第10話 二色の結末 その3
文字数 3,503文字
「ふ、ふー」
足が震えて紫電は座ろうと思った。でもそう考えただけで、実際にはしない。
「緑祁…。邪魔者は消えたぜ? そして俺とお前の、命繋ぎの数珠はまだ切れてない! さあ勝負再開だ!」
「ああ、いいよ……」
二つ返事で了承する緑祁。
「ちょっと待って! 二人とも」
香恵が異を唱えた。彼女は、
「緑祁も紫電も、もうズタボロだわ。こんな状況で勝負を再開するだなんて、無理よ。だから私が霊障……慰療でまず治して……」
勝負を邪魔する気はない。ただ、二人をベストコンディションに戻してやりたかったのである。
しかし彼女を雪女が止める。
「それは駄目だよ、香恵。二人の傷は犠霊を倒した証。それを決着もついてないのに、治してしまうの? その行為は二人の意志を冒涜してる」
「そ、そう?」
「うん。今、紫電と緑祁は、かなりの熱があるよ。その熱が冷めないうちに勝負させた方がいい。きみが水を差したら、振り出しに戻るどころかこの競戦自体の意味を問うような結果に繋がりかねない。緑祁のことを治療したい気持ちはわかるけど、それは勝敗が決するまで抑えて」
反論ができなかった香恵は、下がった。でも雪女には、二人の意志を尊重する他に別の感情もあった。
(紫電……。気づいてないかもだけど、私は見たよ? 電霊放の色が元に戻ってしまった。それはきみに憑依している霊鬼が、壊れたことを意味してる。もう前のような力は出せない。だから今、決着をつけて)
犠霊との戦いの最中、霊鬼は役目を果たして壊れてしまったのだ。パワーアップのない状態で香恵が二人の傷を治したら、紫電が不利になりかねない。雪女はそうも感じたから、香恵を止めたのである。
「……他に何か言いたいギャラリーはいるか?」
紫電が言うと、
「言わせない。紫電、緑祁! 決着をつけろ!」
長治郎が答えた。
「……だってよ、緑祁!」
「紫電、僕も同じ意見だよ。さあ最後の戦いだ!」
二人は構える。紫電はダウジングロッドを、緑祁は手を。
(紫電は電霊放を外さない。だったらそれを利用するんだ!)
作戦が決まった緑祁は、自分の後ろに風を起こす。
「動いたな?」
その動作に反応に、紫電が電霊放を撃った。
(……! 暗黒電霊放じゃなくなってる…? ってことは、俺に憑依している霊鬼がオシャカになっちまったか! でも、いい! 霊鬼よ、礼を言うぜ! ここまで俺を連れてきてくれたんだからな!)
旋風に乗って迫ってくる緑祁に電霊放が当たる。
「う、うぎゃぎゃががっ! だ、だけど!」
緑祁も前に進むことをやめない。紫電の目の前に来ると、まず彼の手に握られているダウジングロッドを掴む。そして次に、彼の肩をもう片方の手で掴んだ。
「なっ!」
二人の体が繋がった。そしてダウジングロッドから放たれる電霊放は直に緑祁を襲い、それが紫電にも逆流する。
(し、しまっ!)
霊鬼のおかげで逆流しなくなっていた紫電は、帯電対策を怠っていた。いいやこの場合していても結果は同じだっただろう。そのせいで彼にも電流が流れる。
「い、いや! これはチャンスだぜ!」
この時、彼は考えた。
(俺の体に電霊放を流させる? いい考えだが、お前の方が先に耐え切れなくなるだろうな? 電霊放は続行だ! 緑祁、お前だけ痺れ落ちろ!)
電霊放を緑祁の体に流し続けた。当然それは肩から紫電に戻っていくのだが、それでもお構いなしだ。
そして緑祁も、紫電から手を離さない。
(苦しい、けど! 紫電に先に音を上げさせる! もう僕には霊障を起こせるほどの体力はないんだ、これしかない!)
二人とも強靭な意志を持っている。
「紫電、僕は負けないぃいいい!」
「緑祁ぇええええええ!」
激しく稲妻が瞬く中、その音は突然訪れた。
ブチっと、何かが千切れる音がした。
「あっ……!」
二人同時に声を出した。というのも命繋ぎの数珠が切れ珠がこぼれるのも同じタイミングだったからだ。
この反動で、緑祁は紫電から手を離した。同時に紫電の電霊放も途切れた。
「数珠が切れた。ということは!」
競戦の終わりを意味している。だから長治郎は叫ぶ。
「そこまで! 試合終了だ!」
その声が広場に響くと、緑祁も紫電も力なくその場に倒れ尻餅を着く。
「どっちの勝ちだ……?」
戦いを見ていた長治郎をはじめとする十一人は、口を揃えて言う。
「同時に二人の数珠が切れた」
と。
「……引き分けか?」
「でも待て。確かルールでは……」
再確認すると、数珠が切れた方が負け、としか書かれていない。
「引き分けじゃないな、二人とも負け、だ」
勝負の結末は、あいこであった。だから長治郎は改めて、
「ここに競戦の結果を宣言する! 勝者はなし! ただ二人! 紫電と緑祁が敗北だ!」
高らかに宣言した。
「待ちなさいよ。そんなの納得できると思う? おあいこなら、二人とも勝者じゃないの?」
すぐさま絵美がツッコみを入れるが、
「いいや。勝ち残る者は数珠が残っていた方。二人はその条件を満たしていない! だから勝利とは言えない」
受け入れられなかった。
「いいじゃないか、これで」
雛臥が言う。
「ライバル同士、優劣をつけたい気持ちはわかる。でもここで白黒がハッキリしてしまうと、ライバル心も燃え尽きてしまうのではないだろうか? そうじゃないですか、長治郎さん?」
「それについては、よくわからないな。でも、二人は立派によく戦った。それだけは事実だ。香恵、二人の怪我を治してやってくれ」
命じられて香恵はまず緑祁の手当てをする。
「緑祁の勝ちよ。私はそう思うわ」
彼女は緑祁の肩を持とうとした。でも、
「いいやそうじゃないよ。僕は紫電だけを負けさせられなかった。だから僕も負け、だ…」
彼はその、二人とも敗北という結果を受け入れていたのだ。
そしてそれは、紫電も同じ。
「引き分けとも取れるが、ここは二人とも敗北ってことの方がいいな。決着はついた。俺も緑祁も、負けで」
「それでいいの、紫電?」
紫電の方には、雪女が駆け寄る。すると彼は、
「ああ。正々堂々戦った結果がこれなら、俺は潔く受け入れるぜ。異議はねえよ」
と答える。この時雪女は感じる。
(紫電の中に、最初に会った時のような熱がない。すがすがしい感情を抱いてる。本当に文句がないんだ)
闘志が消えている。燃え尽きたと言い換えるべきか。
「香恵、緑祁の方を治したら俺の手当ても頼むぜ?」
「任せて」
香恵は二人の体を完治させるまで霊障を使い続けた。
「整列!」
長治郎がこの現場の最後を仕切る。まずは緑祁と紫電を並ばせ、
「では競戦の結末を、言え!」
二人に答えさせた。
「負けました」
「敗北です」
両名とも、納得のいった表情をしている。
緑祁も紫電も敗北した。
「では、解散!」
既に夕方だった。長治郎がこの日の日程の終了を宣言すると、みんな帰路に就く。先に船に乗ったのは紫電と雪女だった。二人は下関に戻るのだ。
「なあ雪女、俺はお前の望み通りにできたか?」
彼が聞いた。雪女の当初の目的は、霊鬼の破壊。それもちゃんとした役目を与えた上で。
「できていたよ、紫電。私が望んだ通り、きみはそれによく応えてくれた。ありがとうね」
もう鏡は必要ない。だから彼女は船の上から、余った手鏡を海に向かって投げ捨てた。
(兄さん、見てる? 兄さんの作った霊鬼は二人の霊能力者を戦わせることになったけど、二人ともその結末に納得してる。兄さん、安らかに眠ってね……)
そして空を見上げた時に彼女は兄、遠呂智の顔を見た気がした。その顔はとても清らかな表情で、ありがとう、と言いたげに口元が動いたように見えた。
帰りの船に乗り込んだ緑祁と香恵。
「緑祁、また紫電と戦う気があるんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
香恵はそんなことを緑祁に問いかけていた。
「だって……。勝者はいなかったのよ? それってちょっと、腑に落ちない気がするわ」
「そんなことないよ」
と彼は返す。
「だって、僕も紫電も全力を出せたんだから。僕は文句ないよ、寧ろスッキリしたんだ」
「そうなの…?」
「うん。結局、僕と紫電は勝敗で測れる間柄じゃないんだよ。どんなに戦っても、多分今日と同じ結果になるんじゃないかな?」
そう言い切れる気がするのだ。それは紫電も感じていることなので、だから異論がないのである。
「さあて香恵、青森に戻ろう! まだ夏休みは少しあるから、行きたいところに行こうよ。それとも先に九州を観光して回ろうか?」
「それもいいわね」
香恵は緑祁について行くことにした。でもそれは彼の後ろをただ追うだけではない。どんな結果であっても彼と同じく受け入れることを意味しているのである。
足が震えて紫電は座ろうと思った。でもそう考えただけで、実際にはしない。
「緑祁…。邪魔者は消えたぜ? そして俺とお前の、命繋ぎの数珠はまだ切れてない! さあ勝負再開だ!」
「ああ、いいよ……」
二つ返事で了承する緑祁。
「ちょっと待って! 二人とも」
香恵が異を唱えた。彼女は、
「緑祁も紫電も、もうズタボロだわ。こんな状況で勝負を再開するだなんて、無理よ。だから私が霊障……慰療でまず治して……」
勝負を邪魔する気はない。ただ、二人をベストコンディションに戻してやりたかったのである。
しかし彼女を雪女が止める。
「それは駄目だよ、香恵。二人の傷は犠霊を倒した証。それを決着もついてないのに、治してしまうの? その行為は二人の意志を冒涜してる」
「そ、そう?」
「うん。今、紫電と緑祁は、かなりの熱があるよ。その熱が冷めないうちに勝負させた方がいい。きみが水を差したら、振り出しに戻るどころかこの競戦自体の意味を問うような結果に繋がりかねない。緑祁のことを治療したい気持ちはわかるけど、それは勝敗が決するまで抑えて」
反論ができなかった香恵は、下がった。でも雪女には、二人の意志を尊重する他に別の感情もあった。
(紫電……。気づいてないかもだけど、私は見たよ? 電霊放の色が元に戻ってしまった。それはきみに憑依している霊鬼が、壊れたことを意味してる。もう前のような力は出せない。だから今、決着をつけて)
犠霊との戦いの最中、霊鬼は役目を果たして壊れてしまったのだ。パワーアップのない状態で香恵が二人の傷を治したら、紫電が不利になりかねない。雪女はそうも感じたから、香恵を止めたのである。
「……他に何か言いたいギャラリーはいるか?」
紫電が言うと、
「言わせない。紫電、緑祁! 決着をつけろ!」
長治郎が答えた。
「……だってよ、緑祁!」
「紫電、僕も同じ意見だよ。さあ最後の戦いだ!」
二人は構える。紫電はダウジングロッドを、緑祁は手を。
(紫電は電霊放を外さない。だったらそれを利用するんだ!)
作戦が決まった緑祁は、自分の後ろに風を起こす。
「動いたな?」
その動作に反応に、紫電が電霊放を撃った。
(……! 暗黒電霊放じゃなくなってる…? ってことは、俺に憑依している霊鬼がオシャカになっちまったか! でも、いい! 霊鬼よ、礼を言うぜ! ここまで俺を連れてきてくれたんだからな!)
旋風に乗って迫ってくる緑祁に電霊放が当たる。
「う、うぎゃぎゃががっ! だ、だけど!」
緑祁も前に進むことをやめない。紫電の目の前に来ると、まず彼の手に握られているダウジングロッドを掴む。そして次に、彼の肩をもう片方の手で掴んだ。
「なっ!」
二人の体が繋がった。そしてダウジングロッドから放たれる電霊放は直に緑祁を襲い、それが紫電にも逆流する。
(し、しまっ!)
霊鬼のおかげで逆流しなくなっていた紫電は、帯電対策を怠っていた。いいやこの場合していても結果は同じだっただろう。そのせいで彼にも電流が流れる。
「い、いや! これはチャンスだぜ!」
この時、彼は考えた。
(俺の体に電霊放を流させる? いい考えだが、お前の方が先に耐え切れなくなるだろうな? 電霊放は続行だ! 緑祁、お前だけ痺れ落ちろ!)
電霊放を緑祁の体に流し続けた。当然それは肩から紫電に戻っていくのだが、それでもお構いなしだ。
そして緑祁も、紫電から手を離さない。
(苦しい、けど! 紫電に先に音を上げさせる! もう僕には霊障を起こせるほどの体力はないんだ、これしかない!)
二人とも強靭な意志を持っている。
「紫電、僕は負けないぃいいい!」
「緑祁ぇええええええ!」
激しく稲妻が瞬く中、その音は突然訪れた。
ブチっと、何かが千切れる音がした。
「あっ……!」
二人同時に声を出した。というのも命繋ぎの数珠が切れ珠がこぼれるのも同じタイミングだったからだ。
この反動で、緑祁は紫電から手を離した。同時に紫電の電霊放も途切れた。
「数珠が切れた。ということは!」
競戦の終わりを意味している。だから長治郎は叫ぶ。
「そこまで! 試合終了だ!」
その声が広場に響くと、緑祁も紫電も力なくその場に倒れ尻餅を着く。
「どっちの勝ちだ……?」
戦いを見ていた長治郎をはじめとする十一人は、口を揃えて言う。
「同時に二人の数珠が切れた」
と。
「……引き分けか?」
「でも待て。確かルールでは……」
再確認すると、数珠が切れた方が負け、としか書かれていない。
「引き分けじゃないな、二人とも負け、だ」
勝負の結末は、あいこであった。だから長治郎は改めて、
「ここに競戦の結果を宣言する! 勝者はなし! ただ二人! 紫電と緑祁が敗北だ!」
高らかに宣言した。
「待ちなさいよ。そんなの納得できると思う? おあいこなら、二人とも勝者じゃないの?」
すぐさま絵美がツッコみを入れるが、
「いいや。勝ち残る者は数珠が残っていた方。二人はその条件を満たしていない! だから勝利とは言えない」
受け入れられなかった。
「いいじゃないか、これで」
雛臥が言う。
「ライバル同士、優劣をつけたい気持ちはわかる。でもここで白黒がハッキリしてしまうと、ライバル心も燃え尽きてしまうのではないだろうか? そうじゃないですか、長治郎さん?」
「それについては、よくわからないな。でも、二人は立派によく戦った。それだけは事実だ。香恵、二人の怪我を治してやってくれ」
命じられて香恵はまず緑祁の手当てをする。
「緑祁の勝ちよ。私はそう思うわ」
彼女は緑祁の肩を持とうとした。でも、
「いいやそうじゃないよ。僕は紫電だけを負けさせられなかった。だから僕も負け、だ…」
彼はその、二人とも敗北という結果を受け入れていたのだ。
そしてそれは、紫電も同じ。
「引き分けとも取れるが、ここは二人とも敗北ってことの方がいいな。決着はついた。俺も緑祁も、負けで」
「それでいいの、紫電?」
紫電の方には、雪女が駆け寄る。すると彼は、
「ああ。正々堂々戦った結果がこれなら、俺は潔く受け入れるぜ。異議はねえよ」
と答える。この時雪女は感じる。
(紫電の中に、最初に会った時のような熱がない。すがすがしい感情を抱いてる。本当に文句がないんだ)
闘志が消えている。燃え尽きたと言い換えるべきか。
「香恵、緑祁の方を治したら俺の手当ても頼むぜ?」
「任せて」
香恵は二人の体を完治させるまで霊障を使い続けた。
「整列!」
長治郎がこの現場の最後を仕切る。まずは緑祁と紫電を並ばせ、
「では競戦の結末を、言え!」
二人に答えさせた。
「負けました」
「敗北です」
両名とも、納得のいった表情をしている。
緑祁も紫電も敗北した。
「では、解散!」
既に夕方だった。長治郎がこの日の日程の終了を宣言すると、みんな帰路に就く。先に船に乗ったのは紫電と雪女だった。二人は下関に戻るのだ。
「なあ雪女、俺はお前の望み通りにできたか?」
彼が聞いた。雪女の当初の目的は、霊鬼の破壊。それもちゃんとした役目を与えた上で。
「できていたよ、紫電。私が望んだ通り、きみはそれによく応えてくれた。ありがとうね」
もう鏡は必要ない。だから彼女は船の上から、余った手鏡を海に向かって投げ捨てた。
(兄さん、見てる? 兄さんの作った霊鬼は二人の霊能力者を戦わせることになったけど、二人ともその結末に納得してる。兄さん、安らかに眠ってね……)
そして空を見上げた時に彼女は兄、遠呂智の顔を見た気がした。その顔はとても清らかな表情で、ありがとう、と言いたげに口元が動いたように見えた。
帰りの船に乗り込んだ緑祁と香恵。
「緑祁、また紫電と戦う気があるんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
香恵はそんなことを緑祁に問いかけていた。
「だって……。勝者はいなかったのよ? それってちょっと、腑に落ちない気がするわ」
「そんなことないよ」
と彼は返す。
「だって、僕も紫電も全力を出せたんだから。僕は文句ないよ、寧ろスッキリしたんだ」
「そうなの…?」
「うん。結局、僕と紫電は勝敗で測れる間柄じゃないんだよ。どんなに戦っても、多分今日と同じ結果になるんじゃないかな?」
そう言い切れる気がするのだ。それは紫電も感じていることなので、だから異論がないのである。
「さあて香恵、青森に戻ろう! まだ夏休みは少しあるから、行きたいところに行こうよ。それとも先に九州を観光して回ろうか?」
「それもいいわね」
香恵は緑祁について行くことにした。でもそれは彼の後ろをただ追うだけではない。どんな結果であっても彼と同じく受け入れることを意味しているのである。