち三人を一人で相手しようとしているのだ。これが無謀でなくて何という?

「心配してくれるの? 嬉しいわね……。でもその前に、自分たちの身を案じなさいよ?」
「じゃあ、やるってんだな?」

 相手が敵意を向き出していることを再確認する。辻神たちにも岬を逃がす理由がない。
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