第3話 報復開始 その1
文字数 3,796文字
この一週間、ヤイバは町を歩いた。
「様変わりってレベルじゃないな。オレの知っている建物は更地に、知らない建物が空き地に建っている」
「八年も外界と関りがなかったんなら、誰でもそうなるよ」
照に言われ、ここでヤイバは自分が病棟にいた正確な時間を知った。
「二年ズレてたか。あの病棟では季節の行事なんてない。だからわからなかった」
その時の流れが、ヤイバの怒りにさらに油を注ぐ。彼の貴重な青春時代を奪った皐が憎くてしょうがない。
「………」
当時の彼の家は既に別人の家庭が入っていたので、ヤイバに帰る場所はなかった。だから彼は、毎日照のアパートに戻り夜を過ごす。その際、棚の上に置いてあった写真に目が行った。
「三人家族か。だがオマエ、両親はいないと言ったな?」
写真には、幸せそうな天城家の一コマが収められている。多分旅行先で撮ったのだろう。
「何故いないんだ?」
説明を求めると、
「私の両親は、弁護士だった……」
照は語り出す、その過去を。
照の両親は弁護士で、主に犯罪に関する裁判に参戦した。
「この世から犯罪を消したいんだ!」
二人とも正義感溢れる人物で、近所でも評判だった。平日に早く帰ってこれたなら学区内をパトロールして回り、休日はボランティアに積極的に参加し、決して他人に迷惑をかけることはしない。ガラの悪い男性に立ち向かったことだってある。そしてタバコも吸わないし酒も飲まない。照にとって両親は、太陽よりも眩しい憧れの存在だった。
「でも照は自分の人生を歩んでいいぞ!」
父が言った。それは照が霊能力者であることがわかったためだ。
「幽霊が見えるのなら、それを活かした方が世のため人のため! 照、頑張ってね!」
母も意を唱えない。だから照も、
「うん、わかった!」
この時は明るかった。
しかし、一年前に不幸が訪れる。
「父さん、母さん……。背後によくない霊が見えるよ………」
霊感があるから、霊障が家の中で起きる前に照はそのよくない予兆に気が付いたのだ。
両親は仕事柄、他人……犯罪者の恨みを買いやすい。その死刑になり処刑された人物か、または犯罪者の親類に自殺した人がいたのか。逆恨みの怨霊だった。
「除霊、できるか?」
首を横に振って答える。あまりに強いので、彼女の力では祓うことはできそうにない。
でも絶望もしない。既に霊能力者ネットワークは持っていたし、【神代】にもアクセスできる状態なのだ、自分でできないのなら誰かの力を借りるだけ。
早速照は助けを求めた。そして数日後、とある田舎の神社に向かえと言う返事が来て両親と共に向かった。
「今日アンタらの除霊を担当する、日影皐です。よろしく……」
この時照は、皐と顔を会わせた。ハッキリ言って第一印象は良くない。やる気があまり感じられなかった。
(でも、私よりは強いんだ! ここは頼るしかない!)
だから我慢した。そしてそれが後悔に繋がることになる。
除霊の最中、両親が急に首を押さえて苦しみだしたのだ。
「どうしたの、父さん、母さん!」
顔は絶望に支配された表情をしている。
「ひ、日影さん? 一体何がどうなって……」
「今話しかけないで! 気が散る!」
取り合ってくれない皐。その間にも両親は苦しみ悶え、絶叫する。
「う、うがあああああ!」
先に父が、続いて母が血を吐いて倒れた。
「あーあ。アンタが声かけるから失敗しちゃったじゃん。どうしてくれるの?」
「し、失敗……?」
その言葉が信じられない。だから照は父の体を揺すった。
「ひっ!」
しかしその体は、もう心臓が動いていない。体温もまるで朝から死んでいたかのように低いのだ。母も同じだった。
照の両親は怨霊に殺されてしまったのである。
「な、何でちゃんと除霊してくれないんですか! 私の両親を返して!」
涙ながらに皐に掴みかかったが、皐は照を突き飛ばし、
「うるさいなあ? 面倒見てくれただけ感謝すべきじゃないの? 全く、育ちが悪い小娘! ウザったるい」
カバンの中に用意された依頼料を抜き取って札の枚数を確認すると、
「やっぱり! こんな安値でアタシに除霊頼むとか、馬鹿じゃない? こんな金にならない仕事、早めに切り上げて正解だわー。あのブランドのバッグ買えるかな?」
封筒からお金を抜き取りさらに財布まで取ると、足早に神社を去ったのだ。
「そ、そんな……」
照は泣いた。
両親の葬式が行われた後、照は抗議しようと思い立つ。あんなことをされては黙っている方が無理だ。
「う、嘘……?」
しかし【神代】のデータベースにアクセスすると、信じられないことが書かれていた。
「除霊は成功。しかし依頼主は病気が悪化して死亡……」
まるで皐は最善を尽くしたが、両親が勝手に力尽きたかのような物言いだ。
当然照は、違うと【神代】に苦情を入れた。返って来た言葉は、
「クレームは受け付けてない。報告書にちゃんと書いてあるんだ、嘘じゃない」
というもの。皐の言い分が正しいのであって、照は文句を言っているだけとみなされたのである。
照は何度も何度も、調査をし直して欲しいと頼んだ。だが受け答えをした【神代】の担当者であった佐倉 神奈 という人物は、
「証拠はあるの?」
と返す。
「……ありませんけど、私がこの目で見たんです!」
「それが通じるならさ、皐の言葉も正しいよね?」
この言葉に、照は何も言い返せなかった。
「あの後わかったことだけど、あの神社はもう廃れて無人。だから皐はあそこを選んで、除霊の手を抜いた……」
思い出すと、悔しさと怒りで心がいっぱいになる。
「二つ、違うな」
ヤイバは言った。
「何が……」
「手は抜いてない。それは皐の霊障……毒厄 だ」
「どくやく?」
人の健康を害する霊障だとヤイバは言う。その気になれば除霊するフリをして人を殺めるのも簡単だと説明。
「オレが病棟にぶち込まれる前に実際に皐がしでかしたわけじゃないが、そういうことができる霊障だ」
「でもどうしてそんなことを?」
照からすれば、依頼主を殺める行為は疑問でしかない。
「理由か、一つしかないだろうな」
それは、
「多分だが皐は、オマエの両親と話し合いたくなかったんだろう」
除霊が終われば、必然的に話題になるのが、成功したかどうか。素人からすればその区別はつけられない。
「前に皐が依頼主と口論なったのを見たことがある。その時はオレや同期の霊能力者が何とか説得したが……。あの女からすれば除霊の成否の説明は面倒極まりないことだし、第一あの女は霊能力者以外、いいや自分以外を見下している。だったら殺して金を奪う。【神代】には嘘の報告をすれば誤魔化せる、ってわけだ」
これは絶対ではない。何故ならヤイバも、皐の異常性を完全に理解しているわけではない……というより、彼女の心境なんぞ理解できる方がおかしい。だからヤイバなりの結論。
「でもそんなことすればすぐにバレる……」
「だから、二つ、違うんだ」
二つ目は、
「オマエの対応をした神奈……あれはあの女とグル。オレをはめた連中の一人で、中学時代から皐と交流があって一番仲が良いヤツだった」
その神奈が今、【神代】においてそういうポジションについている。
「だから、私の言うことは何も聞き入れられなかったわけ……」
最初から依頼主を殺して、金銭を奪う算術だったのだ。【神代】へは報告書でいくらでも誤魔化しが効くし、それを精査する立場に神奈がいるので何でも通ってしまう。
照の両親は、皐にはめられたのである。
「照、だから言っただろう? 血祭にするのは皐一人じゃ足りない。この世から根こそぎ排除するのみ、だ」
涙を流していた照は袖でそれを拭き取ると、ヤイバの方を向いて、
「そうだね。やるべきことが増えたけど、ゴールは変わらないよ」
と勇気を振り絞り言った。
「じゃあまず、謝れ」
それを見たヤイバは仏壇の方を指差した。
正義感の強い両親なら、復讐は考えないだろう。もしかしたら笑って許すかもしれない。でも照にはそれができない。傷つけられたのにどうしてそれを無視できようか? 傷を作った張本人は、平然と生活している。これもまた許せないことだ。
「父さん、母さん……。私は今から、正しい道を外れます。死んだら地獄に落ちるでしょう。でも、いいんです。父さんと母さんの無念を晴らさずに、この命、終われません。私から父さんと母さんを奪った皐が、どうしても許せません。だから、道を外れることを、お許しください……」
仏壇に向け、深々と頭を下げる。
「まあ今に始まったことじゃない。オマエ、オレがいたあの病棟に散霊を放った時点で、もう踏み外しているんだ。だがそれ以上はゲスにはさせない。汚れ役は全部オレが引き受けよう」
ヤイバとしては、病棟から出してもらえただけで十分なのだ。だからそれ以上照に間違った道を進ませる気にはなれない。今ならまだ、正義の道に戻れると思い、引き返させようと思った。
しかしもう彼女は、歩むつもりなのだ。仏壇を閉じて、言う。
「いいや、行くよ私も。ヤイバ、あなたにどこまでもついて行く。この怨みを晴らせるなら、何だってする」
その強い意志を見たヤイバは、
「じゃあ、行くぜ? 振り返ることは許さない」
照と共に復讐を始めることに決めた。
「オレの願いはただ一つ! それは皐の死だ! だがその願いを叶えるには、やらなければいけないことがある!」
「様変わりってレベルじゃないな。オレの知っている建物は更地に、知らない建物が空き地に建っている」
「八年も外界と関りがなかったんなら、誰でもそうなるよ」
照に言われ、ここでヤイバは自分が病棟にいた正確な時間を知った。
「二年ズレてたか。あの病棟では季節の行事なんてない。だからわからなかった」
その時の流れが、ヤイバの怒りにさらに油を注ぐ。彼の貴重な青春時代を奪った皐が憎くてしょうがない。
「………」
当時の彼の家は既に別人の家庭が入っていたので、ヤイバに帰る場所はなかった。だから彼は、毎日照のアパートに戻り夜を過ごす。その際、棚の上に置いてあった写真に目が行った。
「三人家族か。だがオマエ、両親はいないと言ったな?」
写真には、幸せそうな天城家の一コマが収められている。多分旅行先で撮ったのだろう。
「何故いないんだ?」
説明を求めると、
「私の両親は、弁護士だった……」
照は語り出す、その過去を。
照の両親は弁護士で、主に犯罪に関する裁判に参戦した。
「この世から犯罪を消したいんだ!」
二人とも正義感溢れる人物で、近所でも評判だった。平日に早く帰ってこれたなら学区内をパトロールして回り、休日はボランティアに積極的に参加し、決して他人に迷惑をかけることはしない。ガラの悪い男性に立ち向かったことだってある。そしてタバコも吸わないし酒も飲まない。照にとって両親は、太陽よりも眩しい憧れの存在だった。
「でも照は自分の人生を歩んでいいぞ!」
父が言った。それは照が霊能力者であることがわかったためだ。
「幽霊が見えるのなら、それを活かした方が世のため人のため! 照、頑張ってね!」
母も意を唱えない。だから照も、
「うん、わかった!」
この時は明るかった。
しかし、一年前に不幸が訪れる。
「父さん、母さん……。背後によくない霊が見えるよ………」
霊感があるから、霊障が家の中で起きる前に照はそのよくない予兆に気が付いたのだ。
両親は仕事柄、他人……犯罪者の恨みを買いやすい。その死刑になり処刑された人物か、または犯罪者の親類に自殺した人がいたのか。逆恨みの怨霊だった。
「除霊、できるか?」
首を横に振って答える。あまりに強いので、彼女の力では祓うことはできそうにない。
でも絶望もしない。既に霊能力者ネットワークは持っていたし、【神代】にもアクセスできる状態なのだ、自分でできないのなら誰かの力を借りるだけ。
早速照は助けを求めた。そして数日後、とある田舎の神社に向かえと言う返事が来て両親と共に向かった。
「今日アンタらの除霊を担当する、日影皐です。よろしく……」
この時照は、皐と顔を会わせた。ハッキリ言って第一印象は良くない。やる気があまり感じられなかった。
(でも、私よりは強いんだ! ここは頼るしかない!)
だから我慢した。そしてそれが後悔に繋がることになる。
除霊の最中、両親が急に首を押さえて苦しみだしたのだ。
「どうしたの、父さん、母さん!」
顔は絶望に支配された表情をしている。
「ひ、日影さん? 一体何がどうなって……」
「今話しかけないで! 気が散る!」
取り合ってくれない皐。その間にも両親は苦しみ悶え、絶叫する。
「う、うがあああああ!」
先に父が、続いて母が血を吐いて倒れた。
「あーあ。アンタが声かけるから失敗しちゃったじゃん。どうしてくれるの?」
「し、失敗……?」
その言葉が信じられない。だから照は父の体を揺すった。
「ひっ!」
しかしその体は、もう心臓が動いていない。体温もまるで朝から死んでいたかのように低いのだ。母も同じだった。
照の両親は怨霊に殺されてしまったのである。
「な、何でちゃんと除霊してくれないんですか! 私の両親を返して!」
涙ながらに皐に掴みかかったが、皐は照を突き飛ばし、
「うるさいなあ? 面倒見てくれただけ感謝すべきじゃないの? 全く、育ちが悪い小娘! ウザったるい」
カバンの中に用意された依頼料を抜き取って札の枚数を確認すると、
「やっぱり! こんな安値でアタシに除霊頼むとか、馬鹿じゃない? こんな金にならない仕事、早めに切り上げて正解だわー。あのブランドのバッグ買えるかな?」
封筒からお金を抜き取りさらに財布まで取ると、足早に神社を去ったのだ。
「そ、そんな……」
照は泣いた。
両親の葬式が行われた後、照は抗議しようと思い立つ。あんなことをされては黙っている方が無理だ。
「う、嘘……?」
しかし【神代】のデータベースにアクセスすると、信じられないことが書かれていた。
「除霊は成功。しかし依頼主は病気が悪化して死亡……」
まるで皐は最善を尽くしたが、両親が勝手に力尽きたかのような物言いだ。
当然照は、違うと【神代】に苦情を入れた。返って来た言葉は、
「クレームは受け付けてない。報告書にちゃんと書いてあるんだ、嘘じゃない」
というもの。皐の言い分が正しいのであって、照は文句を言っているだけとみなされたのである。
照は何度も何度も、調査をし直して欲しいと頼んだ。だが受け答えをした【神代】の担当者であった
「証拠はあるの?」
と返す。
「……ありませんけど、私がこの目で見たんです!」
「それが通じるならさ、皐の言葉も正しいよね?」
この言葉に、照は何も言い返せなかった。
「あの後わかったことだけど、あの神社はもう廃れて無人。だから皐はあそこを選んで、除霊の手を抜いた……」
思い出すと、悔しさと怒りで心がいっぱいになる。
「二つ、違うな」
ヤイバは言った。
「何が……」
「手は抜いてない。それは皐の霊障……
「どくやく?」
人の健康を害する霊障だとヤイバは言う。その気になれば除霊するフリをして人を殺めるのも簡単だと説明。
「オレが病棟にぶち込まれる前に実際に皐がしでかしたわけじゃないが、そういうことができる霊障だ」
「でもどうしてそんなことを?」
照からすれば、依頼主を殺める行為は疑問でしかない。
「理由か、一つしかないだろうな」
それは、
「多分だが皐は、オマエの両親と話し合いたくなかったんだろう」
除霊が終われば、必然的に話題になるのが、成功したかどうか。素人からすればその区別はつけられない。
「前に皐が依頼主と口論なったのを見たことがある。その時はオレや同期の霊能力者が何とか説得したが……。あの女からすれば除霊の成否の説明は面倒極まりないことだし、第一あの女は霊能力者以外、いいや自分以外を見下している。だったら殺して金を奪う。【神代】には嘘の報告をすれば誤魔化せる、ってわけだ」
これは絶対ではない。何故ならヤイバも、皐の異常性を完全に理解しているわけではない……というより、彼女の心境なんぞ理解できる方がおかしい。だからヤイバなりの結論。
「でもそんなことすればすぐにバレる……」
「だから、二つ、違うんだ」
二つ目は、
「オマエの対応をした神奈……あれはあの女とグル。オレをはめた連中の一人で、中学時代から皐と交流があって一番仲が良いヤツだった」
その神奈が今、【神代】においてそういうポジションについている。
「だから、私の言うことは何も聞き入れられなかったわけ……」
最初から依頼主を殺して、金銭を奪う算術だったのだ。【神代】へは報告書でいくらでも誤魔化しが効くし、それを精査する立場に神奈がいるので何でも通ってしまう。
照の両親は、皐にはめられたのである。
「照、だから言っただろう? 血祭にするのは皐一人じゃ足りない。この世から根こそぎ排除するのみ、だ」
涙を流していた照は袖でそれを拭き取ると、ヤイバの方を向いて、
「そうだね。やるべきことが増えたけど、ゴールは変わらないよ」
と勇気を振り絞り言った。
「じゃあまず、謝れ」
それを見たヤイバは仏壇の方を指差した。
正義感の強い両親なら、復讐は考えないだろう。もしかしたら笑って許すかもしれない。でも照にはそれができない。傷つけられたのにどうしてそれを無視できようか? 傷を作った張本人は、平然と生活している。これもまた許せないことだ。
「父さん、母さん……。私は今から、正しい道を外れます。死んだら地獄に落ちるでしょう。でも、いいんです。父さんと母さんの無念を晴らさずに、この命、終われません。私から父さんと母さんを奪った皐が、どうしても許せません。だから、道を外れることを、お許しください……」
仏壇に向け、深々と頭を下げる。
「まあ今に始まったことじゃない。オマエ、オレがいたあの病棟に散霊を放った時点で、もう踏み外しているんだ。だがそれ以上はゲスにはさせない。汚れ役は全部オレが引き受けよう」
ヤイバとしては、病棟から出してもらえただけで十分なのだ。だからそれ以上照に間違った道を進ませる気にはなれない。今ならまだ、正義の道に戻れると思い、引き返させようと思った。
しかしもう彼女は、歩むつもりなのだ。仏壇を閉じて、言う。
「いいや、行くよ私も。ヤイバ、あなたにどこまでもついて行く。この怨みを晴らせるなら、何だってする」
その強い意志を見たヤイバは、
「じゃあ、行くぜ? 振り返ることは許さない」
照と共に復讐を始めることに決めた。
「オレの願いはただ一つ! それは皐の死だ! だがその願いを叶えるには、やらなければいけないことがある!」