第1話 月を見た人たち その3

文字数 3,703文字

「何故、人は生きるかわかりますか? 死ぬとわかってても、命を明日に繋げないといけないからです。それが人と霊との差です。霊は命を紡げませんが、人にはそれができるんです! 人がいるのはあの世ではなくこの世。だから今を今日を、人は歩んでいるのです!」

 この力説がどれくらい俱蘭の心を揺さぶったのかは不明だ。でも彼に、

「……理解が追いつかない。でもどうしてだか、刀を握りたくなくなった……」

 確実に、響いていた。
 生きて『月見の会』の集落に行くことが決まれば、話は早い。作戦を練るだけだ。

「僕の力を使えば、みんな必ず騙される」
「それを利用しましょう。自刃の際、刀で腹を切る姿を居合わせた人に見せるんです。でもあなたは切らず、周囲の景色を自分の体に映しながら逃げるんです」
「でも待って。自刃の後に死体がなかったら、確実に怪しまれる…。その集落に役人たちの手が及ぶかもしれない」

 しかしこの心配に対し、太陰は大丈夫と返答する。

「どうしてそう言える?」
「実際に私が腹を切ります」
「何だって!」

 一度罪人と認定された人を脱走させれば、必ず裁かれるだろう。だから太陰は自分の命を差し出すと言い出したのだ。

「あなたは現実とは違う者を見せることができるのでしょう? ならば私があなたに見えるようにしてください。あなたは逆に私の姿を。そうして私が腹を切った後……」

 地図を俱蘭に渡した。太陰の直筆の手紙もあり、それには、俱蘭を新しい仲間に迎え入れること、自分の命はもう長くないので彼の命を救うこと、などが書かれていた。

「そして介錯の人を騙したら、何食わぬ顔で町を抜け出して集落に向かうのですよ」

 自刃の日が来た。

「今日であいつも死ぬのか。巡礼者さん、これは見物ですな」
「そうですね」

 赤の他人の姿を借りた俱蘭は、適当な返事をした。

「では、これから……」

 一方で俱蘭の姿を借りた太陰は自らの腹に刀を突き立て、その肉を切った。

「……っ!」

 凄まじい痛みが全身の細胞に走る。手が止まりそうになるが、それでも腹を切らなければいけない。

「今、楽にしてやるからな……」

 見かねた介錯はその首を、刀一振りで切り落としてやった。

「お、おや? 何だ若造だと思っていたのに、随分と老け込んでいるじゃないか?」

 当然、周囲の人は人違いを疑うだろう。しかしここで、

「蜃気楼を自在に見せるやつなんだ、自分の姿も偽っていたのでしょう。死んだからその妖術が解かれ、真の姿が露わになったということ」

 予め太陰に言われていたことを俱蘭が言えば、誰もが、

「ああ、そうだな」

 と納得してくれる。


 城下町を出るまでは他人のふりをして俱蘭は馬に乗り集落に向かった。

「そ、そんな……! 太陰様が!」

 その死には誰もが衝撃を受けた。
 けれども太陰の息子は違った。

「父上は言っていた。死期が近い、と。だからこの若者……俱蘭に未来を託し、その命を捧げたんだ」

 息子がそう言えば誰もが納得し、集落では大きな騒ぎにはならなかった。満場一致で太陰の血を引く者が次の指導者に任命された。

「ではみんだ! この『月見の会』の集落を昨日よりもよい場所にしよう! 霊能力の研究に、昨日よりも一層励もう! 全ては父、太陰が託した未来のために!」

 この演説を聞いていた人の中で、手杉、田柄、俱蘭の三人は特別な感情を抱いていた。

(今の自分があるのは、太陰様のおかげ……)

 彼が生きている間に恩返しはできなかった。悔しいことはそれだ。でも、

(太陰様のように未来へ繋ごう! 明日へ紡ごう! それが恩を返す手法だ!)

 三人はそう考え、他の誰よりも懸命に働いた。


 時計の針は随分と進む。時は二十世紀。この頃には既に【神代】が誕生しており、幕府が設けた四つの霊能力者の集団の中で生き残っているのは『月見の会』だけとなっていた。その『月見の会』も【神代】の攻撃を受けており、一度は滅亡しかけたほどだ。でも何とか明日へ命を繋げた。
 この、敵対する組織には暴虐の限りを尽くす【神代】に一矢報いたい。『月見の会』の誰もがそう感じていた。
 けれど、彼らは集落の中にいたので世間がどのように変わったのかがわからない。誰かが見に行かなければいけない。
 しかしそれは危険だ。『月見の会』とバレたら、命はない。そんな危険な任務に名乗り出ようとする者は、誰もいなかった。

「俺が行こう」

 この三人を除いては。
 雨傘(あまがさ)という男が手を挙げたのだ。それに同調するかのように、火車(かしゃ)木霊(こだま)もその任務を自ら進んで引き受ける。

「俺たちの先祖は、太陰様に恩を返せなかった。その悔しさは、今も俺たちの血の中に流れている。だから、行く!」

 士気は高い。先祖の想いを持った子孫は、これがそのチャンスと受け取った。
【神代】の動向を探るために、不本意ながら霊能力者ネットワークに登録。そして報復の時を待った。
『月見の会』の攻撃は、決まった。正体を現さずに【神代】を襲えたのである。会の霊能力者の力が強かったこともあったが一番の要因は、やはり雨傘たちにあった。

「俺たちが駆け付けた頃には、既に手遅れで……」

 攻撃後、何食わぬ顔で現れそう言う。『月見の会』のことは一切口に出さないのだ。だからバレるはずがない。
 この戦いにおいて当初【神代】は劣勢だった。だから『月見の会』は勝利を確信していた。それは雨傘たちが【神代】に残り、情報を流していたからだ。
 しかしある日、三人が捕まる。霊能力者ネットワークに登録しておいて活動報告がないことを【神代】は怪しんだのだ。時の【神代】のトップである獄炎が三人の尋問を担当した。

「俺たちが【神代】への攻撃に関与しているだって? それは冤罪ですよ!」

 雨傘たちは絶対に口を割らなかった。それに獄炎は厳しい人物ではなく、拷問などしない。

「だよね。でも私の父が、君たちをここに拘束しておけって言うんだ」

 無実とわかっていても、雨傘たちは動けない状況に陥った。この時三人は焦燥感に駆られた。

(早く『月見の会』に戻って、【神代】の情報を教えないといけないのに! それができないんじゃ、マズい!)

 そしてその悪夢が実現してしまう。

「犯人は『月見の会』だ。まだ、滅んでなかったんだ」

 獄炎の息子、妖禁(ようきん)がそう言った。そしてかつて彼の祖父である詠山が滅ぼしたとされた『月見の会』の集落を強襲。かなりのダメージを与えることに成功した。

「作戦は成功したらしい。今度こそ『月見の会』は終わりだろう。いやあ、良かった」

 安堵する獄炎。でも三人は絶望を抱く。

(『月見の会』が? 終わりだって……?)

 にわかには信じられない言葉を聞いた。
 解放された三人は、落胆していた。

「どうする、雨傘?」

 木霊が聞く。

「『月見の会』に戻るのは?」

 火車が言うが、雨傘はその提案を蹴った。

「できるか! 俺たちが【神代】に捕まらなければ、『月見の会』は滅亡せずに済んだんだ!」

 怪しまれないために呼びかけられた際にすぐに出頭した三人だが、それは早計だったことに今更気づかされた。

「俺たちは、裏切ったんだ……。『月見の会』を」

 自分たちの内、一人でも自由に泳がしていれば、会に情報を与え事前に避難させることが可能だったはず。それができなかったことは、見て見ぬふりも同然。れっきとした背信行為だ。

「先祖が太陰様から頂いた恩を、俺たちは仇で返してしまったんだ……」

 三人は、集落には戻らなかった。いいや、戻れないのだ。『月見の会』は滅んだと聞いたし、万が一そうではなかったとしても、自分たちの判断ミスで仲間が大勢死んだのだ、合わせる顔がない。
 この時より三人は、より一層【神代】を恨むようになった。

「俺たちを裏切らせた【神代】が、憎い!」

 でも、歯向かうことができない。そもそも『月見の会』の恨みを晴らすという感情は、測らずとも裏切ってしまった三人には持つ資格がない。


 そのまま、時は過ぎる。

「うう、辻神……」

 当時を知る者はもう誰もいないが、あの一件は無念として次の世代に語り継がれている。木霊の子孫が、とある病院で生きながらえていた。彼は息子である俱蘭(ぐらん)辻神(つじがみ)に、

「私たちの受けた屈辱を、いつか晴らせ……! そうしないと死んでも死にきれない」

 死期を悟った父はそう言い残し、六年前に癌で亡くなった。

「わかっているよ、父さん」

 辻神は決めた。【神代】への報復を。ちょうど三年前の霊怪戦争で血の気が多かった神代標水が死んだので、【神代】の中でも緩いムードが漂っている。
 それから三年が経った。もう【神代】の鋭い牙も抜け落ちた、今がチャンスなのだ。

「アンタ一人には行かせられないぜ。オレも手伝う!」

 田柄(たがら)彭侯(ほうこう)が言う。辻神よりも三つ下で二十一歳の青年だ。

「ぼくもだヨ。君一人じゃ大変でしょ? 彭侯がいてもきっと困難。だからぼくも行くワ!」

 手杉(てすぎ)山姫(やまひめ)も賛成した。来月には大学の卒業式を控えている女性。

「いいのか、二人とも? 最悪の場合……失敗はそれイコール死、だぞ?」

 それに対し、構わないと覚悟を見せた。

「わかった。ならば【神代】に見せてやろう…! 私たち子孫が背負う雪辱、その雪解けを!」
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