第6話 裁きの霹靂 その1
文字数 3,447文字
「あなたが本物の、緑祁君か」
朝、最初に病室を訪れたのは緋寒と氷月兄弟だ。
「……そっちは誰?」
「あなたの偽者の討伐を任されていた者だ」
しかしそれは失敗してしまった。予想外に偽緑祁が強すぎたのである。
「そっか。じゃあ僕の偽者は、また何かしでかしたんだね。それに二人のことも傷つけてしまった……。ごめん」
「あなたが謝ることじゃない。悪いのは全て、寄霊なんだ」
氷月兄弟はもう北海道に帰る。病室には朱雀と交代した緋寒だけが残る。
「わちきはそなたと一戦交えたこともない。じゃが、様子を見ていて感じた。皇の姉妹が合わされば、殺すことはできそうだ、とな」
言い換えれば、緋寒も紅華も赤実も朱雀も、一人では勝てないということ。そして確実に勝てるのではなく、勝利の可能性があるということ。
「あまり嬉しくない言葉だね……」
褒められているようで実際には違う。確かに緑祁の強さは緋寒も認めるほど高い。だがそれはすなわち偽緑祁の方もかなりの実力があるということだ。自分の評価が偽者のそれに直結してしまっているのだ、心地いいわけがない。
「ねえ緋寒、聞いてくれない?」
「何を、じゃ? 言っておくが香恵の方はまだじゃぞ?」
「そうじゃないよ」
そう前置きして、
「今日、多分僕の偽者は、平和 公園 を狙うと思うんだ」
「かもな」
「そこに、僕を行かせてくれない?」
「なぬ?」
緑祁は、偽者の討伐に自分が行きたいと言い出したのだ。
「駄目じゃ! そなたをここから出すわけにはいかぬ! 本物と偽者が戦って、万が一殺されたらどうするつもりじゃ? 相手はそなたに完全に取って代わるのじゃぞ? 許可できぬ!」
当然緋寒は拒否する。重之助の言いつけを守るためだ。赤どころか点滅信号すら渡ったことのない皇の姉妹。その、規則を重んじ完璧に守る態度を買われて、監視役に抜擢されたのだ。
「お願いだよ。だって氷月君たちは負けたんでしょう? こうなったら僕が行くよ。偽者に負けて死ぬならその程度ってことで……」
「そなたはそれで満足かもしれぬが、残された者のことを考えよ!」
仮に本物の緑祁が負けて偽緑祁が生き残ったとしよう。きっと[ライトニング]と[ダークネス]の札を奪い、完全な緑祁となるだろう。式神も偽緑祁の言うことを何の疑いもなく聞き入れ、より破壊活動に精を上げる。【神代】は偽緑祁の確保ができず、ただ黙って石碑や史跡が壊されていくのを見ているしかない。
「それに、香恵はどうするのじゃ? そなた、香恵の側に偽者が立っててもよいのか?」
こう言えば、緑祁は黙ると緋寒は思った。
だが、
「だからこそ、僕が行くんだ! 正直、偽者がうろついていることは不快だよ! でも、ここで黙って指をくわえているのはもっと嫌だ! 香恵がどうしていなくなってしまったのかは、僕にはわからない。でも、自分の偽者すら倒せないで他の誰かに代わりにやってもらうようでは、香恵が見つかっても僕は、隣にいられないんだ!」
思わず熱くなって、大きな声を出してしまった。
「本物である僕なら、偽者を倒せるはずなんだ! もう他の誰かが傷つくのを見たくない! 僕が行って、必ず偽者を倒す! 行かなきゃいけないのは僕なんだ!」
声だけじゃない。布団を強く叩いた。
「……ごめん、緋寒。僕は……」
すぐに怒鳴ったことを謝る。そうすると、
「気持ちはわからぬわけではない。もう待つことに疲れたのじゃろう? ここまで閉じ込められて自由もないのでは、ストレスも貯まる一方……」
緋寒も緑祁の心中を察してくれ、慰めてくれた。
「でも今は、辛抱じゃ。耐え抜いた先に希望の光があるはず。それを掴むために、今は我慢するのじゃ!」
けれど規則は曲げない。
「悔しいよ……」
緑祁の目から涙が少し零れた。
その時、扉が開いた。
「話は聞かせてもらった」
重之助がそう言い、病室に入った。
「……? どういう意味じゃ?」
「皇、緑祁に行かせてやろう」
「んむむ、しかし! ここから出してはいかぬとそなたが……」
「ただし、条件付きだ」
この時重之助は、次に派遣するべき霊能力者に困っていた。誰かを長崎に招くのなら、到着まで時間を要する。今日中には来ないだろう。その間に偽緑祁は、行動に出る。最悪の場合、こちらの予想に反する動きを見せて見失う可能性も。そうなる前に手を打たなければいけない。だから本当は、皇の姉妹に出撃を命じるつもりで病室に来た。
そこで、緑祁の思いを図らずも聞いたのだ。
「本物なら、偽者を倒せるかもしれない」
この発想は、緑祁だけではなく重之助にも芽生えた。それに賭けてみるのも一手か。
「まず一に、皇の姉妹が緑祁同士の戦いを見張る。そして四人の内の誰かが、危険と判断した場合は、本物を連れて逃げ出す。たとえ決着がついてなくても、だ」
つまり緋寒ら四つ子が戦いを監視し、中断させる権利も有するということ。
「そして緑祁、君に与えられるチャンスは今晩だけだ。それでもいいかな?」
一度だけでも叶うのなら、と思った緑祁は、
「お願いします!」
了承した。
「よし、いい返事だ。そうと決まれば今夜平和公園に行く予定の霊能力者には、もう下がらせる。そして……確か刹那に絵美と言ったな? 夜まで緑祁のことを見張らせよう。緋寒、君は妹たちと今夜に備えてくれ」
刹那たちのことを呼び、さらに緋寒は病院を出た。二人が来るまで、緑祁の側には重之助がいた。
「ありがとうございます……」
それ以外の感謝の言葉が、緑祁には見つからない。
「君のことを見謝っていたよ。当初は一連の事件の犯人に間違いないと思っていたが、君のように強く正しい意思を持つ人物が、悪行をするわけがない」
重之助は緑祁のことを高く評価した。それは修練を捕えたことに基づいているのではなく、先ほど緑祁が見せた意思に対してだ。
「言い出したからには、勝てるんだね?」
「………」
返事がない。
「おい、もしかして、必勝法がないのか?」
そうだと言わんばかりの沈黙だ。
「正直、自分の偽者……完全なコピーとはどうやって戦えばいいのか、見えてきません」
もしこれが、性質のわかっている幽霊や霊能力者だったら、事前にどう戦うかシミュレーションができる。しかし相手は自分自身と言っても過言ではない。たとえ相手が偽者でも、負ける様子が想像できないのだ。
「[ライトニング]と[ダークネス]は、僕が本物である証拠として、札だけ持っておきます。偽者との勝負が済んだ時、持っていれば緋寒たちも、僕の方が勝ったことをわかってくれるでしょう」
式神を使うのが一番手っ取り早いだろう。でもそれはしたくない。自分の偽者は自分の手で排除したいのだ。それに魂レベルで同じ存在のため、式神が一度でも本物と偽者を混同したら? 戦っている最中に札を取り上げられて、式神を破壊されたら?
「じゃあ式神は使わない、と?」
「はい」
別に重之助も強制しようとは思わない。
「いいか緑祁? 自分のことを一番よく知っているのは自分自身だ。君の弱点があれば、それを利用するんだ」
「弱点、ですか?」
パッと思いついたのは、三つしか霊障を操れないこと。普通なら緑祁を攻略する上で、重要な情報になるはずだ。でも、それは本物も同じ。
「う~ん……」
他に何か、思い当たることはないか? 一生懸命考えるが、自分を客観的に見ても、戦いにおける短所は霊障ぐらいしか思いつけない。
「なあに夜まで時間があるんだ。焦る必要はない」
数分後に刹那と絵美が到着したため、重之助は席を外した。
「本当にいいのですか? 後悔しても遅いのですよ?」
実は、病室の扉の前には長治郎もいた。彼は重之助の意見には反対で、
「相当の実力者を知っています。俺が出会ってきた霊能力者の中で一番強い者です。彼女をここに寄越せば、確実に仕留めてくれると思うのですが……?」
たった一人で討伐を完遂できそうな人物に心当たりがあった。彼女と長治郎は霊怪戦争で知り合い、その戦争において活躍を耳にしている。
しかし、
「その人は巡礼中で、連絡がつかないんだろう? それでは待っても意味がないじゃないか。ここは一つ、賭けてみよう!」
「皇の姉妹にやらせるのですね?」
「ああ、違う違う」
では、重之助は何にチップを賭けたのか?
「偽者を征するのは、本物だけだ。紛い者は所詮、偽りの魂しか持ってない。それを打ち砕けるのは、きっと本物のみ! 私は、緑祁ならやってくれると信じている!」
その考えに、長治郎も頷くしかなかった。
朝、最初に病室を訪れたのは緋寒と氷月兄弟だ。
「……そっちは誰?」
「あなたの偽者の討伐を任されていた者だ」
しかしそれは失敗してしまった。予想外に偽緑祁が強すぎたのである。
「そっか。じゃあ僕の偽者は、また何かしでかしたんだね。それに二人のことも傷つけてしまった……。ごめん」
「あなたが謝ることじゃない。悪いのは全て、寄霊なんだ」
氷月兄弟はもう北海道に帰る。病室には朱雀と交代した緋寒だけが残る。
「わちきはそなたと一戦交えたこともない。じゃが、様子を見ていて感じた。皇の姉妹が合わされば、殺すことはできそうだ、とな」
言い換えれば、緋寒も紅華も赤実も朱雀も、一人では勝てないということ。そして確実に勝てるのではなく、勝利の可能性があるということ。
「あまり嬉しくない言葉だね……」
褒められているようで実際には違う。確かに緑祁の強さは緋寒も認めるほど高い。だがそれはすなわち偽緑祁の方もかなりの実力があるということだ。自分の評価が偽者のそれに直結してしまっているのだ、心地いいわけがない。
「ねえ緋寒、聞いてくれない?」
「何を、じゃ? 言っておくが香恵の方はまだじゃぞ?」
「そうじゃないよ」
そう前置きして、
「今日、多分僕の偽者は、
「かもな」
「そこに、僕を行かせてくれない?」
「なぬ?」
緑祁は、偽者の討伐に自分が行きたいと言い出したのだ。
「駄目じゃ! そなたをここから出すわけにはいかぬ! 本物と偽者が戦って、万が一殺されたらどうするつもりじゃ? 相手はそなたに完全に取って代わるのじゃぞ? 許可できぬ!」
当然緋寒は拒否する。重之助の言いつけを守るためだ。赤どころか点滅信号すら渡ったことのない皇の姉妹。その、規則を重んじ完璧に守る態度を買われて、監視役に抜擢されたのだ。
「お願いだよ。だって氷月君たちは負けたんでしょう? こうなったら僕が行くよ。偽者に負けて死ぬならその程度ってことで……」
「そなたはそれで満足かもしれぬが、残された者のことを考えよ!」
仮に本物の緑祁が負けて偽緑祁が生き残ったとしよう。きっと[ライトニング]と[ダークネス]の札を奪い、完全な緑祁となるだろう。式神も偽緑祁の言うことを何の疑いもなく聞き入れ、より破壊活動に精を上げる。【神代】は偽緑祁の確保ができず、ただ黙って石碑や史跡が壊されていくのを見ているしかない。
「それに、香恵はどうするのじゃ? そなた、香恵の側に偽者が立っててもよいのか?」
こう言えば、緑祁は黙ると緋寒は思った。
だが、
「だからこそ、僕が行くんだ! 正直、偽者がうろついていることは不快だよ! でも、ここで黙って指をくわえているのはもっと嫌だ! 香恵がどうしていなくなってしまったのかは、僕にはわからない。でも、自分の偽者すら倒せないで他の誰かに代わりにやってもらうようでは、香恵が見つかっても僕は、隣にいられないんだ!」
思わず熱くなって、大きな声を出してしまった。
「本物である僕なら、偽者を倒せるはずなんだ! もう他の誰かが傷つくのを見たくない! 僕が行って、必ず偽者を倒す! 行かなきゃいけないのは僕なんだ!」
声だけじゃない。布団を強く叩いた。
「……ごめん、緋寒。僕は……」
すぐに怒鳴ったことを謝る。そうすると、
「気持ちはわからぬわけではない。もう待つことに疲れたのじゃろう? ここまで閉じ込められて自由もないのでは、ストレスも貯まる一方……」
緋寒も緑祁の心中を察してくれ、慰めてくれた。
「でも今は、辛抱じゃ。耐え抜いた先に希望の光があるはず。それを掴むために、今は我慢するのじゃ!」
けれど規則は曲げない。
「悔しいよ……」
緑祁の目から涙が少し零れた。
その時、扉が開いた。
「話は聞かせてもらった」
重之助がそう言い、病室に入った。
「……? どういう意味じゃ?」
「皇、緑祁に行かせてやろう」
「んむむ、しかし! ここから出してはいかぬとそなたが……」
「ただし、条件付きだ」
この時重之助は、次に派遣するべき霊能力者に困っていた。誰かを長崎に招くのなら、到着まで時間を要する。今日中には来ないだろう。その間に偽緑祁は、行動に出る。最悪の場合、こちらの予想に反する動きを見せて見失う可能性も。そうなる前に手を打たなければいけない。だから本当は、皇の姉妹に出撃を命じるつもりで病室に来た。
そこで、緑祁の思いを図らずも聞いたのだ。
「本物なら、偽者を倒せるかもしれない」
この発想は、緑祁だけではなく重之助にも芽生えた。それに賭けてみるのも一手か。
「まず一に、皇の姉妹が緑祁同士の戦いを見張る。そして四人の内の誰かが、危険と判断した場合は、本物を連れて逃げ出す。たとえ決着がついてなくても、だ」
つまり緋寒ら四つ子が戦いを監視し、中断させる権利も有するということ。
「そして緑祁、君に与えられるチャンスは今晩だけだ。それでもいいかな?」
一度だけでも叶うのなら、と思った緑祁は、
「お願いします!」
了承した。
「よし、いい返事だ。そうと決まれば今夜平和公園に行く予定の霊能力者には、もう下がらせる。そして……確か刹那に絵美と言ったな? 夜まで緑祁のことを見張らせよう。緋寒、君は妹たちと今夜に備えてくれ」
刹那たちのことを呼び、さらに緋寒は病院を出た。二人が来るまで、緑祁の側には重之助がいた。
「ありがとうございます……」
それ以外の感謝の言葉が、緑祁には見つからない。
「君のことを見謝っていたよ。当初は一連の事件の犯人に間違いないと思っていたが、君のように強く正しい意思を持つ人物が、悪行をするわけがない」
重之助は緑祁のことを高く評価した。それは修練を捕えたことに基づいているのではなく、先ほど緑祁が見せた意思に対してだ。
「言い出したからには、勝てるんだね?」
「………」
返事がない。
「おい、もしかして、必勝法がないのか?」
そうだと言わんばかりの沈黙だ。
「正直、自分の偽者……完全なコピーとはどうやって戦えばいいのか、見えてきません」
もしこれが、性質のわかっている幽霊や霊能力者だったら、事前にどう戦うかシミュレーションができる。しかし相手は自分自身と言っても過言ではない。たとえ相手が偽者でも、負ける様子が想像できないのだ。
「[ライトニング]と[ダークネス]は、僕が本物である証拠として、札だけ持っておきます。偽者との勝負が済んだ時、持っていれば緋寒たちも、僕の方が勝ったことをわかってくれるでしょう」
式神を使うのが一番手っ取り早いだろう。でもそれはしたくない。自分の偽者は自分の手で排除したいのだ。それに魂レベルで同じ存在のため、式神が一度でも本物と偽者を混同したら? 戦っている最中に札を取り上げられて、式神を破壊されたら?
「じゃあ式神は使わない、と?」
「はい」
別に重之助も強制しようとは思わない。
「いいか緑祁? 自分のことを一番よく知っているのは自分自身だ。君の弱点があれば、それを利用するんだ」
「弱点、ですか?」
パッと思いついたのは、三つしか霊障を操れないこと。普通なら緑祁を攻略する上で、重要な情報になるはずだ。でも、それは本物も同じ。
「う~ん……」
他に何か、思い当たることはないか? 一生懸命考えるが、自分を客観的に見ても、戦いにおける短所は霊障ぐらいしか思いつけない。
「なあに夜まで時間があるんだ。焦る必要はない」
数分後に刹那と絵美が到着したため、重之助は席を外した。
「本当にいいのですか? 後悔しても遅いのですよ?」
実は、病室の扉の前には長治郎もいた。彼は重之助の意見には反対で、
「相当の実力者を知っています。俺が出会ってきた霊能力者の中で一番強い者です。彼女をここに寄越せば、確実に仕留めてくれると思うのですが……?」
たった一人で討伐を完遂できそうな人物に心当たりがあった。彼女と長治郎は霊怪戦争で知り合い、その戦争において活躍を耳にしている。
しかし、
「その人は巡礼中で、連絡がつかないんだろう? それでは待っても意味がないじゃないか。ここは一つ、賭けてみよう!」
「皇の姉妹にやらせるのですね?」
「ああ、違う違う」
では、重之助は何にチップを賭けたのか?
「偽者を征するのは、本物だけだ。紛い者は所詮、偽りの魂しか持ってない。それを打ち砕けるのは、きっと本物のみ! 私は、緑祁ならやってくれると信じている!」
その考えに、長治郎も頷くしかなかった。