第8話 救出作戦 その1

文字数 3,363文字

「むッ!」

 ディスのスマートフォンに通信が入った。この番号は部下ではない、上司だ。

「マスター・ハイフーン……。何でしょう?」

 時間的には雪女を乗せた飛行機が三沢空港に到着したころ。

「撤退の準備を始めるね」

 苦い決断だ。

【UON】の今回の【神代】攻略作戦は、失敗に終わろうとしている。というのも日本の霊能力者が思っていた以上に強く、派遣したチームではもう勝ち目がないのだ。もっと実力のあるメンバーを応援として要請することも選択肢にはあるが、その間にも【神代】は日本中の霊能力者をまとめ上げ、全力で抗戦するだろう。もしかしたら列島に上陸することすらも叶わないかもしれない。

「【神代】に交渉力を与えたくはないね。だから捕まったであろう仲間を救出し、損害を最低限に抑えるね」
「了解です」

 そう言って電話を切った。

「今回は、無理だったか……」

 この任務で日本に来る前、ディスは日本の歴史をインターネットで勉強してみた。主に海外との戦争の歴史だ。そこで気になったシーンがあった。

「元寇……」

 今、【UON】がしているようなことをかつて、元という国とほぼ同じだ。相手の組織を攻撃して倒し、自分たちに吸収する。
 そして元が日本を侵略した時、神風が吹いたという。その風は元の船を沈め、日本を守ったらしい。神が吹かせた守りの風だ。

「それが今の【神代】に、吹いているのか、また?」

 ここまで苦戦するということは、きっとそうなのだろう。

「ジオ、新しい命令が来ている。だから陸奥神社への攻撃はキャンセルしてもいい……というか一度ワタシと合流しよう」
「それは、攻撃後でもいいでちよね?」

 ジオの実力は、ディスが一番よくわかっている。だから負けることはないと思ったので、仕方なく彼の主張を受け入れたのだった。

「ガガ、ザビ! 聞こえるか?」
「はい」

 今、高知県高知市で待機しているガガ・アネーリオ。もう一人大分県大分市で指示を待っているのはザビ・フェーバリ。この二人を動かすのだ。

「海神寺に行ってくれ。ギルとゼブを救出するんだ、どんな手を使っても!」

 ディスも撤退の準備を始め、ハイフーンの指示通り被害を少なく抑えようと努める。


「雪女ちゃん、早く戻って来んかね~」

 勇悦は雑巾がけをしながらそんなことを言った。すると道雄は、

「……【UON】の霊能力者がもしも強かったら………。何をされるかわからんやな…」
「おい道雄! 何を言うんや!」
「二人とも、掃除するのに口を動かす必要あるか! 黙って早く終わらせろよ!」

 海神寺の日課で、夕食後に掃除するというのがある。一日の汚れを食後に取り除くのだ。その後に風呂の時間が訪れ、体も綺麗にできる、という流れ。

「これ、運んでくれん?」
「いいぜ」

 紫電は二人分のお盆を道雄に渡された。もちろんこれはギルとゼブの分だ。客間に閉じ込められている二人は自由に海神寺を回ることはできないので、日課にも不参加。みんなとは遅れて食事をするのだ。

「入るぞ」

 鍵を開けて中に入り、お盆をちゃぶ台の上に置く。

「テーブルに椅子で食べたい! あと紅茶ないの?」
「アイスが欲しいねぇ」

 最初こそピリピリしていた二人だが、段々と緊張感が抜けて我儘を言い始めた。

「立場をわきまえろよお前ら!」

 追い出してやりたいぐらいの感情を抱くが、それをして仕返しをくらったら元も子もない。それに増幸が許可しないだろう、無理だ。

(箸の使い方だけは上手だ……)

 食事中、紫電は二人を見張る。でも全然、悪だくみしている様子はない。

「お前たち【UON】の狙いは、本当に【神代】攻略なのか?」

 自分も口を動かしたくなって、紫電は聞いた。

「そうに決まってるだろう? それ以外に何があるってんだい? 日本を掌中に収めて、さらなる高みへ! 文化も風土も独自な日本が傘下に加われば、【UON】も発展間違いなし! だから戦ったんだ」
「そう……なのか」

 やはり【神代】を打ち負かすことが目的だった。

「予定通りに行ったら【神代】はどうなる?」
「【UON】と【神代】? 二つも組織はいらないだろ? 解体するんじゃない? それか完全にコントロール下において、名前だけの存在にするとかかねぇ?」

 ゼブからの返事はそういうものだった。やはり負ければ【神代】は消滅させられる。

「ふう、食った食った! もう腹いっぱいだぜ、入らねえ!」
「ごちそう様でしたぁ」

 お盆を下げに行く紫電。当然だが客間に外から鍵をかける。一応この客間にはユニットバスが備え付けられているので、ギルたちもこの後体を洗うのだろう。

「そんなことはどうでもいい!」

 気になるのは、雪女だ。ギルとゼブから聞いた陸奥神社への攻撃は、今夜の予定。雪女が空港に到着したのはメールで聞いたが、その後のことはまだ何もわかっていない。

(もう、鉢合わせたのか? それともまだか? もしかして、負けた……いいや! それはねえぜ!)

 ポケットからスマートフォンを取り出そうとした時だ。

「………こ、これは!」

 あの、塀に仕掛けた針金に反応があった。霊能力者だ。それも日本の雰囲気とは違う霊気を漂わせている。

「【UON】か!」

 敵襲。海神寺の者たちに知らせると、すぐに走って外に出た。


「日本ねー。まあいいんじゃないでしょうか? でもアタチの生まれ故郷ネアポリスの方が綺麗。そう思いませんか?」
「さあね。ワレは今住んでるストックホルムの方が美しいと思うけど」
「つれませんね」

 女性がガガ、男性がザビである。二人の任務は至って簡単、ギルとゼブの救出だ。

「シデンとユキメという霊能力者がいるらしいですから、気をつけるべきですね。そう思うでしょう?」
「別に。ワレらに勝てるとは思えない」

 それに二人は戦いに来たのではない。救いに来たのだ。戦闘はできるなら最低限に絞り、仲間の奪還だけを目標とする。

「でも……。アタチたちが跪いて頭下げてお願いするっていうのは嫌です。そう思いませんか?」
「それには同感だ…」

 しかし二人、【UON】に泥が塗られた状態を良しとしない。ここは戦って相手を下してから、堂々と仲間を返してもらうつもりである。これは予めディスに相談済みで、

「確かにこちらのプライドも守りたい。ただ、勝てると思った時だけだ。これ以上の損害は出せないからな」

 と、条件付きだが許可をもらった。
 堂々と門を開いて境内の中に進む二人の目の前に、落雷。一瞬だが空がピカッと光った。

「あっ!」

 雷が落ちたであろう場所に、人が立っている。紫電だ。ダウジングロッドを構えた臨戦態勢で、歩いて来る二人の道の延長線上を塞いでいる。

「誰だ! と聞きたいがそれは間抜けだぜ。お前ら、【UON】だろう? まだ性懲りもなくこの寺院を攻める気かよ? 諦めの悪さが性格の醜悪さにも直結してんだぜ、見てるこっちが恥ずかしい!」
「出たな、ジェセポーネ!」
「誰だ、それは?」
「お前のことだ!」

 そして相反する霊能力者が対面したというのなら、生じる事象は一つ。戦いだ。

「どうやらユキメの方はいない様子ですね? だとしたら、アナタ一人ですか? 流石に無茶が過ぎません? そう思いませんか?」
「思わねえよ。俺一人で十分なんだぜ実は?」
「やせ我慢だな。ワレらの方が上を行くに決まっている!」
「そりゃあ傲慢な考えだ」

 紫電はできるだけ会話を長引かせ、相手の行動や様子を伺う。

(霊障を使うんなら、何かしらの仕草があるはずだ。それを見切れば、二対一は苦しい戦いではなくなるぜ)

 そして話の最中にガガとザビはそれぞれの懐に手を入れる。

(…! 札を使うか? それとも式神か?)

 取り出したのは、そのどちらでもない。

 ガガは手に、拳銃を握っている。でもそれはもちろん本物ではなくて、おもちゃの銃だ。トリガーを引けばバキューンと音が鳴って銃口が光るタイプ。
 ゼブの手には、ロザリオ。かなり使い古されているらしく、結構年季が入った一品だ。

 そして紫電はその二つから、霊障を推測する。

(女の方は多分、電霊放だ! あの銃のおもちゃ、内部に電池があるな? それを主電力に、電霊放を撃つんだ! しかし、男の方の十字架は何だ? お祈り系の霊障なんて聞いたことがねえぞ?)

 片方はわかったが、もう片方は依然として不明瞭。それが不気味だ。
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