第6話 裁きの霹靂 その3

文字数 3,429文字

「チッ! 時間だ……」

 ガシャーンと雷が公園に落ちた。が、全然関係ない木に命中した。

「僕はこっちだ!」

 偽緑祁は、居場所を誤魔化すために加えて鬼火の反動で、普段よりも速く移動をしていた。これでは当たるものも当たらない。既に紫電の後ろに回り込んでいるのだ。

「確かそのロッドは、濡らしちゃいけないんだよね?」

 確信はないが、鉄砲水を必ず避けるか相殺する紫電の行動から、そう判断できる。だから次の偽緑祁の一手も、鉄砲水だ。

「これで………どうだ!」

 両手を合わせてから開き、その二枚分の手のひらから鉄砲水を繰り出す。絵美の激流ほどではないが、コントロールに苦戦するほどの相当な量の水だ。

「そうくるか……」

 何と紫電は、逃げない。防ぎもしようとしない。

「うおおおお!」

 全てくらう。おかげで全身がずぶ濡れになった。

「……?」

 これに困惑したのは、びしょ濡れにしてやった偽緑祁の方だ。今までの傾向から考えるに、この状態は最悪なはず。しかし自分から、その状態にした……通常ではあり得ない。

「くう! 夜風は濡れた体に冷えるぜ…!」
「強がっている…? でも、そうじゃない顔だ……」

 逆に、

「全力を出してこの程度なら、もう怖くはない! 緑祁! お前の鉄砲水ではやはり俺は倒せないようだぜ!」
「でもさ、そっちはダウジングロッドが濡れた! それを一番警戒してたんじゃないの?」

 鉄砲水自体は不純物を含まない水なので、電気は通さない。だがそれが人体や衣服に付着したとなれば話は別だ。体や服についているゴミ、汗、油分などが水を汚染し、通電しやすくしてしまう。

(発想を変えろ! 太陽を西から昇らせるんだ!)

 言い換えるなら、今の紫電の体は電気をよく通す。その状態でできることが一つだけある。

「いくぜ、緑祁ぇえええええ!」

 体当たりである。

「な、なんだって……?」

 シンプルがゆえに、偽緑祁は驚いた。
 まずは旋風を繰り出す。しかし焦っていて小さな風しか生まれず、おまけに腕で遮られてしまった。次に鬼火を出したが、濡れている紫電の体には通じない。

「その二つを試したんならよ、あと一手しか残ってねえんじゃねえのか? お前の大好きな鉄砲水だ!」
「ぐッ!」

 しかしそれは、できない。今放水すると、水で紫電と偽緑祁の体が結ばれてしまう。その一瞬の内に電霊放を使われると、偽緑祁も感電することになる。

「まだ、だよ! まだ手の施しようはあるんだ!」

 迫りくる紫電を目前にして、偽緑祁は逃げることを選ぶ。横に旋風を出し、自分の体をそれに乗せる。一歩踏み出しただけでかなり移動できる。

「それで逃げたつもりとは、お笑いだ……」

 逃げられることは計算の上で、紫電は行動しているのだ。ダウジングロッドを偽緑祁の方に投げた。

「ここで、電霊放だ!」

 空中を舞うダウジングロッドに電流が走る。そしてそれは偽緑祁に向かって伸びていく。

「こんなこともできるのか……! ま、マズい!」

 炎で溶かそうにも、電霊放は鬼火を無効化する。鉄砲水では自分も感電する可能性がある。

「いいや! 旋風、だ!」

 風圧で吹き飛ばせばいいのだ。それに気づいたから偽緑祁は、旋風を駆使しそのロッドを紫電の方に飛ばした。

「自分で感電してればいいよ! ……っていうふうにはいかないみたいだね…」

 命中した。が、既に電気の気配がない。紫電が遠隔で電霊放を解いたのである。

「逃げることは得意らしいな……」

 この戦法の弱点は、相手が逃げれば当たらないこと。

「なら、逃げられなくするだけだぜ!」

 次に紫電が取り出したのは、コード線のようなものだ。投げ縄のような輪っかを作ってあり、これで偽緑祁のことを絡めとるつもりなのだ。

「捕まるもんか!」

 そんなものを見せられては、当然逃げる一択だ。偽緑祁はさらに距離を取ろうと下がった。紫電もカウボーイではないので、あやふやな方向に輪っかが飛んだ。

「これぐらい離れれば、いいだろう」

 数値にして二十メートルぐらい。これならコード線も紫電本体も恐れることはない。

「さて、どうやって彼に攻撃しようかな…?」

 だが、距離が開くと不利になるのは偽緑祁も同じ。これほど離れていると、霊障が正確に当たらない可能性もあるのだ。

「旋風だ!」

 自分の横に、小さな竜巻を作った。これなら動きも遅くなく、そしてどこまでも紫電のことを追いかけられる。

「どうだしで………」

 しかし、向き直った際に信じられないことが起きた。
 なんと、紫電がダウジングロッドの先端を偽緑祁に向けている。それだけではない。実際に電霊放を撃ってみせたのだ。

「ぐわわわ、わわわ……!」

 撃たれた偽緑祁の体に電流が走る。痺れたせいで足に力が入らず、地面に倒れた。

「な、何で…? 濡れていては撃てない、はずでは?」
「普通はその通りだぜ。だがな緑祁、勝利ってのは常識をぶっ壊した方が掴み取るんだ」

 その秘訣は、コード線にあった。

「これはただのコードじゃない。アース線なんだよ。コイツでな、俺の体と地面を結び付ければ! 俺は電霊放を使っても感電しないで済むってことだ!」

 紫電の体を流れるはずの電流が、アース線を伝って地面に流れる。人体よりもアース線の方が電気を流しやすいために、こんなことができるのだ。

「そんな、馬鹿な……」

 痺れたまま愕然とする偽緑祁。対する紫電は、

「お前にも攻略法があるぜ? この線を切っちまうことだ。旋風ならできるだろうな。それか鉄砲水をウォーターカッターみたいにすれば……。だが、俺の電霊放とどちらが速いか比べてみるか?」

 余裕がある。悠々と歩いて偽緑祁に迫る。

「悪くない賭けだね」

 偽緑祁の返事も、焦りを感じさせない。
 紫電はポケットに手を突っ込んだ。

「これを抜いた時、俺はお前のことを電霊放で撃ち抜くぜ。さあ、どっちが速いか勝負だ!」

 あえて、偽緑祁が起き上がるまで待った。痺れは少し経てば回復するので、彼は体を起こして構えた。

「いくぞおお!」

 紫電の手が、動いた。それに反応し偽緑祁も、

「うりゃあああ!」

 霊障を引き起こす。鬼火、旋風、鉄砲水全てを紫電に、同時に叩き込むのだ。

(急いだな……?)

 おそらくそれは、電池が爆発することへの防御策であろう。気を逸らすか霊障が壁になれば、爆風が偽緑祁に当たることはない、という作戦。

「………何だそれは?」

 しかし紫電が投げたのは、フィルムケースだ。この戦いでは初めて取り出したアイテム。逆に偽緑祁の視線がそれに釘付けになった。
 鋭い旋風が、フィルムケースを切り裂いた。中から大量の塩が、ばら撒かれた。

「鬼火は消しておくぜ!」

 クモの巣のように電霊放が広がり、炎をかき消す。宙を走る電流は器用に鉄砲水を避けて広がる。塩を水に吸わせるためだ。

「っつ!」

 旋風は防げず、アース線が切られてしまった。また鉄砲水の衝撃が紫電のことを少し押し流した。

「だが、これでフィールドは整った!」

 今、この公園は水浸しだ。さっきから偽緑祁は鉄砲水を使っていたし、今も結構な量を放出した。その水分が、紫電の用意した塩を溶かしている。

「知ってるか緑祁? 海水はかなり電気を通すぜ。海の水並みとはいかねえが、お互いに足元が濡れている状況……。俺はアース線をもう一度伸ばせばそれで十分だが、そういう対策をしてないお前はどうかな?」
「………!」

 紫電がダウジングロッドを下に向けた。このまま電霊放を撃てば、水浸しになっている地面を伝って二人に電気が流れる。ただし紫電の方はそれを地面に逃がす術がある。偽緑祁はそれを阻止するために、旋風を生み出したが、間に合うかどうかはわからない。

「真っ黒こげになって反省でもするんだな!」
「や、やめろ!」

 今の声は、偽緑祁のものではない。公園の外から聞こえたのだ。

「誰だ……。この声は!」

 紫電が真っ先に反応する。聞いたことのある声だ。それは緑祁のもの。そっちを向くと、

「し、紫電じゃないか! どうしてこんなところに?」

 緑祁がいた。

「は? え、え? り、り、り、り……緑祁が、ふ、二人?」

 ここで紫電の頭がこんがらがる。緑祁と今まで戦っていたはずなのに、突如二人目が現れたのだから。

「何だ? どうし……」

 その隙を、偽緑祁は逃さなかった。

「邪魔だよ!」

 あっけに取られている紫電に、旋風を当てて吹っ飛ばしたのだ。

「…? ぐぶう……!」

 この不意打ちを受けた紫電の体は宙を舞い、公園内の平和の泉の中に落ちた。
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