第3話 違和感の後味 その1

文字数 3,273文字

 二日後のことである。【神代】の本店である予備校に、ある通報が入り込んだ。

「何だと? そんな被害が、大阪で……?」

 どうやら幽霊の仕業と思しき事件が起きたらしい。交差点での交通事故だ。巻き込まれた車のエンジンは全て故障しており、しかも信号機もおかしくなっていたという。

「その、幽霊はどこに? 探せるか?」
「多分、墓地に…」

 わからないことが多過ぎる。神楽坂満はデスクトップパソコンでその事件について検索したが、手掛かりが少ない。

(現地に行って捜索するべきか? いいやここは、関西支部に任せよう。確か辻神の部下が、関西にいたはず!)

 スマートフォンを取り出し、俱蘭辻神に電話する。

「辻神か? 私だ! 西日本で事件だ」
「それは、心霊犯罪? それとも?」
「多分、幽霊がしでかしたことだと思う」

 少し呼吸を置いて辻神は、

「今から向かうとなると……」
「いいや、お前は行かなくていい。確か、京都と福井にいるだろ、お前の子分!」
「ああ、病射と朔那のことか」
「そう! アイツらに動いてもらえ! お前がわざわざ行くまでもないことだ」
「了解。指示を出しておく」
「頼んだぞ。現状でわかっていることは一応お前の端末に送っておく!」

 指示された内容をそのまま、辻神は福井にいる姉谷病射と京都にいる鉾立朔那に送信。

「満さんからの命令だ。事件を引き起こした幽霊が大阪にいるらしい。事故現場近くの墓地が怪しそうだ。そこや周辺の廃校、廃病院、森林、心霊スポット……とにかく、全部チェックしろ!」
「了解っス!」

 まず病射から、そして次に朔那から返事があった。


 病射はまず朔那と合流。今回は朔那の従妹である骨牌弥和も一緒だ。大阪駅で合流できたことを辻神に電話し、報告する。

「大丈夫そうか? 心配なら、私たちも現地に赴くつもりだが……」
「考え過ぎっスよ! いつも通りのこと! よくある除霊の仕事っスからね。おれと朔那、加えて弥和だけで十分っスね」

 病射はやや楽観的な返事をした。それもそのはずで、幽霊の除霊は彼が今言った通り、よくあることなのだ。今回もすぐに片付くだろう。それは横にいる朔那と弥和も同じ意見。
 この時は誰も、ことの深刻さ重大さには気づけていなかった。想像することもできていないだろう。そしてこれから起きることに考えを巡らせることすら、しない。

「さあ出発だ。早くしないと他の人に祓われて……大阪に来た意味がなくなってしまうぞ!」
「頼んだぞ? 現地にいるおまえたちだけが頼りなのだ」
「吉報を送ってやるっスよー!」

 電話を切り、件の事故現場に移動する。そこまで時間が経っていないこともあってか、野次馬で溢れている。警察官が現場検証していて、規制線も貼られている。おまけに、何かが焦げる臭いもするのだ。
【神代】の調査員もここに来ていたらしく、病射たちに気づき、

「おや、霊能力者の方ですよね?」
「ああ。これは本当に幽霊の仕業なんスか?」
「そうです。今、私が鑑定を完了させましたので、間違いありません。探し出して除霊もしなければ……」
「それは、私たちに任せて! そのために寒い中、大阪まで来たんだよ!」
「おお、助かります!」

 バトンタッチを済ませ、病射と朔那と弥和は事故現場を後にする。


「こっちが怪しいぜ!」

 病射が地図上で指し示したのは、近くの森だ。

「私はここがと思うぞ?」
「ここ、じゃないかな?」

 三人の意見は見事に分かれた。

「なら、虱潰しに一つずつ回るか! 一番近いのは、弥和が言う廃神社だな?」

 この日はレンタカーを借りてあり、車で目的地に向かう。大阪の町外れにその神社があった。【神代】のデータベースで確認した通り、廃れた神社だ。

「雑草はボウボウ、建物もかなり傷んでる。岩は苔だらけ!」

 どこが境内の境界線かもわからないレベルだ。

「ここじゃなさそうだな、病射。私は何も感じない。弥和は?」
「私もだよ。ここじゃなかった……」

 調べるまでもない。住み着いているとしたら野生動物くらいだろう。

「ん、電話か? 誰のが鳴ってる?」
「私だ。しかし、誰だ? 辻神たちの番号は登録している……」

 知らない電話番号に対し、出るかどうか悩む。ここは、

「はい、もしもし? 鉾立ですが?」

 病射と弥和の視線が、応じろと言っている感覚だったので出てみた。

「鉾立朔那、か?」
「はいそうですけど。お前の方は?」
「ああ、すまん。私は重之助。宗方重之助だ」
「えええ! あの重之助さんですか…!」

 ビックリして変な声が出た。西日本の【神代】では、名前を知らない人はいないだろう。そんな彼がどうしてか、朔那に電話をかけたのだ。

「今、大阪にいるんだよな? 満と辻神から聞いた」
「はい、そうです」
「これから指示する場所に向かって欲しい」

 どうやら心当たりがある場所があるようだ。

「その場所は?」

 猪名川の河川敷。それも伊丹空港の周辺だ。

「ついさっき、そこで不審な出来事があった! 私たちが求めている幽霊は、そこにいるかもしれない!」
「了解です! 今すぐに向かいます!」

 電話はそれで終わりだ。朔那はすぐに病射にその場所を教え、カーナビをセット。

「十数分ってところか? 行くぞ、アクセル全開だ!」
「法定速度は守れよ?」

 幸い道路は混んではおらず、スムーズに進めた。

「ここか……」

 付近から、焦げ臭い臭いがする。おそらく火事だ。それが不審火なのだろう。その事件の詳しい内容は知らされていない。それは重要ではないからだ。

「河川敷はこっちか」

 川の方へ降りる。

「あれ?」

 最初に何かを感じたのは、弥和だった。

「どうした弥和? 空気が変なのか?」

 弥和は旋風が使える。だからそれで周囲の空気の流れを読み、

「あっち……」

 と、指を差した。

「わかった!」

 電子ノギスを取り出し病射が先導し、そこに行く。

(相手は事故を引き起こせる幽霊だ。油断はしないように! 大丈夫だ、いつも通りのことをすればいいだけ!)

 落ち着いて、足を進める。

(いたっ!)

 朔那が発見した。大きな野良猫が倒れている。その傍らに、黒い子供のような影が立っているのだ。どうやら猫の血肉を貪っているらしい。

「あれか……!」
「まだこっちには気づいてないみたいだよ。病射、撃って!」
「任せろ!」

 この距離なら確実に先制攻撃が決まる。彼が持つ電子ノギスの戦端から、桃色の稲妻が飛び出した。

(避ける気配は……ないぞ!)

 その鋭い電霊放は、見事に幽霊……怨成に命中。

「ギギギ………!」

 全身が痺れる怨成。病射は様子見のために、電霊放に毒厄を混ぜなかった。でもそれで十分なダメージを与えられているようなのだ。

「あ、こっちを向いたぞ!」

 攻撃され、怨成は自分が狙われていること認識。病射たちに顔を向けた。

「ギリ……」
「来るぞ!」

 この時朔那は豆鉄砲を怨成に向けていた。いつでも植物の種を発射できるようにするためである。そして相手はどんな霊障を使ってくるかがわからない。一挙手一投足に注意を払う。
 しかし、

「ギギギリリリ!」

 怨成がとった行動はシンプルであり、飛びかかるということだった。足で地面を蹴りジャンプしたが、

「させるか、コイツ!」

 朔那の方が速い。豆鉄砲で種を撃ち出し、怨成の体に命中させる。同時に種が成長して根と茎を伸ばし、体を締めつけて動きを封じる。木綿が決まった。

「ギ?」

 間髪入れずに弥和が攻め込む。手と手を叩いて音を出し、その音が虫に変わる。

「弥和、今だ! 応声虫で攻めろ!」
「わかったよ!」

 キリギリスやコオロギ、カミキリを生み出し、怨成にけしかける。その牙でズタズタにしてしまおうという魂胆だ。

「やって、お願い!」

 翅で羽ばたき、動けない怨成に噛みつく。

「ギギギギギギ!」

 凄まじい痛みだ。まず腕をぐちゃぐちゃにしてやった。

「よし! このままバラバラにしてやれ! 一気に潰すぞ!」
「弱い幽霊だな。私たちが出るまでもなかったか」

 無理矢理動こうとして、逆に地面に転げ落ちる怨成。しかしその状態で地面の上をゴロゴロ転がり出してまとわりついている虫を払い除けた。
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