第10話 報復の折れ刃 その1
文字数 3,233文字
「まさか、あの人が見逃してくれるとはね……」
緑祁と香恵がいなくなったのを確認すると、物陰に隠れていた照が出て来た。彼女はボロボロのヤイバのことを撫で、治療する。
「いいや、それは違うぞ」
「どういう意味?」
「アイツはな、神の言葉を代弁しただけだ。皐に復讐をし、落とし前をつけさせろ、ってな」
ヤイバは彼の言葉をそう受け取った。
「でも、殺しては駄目だって……」
それに従うかどうかは、ヤイバ次第である。だが彼は、
「ああ。今夜はオレの負けだった。だからアイツの言うことを聞き入れようじゃねえか。オレは皐を直接殺さない」
それは、間接的になら殺すことができる、とも聞こえる。
「照、まだオレたちの復讐は終わっていない…! 寧ろここからが本番だ…! 場所を吟味するんだ。復讐に相応しい場所を、な…」
この日、何とか照の治療で立ち上がれる程度に回復したヤイバと照は、すぐにアパートに戻った。そこでヤイバの傷を完全に癒し、皐への報復の場を考える。
そうして候補に挙がったのが、この吊り橋だ。
「吊り橋から落ちて死ぬ。ありふれた死に方だろう? オレが直接手を打たなくても、勝手にあの女が落ちたことにすればいい」
皐を呼び出すために、照も覚悟を決めた。自分の名前を使って皐に対し、一年前の除霊の件を問い詰めることを【神代】のデータベースに書き込んだ。既に手配中の皐だが、そのことは本人の耳には入らないようになっているし、彼女の言い分を聞き入れてくれる神奈は既に死んでいるので、もみ消しに訪れるだろう。当然ヤイバがいるという疑いを抱くこともなく。
「あ、アンタ……。見たことあるね。どうして深夜に、こんな場所に?」
照の顔をどうやら皐は覚えていたようだ。
「どうしてだと思う?」
「まさか! 一連の殺人事件は、アンタの仕業?」
「まさかでしょうそれ。私はそんなことしてない。でも、責任はあるかもね」
「どういう意味?」
指で、皐の後ろを指し示した照。彼女は振り向いて、その男の姿を確認した。
「や、ヤイバ……!」
「八年ぶりだな、皐!」
ついにヤイバは、皐と再会した。でもそれは喜ぶべきことではない。
「オレはこの瞬間を待っていた! 長年、この時のために生きていた! 今ここで、オマエに復讐する、その時を!」
緑祁には、殺人は許可できないと言われた。だがこの吊り橋なら、相手を殺しても怪しまれない言い訳ができる。それこそ、八年前に皐たちがヤイバをはめたかのようにでっち上げることができる。
「そうか! だからこの場所を選んだんだ? 神奈や他のヤツも、みんなアンタが殺したんでしょう? 最低な男だね」
「オマエに言われる筋合いはない。勝手に罵倒するな、二重に空気が汚れる」
「それはアタシのセリフだよ。もう肺がんになっちゃうじゃんか。どうしてくれるのさ?」
「健康の心配ならいらんぞ? オマエにはここで死んでもらう」
この発言には流石の皐も、眉が動いた。
「へえ、強がるじゃん? 檻の中で成長でもしたってか? アンタ、何で最初にアタシを狙わなかったのか? 理由があるでしょうに。代わりに言ってあげようか?」
「………」
「アタシに勝てるかどうか、怪しいものね? もしもアタシに最初に挑んで返り討ちになったら、他の奴らに復讐できなくなってしまう。それを避けたかったんでしょう? 弱虫的な発想。育ったのは上っ面だけじゃん」
「遺言はそれでお終いか?」
無言だったヤイバが口を開いた。反省の色が見えないので、もう話し合うことすら無意味と判断したのだ。彼は構える。
「最後に一つだけ聞く。俺の幸札と式神はどうした? どこに隠してある?」
「ああ、あれね……」
ヤイバから皐が奪った、二つの大事なもの。
「幸札の方は全然効力を感じられなかったし、式神も言うことを聞かないから、両方とももらった直後に破り捨てた。もうとっくの昔に、灰になってるけどそれが?」
彼をはめてまでして手に入れたその札は、既に処分されてしまっていたのだ。この発言に照は驚いた。
(それじゃあ、ヤイバが病棟に閉じ込められていた意味は? 八年間の幽閉は、意味がなかったって言うの? 何のためにヤイバは一体、時間を無駄に費やされたわけ?)
一方でヤイバの方はと言うと、それほど衝撃を受けていない。覚悟していたらしく、
「両方とも、自らが主と決めた者にしか従わないし力も出さない。だからそうだとは思っていた。かなりムカつく返事だが、それでいい。もうオマエに対する情けは消えた。ここで殺す!」
「いいよ。逆に地獄に送ってやるから。そっちにいる照もね。邪魔者には消えてもらう」
両者殺気を露わにした。
「ぬおおおおおお!」
先に動いたのはヤイバだ。雄叫びを上げながら不安定な橋の上を走る。機傀で釘を生み出し、何本も撃ち出す。
(避けられるか! この狭く揺れる吊り橋の上で!)
皐はその釘が迫る前にジャンプし、綱の上に乗って避ける。
「させるか!」
直後にヤイバがバールを出してその綱を叩いた。振動が波のように伝わり、皐の足元を揺らした。
「おおっと?」
一歩後ろに下がろうものなら、即下に落ちて死ぬ。それは彼女もわかっているので、ここは一旦橋の上に戻る。
「そこだ!」
それを、ヤイバが見逃すわけがない。釘が飛んできて皐の肩に刺さった。
「痛いじゃんか! 女性を傷つけるなんて、最ッ低!」
「底辺のオマエが言うんじゃない!」
だが言うほど皐は痛がっていない。服の下のことだからヤイバには見えないのだが実は、もう毒厄を使っている。その場所の感覚神経だけを麻痺させ、痛みを感じないようにしているのだ。自分にも都合のいいように利用できる霊障。
そして毒厄が直接ヤイバを叩くには、手が届くほどに近づく必要がある。この距離では範囲外なのだ。それはヤイバもわかっているから、近づけさせない。
「来るかぁ、皐! いいぞ、死にに来な……!」
手を挙げるとその上空から、手裏剣が降ってくる。
「死ぬのはアンタと照だよ。アタシの毒厄で、一瞬で全身の細胞を侵して壊死させてやる!」
かなり危険だが、ここはリスクを承知で接近戦に持ち込むことを選ぶ皐。そうしないとまともな勝負にならない。
(ならば、近づいて来い………!)
あえて、ヤイバは手裏剣の雨を止ませた。
だがそれに皐は勘付く。
「おかしいね? どうして有利な状況を自ら手放すの? 誘ってるってワケ? アンタのお誘いには絶対に乗らないけど?」
チラリと後ろを向いた。視線の先には照がいる。
「先に殺せる方から死なせておくか……」
なんとここで皐は反転して照に向かって走り出したのだ。
「皐オマエ……。最初から最後まで腐り切ってやがるのか!」
卑怯な発想だ。自分が優勢な状況に持ち込めないから、今手にかけれそうな照を殺めるのだ。
(さあ、自分から近づいて来なよ、ヤイバ!)
これは彼女の作戦でもある。ヤイバの方から自分に近づけさせつつ照を殺す、一石二鳥の企み。
だが皐は見誤った。照は、自分では何もできない人物ではない。
「照ぅっ!」
ヤイバの投げた短剣が、皐を飛び越えて吊り橋の手前にいる照の足元の土に突き刺さる。
「なっ?」
それを拾い上げ、皐に向ける彼女。
「こっちに来るなら、これで刺すよ……」
「そんなこと、アンタができるわけ?」
「するよ。あなたに両親の恨みが晴らせるなら何だって! だいたいこの復讐は、私が始めた!」
「チッ!」
逃げることはできない。照の剣さばきは素人だが、それ故に刃の軌跡が読めない。だから強引に突破するのは危険。かと言って後ろからはヤイバも迫る。
(やっぱりヤイバを先に殺す! 八年前の選択が間違ってた! あの時、病棟にぶち込む程度で済ませては駄目だったんだ! ちゃんと毒厄で殺しておくべきだったのよ!)
再び向きを変える。
「そうだ、それでいいぞ皐! オマエを殺すのは、このオレだ……」
「死ぬのはアンタと照の方だ。アタシはこの修羅場を生き残る!」
「ほざいてろ!」
緑祁と香恵がいなくなったのを確認すると、物陰に隠れていた照が出て来た。彼女はボロボロのヤイバのことを撫で、治療する。
「いいや、それは違うぞ」
「どういう意味?」
「アイツはな、神の言葉を代弁しただけだ。皐に復讐をし、落とし前をつけさせろ、ってな」
ヤイバは彼の言葉をそう受け取った。
「でも、殺しては駄目だって……」
それに従うかどうかは、ヤイバ次第である。だが彼は、
「ああ。今夜はオレの負けだった。だからアイツの言うことを聞き入れようじゃねえか。オレは皐を直接殺さない」
それは、間接的になら殺すことができる、とも聞こえる。
「照、まだオレたちの復讐は終わっていない…! 寧ろここからが本番だ…! 場所を吟味するんだ。復讐に相応しい場所を、な…」
この日、何とか照の治療で立ち上がれる程度に回復したヤイバと照は、すぐにアパートに戻った。そこでヤイバの傷を完全に癒し、皐への報復の場を考える。
そうして候補に挙がったのが、この吊り橋だ。
「吊り橋から落ちて死ぬ。ありふれた死に方だろう? オレが直接手を打たなくても、勝手にあの女が落ちたことにすればいい」
皐を呼び出すために、照も覚悟を決めた。自分の名前を使って皐に対し、一年前の除霊の件を問い詰めることを【神代】のデータベースに書き込んだ。既に手配中の皐だが、そのことは本人の耳には入らないようになっているし、彼女の言い分を聞き入れてくれる神奈は既に死んでいるので、もみ消しに訪れるだろう。当然ヤイバがいるという疑いを抱くこともなく。
「あ、アンタ……。見たことあるね。どうして深夜に、こんな場所に?」
照の顔をどうやら皐は覚えていたようだ。
「どうしてだと思う?」
「まさか! 一連の殺人事件は、アンタの仕業?」
「まさかでしょうそれ。私はそんなことしてない。でも、責任はあるかもね」
「どういう意味?」
指で、皐の後ろを指し示した照。彼女は振り向いて、その男の姿を確認した。
「や、ヤイバ……!」
「八年ぶりだな、皐!」
ついにヤイバは、皐と再会した。でもそれは喜ぶべきことではない。
「オレはこの瞬間を待っていた! 長年、この時のために生きていた! 今ここで、オマエに復讐する、その時を!」
緑祁には、殺人は許可できないと言われた。だがこの吊り橋なら、相手を殺しても怪しまれない言い訳ができる。それこそ、八年前に皐たちがヤイバをはめたかのようにでっち上げることができる。
「そうか! だからこの場所を選んだんだ? 神奈や他のヤツも、みんなアンタが殺したんでしょう? 最低な男だね」
「オマエに言われる筋合いはない。勝手に罵倒するな、二重に空気が汚れる」
「それはアタシのセリフだよ。もう肺がんになっちゃうじゃんか。どうしてくれるのさ?」
「健康の心配ならいらんぞ? オマエにはここで死んでもらう」
この発言には流石の皐も、眉が動いた。
「へえ、強がるじゃん? 檻の中で成長でもしたってか? アンタ、何で最初にアタシを狙わなかったのか? 理由があるでしょうに。代わりに言ってあげようか?」
「………」
「アタシに勝てるかどうか、怪しいものね? もしもアタシに最初に挑んで返り討ちになったら、他の奴らに復讐できなくなってしまう。それを避けたかったんでしょう? 弱虫的な発想。育ったのは上っ面だけじゃん」
「遺言はそれでお終いか?」
無言だったヤイバが口を開いた。反省の色が見えないので、もう話し合うことすら無意味と判断したのだ。彼は構える。
「最後に一つだけ聞く。俺の幸札と式神はどうした? どこに隠してある?」
「ああ、あれね……」
ヤイバから皐が奪った、二つの大事なもの。
「幸札の方は全然効力を感じられなかったし、式神も言うことを聞かないから、両方とももらった直後に破り捨てた。もうとっくの昔に、灰になってるけどそれが?」
彼をはめてまでして手に入れたその札は、既に処分されてしまっていたのだ。この発言に照は驚いた。
(それじゃあ、ヤイバが病棟に閉じ込められていた意味は? 八年間の幽閉は、意味がなかったって言うの? 何のためにヤイバは一体、時間を無駄に費やされたわけ?)
一方でヤイバの方はと言うと、それほど衝撃を受けていない。覚悟していたらしく、
「両方とも、自らが主と決めた者にしか従わないし力も出さない。だからそうだとは思っていた。かなりムカつく返事だが、それでいい。もうオマエに対する情けは消えた。ここで殺す!」
「いいよ。逆に地獄に送ってやるから。そっちにいる照もね。邪魔者には消えてもらう」
両者殺気を露わにした。
「ぬおおおおおお!」
先に動いたのはヤイバだ。雄叫びを上げながら不安定な橋の上を走る。機傀で釘を生み出し、何本も撃ち出す。
(避けられるか! この狭く揺れる吊り橋の上で!)
皐はその釘が迫る前にジャンプし、綱の上に乗って避ける。
「させるか!」
直後にヤイバがバールを出してその綱を叩いた。振動が波のように伝わり、皐の足元を揺らした。
「おおっと?」
一歩後ろに下がろうものなら、即下に落ちて死ぬ。それは彼女もわかっているので、ここは一旦橋の上に戻る。
「そこだ!」
それを、ヤイバが見逃すわけがない。釘が飛んできて皐の肩に刺さった。
「痛いじゃんか! 女性を傷つけるなんて、最ッ低!」
「底辺のオマエが言うんじゃない!」
だが言うほど皐は痛がっていない。服の下のことだからヤイバには見えないのだが実は、もう毒厄を使っている。その場所の感覚神経だけを麻痺させ、痛みを感じないようにしているのだ。自分にも都合のいいように利用できる霊障。
そして毒厄が直接ヤイバを叩くには、手が届くほどに近づく必要がある。この距離では範囲外なのだ。それはヤイバもわかっているから、近づけさせない。
「来るかぁ、皐! いいぞ、死にに来な……!」
手を挙げるとその上空から、手裏剣が降ってくる。
「死ぬのはアンタと照だよ。アタシの毒厄で、一瞬で全身の細胞を侵して壊死させてやる!」
かなり危険だが、ここはリスクを承知で接近戦に持ち込むことを選ぶ皐。そうしないとまともな勝負にならない。
(ならば、近づいて来い………!)
あえて、ヤイバは手裏剣の雨を止ませた。
だがそれに皐は勘付く。
「おかしいね? どうして有利な状況を自ら手放すの? 誘ってるってワケ? アンタのお誘いには絶対に乗らないけど?」
チラリと後ろを向いた。視線の先には照がいる。
「先に殺せる方から死なせておくか……」
なんとここで皐は反転して照に向かって走り出したのだ。
「皐オマエ……。最初から最後まで腐り切ってやがるのか!」
卑怯な発想だ。自分が優勢な状況に持ち込めないから、今手にかけれそうな照を殺めるのだ。
(さあ、自分から近づいて来なよ、ヤイバ!)
これは彼女の作戦でもある。ヤイバの方から自分に近づけさせつつ照を殺す、一石二鳥の企み。
だが皐は見誤った。照は、自分では何もできない人物ではない。
「照ぅっ!」
ヤイバの投げた短剣が、皐を飛び越えて吊り橋の手前にいる照の足元の土に突き刺さる。
「なっ?」
それを拾い上げ、皐に向ける彼女。
「こっちに来るなら、これで刺すよ……」
「そんなこと、アンタができるわけ?」
「するよ。あなたに両親の恨みが晴らせるなら何だって! だいたいこの復讐は、私が始めた!」
「チッ!」
逃げることはできない。照の剣さばきは素人だが、それ故に刃の軌跡が読めない。だから強引に突破するのは危険。かと言って後ろからはヤイバも迫る。
(やっぱりヤイバを先に殺す! 八年前の選択が間違ってた! あの時、病棟にぶち込む程度で済ませては駄目だったんだ! ちゃんと毒厄で殺しておくべきだったのよ!)
再び向きを変える。
「そうだ、それでいいぞ皐! オマエを殺すのは、このオレだ……」
「死ぬのはアンタと照の方だ。アタシはこの修羅場を生き残る!」
「ほざいてろ!」