第5話 討伐の難易度 その1

文字数 3,057文字

 夕方のことである。緑祁は病院のベッドの上で横になりながら、水平線の向こう側に沈もうとする太陽の方を窓ガラス越しに向いた。ベッドの横には、赤実がいる。

「香恵の、ことは……?」

 皇の姉妹が偽緑祁の討伐に名乗り出なかったのは、緑祁との約束があったからだ。彼女らは偽者を倒すことより、香恵を探すことを優先させた。

「【神代】のネットワークにはまるで引っかかっておらぬ」

 霊能力者なのに活動記録がないのは不思議なことか、それとも行方を眩ませているから当たり前か、香恵の情報はデータベースにはまるでない。緑祁と一緒に、ゴールデンウィーク初日に長崎に来たことぐらい。

「そう、なんだね……」

 ため息をこぼしながら言った。

「そう案ずるでない! こういう時は興信所じゃ! 霊能力者が見つけられないのなら、ひょろ、一般人を頼れればいい!」

 四姉妹の内、見張りではない者は、興信所と一緒に捜索をしている。だから見つけ出せるのも時間の問題だと、赤実は自信満々に言う。

「赤実、そろそろ交代じゃ」

 病室をノックして訪れたのは、朱雀(すざく)。皇の四つ子の末っ子だ。

「わかった。朱雀、ちゃんと見張るのじゃぞ?」
「承った!」


 この晩緋寒は、長崎の空港にいた。北海道の札幌から、双子の霊能力者がやって来るのでその案内をするのだ。

「あれか……」

 ロビーで待っている間、発着する飛行機を見ていた。ちょうど今着陸した機から、冷たい霊気をわずかに感じる。
 ゲートをくぐって現れた二人に、挨拶をする。

「よく来てくれた、氷月兄弟! わちきは緋寒じゃ」

 長崎は彼女のホームグラウンドではないので、観光案内は全くできない。しかし今起きていることを説明することは彼女でも十分だ。

「ああ、こんばんは。私は氷月白夜だ」
「弟の、極夜です。よろしく」

 空港を出て車で移動する。行き先は市内の病院の向かいにあるホテル。その会議室を借り、作戦の詳細を二人に伝えるのだ。

「やあ、ようこそ九州の長崎へ!」

 重之助が既にそこにいて、プロジェクターを起動させている。

「ああ、あなたがあの重之助さんですか! ということはこれは、あなた直々の任務…!」
「まあそうなる。適当に腰かけてくれ」

 長治郎もおり、彼がパソコンを操作して解説を加えていく形式だ。

「メールで伝えた通りのことをしてもらいたい」

 その内容とは、

「永露緑祁を、殺せ。ですよね? そんな物騒なことを本当にするのですか?」
「ちょっと違うことは、読み取れているよね?」
「はい。偽者らしいですが、それでも生身の人間。命を奪うことが【神代】に許されるとは、あまり思えないのですが……」

 寄霊についてここで、長治郎が詳しく説明をする。

「………つまり今俺たちが一連の犯人であると考えている偽者の緑祁は、肉体こそあれど人間ではないのだ。動けば汗もかくし負傷すれば血も流す。それぐらい、寄霊は本物とソックリなんだ。でも、所詮は偽者。おそらく死に至るほどの傷を負えば、体は塵となって消えるだろう。お前たちにそれを頼みたい」

 パワーポイントの中には緑祁の写真も表示される。

「顔はこれで間違いない。君たちと本人を会わせるわけにはいかない。できれば何の感情も緑祁に抱いて欲しくないからだ。少しでも気の毒とか同情をしてみろ、寄霊にそれを利用されるぞ! 無表情で任務をこなせ! 大丈夫だ、害獣駆除とでも思えばいい」
「一つ、質問があります!」

 白夜の発問に重之助が許可を与えると、

「その偽者の緑祁は、どこに現れるかわかっているのですか? 本物は病院にいることはわかりましたが………」
「確証はない。のだが、予想はできる!」

 まず、病院には来ないはず。寄霊は本物が目覚めたことを知らないし、仮に知っていても最初のこん睡状態以外に危害を加える習性がない。それに式神の札を持っていない偽者は、そのせいですぐに本物ではないとバレてしまう。だからあの病院には行かない。

「しかしだ。私たちは偽者の緑祁の行動から、一つの推測を立てた。長治郎、次のスライドを映せ!」

 エンターキーを押し、ページをめくる。

「最初に『橋島霊軍』の慰霊碑。次の日は畜供養塚。どういうわけか偽者は、一日おきに石碑を破壊して回っている。理由は詳しくは知らないが、おそらく石碑という神聖な存在を日に何度も壊せるほど力がないのだろう。元来寄霊は他の幽霊に干渉できないからな、石碑への攻撃にもかなりの労力を割いているはずだ」

 そして、次にターゲットになり得る場所が、

出島(でじま)にある、外人(がいじん)墓地(ぼち)だ。ここには江戸時代に日本に訪れ没した者を祀っている祠がある。他の可能性としては、平和公園だが……そこにはもう既に他の霊能力者が待機している! だから君たち兄弟には、外人墓地を守って欲しい!」
「了解しました!」

 やる気のある返事。

(これには期待が持てそうだが……?)

 長治郎は考える。一対一では難しいかもしれない仕事だが、二人…それも双子の力なら何とかなりそうだ、と。

(だが、あの緑祁という青年は、修練を追い詰めたとも聞く。あの修練の相手をできた人物を完全にコピーし再現した寄霊……。上手くいくかどうか、本当にわからない……)

 希望がある一方で不安もあった。

「一つ、確認したいことがあります!」

 極夜が手を挙げて聞いた。

「何だ?」
「本当に今晩の私たちの相手は、偽者なのですよね? 討伐した後になってから、本物だったってことが起こりえませんか? 私たちは緑祁という人に会ったことはありませんから、対峙しても本物か偽者かなんて区別のしようがありません。これは考えたくないんですが、あなたたちが私たちをはめようとしているって可能性も、ゼロではないのです…」

 要するに、今日の相手が偽者であることの証明をして欲しい、ということ。

「わちきの妹が二十四時間体制で本物を見張っておるが…」

 緋寒が返事をしたが、

「それも嘘かもしれません。その監視している人物が実は、偽者の方だったってオチも」
「では、緑祁と対面した際にこう言え」

 その魔法の言葉は前に絵美が実践している。

「式神を見せてくれ」

 本物の緑祁には、[ライトニング]と[ダークネス]という二体の式神がいる。肌身離さず持ち歩く大切な仲間だ。だが偽者は持っていない。だから、

「今日は持って来ていない、とか、そんなのは知らない、とか…。そういう拒否的な返事をしたら、間違いなく偽者だ」
「その式神とやらは、一体どんな……?」

 長治郎が二人の後ろを指差した。振り向く氷月兄弟。

「うお!」

 そこには、ペガサス型とグリフォン型の式神がいた。任務に赴く霊能力者の説得のために、と緑祁が召喚してここに寄越してくれたのだ。

「いいか? 寄霊が化けている緑祁は、幽霊に干渉できない。それはすなわち、式神も作り出せないということだ。もし仮に持っていたとしても、この二体でなければ偽者だ。これで判別がつく」
「わかりました……。では最後に一つ、頼み事があります」
「何でも言ってくれ」
「偽者を倒したら、本物の緑祁に会わせてください」

 この任務、結構な難易度だ。それは事前に二人に提示された報酬の金額では足りないほど。だからもっと贅沢を言う権利がある。しかし二人は、欲は言わない。この頼みは、交戦した相手が偽者であることを、本物と会うことで証明するためのものだ。

「いいだろう。では、頼んだぞ! 健闘を祈る!」

 二人を送り出すのは、緋寒の役目。同時に偽者を倒したことを確認する役割も担っている。まずは車を運転し、出島に向かう。
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