第3話 黒ずんだ緑 その2

文字数 3,121文字

 移動する車は、骸の所有物だ。まずは仙台城跡で停まる。

「さて、誰と誰が行く?」

 普通なら、骸と雛臥、絵美と刹那で行くだろう。だがここは、裏をかきたい。

「寄霊が作り出した偽者にすら、私と刹那は負けたわ。刹那の実力を疑うんじゃないし一番信じているけど、私は骸と組みたい」
「オーケー」
「異議はない――」

 仙台城跡で降りるのは、雛臥と刹那。絵美と骸はこのまま瑞鳳殿に向かう。

「刹那、どうだろう? 僕と君で緑祁を止められるかな?」
「それは、神のみぞ知る。だが、誰かのために全力を尽くすという行為は、絶対に無駄にはならない。それは緑祁が教えてくれている――」

 正直なところ、二人とも不安だ。

(去年の九月……。紫電が緑祁に競戦を挑んだ時だったな。僕と緑祁が最初に手合わせしたのは、あの時)

 あの時は、緑祁の鍛錬が目的だった。勝負の決め方も、命の奪い合いはせずに審判任せだった。だが今回は違う。

(今の緑祁は、血に飢えている。平然と神社を焼き払い、人を殺すことにも躊躇いがない。ある種の残虐マシーンと化している。となると我らも、タダでは済まない可能性が高い。最悪の場合、命を失う……――)

 今回は、覚悟がいる。緑祁に殺意がある以上、こちらもそれ相当の覚悟を持って挑むべき臨むべきだ。

(いいや、やめろその思考は!)

 思い直す雛臥と刹那。始まってもいないのに弱い方向に流されるのは、非常に危険だ。

「刹那! 僕たちがすべきことを確認しておこう!」
「それは――?」

 緑祁を捕まえる。それが最優先事項だが、できないかもしれない。その場合には、多少傷つけることが有効だ。

「緑祁はいつも香恵と行動していた。逆に言えば、それ以外に回復手段がない状態だ! だから勝てないとしても、負傷させよう! そうすれば、明日以降の探索では有利になれるはず!」
「なるほど。自分たちで終わらせることも大切だが、誰かのために未来に繋ぐことも忘れてはいけない――」

 とにかく緑祁が来るかもしれないので、緊張感を保ちながら彼を待つ。


「そっちはどうだ、骸?」
「まだ来ないぜ」

 もう日は暮れた。雨が降り出しそうな悪い夜空である。

「寄霊の偽者は、夜にしか活動しなかったらしいが……。今回の緑祁はどうなんだろう?」
「わからない。だがよ、【神代】からは何の情報も回って来てないってことを考えれば、昼間は何も行動してない。これはわかってる。やはり動くのなら一般人の目がない夜じゃないか?」

 だとすれば、今からの時間が一番、緑祁が来る可能性がある。

「電話、このまま繋いでおけ! 緑祁が出たら、切るぞ! 雛臥もそうしろ!」
「わかってる。歩けば三十分なら、走ればもっと早く着ける! 僕たちもいつでも行けるように……」

 急に、雛臥の口を手で塞ぐ刹那。もう片方の手である場所を指し示す。

「……!」

 いる。鳥居の上に誰かが立っており、それを刹那が流していた突風が空気の流れで感じ取った。そして肉眼で目視する。

(間違いない……! あの姿、顔は……緑祁!)

 静かに雛臥は、骸との電話を切る。

(落ち着け! まずは落ち着くことが一番大切だ! 焦ってしまっては、できることも何もできない)

 雛臥と刹那は構えた。緑祁の目つきは、いつもよりも鋭く感じる。

「香恵はどこだ?」

 肝心の緑祁は、二人のことを発見したにもかかわらず、そんなことを言う。

「おいおい、僕たちのことは無視なのか?」
「酷い扱いだ――」

 だが、いくら暴走し狂っている状態とは言え、見境なく襲撃する態度ではないことは発言でわかった。

「緑祁! 君はどうしてあんなことをしたんだ? そんなことをするような人じゃないだろう!」
「何故一線を越えたのか。その真意を知りたい――」

 一応、聞いてはみた。ただ、答えはあまり期待していない。

「答えろ、緑祁!」
「香恵のためさ」

 すると、以外にも返事があったのだ。だが答えになっていない返答だ。

「香恵が、どうかしたのか?」
「香恵は僕のものだ。他の誰にも渡さない。さあ、香恵を出せ!」
「言葉は通じても話は通じないようだな、緑祁……。やはり正常な状態じゃない」

 雛臥は考える。何か悪い霊に取り憑かれたのではないか、と。その後ろにいる邪悪な念を祓ってしまえば、緑祁は正気に戻れるとも。

「育未、由李、絢萌の三人を殺害しようとした事実は? その理由は何だ? 何故人の命を疎かにできる――?」

 この質問をしたのは、刹那だ。彼女も雛臥と同じく、異常な何かが緑祁の思考に悪影響を及ぼしていると思っている。

「君たちも邪魔だよ。僕の邪魔をする奴らは全員、容赦しない!」
「香恵をどうしたいのだ――?」

 一番気になることだ。答えによっては香恵と再会させることで、邪気を祓えるかもしれない。
 が、

「香恵を永遠に、僕のものに! それこそ、心すらも命すらも! あ、そうだ! 殺してしまえばずっと僕のものになる!」

 緑祁はそう言ってしまった。香恵に対する執着心と、刹那が呟いた殺害という単語が結びついてしまい、その結論を出してしまったのだ。

「病んでるストーカーみたいなことを言うのか――!」
「ここに連れて来なくて良かった……」

 もし今の緑祁が香恵と会ったら、即座に彼女は殺されてしまうだろう。緑祁の歪んだ発想の欲を満たしたいがために。

「刹那、これは香恵と会わせるわけにはいかない! どうにか、捕まえよう! 骸と絵美もすぐにここに来てくれるはずだ!」

 どうにか、二人が来るまで粘る。緑祁の確保が本命だが、相手は命を奪うことを平然と公言しているのだ、手加減して戦える相手ではない。

「君たちは、香恵の居場所を知っているのかい? なら、教えてよ」
「言うわけがない――!」
「なら……この世から退場させてやるさ」

 鳥居からジャンプして降りる緑祁。

「言えば見逃してやるよ。でも言わない口は、いらないね。黙るなら永遠に黙ってなよ」

 着地し、そんな言葉を二人に投げかけそして構える。

「緑祁……!」

 できるなら戦いたくない相手だ。雛臥も刹那も、緑祁の実力は把握している。

(戦術は、力押しはしない。だけど逆に言えば、僕たちもそれは不可能だ。緑祁は相手の攻撃を利用する、カウンターが一番得意なんだ。どうにか刹那と一緒に、反撃の隙を与えなければ……)

 最初に動いたのは、雛臥だ。霊障発展・業火を手のひらに出現させた。赤い炎が周囲を照らし出す。

「いくぞ、緑祁! 本来の君を取り戻してみせる!」
「笑わせないでくれよ。君が僕に勝てるわけがないだろう? さあ早く香恵の居場所を教えてくたばるんだ」
「させぬ――!」

 刹那も動く。その動作には霊障発展・突風がかかっているのでこの場の誰よりも速い。

「業火に突風だっけ? 霊障発展は面倒だね。でもね、僕には通じないよ……!」

 自信満々だが緑祁は後ろに動いた。雛臥が放った火炎を避ける。

「どうだ! 鉄砲水程度の水量じゃ、消火できないぞ! 今の君がおかしくなっている以上、もう僕も容赦はしない! 瀕死にしてでも連れ戻す!」
「熱くてかなわないね。でもそれだけさ」

 対する緑祁も、霊障を使った。旋風だ。風を起こして炎の軌道を変えようとしている。

「そうはいかない――」

 すかさず刹那が突風を使用し、緑祁の風を遮る。同じタイプの霊障なら、霊障発展の方が強い。
 旋風が封じられると緑祁は、鉄砲水を繰り出してきた。

(……? 単純だな……?)

 意外にも、そういう感想を抱いた雛臥。

(油断はできない。育未たちが、現に負けている――……)

 しかし気を抜くわけにもいかない。だから、

「一気に攻めるぞ、刹那! 緑祁に反撃の隙を与えるな! 出し惜しみも駄目だ!」
「承った――!」

 緑祁に近寄る二人。
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