第8話 意外な抜け道 その1
文字数 3,261文字
可憐は長治郎に電話を入れた。
「島に近づいたわ。船長さんによれば、あと一時間で港に到着するって」
「わかった」
時刻は午前零時ちょっと前。長治郎は船内放送をし、
「救命ボート組、甲板に集まってくれ!」
招集をかける。緑祁や香恵、辻神たちがすぐさまそれに応じた。
「今から諸君らには、先に三宅島に行ってもらう! このフェリーの救命ボートにはエンジン付きの、テンダーボートが一隻ある。問題となるのは操縦だが……」
「できます! 船舶免許は持ってますので!」
勝雅の仲間である萬屋進市が手を挙げた。彼は漁村出身で漁師である父の仕事も良く手伝うので、船の操縦には慣れている。
「わかった。では任せる!」
そのボートに乗り込む霊能力者たち。人数として五十人だ。緑祁は船内を見渡す。
(辻神に山姫、彭侯だけじゃない。勝雅の仲間の進市や式部苑子、聖閃、透子、琴乃のトリオコンビ……! あ、氷月兄弟に彩羽姉妹だったっけか、双子も二組いる!)
知っている霊能力者もちらほらいる。それが心強く、彼の心に勇気を与えた。
「頼んだぞ、みんな! 今、ボートを降ろす!」
救命ボートをフェリーから降ろし、海に着水させた。三宅島に向けて独立して進むボート。進市の操縦手腕は素晴らしく、全く船酔いする気配がない。
「緑祁、式神の札は持って来たか?」
「もちろんだよ。いざって時には……」
「できれば最初から、召喚はできないか? 邪産神の戦闘能力は計り知れない。ピンチの時に召喚するタイミングがないかもしれない。だいいち、邪産神相手に遠慮したり手加減したりする義理はないんだ」
辻神に言われ、緑祁は札を二枚取り出した。
「それもそうだね……」
辻神と琴乃の二人と一緒にボートの屋根に移動する。その二人は蜃気楼と応声虫を用いてこのボートの存在と音を隠ぺいするためだ。緑祁は、
「光を宿し魂が、邪念ある悪意を貫く! 輝く空へ無限に羽ばたけ! [ライトニング]!」
まずは[ライトニング]を召喚し、次に、
「暗黒の闇より舞い降りし影よ、気高き心を掲げ愛する者たちを守れ! [ダークネス]!」
[ダークネス]を召喚した。
「凄いな、これは! 緑祁、あんたはこんな式神を所持していたのか!」
初めて見るその姿に驚く琴乃。式神を持っている霊能力者は珍しくはないが、今回は集められていないらしいのだ。
「これで守りも固めた! この船は安全だよ」
緑祁も辻神もその二体の式神に信頼を置いているので、安心できる。
香恵も屋根に上がった。彼女は暗視鏡を持っており、それを辻神に渡した。
「聖閃が、これを、って。島の様子を探れないかしら?」
「ナイトスコープか。よくこんなの救命ボートにあったな……」
「誰かが持ち込んでくれたのよ」
「ありがたい。後でソイツに感謝しておこう」
早速そのレンズを覗く。緑色だが、ハッキリと島が見える。
「どう、辻神?」
「ヤバいな……。進市に教えてくれ。このまま進むと岩礁地帯に突っ込んでしまう」
「が、岩礁……?」
驚いた緑祁が島の方を見ても、暗くて何も見えない。
「何言ってるのよ辻神。三宅島の岩礁地帯って、西側の大野原島じゃないの?」
パンフレットを持っている香恵は、緑祁とは別の意味で驚いた。
「本当にあるぞ? おまけに陸地の方には森まで! 隠れられると厄介だな……」
「森まであるのかい?」
「海岸に森? 三宅島には防砂林はないでしょ?」
話が噛み合わない。辻神は見たままのことを述べている。だが香恵は事前に得られた情報から、そのことを否定する。
(どっちが正しいんだ? 辻神がこんな状況で嘘を言うわけがない! でも香恵の情報も間違っているとは思えない……)
[ライトニング]に命じ、精霊光を撃ち出させることも考えた。だがそれをすれば、こちらが接近していることがバレてしまう。
「おまえも見てみろ、香恵」
ナイトスコープを彼女に渡す。そしてレンズを覗き込む香恵。
「あ、本当にあるわ……。地図には岩礁も森もないのに!」
ボートは徐々に島に近づく。すると少しずつ、ハッキリと見えてくる。
「あれ? 動いた?」
今、森や岩礁が動いた気がしたのだ。そんなことはないはずだと思う。
「邪産神が見えたのかい? 大きな黒い人の姿をしているらしいけど……」
「それは、全然見えないわ。でも、森や岩が動いている……?」
「貸して、香恵!」
緑祁もレンズを通して見てみることに。
「確かに森がある……。んんん?」
いや、違う。森じゃない。蠢いているように見えるのだ。岩礁も同じだ。手があって足があって顔がある。
「森じゃないよ、人だ! 人がいるんだ!」
「人が? 島民が襲われているのか?」
そうではない。皇の四つ子はちゃんと島民を守っているし、彼女たちによれば攻撃もされていないはずなのだ。
もっと注意力を働かせて観察する。
「どうなっているんだ、緑祁?」
「人が大量にいるんだ! それが森のように見えるんだ! 岩礁も同じ!」
「待ってそれって……」
香恵の声が恐怖で震えている。
「島民じゃないのなら……邪産神?」
「馬鹿な? 邪産神は一体だけのはず! いや……そうか!」
慶刻は言っていた。邪産神には信じ難い再生能力がある、と。
「まさかその性質を利用して、自分のコピーを大量に増やしたということか? 浜辺を埋め尽くし、海にまで進出して!」
「じゃあそれって……」
邪産神は予感していたのだ。【神代】がこの島に霊能力者を派遣することを。それを迎え撃つために、自分の性質を利用して体をワザとバラバラにして、それらの破片から自分のコピーを生み出し、数の暴力で返り討ちにするつもりなのだ。
「上陸は待った方がいいんじゃ……?」
「焦るな、緑祁! 私の蜃気楼で視覚を、琴乃の応声虫で聴覚を隠ぺいして、このボートの接近は誤魔化せている! おまえが召喚した式神にも霊障を適用しているんだ、このまま進んでも大丈夫だ」
「そ、そうだったね……」
[ライトニング]と[ダークネス]も、変に騒いでいない。つまりは邪産神はこちらに気づいていないのだ。
再生能力を有する邪産神に対し、戦う方針は決めてある。
「鬼火で焼き切るか、礫岩で地の底に沈めてしまう! それか、電霊放を体が弾けて光の粒になるまで流し続ける!」
そうすれば、邪産神を体の一部すらも残さずに倒せる。それができない場合は行動不能にまで追い込んでから札に封印する。
「緑祁、進市に聞いてくれ。邪産神はかなり大量にいる! 海に浸かっているヤツもいる。このボートで突っ切れるか?」
「わかった……」
船内に戻る緑祁。操縦している進市に事情を伝えると、
「そ、それは本当か!」
レーダーにも岩礁は映っていない。しかしこのまま進めば確実にぶち当たるのだ。
「突っ切ることは可能?」
「無茶言うなよ! 邪産神の強さが噂通りなら、逆にこの船が沈んでしまう!」
接触してしまえばもう、蜃気楼と応声虫でも庇い切れない。存在がバレる。そうしたら、袋叩きだ。こんな救命ボートは簡単に沈没することに。
「で、でも! 上陸しないと戦えない!」
「近づくのも難しいのに、ってか!」
議論している間にもボートは進む。
「待て、緑祁に進市! 僕にアイディアがある」
聖閃がその話に割って入った。
「危険だが、これに賭けないか?」
「自殺行為だぞ、それ!」
「いや、私になら可能だ! それに他にも条件となる霊障を使える人はいる!」
そこで氷月極夜が賛成した。彼の兄である氷月白夜も、
「どうせこのまま近づいたら、上陸前に負けてしまうんだ。だったらやってみよう。私は聖閃に賛成だ」
この会話、ボートの内部に完全に聞こえている。
「……いいのか、本当に?」
進市が尋ねると、みんな頭を縦に振って頷いた。
「もう、どうなっても知らないぞ!」
船内で決まった作戦を、船の上に戻って辻神たちに報せる緑祁。
「なるほど……。わかった」
反対されるかと思ったが、素直に納得してくれた。
「さらにアクセントを加えよう。緑祁、[ライトニング]か[ダークネス]の力を借りれるか?」
「任せて!」
「島に近づいたわ。船長さんによれば、あと一時間で港に到着するって」
「わかった」
時刻は午前零時ちょっと前。長治郎は船内放送をし、
「救命ボート組、甲板に集まってくれ!」
招集をかける。緑祁や香恵、辻神たちがすぐさまそれに応じた。
「今から諸君らには、先に三宅島に行ってもらう! このフェリーの救命ボートにはエンジン付きの、テンダーボートが一隻ある。問題となるのは操縦だが……」
「できます! 船舶免許は持ってますので!」
勝雅の仲間である萬屋進市が手を挙げた。彼は漁村出身で漁師である父の仕事も良く手伝うので、船の操縦には慣れている。
「わかった。では任せる!」
そのボートに乗り込む霊能力者たち。人数として五十人だ。緑祁は船内を見渡す。
(辻神に山姫、彭侯だけじゃない。勝雅の仲間の進市や式部苑子、聖閃、透子、琴乃のトリオコンビ……! あ、氷月兄弟に彩羽姉妹だったっけか、双子も二組いる!)
知っている霊能力者もちらほらいる。それが心強く、彼の心に勇気を与えた。
「頼んだぞ、みんな! 今、ボートを降ろす!」
救命ボートをフェリーから降ろし、海に着水させた。三宅島に向けて独立して進むボート。進市の操縦手腕は素晴らしく、全く船酔いする気配がない。
「緑祁、式神の札は持って来たか?」
「もちろんだよ。いざって時には……」
「できれば最初から、召喚はできないか? 邪産神の戦闘能力は計り知れない。ピンチの時に召喚するタイミングがないかもしれない。だいいち、邪産神相手に遠慮したり手加減したりする義理はないんだ」
辻神に言われ、緑祁は札を二枚取り出した。
「それもそうだね……」
辻神と琴乃の二人と一緒にボートの屋根に移動する。その二人は蜃気楼と応声虫を用いてこのボートの存在と音を隠ぺいするためだ。緑祁は、
「光を宿し魂が、邪念ある悪意を貫く! 輝く空へ無限に羽ばたけ! [ライトニング]!」
まずは[ライトニング]を召喚し、次に、
「暗黒の闇より舞い降りし影よ、気高き心を掲げ愛する者たちを守れ! [ダークネス]!」
[ダークネス]を召喚した。
「凄いな、これは! 緑祁、あんたはこんな式神を所持していたのか!」
初めて見るその姿に驚く琴乃。式神を持っている霊能力者は珍しくはないが、今回は集められていないらしいのだ。
「これで守りも固めた! この船は安全だよ」
緑祁も辻神もその二体の式神に信頼を置いているので、安心できる。
香恵も屋根に上がった。彼女は暗視鏡を持っており、それを辻神に渡した。
「聖閃が、これを、って。島の様子を探れないかしら?」
「ナイトスコープか。よくこんなの救命ボートにあったな……」
「誰かが持ち込んでくれたのよ」
「ありがたい。後でソイツに感謝しておこう」
早速そのレンズを覗く。緑色だが、ハッキリと島が見える。
「どう、辻神?」
「ヤバいな……。進市に教えてくれ。このまま進むと岩礁地帯に突っ込んでしまう」
「が、岩礁……?」
驚いた緑祁が島の方を見ても、暗くて何も見えない。
「何言ってるのよ辻神。三宅島の岩礁地帯って、西側の大野原島じゃないの?」
パンフレットを持っている香恵は、緑祁とは別の意味で驚いた。
「本当にあるぞ? おまけに陸地の方には森まで! 隠れられると厄介だな……」
「森まであるのかい?」
「海岸に森? 三宅島には防砂林はないでしょ?」
話が噛み合わない。辻神は見たままのことを述べている。だが香恵は事前に得られた情報から、そのことを否定する。
(どっちが正しいんだ? 辻神がこんな状況で嘘を言うわけがない! でも香恵の情報も間違っているとは思えない……)
[ライトニング]に命じ、精霊光を撃ち出させることも考えた。だがそれをすれば、こちらが接近していることがバレてしまう。
「おまえも見てみろ、香恵」
ナイトスコープを彼女に渡す。そしてレンズを覗き込む香恵。
「あ、本当にあるわ……。地図には岩礁も森もないのに!」
ボートは徐々に島に近づく。すると少しずつ、ハッキリと見えてくる。
「あれ? 動いた?」
今、森や岩礁が動いた気がしたのだ。そんなことはないはずだと思う。
「邪産神が見えたのかい? 大きな黒い人の姿をしているらしいけど……」
「それは、全然見えないわ。でも、森や岩が動いている……?」
「貸して、香恵!」
緑祁もレンズを通して見てみることに。
「確かに森がある……。んんん?」
いや、違う。森じゃない。蠢いているように見えるのだ。岩礁も同じだ。手があって足があって顔がある。
「森じゃないよ、人だ! 人がいるんだ!」
「人が? 島民が襲われているのか?」
そうではない。皇の四つ子はちゃんと島民を守っているし、彼女たちによれば攻撃もされていないはずなのだ。
もっと注意力を働かせて観察する。
「どうなっているんだ、緑祁?」
「人が大量にいるんだ! それが森のように見えるんだ! 岩礁も同じ!」
「待ってそれって……」
香恵の声が恐怖で震えている。
「島民じゃないのなら……邪産神?」
「馬鹿な? 邪産神は一体だけのはず! いや……そうか!」
慶刻は言っていた。邪産神には信じ難い再生能力がある、と。
「まさかその性質を利用して、自分のコピーを大量に増やしたということか? 浜辺を埋め尽くし、海にまで進出して!」
「じゃあそれって……」
邪産神は予感していたのだ。【神代】がこの島に霊能力者を派遣することを。それを迎え撃つために、自分の性質を利用して体をワザとバラバラにして、それらの破片から自分のコピーを生み出し、数の暴力で返り討ちにするつもりなのだ。
「上陸は待った方がいいんじゃ……?」
「焦るな、緑祁! 私の蜃気楼で視覚を、琴乃の応声虫で聴覚を隠ぺいして、このボートの接近は誤魔化せている! おまえが召喚した式神にも霊障を適用しているんだ、このまま進んでも大丈夫だ」
「そ、そうだったね……」
[ライトニング]と[ダークネス]も、変に騒いでいない。つまりは邪産神はこちらに気づいていないのだ。
再生能力を有する邪産神に対し、戦う方針は決めてある。
「鬼火で焼き切るか、礫岩で地の底に沈めてしまう! それか、電霊放を体が弾けて光の粒になるまで流し続ける!」
そうすれば、邪産神を体の一部すらも残さずに倒せる。それができない場合は行動不能にまで追い込んでから札に封印する。
「緑祁、進市に聞いてくれ。邪産神はかなり大量にいる! 海に浸かっているヤツもいる。このボートで突っ切れるか?」
「わかった……」
船内に戻る緑祁。操縦している進市に事情を伝えると、
「そ、それは本当か!」
レーダーにも岩礁は映っていない。しかしこのまま進めば確実にぶち当たるのだ。
「突っ切ることは可能?」
「無茶言うなよ! 邪産神の強さが噂通りなら、逆にこの船が沈んでしまう!」
接触してしまえばもう、蜃気楼と応声虫でも庇い切れない。存在がバレる。そうしたら、袋叩きだ。こんな救命ボートは簡単に沈没することに。
「で、でも! 上陸しないと戦えない!」
「近づくのも難しいのに、ってか!」
議論している間にもボートは進む。
「待て、緑祁に進市! 僕にアイディアがある」
聖閃がその話に割って入った。
「危険だが、これに賭けないか?」
「自殺行為だぞ、それ!」
「いや、私になら可能だ! それに他にも条件となる霊障を使える人はいる!」
そこで氷月極夜が賛成した。彼の兄である氷月白夜も、
「どうせこのまま近づいたら、上陸前に負けてしまうんだ。だったらやってみよう。私は聖閃に賛成だ」
この会話、ボートの内部に完全に聞こえている。
「……いいのか、本当に?」
進市が尋ねると、みんな頭を縦に振って頷いた。
「もう、どうなっても知らないぞ!」
船内で決まった作戦を、船の上に戻って辻神たちに報せる緑祁。
「なるほど……。わかった」
反対されるかと思ったが、素直に納得してくれた。
「さらにアクセントを加えよう。緑祁、[ライトニング]か[ダークネス]の力を借りれるか?」
「任せて!」