第3話 野望を止めろ その3

文字数 2,867文字

(彼には、何か思惑があるんだ……!)

 緑祁は寛輔の動きに注意しながら、考えた。自分を攻撃してくるということは、何か目的があるということ。自分が相手にとって、邪魔な存在であるということ。

(どんな野心があるかは知らない。でも、ここで負けるわけにもいかないんだ!)

 ここから、勝利の方程式を脳内に書き込む。

「さあ、動けなくしてやる!」

 寛輔は藁人形の腕を捻った。

「うおあああああ?」

 即座に緑祁の腕に、激痛が走る。骨が砕けそうなくらいの痛みだ。

「で、でも!」

 しかし怯まない。緑祁は一歩前に出る。

「何だ、やる気か!」
「その気さ!」

 既に相手の霊障は見た。きっと近づけば乱舞で叩かれる。逃げようにも、呪縛のせいで遠くまで行けない。そして距離を取って戦おうにも、相手には攻守に優れる雪がある。

(でも、鬼火を防ぐ手段がない!)

 が、藁人形があるせいで炎の攻撃は危険。

「ならば! 霊障合体・台風!」
「何、何だそれは……?」

 驚く寛輔。対して緑祁は、鉄砲水を旋風に乗せてそれを彼に向けて放った。

「こ、こんなの雪の結晶で……」

 すぐさま防壁を作った。これで台風は防げる。

「それだ!」

 その、防御を待っていたのだ。

「霊障合体・水蒸気爆発!」

 鬼火と鉄砲水を融合させ、水を一気に水蒸気に変える。爆発的に増えた体積が爆風となって、寛輔に……いいや彼が生み出した雪の結晶に迫った。

「防げるよ、そんなの!」
「だろうね。僕も砕けるとは思っていない。でも、それでいいんだ」
「はあ?」

 爆風は雪の結晶に遮られたが、防壁が後ろに動いた。

「ん……? ま、まさか!」

 押されている。爆風を防げているのだが、威力が強過ぎて壁が動いているのだ。

「うわあああああああ!」

 そのまま押し出されて後方に吹っ飛ぶ寛輔。

「今だ!」

 近づくのは、今しかない。緑祁は走って雪の結晶をかわし、寛輔が立っていた場所に移動する。

「あった、これだ!」

 さっきから煩わしい藁人形。これを拾い上げた。試しに腕を抓んでみるが、何も感じない。

「呪縛って言ってたね、さっき。後で香恵に聞いてみよう。とにかく今はコレ、危ないから……」

 鬼火で焼いてしまう。灰が地面に落ちた時、

「い、いててて……」

 寛輔が立ち上がってきた。頭を打ったらしく、額に血が流れている。

「そっちのことは、僕は何も知らない! でも、僕たちはここでやり合うべきじゃないよ! 話を聞かせてくれ、一体誰なんだ?」
「うるさいよ、君は一々! 本当に!」

 寛輔は大声を出す。

「君みたいなヤツが、一番許せないんだよ僕は!」
「なら、僕が何をしたって言うんだ! それを教えてくれ!」

 すると、彼は黙り込んだ。

(僕のことを恨んでいるのなら、何か一つや二つあるはず! でも、何も言わない? どういうこと?)

 数秒待ってみたが、口も動かさない。考えている様子もない。

「………話し合っても意味はないんだ。僕は君が嫌いだ。君のように何も考えてないのに声だけ大きなヤツは!」
「…………?」

 その時、緑祁の頭にあの言葉が蘇った。

「他人を思いやることだけが優しさとは限らない。厳しさのない思いやりは他人の心を傷つけ台無しにするだけだ」

 寛輔の発言は、豊次郎が残した言葉と全然被っていない。でも何故か、関係があるような気がしてならないのだ。

(僕が何か、言ったのか? それとも僕の行動が、誰かの目に入っているっていうこと?)

 緑祁の考えも、非常に惜しい。半分は正解と言えるだろう。
 自分の行動が誰かに影響を与えている。それが、声が大きいということ。
 では、何も考えていないのはどの部分か。それは与えてしまった影響がどのような出来事を起こすのかを考えていない点。でもそれは、緑祁の見えない所の話であるので、わからなくても無理はない。

「殺してやる! 絶対に!」

 寛輔は傷ついてもまだ、殺意を緑祁に向けた。だが緑祁も、

「もう藁人形は処分したよ。こうなれば僕も、容赦しない!」

 自分の命がかかっているのなら、それは彼に本気を出していいと言っているのと同じだ。

「切り裂いてやる!」

 また、氷柱を爪のように伸ばした。これに乱舞による身体能力の向上も合わされば、かなりの強さとなるだろう。

「それはもう、僕には届かない!」

 だが緑祁には、もう距離を縮める必要がない。

(一気に決めさせてもらう!)

 ここは火災旋風で行く。手で起こした旋風に鬼火を乗せた。

「てええい!」

 その赤い風を切り裂こうと寛輔は爪を振ったが、逆に氷が溶けてしまった。

「そんな、馬鹿な…?」

 間に合わない。火災旋風をダイレクトに体に受ける。

「ぐっわあああああ!」

 炎が彼を襲い、熱が体を包みながら風が肌や服を切り裂く。


「安心してよ、加減はした。火傷も残らない程度に」

 相手には殺意があっても、緑祁の方にはない。それにどうして自分が狙われているのか、その理由も尋問したい。

「大丈夫かい?」

 手を出した。しかし寛輔はその差し伸べられた手を払って、

「ウザいんだよ、君は! そうやって優しいヤツっぽく演じてるんだろう? それがムカつく!」

 と吐き捨てた。

「そうかもしれないね」

 緑祁はその罵声を否定しなかった。

「んあ?」
「僕は、自分の欠点がわかってないのかもしれないんだ。客観的に見えていないってことだよ。なら改善したい。だから、そっちが教えてくれないかな?」

 自分勝手の意見ではない。相手は自分と異なる考えの持ち主だが、そのわだかまりをクリアすれば、わかり合えるかもしれないのだ。

「…………」

 これに困惑する寛輔。正夫の話では、緑祁はかなりの悪人であった。それこそ【神代】の体制を動かしかねないほどに。寛輔がもっとも嫌う、負の影響力がある人物だと、言われた。
 だが、今目の前にいる本当の彼は、そうでもない。そこまで嫌悪を感じないのだ。

(本当の緑祁は、どんな人物なんだろうか……)

 興味が湧いた。だから

「……ごめん、いきなり襲い掛かって。そう、命令されたんだ」

 と言おうとした。
 しかし実際には、

「……君には、わからないよ」

 違うことを言う。彼は思い出していたのだ。

(仲間を裏切れない……。アイツらのためにも、僕が緑祁の味方に回るわけにはいかないんだ!)

 一緒に霊能力者になった仲間たち。彼らもしここにいたら、自分にはどんな行動を期待するだろうか?

 直後、寛輔は乱舞で驚異的なジャンプ力を発揮し、その場から逃げた。

「あっ……」

 一瞬の出来事だったので、動けなかった緑祁。


「あれは誰だったんだろう……?」

 まず、名前を名乗ってくれなかった。だから緑祁は霊能力者ネットワークで検索し、探すことすらできないのだ。顔は覚えているのだが、無数にある霊能力者の顔写真と照らし合わせるのは時間的にも無理があるし効率が悪い。

「一応、【神代】に報告はしておこう。えっとその場合は誰に連絡すればいいんだっけ?」

 迷ったら、香恵に電話だ。電話帳を開いてかける。

「む……? 出ない? いつもはすぐ出てくれるのに……?」

 不思議なことに、香恵は電話に出なかった。
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