第7話 消滅指令発動

文字数 5,720文字

 結局怨完は太平洋を泳ぎ、三宅島にたどり着いた。流石に疲弊しているのか、陸に上がるとその体はへばっている。

「皇、島に着陸しろ! 八人で、島の、一般人を守れ。邪産神の討伐部隊は、本土から送る」

 四機のヘリコプターは三宅島空港に着陸。すぐに八人は住民の護衛に回る。


 同じころ、房総半島のあの砂浜近くに、霊能力者たちが集まっていた。

「どうだ?」
「毒厄は祓った。でも……」

 絵美たちは、かなり消耗している。それを聞いた聖閃は、

「彼女たちは病院に搬送した方がいい。凱輝さんによれば、三宅島に逃げた邪産神を討伐するために大援軍を島に送るらしい! だがそれには、参加はさせられないな……」

 これ以上無理をさせたくない。そう判断したため、

「この先は、僕たちに任せなよ。必ずや邪産神の首を持ち帰ってくる。心配はするな、今はお前たちの身の方が大事だ」
「ごめんなさい……。私たちが無力なせいで……」
「いいやそうでもないよ?」

 賢治は言う、

「邪産神の性質がわかったんだ。霊障だけじゃなく霊障合体まで使ってくる! そして人の命を、精神か生気を吸うことで奪える! これだけわかれば、対処は簡単だ」

 絵美たちが戦ってくれたからこそ、今後の作戦が立てられるということを。

「欠員は、【神代】が補充してくれると思います。だから本当に何も心配しないで、今は回復に努めてください!」

 柚好は救急車を呼び、絵美たちを病院に送った。

「みんな。今日は休もう。各自、【神代】の命令に備えてくれ」

 この日は解散した。


 八戸にある小岩井家の豪邸に、緑祁と香恵はまだいた。ちょうど大学も休みで、しかもお邪魔していても文句を言われないのだ。だからちょっと観光もしてみる。

「ん? 【神代】からのメールだ……」

 その夜、紫電が気づいた。自分のアドレスに緊急メールが届いていたのだ。内容を確認したらすぐに、雪女の部屋にまず行って、

「ちょっと大事な話がある! 緑祁や香恵にも伝えねえと!」

 それから客間に行き、三人を集めた。

「どうしたんだい、紫電?」
「緊急事態だ。俺に招集がかかった! 【神代】からだ!」
「な、何だって! それは一体……?」

 香恵はタブレット端末を操作し、

「これ、ね……。邪産神という幽霊の除霊。危険なミッションだわ」

【神代】のデータベースにもその情報があった。

「明日、夕方ごろに船が出る。俺はそれに乗って、この幽霊…邪産神と戦わなければいけない。これは命令だ。逆らえないし、そんなつもりもない」
「それは、僕も行くべき?」

 緑祁が聞いた。というもの彼のスマートフォンには、そんなメールは来ていないのだ。

「来い! とにかく、人員を揃えた方がいい! 俺、緑祁、雪女、香恵……。この四人は確定だ。後は誰か、誘えるヤツはいるか?」

 そう聞かれたら、緑祁と香恵は必ず、

「辻神だ! 辻神と山姫と彭侯なら、その強さは僕が保証するよ。それに病射と朔那も!」

 その名を挙げた。

「今、連絡を入れるわ」

 即座に返事が来た。答えはイエスだ。

「緑祁! 式神の札は?」

 緑祁は懐を見せて、

「ちゃんとここに」
「俺もフル動員する! この幽霊、かなり悪質らしいぞ!」

 情報によれば、既に多大な被害を出しているらしい。特に病院がその被害を受けていることが、紫電が一番許せない点だ。


 次の朝一番で、東京の港に集合する。

「それは、本当なのかい……?」

 そこで再会した聖閃から、昨日絵美たち四人が危険な状態だったことを緑祁と香恵は初めて聞いた。

「なら、お見舞いに行かないといけないわ」
「それは、邪産神を倒した後にしてくれ! 今はそっちが一番、優先順位が高いんだ! 僕だって他の任務を放棄して来ているんだ、我慢してくれ」
「無事なんだよね?」
「ああ。昨日はマジでヤバかったが、峠は安全に降りれた。まだ入院は必要みたいだけど、もう快方に向かってると聞いた」

 胸をなで下ろした二人。
 そこに、辻神たち三人も合流。

「久しぶりだ、緑祁」
「ああ、辻神! 元気そうで何よりだよ」

 ところがそうでもない。彼らにはある懸念がある。

「心の中が、どうも落ち着かない」
「それはどうして?」

 しかしその答えを三人は、今は持ち合わせていない。

「病射と朔那も呼んだ。アイツらがその解答を持って来てくれるはずだ……」

 先に【神代】の大型フェリー、フェロック号に乗り込んでおく。客室に荷物を置き、今はそこで待機。時間が来たら、大広間に集合だ。
 午後三時過ぎになって、病射と朔那と弥和がこの港にやって来た。一緒に慶刻もついて来ている。

「心霊研究家が? どうして?」
「おれじゃ全部説明できねーっスからね。専門家に話してもらうのが一番っスよ」

 慶刻がついて来たのは、病射が今説明した理由の他にも、邪産神に関するデータを採取するためでもある。
 大広間はちょっとした会議ができる設備が整っており、そこで慶刻は前に出てプロジェクターを起動しノートパソコンを接続、パワーポイントの画面を映し出した。

「みんな、席には着いた? では始めよう」

 時刻は午後七時。フェロックは三宅島へ出港した。到着予定は午前一時だ。港を離れると同時に作戦会議も始まる。

「今回話題になっている邪産神……。その性質、昨日の戦闘でわかったことがある。でもそれ以上に俺は、あることに気づいた」

 それは、辻神に送ってもらった幽霊のサンプルだ。霊障を使い、さらに霊障合体までも使いこなしてみせたその幽霊には、自分の体を再構成する力が備わっていた。

「ちょっと待ってくれ、慶刻。それじゃあ、私たちが退治した幽霊は、実は逃げていたと?」
「その時はまだ、邪産神じゃなかったんだと思う。その前身となる幽霊が、お前たちと対峙したんじゃないかな? しかもソイツは青森から西へ京都から東へと何度も長距離移動しているんだ。そもそも最初は、病射が戦った幽霊だった」
「何?」

 青森で誕生した幽霊が大阪に来て、それが首都圏にまで逃げた。

「待て待て! おれだってあの幽霊はやっつけたっスよ?」
「病射、お前も見ただろう? あの幽霊は体の一部……それこそ指先だけでも残っていれば、全身を再生できるんだ。お前の腕を疑うわけじゃないけど、戦闘中に体の一部が千切れたりしたのでは?」
「どうだったか……」
「……まあ、邪産神の起源はいろんな説があると思うよ。青森で産まれたことだけはわかっているけど、誰の死がそれに昇華したのか、判別がつけ難い。それは討伐した後で議論しよう」

 そしてその議論は、今は重要じゃない。大切なのは、邪産神は学習する幽霊であるということと、体の一部さえ残っていれば何度でも蘇ることができてしまうことだ。

「霊障の使用はおそらく、学習した結果身についたんだろう。邪産神本来の能力は、再生することだけ。だけど次元が、プラナリアやウーパールーパーとは違う。移動能力も高い。房総半島から三宅島に逃げることだって、そんなに苦労していない……疲弊してないのかもしれない。でも今三宅島では、皇の四つ子たちが島民を守っているが、相手に動きはないらしいんだ……」

 邪産神を完全に消滅させる方法はただ一つ。

「体のパーツを千切らずに、本体だけを読経して消す! そのためには普通に戦ったんじゃ駄目だ。一度、捕まえるんだ。その後に除霊をしよう。かなり難しいミッションになると思うけど、完全に消し去るにはそれしかない」

 研究のために確保したいのではない。【神代】はその目で、邪産神が消える瞬間を見て確認したいのだ。

「霊障は、邪産神には効く。でも注意して欲しいのは、相手は自分たちの霊障をコピーしてくることだ。霊障合体すらも再現してくる。だから、かなりの強敵だ……」
「俺たちが、負けるってか? お前、本気でそう思ってんのかよ?」

 紫電が言った。すると他の霊能力者も、

「そうだ! 俺たちは絶対に勝つぞ! 邪産神を除霊してやるんだ!」

 活気に満ちて叫ぶ。この勇ましい声、慶刻はとてもありがたく聞いていた。

「頑張ってくれ! 研究者の俺から言えることは、邪産神の性質ぐらいだ。でもそれも机上だけのスペックかもしれない。常に成長し続ける……厄介な幽霊だ。でも俺は、生者と死者の狭間に白黒つけるのは情熱ある魂だと思う! それはみんなが持っている、心の中にある!」

 鬼越長治郎は慶刻からマイクをバトンタッチし、画面を切り替えた。

「皇の四つ子によれば、邪産神は島の北東側にいるらしい。島に港は南西側……邪産神がいる場所から火山を挟んだ反対側にしかないので、当然このフェリーもそこに行くのだが……ここで一つ、二手に分かれよう。このフェリーと一緒に島の下方向から攻める人たちと、そうだな、救命ボートで先に北側に上陸する人たちに分ける! 挟み撃ちにするんだ!」

【神代】の作戦はそれだ。これに対し、みんな異議はない。

「よし、では班分けをする。救命ボート組とフェリー組に分かれよう。最大限みんなの希望を反映するつもりだ。こっち……この広間の右が、救命ボート組。左がフェリー組。希望する方に、今、移動してくれ」

 みんなが立ち上がり、各々の霊障や戦いのスタイルに合わせて移動する。

「緑祁はどうする?」
「僕は、救命ボートの方で先に上陸しようかな」
「どうして?」

 紫電の問いに対し彼は、

「だってそうすれば、紫電よりも先に邪産神を叩ける! 言っておくけど、先は越させないよ?」

 ここで緑祁はライバル心を燃やし、紫電よりも先に邪産神と対峙し倒したいという希望を言った。

「いい答えだ!」

 それを受けた紫電は迷うことなく、雪女の手を握って引っ張り、フェリー組の方に移動。香恵はもちろん緑祁と一緒に救命ボート組。

「香恵、今回の任務はかなり難しいだろう。負傷は免れないと思う。その時は、おまえの力でみんなのことを治療してくれ」
「ええ、もちろん。そのつもりよ」
「ぼくたちが全力で守るから! 香恵は後ろにいて大丈夫だヨ!」
「こういう時に味方になってくれるとかなり頼もしいぜ!」

 辻神、山姫、彭侯の三人も一緒だ。

(ならばかなり心強いぞ! 紫電の出番は増々ないね)

 また、【UON】から派遣された霊能力者も今回、辻神と一緒だ。

「シザースです。ノルウェー出身! キミのことはツジガミから聞いてます。よろしく」
「うん、よろしく!」

 一方のフェリー組の方には、病射、朔那、弥和が入る。これは辻神からの指示でもあり、彼らはちゃんとした理由で二手に分かれた。

「病射か。そう言えばちゃんと話すの、初めてな気がするな……」
「そうっスね。距離的にも遠いし、仕事でも交流がないっスからね」
「でも頼りにしているぞ。電霊放を使えるヤツに弱いヤツはいねえ」
「雷の真理っスね。電池の方は足りてんスか? この船の売店で買っておきます?」
「そうだな、補充しよう。お前はいつもどこの電池を使ってる?」
「パナソニック一択っスよ」
「わかる。非常によくわかる。俺もエボルタ使ってるし。王道だよな!」
「でも辻神は三菱電機っスよ」
「アイツは確か、数を重視してるだろう? 一概に邪道とは言えねえな…」

 紫電はダウジングロッドの、病射は電子ノギスと腕時計の電池を新しくした。

「………ごめん、誰?」
「あ、弥和です。骨牌弥和! 朔那とはいとこ同士なんです」
「そうだったんだね。初めまして、私は稲屋雪女。朔那とは前に会ったことはあるけど……」
「覚えてるさ。聞く話によればお前は、元々は『月見の会』だったんだって?」
「よく知ってるね」
「そこでは幽霊の研究とかはしてなかったのか?」
「正直、屍亡者とかも今回初めて聞いたんだ。あの会は私が生まれた時には既に本来の目的を失って、【神代】への恨みつらみばかりだったから……」
「屍亡者?」

 その単語に、朔那が反応した。

「今回、関係ないだろう、それは?」
「だとは思うんだ。でも……」

 雪女は、自分の中にある考えを言った。

「きみたちが邪産神の原型と戦ったっていうその直前に、紫電の親の病院で屍亡者が出現しててさ。さっき慶刻が、邪産神は青森出身だった、って言ってたでしょう? もしかしたら、関係とかあるのかな……」
「あったとしても! 除霊してやるだけだ! 気にすることはない!」

 そもそも邪産神の誕生は誰のせいでもない。だから気に病むのは疲れるだけだと朔那は雪女に言った。

「大体、半分になったか!」

 霊能力者たちは半々に分かれた。そこで慶刻が捕えるための札と提灯を配った。

「これに入れて、それから除霊だ! 間違っても邪産神を刺激して、体をバラバラにしたりしてはいけない!」

 ついでに命繋ぎの数珠も配る。

「これはできれば使わない方が嬉しい。でも念のためだ! 事実として廿楽絵美たちは、死の寸前まで追いやられている! 相手はこちらの命を奪うことに躊躇がないんだ、それを肝に銘じてほしい!」

 必要な品の配布が終わると、長治郎は、

「では、一旦解散だ! 三宅島には午前一時頃に到着する予定。フェリー組はそのまま入港する! 救命ボート組は、島が見えたら救命ボートに乗り込んで出発だ!」

 各自に自由時間を与える。体を休ませる設備はこのフェリーに整っているので、リラックスに努めてもいい。劇場もあるので娯楽を味わうのもありだ。

 だが、長治郎はスマートフォンを取り出し電話をかける。

「もしもし? 俺だ。航行は順調か?」

 電話の相手は、フェリーの操縦室に送り込んだ彼の腹心、里見可憐だ。長治郎はこの任務に保険として、彼女を同行させていたのである。

「予定通りよ。トラブルとかは何もなし」
「そうか、わかった。何度も言うが、いざという時は………頼んだぞ」
「はいはい。元より最後は私が締める、そういうつもり」

 可憐は扇子を取り出した。それは彼女が、切断に特化した札で自作した、言うなれば札扇(さっせん)と呼ぶべきものだ。可憐は霊障は使えないし、その武器である札扇も邪産神との相性はあまり良くないと思われるが、それでも彼女は自信満々だ。

 邪産神の消滅命令は下された。このフェリーと同じく、もう後戻りはできない。未来は【神代】の霊能力者か邪産神のどちらかしか、掴み取れないのである。
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