第2話 誕生した悪霊 その1

文字数 3,489文字

 新青森の雀荘に、午後、大学生が集まっていた。

「俺はな、悲しいんだ! この日本の食料自給率! かなり低いんだぜ?」
「だから研究室を選んだの?」
「そうさ! より効率の良い農業を俺は開拓する!」

 緑祁の友人はそんなことを言いながら、牌を打つ。この友人は自分の希望通りの研究室に進めたらしく、四月からの生活が楽しみらしい。

「いいなぁ。俺が行きたかったところ、競争率が高くて無理だったんだよ~」
「違うだろ? 今までの成績が悪かったから、弾かれたんだ!」
「でも、いいよ。俺は実家が農家だし、家の跡を継げば、さ。基本的な農法はもう十分学んだから」

 こちらの友人は第二志望の研究室に配属となってしまったらしいが、そこまで落胆していない様子。彼の目標は卒業して学歴を築くことなので、最後の一年をどうにか粘るのだ。

「永露、お前は?」
「僕かい?」
「お前、害虫学研究室だったよな?」
「うん。希望通りだけど?」
「院、行くのか?」
「まだ決めてないよ。どうしようかね? もう二年、学生として頑張る気力があるかな…」
「あそこは、圧が凄いって聞くぜ? 学生を囲んでしまうという!」
「雰囲気はそんな感じだったよ。でも流石に、個人個人の将来くらいは好きにさせてもらえるんじゃない?」
「おいおい、気楽かよ」

 今、緑祁の番だった。捨て牌を見て、通りそうなのを捨てる。

「んで、えっと、藤松さん? で、いいんだよな?」
「ええ、そうよ」

 この卓には、香恵も座っている。麻雀のルールはゲームで覚えたので、打てる。

「噂通りの美人じゃないか! いいなあ、藤松さんみたいな人がうちの大学にいれば!」
「藤松さんは何をしてるの? 学生? それとももう社会人? 働いてる?」
「ウフフフフ。秘密よ」

 香恵は山から牌を取った。

「あ……。字牌が四つ揃っちゃった」
「なら、カンだ!」
「でも私、リーチしてるわよ?」
「それでもカンはできるよ」

 緑祁に言われた通り香恵は、その四つの牌を卓の隅に並べた。

「何、『撥』の暗カンだと! ドラ四かよ!」
「次はどうするんだっけ?」
「まず先に、新しいドラをめくろうか。そのドラ表示の『白』の隣を表に……」
「わかったわ」

 それも隣と同じ『白』だ。

「ど、ドラ八ぃいい? マジかよ!」
「こりゃあヤバいぜ!」
「この次は?」
「王牌から一枚、手に加えるんだ」

 次に、カンをすると牌が足りなくなるのでそれを補充するために、その山から牌を一つ持ってくる。

「和了り牌なら、嶺上開花(リンシャンカイホー)だ! どう?」
「違うわ……」

 すぐにその牌を捨てる香恵。次の緑祁の友人の番だ。

「しかしよ、卒業研究って言っても何すればいいんだ? 生物学的な発見でもしないといけないのかね?」
「さあ? 一年でそこまでできるとは思えないんだが! なあ、緑祁?」

 ゲームは進む。緑祁の番が回ってきた。

「なあ、永露。いい害虫駆除剤ができたら、俺にくれ! 実家で活用する!」
「作れないよ、学生が一年で。それに僕はそういう薬や駆除剤よりも、昆虫を使った防除に興味があるよ。そっちを学びたいんだ」

 不要な『六筒』を緑祁は捨てた。すると、

「あ、それよ、緑祁! ロン!」
「は? え? え?」

 手牌を倒す香恵。

「おお、藤松さん凄い! 一盃口(イーペーコー)だ! それに南もあるぞ!」

 裏ドラは乗らないがかなりの点数だ。それは緑祁は払わないといけない。

「うわ~!」

 鳴き声を上げながら緑祁は雀卓に頭を伏せた。この局が最後であり、それまで彼はトップだったのだ。だが香恵が和了ったせいで、全てがパアになる。
 流石に現金は賭けたりはしないし、ここの雀荘のルールにも反する。しかし、何も得られないんじゃ面白くない。だから負けた人は三人に、自販機でジュースを奢る。これくらいならいいと、言い出したのは緑祁である。まさか自分が罰ゲームをすることになるとは本当に思っていなかった。

(でも、いいか……。香恵が負けたら代わりに僕が出すつもりだったんだし!)

 みんなで雀荘を出て、コーラ、サイダーそしてオレンジジュースを購入。全部で五百円もしない出費。それらを緑祁は香恵と友人に配る。自分はスポーツドリンクを飲んでいる。

「そう言えば、緑祁。また、助っ人とかするのか?」

 友人が彼に聞いた。

「うん?」
「去年、大変だったんだろう? いろんなサークルや部活に、演奏役として借り出されてさ。今年も四月が来れば、また新入生のシーズンだ」
「今年は四年生になるんだし、断ってもいいんじゃね?」

 しかし緑祁は、

「行くよ。必要としてくれているなら。それに僕自身の演奏スキルの技量アップにもなるんだ」
「ほう!」
「それに去年の時点で、来年もお願い! ってご飯奢ってもらってる時に言われちゃったんだ……」
「ああ、逃げられないパターンじゃんそれ……」
「昨日郵便受けを覗いたら、楽譜と手紙が入ってたよ。本当に逃がす気がないらしいんだ」
「それじゃあさ、もういっそのことどこかに入部しちゃえばいいじゃん? そうすれば、部かサークルが守ってくれるんじゃねえの?」
「あ、その手があったか! でも今から入るの? 最後の一年、しかも研究室生活が始まるのに?」
「………」

 そんな会話をしながら道を進み、解散する。

「じゃあ、休み明け! 四月のガイダンスでな!」
「いつでも誘えよ! カラオケとかでもいいから、行こうぜ!」
「うん、じゃあ、またね!」


 緑祁と香恵は真っ直ぐ家に戻らなかった。

「今日さ、紫電と雪女が来るんだっけ?」
「ええ、そうよ。時間はまだ余裕があるし、今から新青森駅に行って待てばいいわ」

 気になるのは、その事情である。
 屍亡者に怪我を負わされたと、紫電は言った。

(屍亡者……。僕が最後に見たのは、修練の事件の時か。ああ、もう四月になれば二年…。早いものだね、時間の流れは)

 それまでの緑祁は、孤独だった。大学内ではできるだけ人との関りを避け、そして両親の仕送りのお返しを稼ぐ程度に【神代】の仕事をする。そんな日常がずっと続くと思っていた。
 しかし、修練が動き出したことでその日常は、良い方向に壊れた。香恵と出会えた。紫電というライバルが出現した。そして過去のいざこざも解決し、仲間と言える多くの人たちと出会えた。

 それが、もう二年前のあの日から歯車が動き出した結果なのだ。

「緑祁、どうしたの?」

 懐かしさに浸っていると、香恵が声をかけてくる。

「何でもないよ。さあ、行こう。バスに乗ればすぐ着くさ!」

 バス停で少し待つとバスが来たので二人で乗り込む。ちょうど奥の席が空いていたのでそこに座る。

「ねえ香恵、屍亡者が動き出したってことは、何かが起きる予兆なのかな?」
「どうだろう……? それ自体は自然発生してもあり得なくないから、まだ判断には困るわ。【神代】としては駆除を優先させるだろうけど、その裏に誰かがいるとは、限らないわよ」

 香恵は、以前のケースが異常であって普通はその背景には誰も潜んでいないと言う。緑祁もそれを理解し、

「僕も考え過ぎた……。修練は精神病棟に隔離されているんだし、彼が絡んでいることはあり得ないか……」

 と返事する。
 駅に着いたら、カフェに行く。そこでジュースを飲みながら、紫電たちの到着を待つのだ。

「連絡は入れたわ。だからここに来てくれる。待ちましょう」
「うん」

 十数分もすれば、二人が来た。

「久しぶりだな、緑祁、香恵!」
「紫電、やっと来たか! 半年ぶりだね」

 紫電は元気そうだ。だが、

「雪女、大丈夫?」

 雪女の方は顔色があまり良くない。

「熱はない。頭痛もしない。でも、昨日から吐き気が止まらない……」

 屍亡者に噛まれたせいなのだろうか、その後遺症に彼女は襲われている。それに緊急手術で塞いだ傷口も痛いし痒い。

「早速治すわ。どこら辺なの?」
「肝臓の辺りだよ」

 手で服の上から触れてみる香恵。確かに、違和感のある感触だ。

「慰療と薬束で……無病息災! これで、どう?」

 香恵は霊障を雪女に使った。撫でるだけで傷や病を癒す、回復専用の霊障である。雪女は服の中に手を突っ込んで、抜けた糸を取り出し、

「ありがとう、香恵。もう大丈夫。食欲が湧いてきたくらい」
「それは良かったわ。なら、何を食べる? ここはチョコケーキがおすすめよ」
「ならそれで」
「俺も食べようかな? そう言えば腹が減った」
「じゃあ、僕も。香恵も食べる?」
「ええ」

 四人分を注文だ。緑祁と香恵は割り勘で支払うつもりなのだが、紫電は会計を譲る気がなく、自分が払うのだからと言わんばかりに、

「あとこれと、これも! あ、こっちも……」

 いっぱい注文した。そしてそれらを食べながら雑談をする。
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