第6話 反撃の電閃 その3

文字数 3,273文字

「マズい……!」

 木の上にいる本物のゼブ。もう一度雲に鉄砲水を撃ち込もうにも、それをしても氷を水で上書きできるとはとても思えない。

「あの女ぁ! 思った以上に面倒なことを! どうする、どうするどうする?」

 少なくとも今のままでは、雨が雪に変わった瞬間に居場所がバレる。

「あと十分はかかるはず……! だったらその間に、危険だけどぉ!」

 ディスに報告して指示を仰ぐのがベストな選択肢だったのだが、頭に血が上った彼女にそんな冷静な判断ができるはずがない。すぐに木から降りて、海神寺を真っ直ぐ目指す。

「ギルぅ! 今救い出すぞおおぉ! ウラアアアアアア!」

 そして堂々を門を開いて敷地内に入った。

「……来たっ!」

 紫電はそれを感知。

「本物だね」

 既に雪女から大体の状況を聞いている。

「でもまだ雨だ。雪には変わってねえ!」

 外に出るのは危険。そこで、

「室内戦をするか!」

 危ないがそれを選ぶ。ゼブの目的はおおよそギルの救出。ならば彼を閉じ込めている部屋の前で待っていればいい。すぐにそっちに移動。
 一方のゼブも開けた廊下から室内に侵入。勘だけを頼りに先に進む。

「待った」

 結構進んだ廊下は当たっており、徐々にギルの場所に近づけていた。しかし途中で迎撃に向かった雪女と遭遇したのだ。

「邪魔だぞぉ! この!」

 鉄砲水と雪の氷柱を同時に撃ち込むゼブ。しかしこの狭い室内という状況にもかかわらず、雪女は器用にそれらを避けてみせた。

「まずは一撃」

 試し撃ちだ。蜃気楼の存在が発覚した以上、目の前のゼブも幻覚である可能性があるからだ。それに負傷した演技を幻覚がするかもしれないので、床に氷柱を撃ち込む。

「どわぁ!」

 ツルツルになった床で滑って、派手にゼブは転んだ。倒れこんだ際に生じた音と振動は本物。

「やっと来たってことだね、本当のきみが」
「うっさい! ギルを出せ!」
「私に勝てたら遠慮なく持って行けば?」
「ならそうさせてもらおうか!」

 するとゼブは鉄砲水を繰り出した。

(それは墓穴)

 雪女の作戦は、こうだ。
 相手の鉄砲水を凍らせてしまうのだ。そして根元まで凍ればそこから体を氷で縛る。動けなくなったところで拘束して、お望み通りギルと一緒に客間に閉じ込めてしまう。
 しかし、

「……感触が、ない…?」

 放水される鉄砲水に氷柱を投げつけると、確かに凍ったように見える。でもそれが霊感として伝わってこない。

(しまった……)

 鉄砲水は、蜃気楼が見せた幻だ。

「……ぃ」

 そう直感した際に雪女はワザと足を崩してしゃがんだ。その時何もない空間が、彼女の髪数本の先端を切った。

(これ、前に見たことがある……)

 蜃気楼の非常に面倒くさい性質。物に周囲の風景を投影して、疑似的に透明になれること。今ゼブはそれを自身の氷柱に対し、使った。だから見えない氷柱が、髪を切ったのだ。

(見えないのなら、見なければいい……)

 雪女は目を閉じた。そうすれば蜃気楼は問題ではなくなる。

(馬鹿かぁコイツ! 今ここで目を閉じる? ミラージュビューイング対策としては満点でも、ワタピがいるのにそれをする意味! 自分で自分を不利な状況に陥れてどうするんだよ?)

 でも蜃気楼が見えなくなるということは、同時に本物のゼブのこともわからなくなるということだ。

(ちょうどいいぃ! これで……)

 ゼブは氷柱を握って剣のようにするとそれで雪女のことを攻撃しようと動いた。

(終われ!)

 視覚というアドバンテージを活かすためにも、叫び声も上げない。
 が、

「そこだね」

 何と雪女は、まるで見えているかのようにゼブの剣さばきを避けたのだ。

「えっ!」
「気づいてない? さっきから随分とこの廊下、寒いよね? さっき床を凍らせたから、そこから冷えてるんだけど。その床の氷を伝って、きみの動きが全部わかるよ?」
「ま、まさか…!」

 今頃気づいても遅い。既に床だけではなく壁や庄子も、凍りついている。吐き出す冷気がゼブの動きを捉えていたのだ。

(ちょうど手が届くところにいる。私もあまりこの子傷つけたくないし……)

 霊障で攻めるのではなく、単純にゼブの頬をビンタで引っ叩いてやった。

「ゴブっ!」

 この以外な攻撃が、ゼブには予感できなかった。しかも鋭くて重い平手打ちだ、一発で体が床に転げ落ちる。

「ふう。何とかなった……」

 道雄に連絡を入れて、縄を持って来てもらう。それまでの間、雪女はゼブのことを逃げられないよう見張るつもりだが、

「甘いねぇ!」

 彼女は壁を蹴った。

「あっ」

 すると凍った床の上をカーリングのように滑って移動。次々に凍った床を蹴ってさらに素早く廊下を突き進む。

「ちょっと待っ……」

 氷を解いても一手遅れた。ゼブは床が元通りになったことを確かめるとすぐに起き上がって走り出したのだ。

「ワタピの勝利は! ギルの救出だぁ! アンタに構っている暇はないんだよぉ!」

 マズい。雪女は直感する。一度逃げられたら、もう捕まえられない。何故なら蜃気楼があるから。外はやっと雪が降り出したものの、そもそも今夜の天気はこの後零時前に晴れる予定。雪が降り終わったらそこを逃げられる。それまで屋内で絶対に見つからないよう蜃気楼を駆使しながら逃げればいいだけのこと。これは絶対に捕まえられない鬼ごっこか。

(ギル! こっちだねぇ。感じるぞ、同じ霊気を! ワタピと同じ、感覚だ! この寺院には日本人しかいないみたいだから、これは確実にギルのもの!)

 そしてゼブは確実にギルのところに近づいている。姿を蜃気楼で誤魔化しているためにすれ違った人には気づかれていない。

(ここだ!)

 はあ、はあ、と息を切らしながらたどり着いた。ギルが囚われている部屋の前だ。誰も見張りがいない。きっと雪女のところから逃げ出した自分を探し回っているのだろう、と思う。
 だがそれは、あまりにも楽観的過ぎた考え方だった。

「ギルっ!」

 勢いよく扉を開けたゼブに待っていたのは、何と電霊放。

「グベベベベエエ!」

 避けようのない稲妻が容赦なく彼女の体を撃ち抜き、壁に叩きつけられた。全身が痺れてしかも痛みも感じ、まともに動けない。それに蜃気楼も消えてしまった。

「ギル、コイツは知り合いか?」

 扉が開いた時、当初誰もいなかった。でも電霊放を撃ち込むと確かに感触があり、そして侵入者の姿もハッキリと浮かび上がったのである。

「ゼブ・イバーノフだ。ロシア出身のオレッチのチームメンバーだけど……」

 部屋の中にいたのはギルだけではない。紫電もいたのだ。雪女から、ゼブが逃げ出したことを電話で聞いた彼は、

(目的はギルだろうから、一緒に待ってるか)

 という発想で同じ部屋で待機して気配を消して、ダウジングロッドを構えて待っていたのである。そしてその罠に、まんまとゼブは引っかかった。

「もう伸びちまってるが……。ギル、霊障を教えろ!」
「……アクアシュトローム、アイスニードルにアイスシールド。それと、ミラージュビューイング。それ以外に使えるものはないよ」
「ほほう鉄砲水、雪の氷柱と結晶、蜃気楼か。これまた厄介なヤツだな……」
「ゼブは気絶してるっぽいけど、それ言う? 何、嫌味?」

 ちなみにだが、もちろんゼブも通信機を持っている。それを通じて残っている仲間に、

「ゼブが電撃で返り討ちに遭った」

 ことが伝わったのだ。


「最後、持って行かれた……」

 防衛には成功したものの、雪女はちょっと不機嫌。

「まあまあ! いいじゃねえかよ、無事で何より! 海神寺も守れたし、【神代】に報告すればお手柄褒めてくれるぜ?」
「結構いい勝負してたのに、最後の美味しいところだけ持って行くのは……」

 ブツブツ文句を言う雪女であったが、二人に与えられた任務は防衛であって早い者勝ちの競争ではない。

「ま、いっか。もみじ饅頭食べて機嫌治そうっと」

 しかしまた機嫌を損ねることが起きる。

「……何勝手に食べてるの?」
「いいじゃん? ワタピもう降参したし?」

 今、尋問も行っているのだが、雪女が食べるはずの饅頭をゼブが横取り、取り返される前にかぶりついたのだ。
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