第7話 業火と木霊 その3

文字数 2,689文字

 緑祁はさらに逃げた。木の長さよりも遠くに離れれば当たらないという判断だ。

「甘いんだぜ、それは!」

 だが、その木の先端が伸びる。

「な、何だって!」

 植物の成長も自由自在。枝の動きも動物のようで、ヘビのごとく緑祁の腕を絡めとる。

「捕まえたぞ、緑祁!」

 すると倒れていたはずの木が、元に戻るのだ。

「うわわ…!」

 十メートル程度の高さに緑祁は連れてこられた。

「狙いやすいぜ、今のお前は」

 今度は皮のない銀杏を取り出し手のひらにおいて、それを緑祁に向ける。もう片方の手でデコピンを作り撃ち出す準備をした。

(当たれば痛いぜ? 外れても、成長させるだけだ、隙はない!)

 どちらに転んでも、骸にとっては得でしかない。

「くらいな!」

 撃ち出した。指ではじかれた種は勢いよく飛び、緑祁へ向かう。

(どうでる、緑祁!)

 枝からはすぐにでも抜け出せるだろう。だがそこは地上十メートルの高さ。地面へ着地を試みてもタダでは済まされない。かといって拘束されたままでは、骸の攻撃を避けられない。

(上だ……!)

 緑祁はさらに上に逃げることを選んだ。鬼火で巻き付いている枝を焼き切ると、木のてっぺんを蹴って空に飛んだ。

「何ぃ! この状況で、上方向に逃げるだと……? 正気か…? い、いや! 緑祁が考えなしに行動するとは思えない。何か企んでいるな…!」

 銀杏の実は回避した。途中で成長して緑祁へ枝を伸ばしたが、彼は鬼火でそれを焼いたので届かなかった。
 そして十数メートル下を見る。

(大丈夫だ…)

 普通なら、良くて大怪我。最悪の場合は死ぬ。そんな状況なのに彼は、マイナスなことを全く考えていないのだ。
 両手を合わせて少し開き、その隙間から鉄砲水を地面に向けて放った。反動で下に落ちる動きが鈍くなる。そうやって緑祁はゆっくりと着地した。
 が、その時である。

「う、うわっ!」

 グラウンドに足を着いた瞬間、地面から植物の茎が伸びて彼の足を締め付けた。

「ここの大学のグラウンド、人工芝じゃない。それがいいんだぜ、緑祁! この季節、雑草の一つや二つは生えててもおかしくないよな?」

 木綿ではできないが、骸の木霊ならそれが可能だ。緑祁は周囲に植物がないので安全だと誤認させられていたのだ。

「くっ! で、でも!」

 腰をひねって後ろを向き、また彼に倒れかかろうとした樹木を鬼火で燃やした。

「今更遅い! そして次は当てるぜ?」

 骸はもう二発目のクルミを用意している。いつでも発射可能だ。

「くらえええ! 終わりにしてやるぜ!」

 それを撃ち込んだ。

「動きは見切れる! 燃やさせてもらうよ!」

 緑祁も負けじと鬼火を撃ち込んだ。
 実は火球に負け、緑祁に当たる前に燃え尽きる。ただし急いでいて火力が低すぎたのか、その一個を焼き尽くすので精一杯であった。

「え…!」

 驚いた声を出したのは、緑祁の方である。

「俺が、たった一発しか撃ちこまないとでも思ったのか? 甘いなぁ緑祁!」

 クルミの燃えカスを突っ切って二発目の種が飛んできたのだ。骸は器用なことに、二発同時に、しかも二発目を一発目の後ろに隠して撃ったのだ。

「痛ぁっ!」

 それが額に激突した。

(違うよ、痛がってる暇じゃない! こうしている間にも、木霊で成長して……あれ、どこに行ったさっきの種は!)

 一番に行うべきことは、ここから離れること。でも足元を雑草に固定されているために、それはできない。では次に、先ほど骸が撃った種を処理することを考える。しかし緑祁は痛みの衝撃でそれを見失ってしまったのだ。
 だがすぐに見つけることになる。何故なら既に足元で成長し、背後で大木になったからである。

「終わったな、緑祁。今のお前は動けない! そしてその樹木をかわす術がない!」

 指をパチンと弾くと、その木が緑祁目掛けて倒れこむ。

「………!」

 足を固定している雑草は旋風で簡単に切断できるが、逆に再度伸びてくるまでの時間も全然必要としない。だから切っても切ってもキリがない。その場から動けないまま、倒木をされた。
 ドシン、という音がグラウンドに響いた。

「勝った……!」

 確信し、ガッツポーズをする骸。

「やったぜ! 刹那も絵美も雛臥も勝てなかったが、俺だけは勝った! 木霊の強さが証明されてしまったぜ!」

 だがここで絵美が言う。

「ちょっと待って骸! 緑祁は無事なの?」
「当たり前だろう? 流石の俺でも命まで取ったりしねえよ。それはルール違反だからな。でもでも、かなり負傷してると思うぜ? 香恵、怪我を治す準備を……」

 その問いかけに反応し、絵美たちの方を向いた骸。絵美は心配している。刹那は驚いている。では残りの香恵はどうか。

(ハッ……! どこを見ている、香恵? う、上か………?)

 彼女の視線は、骸と合わない。嫌な汗が流れて骸は顔を上に向けた。
 そこに、緑祁がいた。

「な、にゃんだとおおおおお、緑祁! どうやって脱出したんだお前!」

 信じられない光景を目の当たりにした骸は、その驚きからか無意識に一歩下がった。

(確かに雑草で地面に固定したはずだ…! 抜け出す方法はなかった! なのに、何で?)

 答えは簡単だ。
 緑祁は旋風でグラウンドの土を掘った。そして雑草の根っこごと、足を持ち上げたのだ。さらに倒れてくる木の幹に鬼火で自分だけ通れるほどの穴を開け、そこを鉄砲水の反動によるジャンプで通り抜けたのである。

「いくよ骸!」

 彼と目が合った。その瞬間緑祁は火災旋風を繰り出した。渦巻く赤い風が骸に迫り、熱波で彼を吹き飛ばす。

「う、うおお………!」

 緑祁が地面に着地するころには、骸は衝撃で地面に叩きつけられていた。


「決まったわ!」

 絵美が叫ぶ。

「ふ、ふう……」

 急に緑祁は足に力を入れられなくなって地面に倒れた。きっとこの夜の疲労が一気に襲い掛かって来たのだろう。

「緑祁、手を出して」

 彼の側に香恵が駆け付けてくれた。

「勝った緑祁が倒れてどうするのよ? 今夜は誇らしくするべきだわ」
「そ、そうだね……」

 勝ったことを改めて考えると、力が湧き出したので緑祁は立ち上がる。

「ちくしょう! 負けちまったぜ…」
「でもいい戦いだったよ。骸の言った通り、僕は木綿が欲しく思えてしまった!」
「だろう?」

 この晩、緑祁は霊能力者として確実に一歩前に進んだ。何せ自分と実力が拮抗しているであろう人物四人と連戦し、全てを勝利で終えることができたのだから。

「俺たちの負けを無駄にすることは許さないぜ? 絶対に紫電に勝てよ、緑祁!」

 骸は激励を送った。

「もちろん、そのつもりだよ!」

 今夜はこれで解散となる。夜空は晴れていて月がきれいだった。
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