第8話 毒雷を貫け その1

文字数 3,620文字

 左門の家は、港区にある。緑祁、香恵そして辻神の三人は、そこまでタクシーで移動だ。

(朔那が復讐に動いていることはわかった。でも病射はどうなんだろう? 何かキッカケがあって、朔那と一緒に行動しているのかな?)

 緑祁は、そこが一番不思議に思っていた。朔那が復讐を目的としていることは理解できる。だが病射は何故、そんな彼女と一緒にいるのだろう?
 魔綾は緑祁と香恵を京都に呼んだ時、悪い幽霊に病射が取り憑かれたかもしれない、と言った。しかしそうなら、同じ霊能力者である朔那といたら、真っ先に彼女が除霊するはずだ。お祓いを受ければ、理性を取り戻すことは可能なはず。そうなると正気を持って、復讐に協力しているということになるのだ。

(やっぱり、前提が間違ってたのかな? 病射は取り憑かれてはいない。でもだとしたら、何で【神代】から逃げようとするんだろう? 彼にはそんなことをする必要がないんじゃ……)

 だがその謎も、捕まえればわかる。問題はその後に彼が、

「【神代】に対して攻撃をするつもりだ」

 と、言った場合だ。
 朔那のことは、まだ救える。復讐をやめさせることは、辻神なら十分にできるだろう。彼女を心の闇、過去のしがらみから救い出すことは緑祁と辻神がいれば難しいことではない。
 でも、病射は? 明確な目的……【神代】への不満や攻撃的な思考があって、同じような志しのある朔那に手を貸しているのかもしれない。そんな暴力的な人を、自分は救えるのだろうか。

(………)

 嫌でも今年の春の出来事が、脳裏をチラついた。蛇田正夫、淡島豊雲の二人の顔が浮かぶ。

(僕は、あの二人を救うことができなかった……)

 その二人には、共通点がある。それは、【神代】への敵意を明確に持っていたということだ。そしてその二人に対し緑祁は、手を差し伸べることができなかった。
 もっと言ってしまえば、香恵と出会うキッカケになった人物がいる。それは、天王寺修練だ。修練が【神代】に拘束された時、緑祁はただ黙って見ていることしかできなかったのである。

(二度どころか、三度も同じことを僕は繰り返してしまっている……。【神代】へ攻撃を企てる人とは、わかり合うことができないのか……)

 そのように考えてすぐに、否定する。

(いいや! できるはずだ! きっと病射も何か足枷となることがあって、そのせいで【神代】を敵視してしまっているだけなんだ。だから解決すれば、和解できるはずだ! だって辻神たちとわかり合えたんだから!)

 自分に自信を付ける。幸いにも今回は、【神代】と合同ではない。だから緑祁が臨機応変に対処できるのだ。
 病射たちは京都の町に迷霊を解き放った。これはもう動かせない事実ではあるが、緑祁は擁護できる部分があると考えている。というのも、迷霊は物を破壊したり人を傷つけたりはしていないのだ。おそらく霊能力者の注意を引きたいがために、他の者たちには手を出させなかったのだろう。幸運なことにそれが、罪を軽くしてくれている。
 そしてこれから先二人と対峙したら、霊障を使って来るに違いない。

(きっと、病射も力を示してくるだろう。なら僕が、彼を越える!)

 心に決めた。どんなことがあっても病射を助ける、と。


「料金は……」

 運賃の支払いは辻神が行ってくれた。先に緑祁と香恵が降りる。

「ありがとうございました」

 左門の家は、豪華な見た目ではない。普通のマンションの一室だ。

「この辺りに病射と朔那が来るかもしれないのね」

 周囲を見回す香恵。普通の住宅街であり、ここで何か大きな出来事が起きると一般人に危険が生じてしまう。

「そんな大事にはさせないよ」

 緑祁は、事態をなるべく大きくせずに解決したいと思っている。そうしなければ、病射たちのことを擁護できなくなってしまうからだ。

「辻神! 左門はもう家にはいないんだよね?」
「ああ、そうだ。ここじゃない場所に、皇の四つ子と一緒にいる。ただしそれは、公にはされていない。だからあの二人もここに来るかもしれない」
「どの辺で待ち伏せをする? マンションの屋上にでも移動するかい? あっちの方に公園があるみたいだけど」
「おいおい、忘れたのか?」
「緑祁、何を言ってるのよ?」
「え?」

 辻神には、蜃気楼がある。それを使えば……周囲の風景を自分に投影し疑似的に透明人間になれば、わざわざ隠れる必要はない。

「そう言えばそうだった!」

 早速使ってもらう。マンションのエントランスにベンチがあり、そこに三人は座った。

「来るかしら……?」
「五分五分だ。もう来てしまっているのなら、ここには来ない。まだ来ていないなら、来る可能性がある」

 どちらに転ぶかは、三人にはわからない。運に任せることになる。緑祁は来て欲しいと思った。

(紫電や絵美だと、多分【神代】に問答無用で突き出すだろうし……。それが正しい行動なんだろうけど……)

 とにかく、できることは待つことのみ。
 もう、日が暮れた。

「今日、どこに泊まる?」
「それは駅前に戻って……」

 今日は来ないのかもしれない。

「……駄目だ! 僕たちがホテルで寝ている間に病射たちが来てしまうかもしれない!」
「それを考えると、ここから離れない方が良さそうね……」

 すると辻神が、

「待て緑祁……。風向きが変わった……」
「それは、まさか?」

 緑祁も旋風を使って空気を動かし感じ取る。誰かが近づいている。

「マンションの住民の可能性もあるが、雰囲気が違うな。息が荒い」
「行こう、香恵、辻神!」

 三人はエントランスから出た。
 そこには、二人の男女がいる。

(当たりだわ! この顔は……病射と朔那! やはり左門の住所を頼りに、ここに来たのね……!)

 間違いない。霊能力者ネットワークで確認した顔と、ほぼ変わりがない。
 男は病射で、女は朔那だ。このマンションの様子を伺っているようだ。

「どうする、辻神?」

 小声で辻神の耳に囁く緑祁。

「落ち着け! 緑祁、おまえは後ろに回り込め。挟み撃ちだ」
「わかった」

 できるだけ足音を立てずに、緑祁と香恵は病射たちの後ろに回る。
 だが、どういうわけか朔那が緑祁の動きに反応して振り向いたのだ。

「何……!」

 目が合った。見えていないはずなのに、どういうわけか動きが読まれている。

「誰だ、そこにいるな!」
「そうなのか、朔那? おれには見えねーけど」
「今! 石が勝手に動いた。誰かが足で蹴ったんだろう。そのおかげで、私の礫岩が反応できた!」

 豆鉄砲をカバンから取り出し、朔那は銃口を香恵に向ける。

(そんな些細なことでバレるのか……! ま、マズい!)

 もう慎重に行動していられない。緑祁は豆が発射される前に飛んで香恵と共に地面に伏せる。バタンと地面にぶつかる音がしてしまった。

「やはりいるな! 左門の仲間か!」

 だが、まだ辻神がいる。彼はドライバーを取り出して二人に向けた。今緑祁と香恵は伏せているので、何も迷うことはない。

(くらえ……!)

 確実に当たる間合いだ。両方のドライバーから、電霊放を撃ち出す辻神。一気に勝負を決めに来た。

「朔那!」
「任せろ!」

 しかし、その金色の電霊放は二人には届かなかった。朔那が礫岩を使って、自分の周りの地面から岩を飛び出させたからだ。予想外の岩の出現に、辻神は反応できず電霊放が弾かれた。

「誰も近づかせないぞ!」
「コイツ……」

 ここで、礫岩を駆使して地中の中を移動されたら逃げられる。一番冷静だった辻神の額に汗が流れた。
 だが落ち着いていないのは、朔那たちも同じだ。

(もう、【神代】がこんなところにまで来てしまっているのか! おれたちは追跡されていた! 行動がバレていた!)

 焦った病射は電子ノギスを取り出し、電霊放を撃とうとする。しかし彼の肩を掴んで朔那が、

「こういう時こそ、迷霊に任せるぞ!」
「朔那?」
「待ち伏せされているんだ、多分左門は家にはいない! 今は一刻も早くこの場を離れるんだ、わかったか!」
「お、おう!」

 残された二つの提灯を投げて壊す。そこから迷霊が出現。

「で、デカいぞ……!」

 一体は普通の人と同じくらいの大きさで、銃剣の付いた小銃を持った旧日本兵のような姿だ。だがもう一体は常人の三倍の大きさがある、鬼の姿。病射と朔那の血を使ったために体が大きくなったのである。

「逃がすな、緑祁!」

 もはや蜃気楼を使っている場合ではないので、解く。そして岩の隙間から出て来る病射と朔那は、すぐに来た道を引き返して逃げ出す。

「待て! 二人とも!」

 追いかける三人の前に立ちはだかる二体の迷霊。

「コイツらを先にどうにかしないと……! 香恵、後ろに下がって!」
「ヤツらめ…! 保険をかけていたか! いざという時に逃げるために、囮を用意していたのか!」

 ドンドン二人の姿が遠くなっていく。

「緑祁! 気を引き締めろ! 日本兵タイプは任せたぞ!」
「わかってるよ! 辻神も気を付けて! 鬼はデカさだけじゃないかもしれない!」
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