導入 その2
文字数 6,991文字
「リッター。ユーに命じるね」
「何をです、マスター・ハイフーン」
「日本に行くね。そして、カミシロ・フガクの息子……エンジをこのヨーロッパに連れてくるね」
ハイフーンから直に命じられるのは、かなり名誉なことだ。彼は【UON】の中では珍しくコードネームではない。つまりかなり重要なポジションに務める人物なのだ。二月頃に失脚するかと思われたが、結局は重い処分は下されなかった。
「しかしワタシが、ですか……?」
「そうね。ユーの話術は、素晴らしい物があるね。まるで薬物でも盛られたかのような感覚ね。あ、これは貶しているのではなくて褒めているね」
そのハイフーンの今の目的は一つ。それは、日本との関係の改善だ。
今、【UON】は定期的に霊能力者を技能実習生と称して一方的に【神代】に送りつけている。そして彼らに【神代】のために働いてもらっている。これは全て、【神代】…ひいては代表である富嶽のご機嫌を取るためだ。
一度【UON】は、【神代】を侵略しようとした。仲間に加えようとしたのだが、その手段が征服だったのだ。勝負して負かせば、【神代】も言うことを聞き入れ【UON】の傘下に収まるだろうという判断である。
結果として、【UON】の作戦は失敗に終わる。またこの侵略行為のせいでかなり嫌われていると思っている。だから関係の改善を図りたいのだ。
それに、日本にあった霊障を合体させるという発想。これは【UON】にはなかった考えだ。だからその研究もしたい。学ばせるためにも、霊能力者を派遣している。
「しかしね。いつも一方的ではいけないと思うね。だから、優秀な人材をこちらに加えたいのね」
だが留学生の派遣では限界もある。そこで、【神代】の実力者を【UON】の本拠地であるヨーロッパに招きたい。
「強ければ強いほどいいね! そして今回のターゲットは、エンジね!」
ハイフーンは閻治の強さをわかっている。もしも招くことができれば、かなり重宝するだろう。しかし相手は【神代】の跡継ぎだ、中々頷かないかもしれない。
「その時にね、ユーの話術で落とす、ね!」
「ワタシの実力を期待してはくれないのですか?」
「油断しない方がいいね……! アイツは次元が違うね。だから準備は万全、一滴の水も溢さないレベルで臨んで欲しいね!」
ハイフーンは何もリッターのことを信頼していないわけではない。だが、【神代】については何が起きるかわからない。だから十分な準備をさせた結果、リッターの来日は三ヶ月遅れることとなる。
(この程度の風は、小手調べでしかないな……。おそらく本命のレイショウガッタイがあって、それを隠し持っている! 出される前に、勝負をつける!)
ポケットの中からペンライトを取り出した。リッターには収束電霊放が使えるので、これを撃つ。
「そこだ、シャドープラズマ!」
鋭い電霊放が飛んだ。
「くおっ!」
だがそれは閻治には届かない。地中から、岩が飛び出したのである。
「礫岩だ! 地面には、電流は流せない……」
「なるほど……」
ここでリッターは、閻治の強さを把握。多彩な霊障を扱えるという話は噂ではなかった。
(しかしワタシは、勝利に進むだけだ……)
だが驚かず、冷静さを保つ。電霊放が通じないのなら、近づいて機傀で戦えばいい。
「フッ! エンジ、ワタシの剣さばきを見切れるか?」
まだ時間はあるので、リッターは握った剣を構えて閻治に近づいた。
「ツオオオオオオオ!」
振り下ろされる、粗い刃。しかし閻治はそれを器用に避ける。
「ツリャ! ツロオオオ!」
何度も何度も剣を振るが、全く当たらない。
「この剣の強さは、貴様で試してみるか……」
急に閻治が避けるのをやめた。その、ワザと作られた隙にリッターは突っ込む。
「ツアアアアア!」
「でいっ!」
何と、振り下ろされた剣を両手で挟んで止めた。
「何とっ!」
これにはリッターも驚きを隠せない。もちろん普通の身体能力ではこんなことはできない。閻治はさっきから乱舞を使っているのだ。
「この剣……飴でできておるのか?」
そしてリッターの剣の刃を、手を動かしへし折った。折れた刃を右手でつまみ、
「我輩に挑むということがどんなに愚かであるか! その身をもって知れ!」
投げた。リッターは避けない。
(もうもらったな……)
勝利を確信する閻治。だがその投げた刃はリッターに当たる直前に消える。
「……時間制限か!」
リッターが避けなかったのは、もう一分が経つことを知っていたためだ。どんなに頑張っても機傀で生み出した金属は、一分経過すると本人の意思と関係なく消滅する。
「エンジ! 今、しまった、っていう表情をしたな? 忘れていたのか、メタリックジェネラルの性質を!」
「……勝手にほざいておれ!」
図星を指された閻治は少しだけ怒り、こちらから攻めることにする。
「見せてやろうか、【UON】! リッター! 霊障合体、その真髄を!」
構えた。そして霊障合体を使う。鉄砲水と木綿の合わせ技だ。
「霊障合体・空善絶護!」
指を口元に持って行き、息を吹きかけるような動作をする。すると、水が放たれる。その水は植物のような形状になり、伸びる。つるの鞭がうねる。これで、リッターの背中の藁人形を直接攻撃するつもりなのだ。
「何だこれは!」
リッターは機傀を用いて大きめの盾を繰り出した。しかしそれを迂回して迫りくる、空善絶護。
「切り裂けば……!」
盾で防げないのなら、剣をまた出現させて断ち切る。リッターは素早く剣を振った。だが切断されるとそこから新しいつるが伸びるのだ。
「逃げ道を無くしてやろう! もう一つ、霊障合体!」
左手を広げ、その手のひらから霊障を使う。鉄砲水と機傀の合体である、百架凌濫。見た目は普通の鉄砲水による放水だが、実は水の中に微細な金属片が含まれており、これをくらうと水浸しになると同時にあっという間に血塗れになる。言わば水でできた有刺鉄線だ。
「マズい! これを切り抜けなければ、ワタシのミッションは失敗する! しかし、どうすれば……? だが、これなら!」
寸前まで迫る空善絶護と百架凌濫。起死回生の一手を求められたリッターが取った行動はと言うと、機傀で大量のパチンコ玉を繰り出し投げるというもの。
「……!」
この戦いを見ている法積は気づかない。慶刻も勘付けない。しかし、閻治は、
(この動き! もしや……!)
察し、後ろに下がると同時に礫岩を使って岩で障害物を生み出した。
直後、投げられたパチンコ玉が放電。小さな雷が地面に向かって落ちる。これによって閻治の二つの霊障合体が、かき消されてしまった。
「馬鹿な? 【UON】が霊障合体を使っただと?」
「おい慶刻、これって……電雷爆撃じゃないのか?」
法積の言う通りだ。これは明らかに、機傀で作った金属を電霊放で帯電させその電気を操っている。
「貴様! 【UON】の目的は、霊障合体の研究と習得ではないのか? 何故、使える?」
「ツツツ! 最初に人員を派遣して、もうどれだけ時間が経ったと思っている、エンジ? ワタシタチも、馬鹿ではない。少しずつ……一歩ずつだが、前進しているのだぞ?」
リッターは懐に手を入れ、とある資料を取り出した。
「これに全て書いてある」
それは、三年前に慶刻が父・平等院覇戒と一緒に執筆した、霊障合体に関する論文だ。英訳版であるらしいのだが、【神代】特有のニホンザリガニのシンボルマークが表紙に描かれていたのですぐにわかった。
「どうして、お前が俺の論文を持っているんだ……? っていうか、英語版を提出した記憶はないぞ……?」
「まさか、ハッキングして手に入れたのか!」
違う。流石の【UON】でもそんな犯罪行為はしない。そもそも件の論文は、【神代】のデータベースにアップロードされているのでいつでも無料で閲覧・ダウンロードできるのだ。ただ、国内から【神代】のデータベースにアクセスすることはできない。
「四月以降に日本に来た、【UON】の誰かだな? 【神代】の霊能力者に接触し、霊能力者ネットワークやデータベースに入らせてもらった、というわけか。そしてダウンロードした論文をヨーロッパに持ち帰り時間をかけて英訳した、ってところか?」
「その通り」
リッターは論文を事前に読み内容を頭に叩き入れ、ぶっつけ本番で霊障合体を使ってみせた。そして窮地を脱出することができたのだ。
「ケイコク! キミの論文は素晴らしかったぞ。おかげでワタシは、レイショウガッタイを使うことができた! デンライバクゲキ、と言ったかな? メタリックジェネラルとシャドープラズマしか使えないワタシには、それしか行えないのだが、それで十分!」
そう、電雷爆撃は非常に強い。あの閻治が、切り札に添えている霊障合体の内の一つなのだから。
「さて、ここで! もっと、もっとだ! 一気に攻め落としてやる!」
「貴様、この野郎……!」
この時、閻治の心は少しだけ動揺していた。まさか【UON】の霊能力者が、こんなにも早く霊障合体を技として使用できているとは想像していなかったのだ。まだ時間がかかるだろう、どうせ教えて欲しくて泣きついて来るだろうと、やや楽観的な考えをしていた。
その、揺らめいた心をリッターは見逃さない。
(今! エンジの心が揺らいだ! ここで!)
得意の話術を展開するのだ。彼としては、閻治に自発的にヨーロッパに来て欲しい。
「エンジ。これが【UON】の心霊科学能力だ。今、【UON】はこれだけ発展しているのだよ」
「何を言っておる、勝負の中で……」
「まあ、聞けよ」
恐ろしいことにリッターの声は心地よい。聞けば聞くほど、リラックスできて安心感が得られる。
「ワレワレ人間の世界は狭い。この地球上の中だけで完結してしまう。だが、その中だけでも富裕と貧困の差、性別の差、文化の違いが沢山ある。誰かの笑顔の影には、誰かの不幸がある。今この瞬間に生まれる命があれば、死ぬ命もある。それが現実だ」
まずは全然関係のない話から入る。導入で閻治の心を掴む作戦だ。
「おいリッター! 話してないでちゃんと勝負を……」
「ギャラリーは黙っていろ」
野次を飛ばした法積を一言で黙らせ、続ける。
「その不完全な地球において、優れている者はどこにいるべきで何をするべきだと思う? 極東の地で、生温い生活を送ることが、最適なのか? いいや、違う! 優れる者は世界に羽ばたかなければいけない。国際的に活躍しなければいけない義務を、優秀な者は背負っているのだ」
耳元で囁く。それが一番効果があると、リッターは経験でわかっている。
「霊能力者は、生と死の狭間にいる。生きているのに死者と会話できる。しかしそれは、この広い世界には浸透していない。日本も同じだろう。ヨーロッパも、まだ発展の余地があるのだ。そこで、だ………」
彼の言葉を黙って聞く閻治。
「おいおい、慶刻! これは反則じゃないのか? いいのか、これ!」
「しまった! この勝負、精神攻撃は禁止してなかった!」
だから、ルール違反で失格にはできない。
「どうだ、エンジ? 少し想像してみてくれ。キミは素晴らしく優れ才能のある霊能力者だ。そんなキミが、この日本でくすぶっていていいのか? もっと広く大きな舞台で勝負したいとは思わないかい? 自分の実力が、こんな狭い場所で消費されていいのか? もっと相応しい場所があるはずだ」
その、閻治に用意されるべき舞台。リッターはそれが、【UON】であると説く。
「【UON】に入れば、キミはすぐにコードネームを捨てることができるだろう。それくらい、キミは優秀だ。そして幹部になり、地位を築く。あっという間に人望を集め、発言権を得る。そして更なる霊能力の発展に尽力すれば、世界中の人々が霊能力者に対して理解を深めてくれるだろう。そしたら、世界はどのように変わると思う?」
ここでリッターは閻治に回答を求めた。
「世界は……」
閻治は言われるがまま、考えを吐き出す。
「世界は、変わる。もう、非公式な仕事じゃなくなる。呪われた人や一部の人から求められるだけの存在じゃなくなる。偏見が消える……」
ここまで来てしまえば、閻治はもうリッターの手の上で踊らされるようなものだ。
「そう、変わる! 世界を変えるのが、キミだ! 今のままの世間には、不満があるんだろう? それを一緒に打破しよう。エンジ、キミが【UON】に加盟すれば全部できる! ワタシと一緒にヨーロッパに行き、共に霊能力者のために生きよう。世界にその存在を証明しよう。そして、新時代の土台を築くんだ。そのためにもキミが必要なんだ。【神代】は【UON】と連携し、手を取り合って前に進まなければいけない。その礎に、キミがなるのだ! 何も怖くはない。寧ろ逆に、全てが希望に満ち溢れている!」
あと少し、ほんのちょっと声をかければ、閻治を頷かせることができる。リッターはそう確信している。言葉は時として何よりも強い武器になる。それこそ、人が進むべき道を百八十度変えてしまえるくらいには。
(もらった! マスター・ハイフーン、ミッションを完了しま……)
が、
「しかしそれは、【神代】だけでもできるな。何も海外勢力と協力するような大事じゃない」
「ヅゾ?」
おかしい。さっきまで会話の主導権を握っていたはずが、急に突き飛ばされた気分だ。
閻治はリッターの方を向くと、
「貴様の空論に惑わされるところだった。だが、甘かったな?」
「何ぃいいい! 馬鹿な、ワタシの話術が……?」
相手の心を揺らがせるはずの声を出せるリッターの言葉が、実は心の底には届いていなかった。
「違うぞ。我輩は確かに、あと一歩というところまで追い詰められた。だがな、自分の意思・心・精神が、貴様の邪念のこもった言葉を跳ねのけた」
(わ、ワタシの……F分の一ゆらぎの声が、貫通された、だとおおおおおおおおおおお!)
我に返った閻治はリッターに向き直し、
「勝負再開といこうか、リッター! 覚悟せよ! 我輩に精神攻撃を企て行うとは、いかに愚かか!」
「ツー! ここまで来て負けられるか! レイショウガッタイで勝負を決めてやる!」
リッターは電雷爆撃のために、また機傀でパチンコ玉を大量に生み出し投げた。
「芸がないな、リッター! 霊障の数が少なくても、いいや霊障自体使えなくても、霊能力者は戦える! にもかかわらず貴様は、電雷爆撃頼みとはな。それでよく、世界が云々と言えたものだ」
「馬鹿にしやがって! だがこのデンライバクゲキ、キミもただでは済まされないはずだ!」
「当たれば、な?」
「ンツ?」
閻治がしゃがみ、地面に手をつけた。
「まさかこれは、デンチカイビャク……! シャドープラズマとプロテクトテラの合体が、来る!」
焦ったリッターは地面の動きに気を配る。
(そこが、馬鹿の一つ覚えなのだ)
しかし実は、閻治は電池開闢を使うつもりがない。彼の動きはフェイントで、実際に使うのは別の霊障合体。
(電霊放使いの貴様にとって! 鬼火で負けるのは屈辱だろうな! これが本当の、精神攻撃ってやつだ!)
鬼火に蜃気楼を混ぜる。すると、炎の幻覚を生み出せる。
「ゴーストフレアが! だが、シャドープラズマなら干渉し、中和し、無効化を……」
ペンライトから電霊放を撃ち込むリッター。だが手応えがない。
「辞世の句は準備できたか、リッター! 霊障合体・不知火 !」
その炎の幻覚は、温度だけは持っているのか、その熱さをリッターに差し向ける。しゃがんでいるので閻治には何も悪影響がない。
「ツオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!」
熱い。灼熱の火炎で焼かれている気分だ。
(安心しな。実際には蜃気楼の効果で温感を騙しておるだけだ。それが不知火だ)
相手を傷つけることはない。だがリッターは焼かれていると思い込んでしまい、勝手に、
「ツアアアアアオオオオ……」
気力を失い、倒れた。同時に藁人形も焼け焦げ、それを確認した慶刻は、
「勝負あり! そこまで! 勝者、神代閻治!」
勝負の決着を告げる。
閻治が勝った。リッターの心理攻撃を物ともせず、彼の話術を跳ねのけたのだ。
四人は空港に戻った。
「まさかワタシが、負けるとはな……」
リッターは潔く負けを認めた。駄々をこねるようなことはせず、故郷に戻るという。
(観光ぐらいしていけばいいのに……)
そう思った法積だが、すぐに、
(でも、ウロチョロされて誰か別の人を連れて行かれるのも迷惑か……)
と考え直す。
「エンジ! ワタシは、いいや【UON】は諦めないぞ。またいつの日か、キミや【神代】と、連携してみせる!」
「やってみせろ、我輩が【神代】のトップに就く前に、な!」
リッターは、いや【UON】はこれからも色々な方法で【神代】にアプローチしてくるのだろう。それは別にいいと閻治は思う。寧ろ勝負中に語られたことを実現させること……世界中の霊能力者のために動くことが、これから求められるのかもしれない。
その日が来るのなら、それでいい。変化を拒めば、求める者に滅ぼされるだけだ。
(ただ……)
しかし、精神的な動揺を利用して揺さぶって来るのは穏やかではなかった。ちゃんと話し合いの舞台をセッティングしてくれれば、わかり合えるかもしれないのだ。
「何をです、マスター・ハイフーン」
「日本に行くね。そして、カミシロ・フガクの息子……エンジをこのヨーロッパに連れてくるね」
ハイフーンから直に命じられるのは、かなり名誉なことだ。彼は【UON】の中では珍しくコードネームではない。つまりかなり重要なポジションに務める人物なのだ。二月頃に失脚するかと思われたが、結局は重い処分は下されなかった。
「しかしワタシが、ですか……?」
「そうね。ユーの話術は、素晴らしい物があるね。まるで薬物でも盛られたかのような感覚ね。あ、これは貶しているのではなくて褒めているね」
そのハイフーンの今の目的は一つ。それは、日本との関係の改善だ。
今、【UON】は定期的に霊能力者を技能実習生と称して一方的に【神代】に送りつけている。そして彼らに【神代】のために働いてもらっている。これは全て、【神代】…ひいては代表である富嶽のご機嫌を取るためだ。
一度【UON】は、【神代】を侵略しようとした。仲間に加えようとしたのだが、その手段が征服だったのだ。勝負して負かせば、【神代】も言うことを聞き入れ【UON】の傘下に収まるだろうという判断である。
結果として、【UON】の作戦は失敗に終わる。またこの侵略行為のせいでかなり嫌われていると思っている。だから関係の改善を図りたいのだ。
それに、日本にあった霊障を合体させるという発想。これは【UON】にはなかった考えだ。だからその研究もしたい。学ばせるためにも、霊能力者を派遣している。
「しかしね。いつも一方的ではいけないと思うね。だから、優秀な人材をこちらに加えたいのね」
だが留学生の派遣では限界もある。そこで、【神代】の実力者を【UON】の本拠地であるヨーロッパに招きたい。
「強ければ強いほどいいね! そして今回のターゲットは、エンジね!」
ハイフーンは閻治の強さをわかっている。もしも招くことができれば、かなり重宝するだろう。しかし相手は【神代】の跡継ぎだ、中々頷かないかもしれない。
「その時にね、ユーの話術で落とす、ね!」
「ワタシの実力を期待してはくれないのですか?」
「油断しない方がいいね……! アイツは次元が違うね。だから準備は万全、一滴の水も溢さないレベルで臨んで欲しいね!」
ハイフーンは何もリッターのことを信頼していないわけではない。だが、【神代】については何が起きるかわからない。だから十分な準備をさせた結果、リッターの来日は三ヶ月遅れることとなる。
(この程度の風は、小手調べでしかないな……。おそらく本命のレイショウガッタイがあって、それを隠し持っている! 出される前に、勝負をつける!)
ポケットの中からペンライトを取り出した。リッターには収束電霊放が使えるので、これを撃つ。
「そこだ、シャドープラズマ!」
鋭い電霊放が飛んだ。
「くおっ!」
だがそれは閻治には届かない。地中から、岩が飛び出したのである。
「礫岩だ! 地面には、電流は流せない……」
「なるほど……」
ここでリッターは、閻治の強さを把握。多彩な霊障を扱えるという話は噂ではなかった。
(しかしワタシは、勝利に進むだけだ……)
だが驚かず、冷静さを保つ。電霊放が通じないのなら、近づいて機傀で戦えばいい。
「フッ! エンジ、ワタシの剣さばきを見切れるか?」
まだ時間はあるので、リッターは握った剣を構えて閻治に近づいた。
「ツオオオオオオオ!」
振り下ろされる、粗い刃。しかし閻治はそれを器用に避ける。
「ツリャ! ツロオオオ!」
何度も何度も剣を振るが、全く当たらない。
「この剣の強さは、貴様で試してみるか……」
急に閻治が避けるのをやめた。その、ワザと作られた隙にリッターは突っ込む。
「ツアアアアア!」
「でいっ!」
何と、振り下ろされた剣を両手で挟んで止めた。
「何とっ!」
これにはリッターも驚きを隠せない。もちろん普通の身体能力ではこんなことはできない。閻治はさっきから乱舞を使っているのだ。
「この剣……飴でできておるのか?」
そしてリッターの剣の刃を、手を動かしへし折った。折れた刃を右手でつまみ、
「我輩に挑むということがどんなに愚かであるか! その身をもって知れ!」
投げた。リッターは避けない。
(もうもらったな……)
勝利を確信する閻治。だがその投げた刃はリッターに当たる直前に消える。
「……時間制限か!」
リッターが避けなかったのは、もう一分が経つことを知っていたためだ。どんなに頑張っても機傀で生み出した金属は、一分経過すると本人の意思と関係なく消滅する。
「エンジ! 今、しまった、っていう表情をしたな? 忘れていたのか、メタリックジェネラルの性質を!」
「……勝手にほざいておれ!」
図星を指された閻治は少しだけ怒り、こちらから攻めることにする。
「見せてやろうか、【UON】! リッター! 霊障合体、その真髄を!」
構えた。そして霊障合体を使う。鉄砲水と木綿の合わせ技だ。
「霊障合体・空善絶護!」
指を口元に持って行き、息を吹きかけるような動作をする。すると、水が放たれる。その水は植物のような形状になり、伸びる。つるの鞭がうねる。これで、リッターの背中の藁人形を直接攻撃するつもりなのだ。
「何だこれは!」
リッターは機傀を用いて大きめの盾を繰り出した。しかしそれを迂回して迫りくる、空善絶護。
「切り裂けば……!」
盾で防げないのなら、剣をまた出現させて断ち切る。リッターは素早く剣を振った。だが切断されるとそこから新しいつるが伸びるのだ。
「逃げ道を無くしてやろう! もう一つ、霊障合体!」
左手を広げ、その手のひらから霊障を使う。鉄砲水と機傀の合体である、百架凌濫。見た目は普通の鉄砲水による放水だが、実は水の中に微細な金属片が含まれており、これをくらうと水浸しになると同時にあっという間に血塗れになる。言わば水でできた有刺鉄線だ。
「マズい! これを切り抜けなければ、ワタシのミッションは失敗する! しかし、どうすれば……? だが、これなら!」
寸前まで迫る空善絶護と百架凌濫。起死回生の一手を求められたリッターが取った行動はと言うと、機傀で大量のパチンコ玉を繰り出し投げるというもの。
「……!」
この戦いを見ている法積は気づかない。慶刻も勘付けない。しかし、閻治は、
(この動き! もしや……!)
察し、後ろに下がると同時に礫岩を使って岩で障害物を生み出した。
直後、投げられたパチンコ玉が放電。小さな雷が地面に向かって落ちる。これによって閻治の二つの霊障合体が、かき消されてしまった。
「馬鹿な? 【UON】が霊障合体を使っただと?」
「おい慶刻、これって……電雷爆撃じゃないのか?」
法積の言う通りだ。これは明らかに、機傀で作った金属を電霊放で帯電させその電気を操っている。
「貴様! 【UON】の目的は、霊障合体の研究と習得ではないのか? 何故、使える?」
「ツツツ! 最初に人員を派遣して、もうどれだけ時間が経ったと思っている、エンジ? ワタシタチも、馬鹿ではない。少しずつ……一歩ずつだが、前進しているのだぞ?」
リッターは懐に手を入れ、とある資料を取り出した。
「これに全て書いてある」
それは、三年前に慶刻が父・平等院覇戒と一緒に執筆した、霊障合体に関する論文だ。英訳版であるらしいのだが、【神代】特有のニホンザリガニのシンボルマークが表紙に描かれていたのですぐにわかった。
「どうして、お前が俺の論文を持っているんだ……? っていうか、英語版を提出した記憶はないぞ……?」
「まさか、ハッキングして手に入れたのか!」
違う。流石の【UON】でもそんな犯罪行為はしない。そもそも件の論文は、【神代】のデータベースにアップロードされているのでいつでも無料で閲覧・ダウンロードできるのだ。ただ、国内から【神代】のデータベースにアクセスすることはできない。
「四月以降に日本に来た、【UON】の誰かだな? 【神代】の霊能力者に接触し、霊能力者ネットワークやデータベースに入らせてもらった、というわけか。そしてダウンロードした論文をヨーロッパに持ち帰り時間をかけて英訳した、ってところか?」
「その通り」
リッターは論文を事前に読み内容を頭に叩き入れ、ぶっつけ本番で霊障合体を使ってみせた。そして窮地を脱出することができたのだ。
「ケイコク! キミの論文は素晴らしかったぞ。おかげでワタシは、レイショウガッタイを使うことができた! デンライバクゲキ、と言ったかな? メタリックジェネラルとシャドープラズマしか使えないワタシには、それしか行えないのだが、それで十分!」
そう、電雷爆撃は非常に強い。あの閻治が、切り札に添えている霊障合体の内の一つなのだから。
「さて、ここで! もっと、もっとだ! 一気に攻め落としてやる!」
「貴様、この野郎……!」
この時、閻治の心は少しだけ動揺していた。まさか【UON】の霊能力者が、こんなにも早く霊障合体を技として使用できているとは想像していなかったのだ。まだ時間がかかるだろう、どうせ教えて欲しくて泣きついて来るだろうと、やや楽観的な考えをしていた。
その、揺らめいた心をリッターは見逃さない。
(今! エンジの心が揺らいだ! ここで!)
得意の話術を展開するのだ。彼としては、閻治に自発的にヨーロッパに来て欲しい。
「エンジ。これが【UON】の心霊科学能力だ。今、【UON】はこれだけ発展しているのだよ」
「何を言っておる、勝負の中で……」
「まあ、聞けよ」
恐ろしいことにリッターの声は心地よい。聞けば聞くほど、リラックスできて安心感が得られる。
「ワレワレ人間の世界は狭い。この地球上の中だけで完結してしまう。だが、その中だけでも富裕と貧困の差、性別の差、文化の違いが沢山ある。誰かの笑顔の影には、誰かの不幸がある。今この瞬間に生まれる命があれば、死ぬ命もある。それが現実だ」
まずは全然関係のない話から入る。導入で閻治の心を掴む作戦だ。
「おいリッター! 話してないでちゃんと勝負を……」
「ギャラリーは黙っていろ」
野次を飛ばした法積を一言で黙らせ、続ける。
「その不完全な地球において、優れている者はどこにいるべきで何をするべきだと思う? 極東の地で、生温い生活を送ることが、最適なのか? いいや、違う! 優れる者は世界に羽ばたかなければいけない。国際的に活躍しなければいけない義務を、優秀な者は背負っているのだ」
耳元で囁く。それが一番効果があると、リッターは経験でわかっている。
「霊能力者は、生と死の狭間にいる。生きているのに死者と会話できる。しかしそれは、この広い世界には浸透していない。日本も同じだろう。ヨーロッパも、まだ発展の余地があるのだ。そこで、だ………」
彼の言葉を黙って聞く閻治。
「おいおい、慶刻! これは反則じゃないのか? いいのか、これ!」
「しまった! この勝負、精神攻撃は禁止してなかった!」
だから、ルール違反で失格にはできない。
「どうだ、エンジ? 少し想像してみてくれ。キミは素晴らしく優れ才能のある霊能力者だ。そんなキミが、この日本でくすぶっていていいのか? もっと広く大きな舞台で勝負したいとは思わないかい? 自分の実力が、こんな狭い場所で消費されていいのか? もっと相応しい場所があるはずだ」
その、閻治に用意されるべき舞台。リッターはそれが、【UON】であると説く。
「【UON】に入れば、キミはすぐにコードネームを捨てることができるだろう。それくらい、キミは優秀だ。そして幹部になり、地位を築く。あっという間に人望を集め、発言権を得る。そして更なる霊能力の発展に尽力すれば、世界中の人々が霊能力者に対して理解を深めてくれるだろう。そしたら、世界はどのように変わると思う?」
ここでリッターは閻治に回答を求めた。
「世界は……」
閻治は言われるがまま、考えを吐き出す。
「世界は、変わる。もう、非公式な仕事じゃなくなる。呪われた人や一部の人から求められるだけの存在じゃなくなる。偏見が消える……」
ここまで来てしまえば、閻治はもうリッターの手の上で踊らされるようなものだ。
「そう、変わる! 世界を変えるのが、キミだ! 今のままの世間には、不満があるんだろう? それを一緒に打破しよう。エンジ、キミが【UON】に加盟すれば全部できる! ワタシと一緒にヨーロッパに行き、共に霊能力者のために生きよう。世界にその存在を証明しよう。そして、新時代の土台を築くんだ。そのためにもキミが必要なんだ。【神代】は【UON】と連携し、手を取り合って前に進まなければいけない。その礎に、キミがなるのだ! 何も怖くはない。寧ろ逆に、全てが希望に満ち溢れている!」
あと少し、ほんのちょっと声をかければ、閻治を頷かせることができる。リッターはそう確信している。言葉は時として何よりも強い武器になる。それこそ、人が進むべき道を百八十度変えてしまえるくらいには。
(もらった! マスター・ハイフーン、ミッションを完了しま……)
が、
「しかしそれは、【神代】だけでもできるな。何も海外勢力と協力するような大事じゃない」
「ヅゾ?」
おかしい。さっきまで会話の主導権を握っていたはずが、急に突き飛ばされた気分だ。
閻治はリッターの方を向くと、
「貴様の空論に惑わされるところだった。だが、甘かったな?」
「何ぃいいい! 馬鹿な、ワタシの話術が……?」
相手の心を揺らがせるはずの声を出せるリッターの言葉が、実は心の底には届いていなかった。
「違うぞ。我輩は確かに、あと一歩というところまで追い詰められた。だがな、自分の意思・心・精神が、貴様の邪念のこもった言葉を跳ねのけた」
(わ、ワタシの……F分の一ゆらぎの声が、貫通された、だとおおおおおおおおおおお!)
我に返った閻治はリッターに向き直し、
「勝負再開といこうか、リッター! 覚悟せよ! 我輩に精神攻撃を企て行うとは、いかに愚かか!」
「ツー! ここまで来て負けられるか! レイショウガッタイで勝負を決めてやる!」
リッターは電雷爆撃のために、また機傀でパチンコ玉を大量に生み出し投げた。
「芸がないな、リッター! 霊障の数が少なくても、いいや霊障自体使えなくても、霊能力者は戦える! にもかかわらず貴様は、電雷爆撃頼みとはな。それでよく、世界が云々と言えたものだ」
「馬鹿にしやがって! だがこのデンライバクゲキ、キミもただでは済まされないはずだ!」
「当たれば、な?」
「ンツ?」
閻治がしゃがみ、地面に手をつけた。
「まさかこれは、デンチカイビャク……! シャドープラズマとプロテクトテラの合体が、来る!」
焦ったリッターは地面の動きに気を配る。
(そこが、馬鹿の一つ覚えなのだ)
しかし実は、閻治は電池開闢を使うつもりがない。彼の動きはフェイントで、実際に使うのは別の霊障合体。
(電霊放使いの貴様にとって! 鬼火で負けるのは屈辱だろうな! これが本当の、精神攻撃ってやつだ!)
鬼火に蜃気楼を混ぜる。すると、炎の幻覚を生み出せる。
「ゴーストフレアが! だが、シャドープラズマなら干渉し、中和し、無効化を……」
ペンライトから電霊放を撃ち込むリッター。だが手応えがない。
「辞世の句は準備できたか、リッター! 霊障合体・
その炎の幻覚は、温度だけは持っているのか、その熱さをリッターに差し向ける。しゃがんでいるので閻治には何も悪影響がない。
「ツオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!」
熱い。灼熱の火炎で焼かれている気分だ。
(安心しな。実際には蜃気楼の効果で温感を騙しておるだけだ。それが不知火だ)
相手を傷つけることはない。だがリッターは焼かれていると思い込んでしまい、勝手に、
「ツアアアアアオオオオ……」
気力を失い、倒れた。同時に藁人形も焼け焦げ、それを確認した慶刻は、
「勝負あり! そこまで! 勝者、神代閻治!」
勝負の決着を告げる。
閻治が勝った。リッターの心理攻撃を物ともせず、彼の話術を跳ねのけたのだ。
四人は空港に戻った。
「まさかワタシが、負けるとはな……」
リッターは潔く負けを認めた。駄々をこねるようなことはせず、故郷に戻るという。
(観光ぐらいしていけばいいのに……)
そう思った法積だが、すぐに、
(でも、ウロチョロされて誰か別の人を連れて行かれるのも迷惑か……)
と考え直す。
「エンジ! ワタシは、いいや【UON】は諦めないぞ。またいつの日か、キミや【神代】と、連携してみせる!」
「やってみせろ、我輩が【神代】のトップに就く前に、な!」
リッターは、いや【UON】はこれからも色々な方法で【神代】にアプローチしてくるのだろう。それは別にいいと閻治は思う。寧ろ勝負中に語られたことを実現させること……世界中の霊能力者のために動くことが、これから求められるのかもしれない。
その日が来るのなら、それでいい。変化を拒めば、求める者に滅ぼされるだけだ。
(ただ……)
しかし、精神的な動揺を利用して揺さぶって来るのは穏やかではなかった。ちゃんと話し合いの舞台をセッティングしてくれれば、わかり合えるかもしれないのだ。