第5話 万雷の一閃 その1

文字数 2,922文字

 伊丹空港に一機の飛行機が着陸した。

「京都には空港がないんだね」

 稲屋雪女がそう呟いた。

「景観を損ねるから?」
「そんな単純だと思うか?」

 小岩井紫電はバス停に移動する際、雪女にそう答えた。

「どうなの?」
「この伊丹もだが、京都周辺には空港が三つもある。今更追加したところで採算取れないだろうし、競争も激しそうだ。それに空港を作るならかなりの面積を掘り返さないといけないが、京都の地面を掘り起こしたら、空港じゃなくて遺跡ができてしまう。そういう事情もあるらしい」
「外国人いっぱいいるのに、そんな理由で?」
「まあお前が言ったように、多くの京都の人は飛行機が頭上を飛ぶのを心地よく思わねえんだろうな。高い建物がない分、空も目立つし」

 二人とも東日本出身なので詳しいことはわからないが、大体想像してみた。

「んで、バスに乗るわけだね。これで安心だよ」

 雪女は飛行機があまり好きじゃないので、陸路であるバスの方が揺れるが安心できる。

(でも確か、ここからが長いんだよな……)

 長時間、自動車で移動する。
 緑祁と香恵は魔綾の頼み事があって、その事件を解決するために京都に来ている。しかし紫電と雪女は純粋に観光に来ている。二人が異常なのではない、夏休みのシーズンに旅行を楽しむだけだ。当たり前のことをしているのである。

「おっと!」

 突如、紫電が何もない空間に手を伸ばし、そして何かを掴んだ。

「金を払ってるなら、蜃気楼を使ってもいい! だがな、姿が見えねえことを利用してタダ乗りしようってのは絶対に許さんぞ!」
「あちゃ、バレた?」

 掴んだのは、誰かの肩だ。掴まれた人物は蜃気楼を解いて自分の姿を現した。

「だってアタシ、日本円全然持ってないし~」
「金なら貸すから、ちゃんと払え!」

 この女性は、【UON】から派遣された霊能力者である。サイコというがこれもコードネームで、本名は絶対に教えてくれない。

「面倒なことを、【UON】は!」

 運賃をサイコに渡す紫電。二人きりの旅行になるはずが、春学期の試験期間中にいきなり小岩井家の豪邸を訪問してきた。

(緑祁から、【UON】が技能実習生を一方的に送りつけていることは聞いたが、まさか俺の家にまで来るとはな……。これには明らかに、裏がある!)

【UON】の目的は、霊障合体の研究のはずだ。そう緑祁から聞いた。しかし紫電も雪女も、霊障は一つしか使えない。つまりは霊障合体は二人とも使えないのである。にもかかわらず、サイコは彼の家を訪れた。紫電はその理由を問い詰めると、

「マスター・ハイフーンの命令で……」

 あっさりと彼女は暴露する。

「あの野郎! まだ諦めてなかったのかよ!」

 ハイフーンの野望……サイコに与えられた使命は、紫電をヨーロッパに持ち帰ることだ。

「俺は日本生まれの日本育ちの大和男子だ! 海外には旅行以外じゃ行かねえぞ!」
「でもさ、シデン? 医者を目指してるんだよね? ヨーロッパに来れば【UON】が手厚いサポートで、医師免許も楽勝で取れるよ?」
「あのな……。スキルっていうのは自分で努力して獲得しなきゃ何の意味もねえんだぞ? お前らに価値もない免許与えられるくらいなら、ブラックジャックしてる方がマシだ!」
「でもでも! シデン、第二外国語はドイツ語でしょう? アタシもドイツ出身! 相性いいよ!」
「その理論だと俺は日本の女性となら誰とでも相性抜群になるんだが?」
「………」

 その後もサイコは、ドイツの魅力を語り尽くす。八月いっぱいまでしか彼女は日本に滞在できないので、できればさっさと説得したいのだ。

「日本では医療現場で、ドイツ語が話されていると聞いたよ。ならさ、本場で学んでみない? きっといい経験になるはずさ! ユキメも一緒に、さ!」
「留学したら、お前たちのせいで日本に帰って来れなさそう……。だいたい、ドイツ語なのは明治時代に参考にしたのがドイツの医療だったからで、今はそうでもないらしいぞ?」
「手術室に立ったこと、ない癖に!」
「じゃあお前はどうなんだ?」
「あると思う? ないよ、全くね!」
「………」

 開き直られたので、紫電は黙った。
 バスが到着し、三人は乗り込む。行き先は京都駅だ。

「今からだと……嵐山に到着するのは午後三時頃か。一日じゃ回れねえだろうから、今日はここで宿泊だ。明日の午後に京都駅に戻って、貸しバスでグルっと回る」
「ゆっくりでいいよ。神社や寺院が多過ぎるから、急がず焦らず」

 そして京都駅に着いた三人はバスから降り、電車に乗り換える。

「わ、暑いな……」
「紫電、入る?」

 雪女は日傘を持っており、紫電もその中に入れようとした。彼女も暑いが、紫電に熱中症になって欲しくはないので日影を共有する。

「キミは日に当たった方がいいよ。ヴァンパイアかっていうくらい色白じゃん」
「うっさい」

 駅の中を進み、電車に乗った。後は出発を待つだけだ。

「映画村には行かないんだっけ?」
「旅行を延長すれば全然大丈夫だぞ」
「なら、行こう。二度もここには来ないかもしれないからね」
「やったー!」
「サイコ、お前は喜ぶなよ……。お前の重要な任務は絶対に達成できねえんだから……」
「いいじゃん別に! 切り替えていこう!」

 三人は嵐山に到着した。

「落ち着いている感じだね。空気も暑さを抜けば透き通ってる。秋に来れば、紅葉も綺麗だったかな?」
「少しずつ回っていくか」

 しかしサイコが真っ先にお土産店に突入してしまった。

「金はシデンのおごりでしょ? いっぱい買わなきゃ損損!」
「あ、待ってきみ……」

 雪女は彼女を連れ戻そうと、後ろ姿を追いかけた。

「ん?」

 紫電はその時、不自然な人物を見た。

(何だアイツは? コスプレか?)

 テンガロンハットを被ったガンマン風の男が、橋を渡って向こう側に行こうとしている。これが何かのイベントに参加するための衣装なら、別に疑問には思わない。しかし紫電は事前に、この期間にそういう催し物がないことを調べている。

(ちょっと気になるな……)

 周りの人も珍しい物を見る目を向けている。それに対し、何も反応しない男。

(普通の人にも見えてるなら、幽霊ではない? だが……)

 しかし、おかしい点に彼は気づいた。後ろから近づいて、横を見てみた時である。

(汗をかいていない?)

 この暑さ、誰もが薄着になって汗をタオルで拭いている。それなのに、明らかに暑そうな格好をしているその男は、汗を一滴も流していないのだ。
 これはおかしい。紫電の本能がそう告げている。だから彼は、

「おい、ちょっとお前…!」

 肩を叩いてみた。その際、手に霊力を込めた。すると、

「あっ! や、やはり!」

 この男の体が一部、溶けた。紫電の霊力に反応した証拠である。

「お前……! 幽霊か!」

 間違いない。男は紫電から逃げるように、橋の上を走っていく。

「待ちやがれ!」

 その姿を紫電も追いかけた。
 この時の彼にはわからなかったが、これは朔那と病射が放った三体目の迷霊である。

(幽霊がこんなところに? 浮遊霊か、それとも地縛霊? いいやあの姿、自然に発生した幽霊とは考えにくいな……)

 だが察することはできる。何者かの陰謀が、この京都に渦巻いているのかもしれないのだ。
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