第4話 浅からぬ因縁 その3

文字数 5,538文字

「チッ! 梅雨がやられたか! ここなら絶対にバレないと思ってたんだが、俺の判断が甘かったみたいだぜ」

 その木が割れて、中から範造が出てくる。別の木々からは雛菊と咲も。全員、木の中に隠れていたのだ。梅雨の虹が無くなってしまったので、もう隠れて消耗を狙う意味はなくなった。それに隠れたままでは逃げられないので、出てくるしかない。

「お望み通り、正々堂々面と向き合って勝負だ、皇!」
「そうじゃ。最初からそうしておればいいのじゃ」

 人数では皇の四つ子の方が優勢だ。けれども範造たちは臆することなく、

「どうした? かかってこないのか?」

 挑発した。

(まだ何か、隠し玉があるのか? そうとしか思えぬ表情と態度じゃ。焦って突っ込むのは危険! わたいの本能がそう叫んでおる!)

 これは紅華たちも同じで、一歩が踏み出せない。均衡状態が続く。

「うろたえるでない、妹たちよ! ここで一気に範造たちを片付けるぞ!」

 だが緋寒だけは勇敢だ。手を擦って電霊放を撃ち出した。

「効かないぜ?」

 範造の目の前の地面が急速に盛り上がり、その電撃を遮る。

「電霊放は強力だ。だが相性の悪さまでは覆せない。それは、ここでは貴様ら四人が一番わかっているだろう?」

 今現在【神代】が認知している霊障は十六。皇の四つ子は、一人四つずつかぶらずに霊障を使える。当然、相性の関係も頭に叩き込んである。

(極光でも礫岩の突破は不可能に近いか…。しかし攻めなければ勝てぬ!)

 その相性の悪さをどうやって打破するか。それがこの因縁に決着をつける答え。

「霊障合体・樹海脈!」

 動いたのは、咲だ。自分の持つ植物から、耳が痛くなる音を出させた。

「ぐぐっ!」

 手は別のことのために動かしたいが、本能的に動いて耳を塞いでしまう。

「もらった! 後悔なら脱落してからいくらでもするんだな!」

 咲の手には、応声虫のカブトムシが握られている。結構鋭利な角が生えている個体だ。これで皮膚を切り裂きえぐろうという考え。

「早まったな、咲!」

 しかし、ここで紅華が逆に彼女のことを殴り飛ばした。

「何…?」
「樹海脈なら、わたいも使える! 今、そなたのノイズを打ち消した!」

 必要となる霊障さえ扱えるのなら誰にでも使える霊障合体故にできたカウンターだ。しかも触れた時に毒厄も流し込めた。

「何だと、生意気な!」

 自分の体の異変に気づいた咲は、薬束でその毒や病を浄化。

「落ち着け、咲! あまり皇の四つ子のことを弱く見積もるな、すぐに負けるぞ!」

 さらに範造が彼女のことを手で制する。

「ここは当初の作戦通り、消耗させる。木の中に隠れるって方法はバレたが、それが皇の四つ子を負かすには一番いい」

 樹海脈はもう通じそうにない。では範造たちは何をするか。

「雛菊、やれ」
「わかった……」

 雛菊が天に顔を向けると、雪が降り出した。さらに彼女は電池を握っており、電霊放を繰り出した。

「レイショウガッタイ・イカヅチナダレ……」

 その電撃を、舞い散る雪が反射する。

「来る!」

かなり軌道が自由で、そのせいで予測できない。

「クロコげにしてあげる…」

 自信満々だ。だが、

(ピンチをチャンスに変えてこそ、勝利は訪れるというものじゃ!)

 緋寒は感じた。今この、雛菊が勝利を確信している一瞬。それこそが逆に彼女を倒せる瞬間である、と。

「ふんっ!」

 機傀で何か…パチンコ玉のようなものを作って投げた。

「そんなものでは、かわせない……」

 雪は器用にも、それを避ける。

「雷雪崩とは驚きじゃ。が、わちきだってやってやるぞ」

 その金属の玉が、瞬いた。電気を帯びているのである。

「まさか……」

 これは電雷爆撃である。雛菊が気づいた時にはもう既に、稲妻が自分に向かって落ち始めていた。

「むっ……」

 雪の結晶で防御しようにも、すぐに打ち砕かれる。応声虫での防御も試みたが、それすらもやられる。

「やってくれたな、皇!」

 範造は黙って見ていることができず、加勢しようとした。が、

「紅華、赤実、朱雀! 範造を止めよ!」

 今を逃せば、雛菊を倒せない。直感した緋寒は妹に命じ、範造の礫岩の邪魔をする。液状化現象で地面の動きを阻止。

「今しかあるまい!」

 緋寒は陣形から飛び出し、雛菊に迫る。

「あっ…」

 大きく動いたせいで、すぐに気づかれた。彼女の両手にすぐに、大きめの雪の氷柱が握られる。これで防ぐつもりなのだ。

「オわるのは、アナタのホウ…」
「本当にそうか?」

 投げ飛ばされた氷柱は、緋寒の足元に突き刺さった。そのせいでバランスが崩れ、前のめりに転びそうになる。

(もらった……)

 この状態で突っ込んだら、絶対に攻撃に失敗するだろう。雛菊はそう思っていたのだが、緋寒の思考回路が弾き出した方程式の解は百八十度違っていた。

(懐に潜り込める!)

 姿勢を崩したまま前進。下から、

「極光!」

 霊障合体を繰り出す。

「げっ……」

 電雷爆撃に生み出した電力を全て回していると思っていた雛菊には、これは予想外。緋寒の手から放たれたオーロラが雛菊の体に命中し、上に飛ばす。

(そして上には!)

 パチンコ玉が落ち始めているが、電雷爆撃がまだある。
 下からは極光、上からは電雷爆撃。挟み撃ちにされた雛菊は悲鳴を上げる暇すらなく、力を失ってただその場に崩れた。

「やったぞ!」
「そんな馬鹿な? 雛菊が、負けただと……!」

 ショックよりも驚きの方が大きい。範造は自分よりも彼女の方が上手であると認識していたためだ。そしてその感情を怒りに昇華させる。

「皇……! 俺を本気で怒らせたな? 後悔しても遅いぞ……?」

 残された範造と咲だけで、勝負をするつもりだ。

「咲! 応声虫を使え! 俺がサポートする!」

 範造が選んだのは、礫岩と機傀の霊障合体である鉱山(こうざん)死原(しげん)。まずは礫岩で足場を乱し、地面の下から機傀で作った金属の武器を出現させて攻撃する。

「くっ!」

 突然地割れが起き、紅華、赤実、朱雀は体勢を崩した。そこに槍や剣が飛び出す。パニックになる三人を、咲が応声虫で生み出した虫が襲う。

(礫岩を使って機傀を中継するか、これは!)

 初めて見る霊障合体だ。だが緋寒は冷静に、その弱点を分析した。やはり礫岩の宿命か、地面に手を置いている。

(あの手を地面から離させれば!)

 この霊障は止められる。そのはずだ。そう確信した緋寒は、鬼火と機傀の霊障合体、融解鉄を範造の側に送り込む。

「無駄だ、皇。貴様のやっていることは全部、な。お見通しだ、俺には」

 だが、範造も鬼火と機傀を使えるために同じく融解鉄で緋寒のそれに対抗。

「それで終わると、本気で思うてるか?」
「あ?」

 危険は百も承知。今、妹たちと離れていて自由に動ける緋寒がジャンプした。

「大馬鹿か、貴様! 融解鉄の海に飛び込む気か? 溶けるぞ!」
「……そうじゃないかもしれんぞ?」

 電霊放を、範造の融解鉄に向けて撃ち込む。液体化した金属でも、どうやら電気は伝わるらしく、電撃が範造に向かって走った。緋寒は熱くなった鉄に着地すると熱さを感じる前にまた飛ぶ。

「あ、危ねえじゃあねえか!」

 被弾しないためにも彼はジャンプして後ろに下がる。

「手を離したな、範造? それをそなたにしてもらいたかったところじゃ」
「…しまった!」

 手を地面から離してしまったということは、鉱山死原が使えないということ。だが範造もすぐに地に手を置く。

「一瞬じゃあ何にもできねえんじゃあねえのか?」
「瞬きできればそれで十分じゃ!」

 しかも今、範造の頭は自然と下に向いている。その、本当にわずかな隙が欲しかったのだ。

「ぐおおあ?」

 いきなり範造の後頭部を何かが襲った。熱さと痺れを感じる。振り向くと不自然な光を放つ帯のようなものが揺らいでいた。

「これは…!」
「極光! そなたが手を置く時、地面を見た時に放った! 下に気を取られておったから、使えた!」
「馬鹿な? だが、礫岩で無効化してやる!」

 足元の地面が割れて岩を噴き出した。それが極光にぶつかると、一方的に弾く。

「どうだ皇ぃ! 貴様の霊障なんぞ、俺の敵ではない! 今お前も吹っ飛ばしてやる!」
「それはできんじゃろうなぁ……」
「余裕ぶっこきやがって!」

 礫岩を使おうとしたその時だ。足から熱さを感じる。いいや、今範造の体はほとんど地面に近づいているから全身が、熱いと言って汗を噴き出している。

「何だ?」
「そなた、融解鉄はどうした? ま、わちきの電霊放で合体しておる鬼火は無効化した。ただの金属に戻ったのなら、わちきの融解鉄の方で溶かし飲み込める!」

 その融解鉄の波を、緋寒は止めなかった。だから今、範造はそれに囲まれてしまっている。

「な、何だとおおおおおおお!」

 礫岩を使おうにも、地表が融解鉄で覆われているせいで岩石が飛び出ない。では鬼火はどうか? 無理だ、緋寒は電霊放が使える。

(じゃあ機傀だ!)

 すぐに鉄の槍を生み出した。それをこっちに向かって来る緋寒に向ける。

「来るなら串刺しにしてや……」

 言っているそばから、緋寒が自分の肩とその槍の先端を掴んだ。

「終わりじゃ、範造……!」

 ここからはもう精神と根性の勝負だ。この槍に手から電霊放を直流しする。掴んでいる緋寒にも流れるが、範造にも流し込める。

「ががががが…!」
「ううう、ぐっ!」

 先に音を上げたのは、範造の方だった。機傀の制限時間一分が来るよりも先に、槍の方が消えた。

「っがはつああ…!」

 バタリと倒れこむ範造。この死闘を制したのは緋寒だ。
 そして、咲の方の戦いも終わっていた。

「どうだ、皇? この虫たちを突破できるか?」
「できる」

 この時、ちょうど範造がジャンプして一瞬礫岩を止めた瞬間だ。足元の揺れが止まって飛び出た金属も動かないその時、咲の攻撃はただの応声虫になる。

「虫ごと絡めとってやる。流氷波!」

 赤実の手から放たれた霊障合体が、群がる虫を押し流し咲の足元を凍らせた。

「ぐわっ! まだ抵抗する気か!」
「抵抗? 違うな、勝利への一歩を踏み出しただけじゃ」

 赤実だけではない。紅華の応声虫と毒厄の霊障合体・毒蟲(どくむし)が飛んでいる。これは虫に毒を持たせることができるのだ。本来なら無毒なトンボやカブトムシ、クワガタまでもが毒厄を帯びている。しかも朱雀の旋風が、その毒蟲に追い風を吹かせている。

「無意味なことを! 自分は薬束を使えるんだぞ?」

 虫が手足を突き刺したり噛んだりしても、毒厄は彼女の体を侵さない。

「まだ勝負は見えな……」

 攻撃された場所を撫でて薬束を使い、咲はそれから頭を皇の方に戻した。

(……? 二人? 一人、どこ行った?)

 いない。朱雀がいないのだが、顔で判別できていない咲には誰が消えたのかがわからない。キョロキョロしてもどこにも姿が見えない。それもそのはず、今朱雀は飛んでい上にいる。

(旋風で上に上がった! そして乱舞でトドメじゃ!)

 霊障合体・大気(たいき)(けん)だ。上昇気流に乗ってから、下降気流に移って一気に咲への距離を知縮め、

「はあああああ!」

 ぶつかる瞬間に拳を振るった。八発は咲の体に入れられただろう。

「ああ……」

 咲の体から、白い光が放たれる。

「勝ったようじゃな」

 それを緋寒が見て、言った。

 長いようで短いこの戦い、皇の四つ子に軍配が上がったのだった。


「まさか負けてしまうとはな……」

 範造はそれ以上は何も言わなかった。雛菊も黙っていた。

「運が悪かっただけだわ! 本来なら私の霊障で……」
「自分だって、たまたま負けただけだ!」

 負けを認めようとしない梅雨と咲に対し、範造は、

「止せ、負け犬の遠吠えが一番格好悪い。俺たちは負けた。皇の四つ子が勝った。それだけのことだ」

 と、制する。

「コンカイのは、ウンやアイショウじゃない。ホンキですらツウじなかったんじゃ、どんなにガンバってもムリ」

 負けた理由は、実力の差だと雛菊は分析する。何故なら処刑人である自分たちと監視役である皇の四つ子では、仮想敵が違う。経験も異なるのだ。
 範造と雛菊は、命令があればターゲットを殺める。だがそれは既に確保された……つまりは死刑台に立っている人しか殺していない。でも皇は違う。場合によっては暴れ逃げる人を黙らせ捕まえて【神代】の元へ連れてくる必要がある。どちらが大変かは、言うまでもない。

「じゃあ私たちは何で負けたのよ?」
「俺のミスだ。そこは済まない」

 完璧だと思っていた作戦に穴を開けられたから、梅雨と咲を自分たちの敗北に巻き込んでしまった。だから範造は二人に謝ったが、

「そんな顔するなよ範造! 悪いのは自分たちを脱落させた皇と、実力不足だった自分と梅雨だろう?」
「そうね。策を練って戦ってもそれを突破されたんじゃ、しょうがないわ」

 その謝罪を受け取らず、連帯責任だと返された。
 伊豆神宮の御朱印を手に入れた皇の四つ子は、先に進む。その前に範造たちの方を向いて、

「個人的には、そなたたちのことは好かぬ。じゃが、大会参加者として言わねばなるまい」

 と前置きし、

「この勝負、見事じゃった! わちきらも負けを覚悟したくらいじゃ。そして負けたそなたたちの分まで、わちきらは先に進む」

 範造たちを称賛しつつ、自分たちの背負っている覚悟を言う。

「必ず優勝しろよ、皇! 途中で負けたり追い抜かされたりしたら承知しねえぞ?」
「やっぱりアナタたちは、ツヨい」
「しょうがないわね。この私が応援してやるわよ、感謝なさい!」
「頑張ることに嘘は吐かないで欲しい」

 悪態を吐きながらも、応援を返す四人。緋寒は内心、ホッとした。この勝負のせいで険悪なムードになったりしないか心配だったが、杞憂で終わってくれた。

「よし。では行くぞ、妹たちよ!」

 一先ず因縁に簡単だが決着をつけ、緋寒たちは進む。
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