第2話 作戦の夢想曲 その1

文字数 4,416文字

【神代】は霊能力者を統べている都合上、ある程度の刑罰も彼らに与える。それは表社会の法律で裁けない悪事をしでかした者に対する抑止力だ。軽い罰なら罰金や奉仕で済ませているが、重い罪となると精神病棟に入れられる。その病棟、いいや牢屋は千葉県にある。二年前の夏に起きた火事で一つ消失してしまい、第二病棟は建て直し中だ。だから第一病棟……本来なら【神代】に対して裏切り行為を働いた反逆者を収容する病棟に、その罪を犯していない者も一時的に入れられている。
 本来、この病棟に入れられている者たちは基本的には、独房に軟禁状態だ。だが最近の【神代】の温和的な風潮のおかげとエコノミークラス症候群を避けるために、レクリエーションが許されている。

「出ますか?」

 今、修練の部屋のドアがノックされた。相手は看守の皆崎(みなざき)山臣(やまおみ)。当然脱走者を出すことは許されないので、ここの看守になるには霊能力以外にある程度の身体能力が求められる。山臣は中学時代から柔道をしているので、難なく合格できた。

「………はい」

 修練は静かに返事をした。すると外から鍵を開けられ、山臣が、

「では、案内します。今日はえーと、【神代】の更正プログラムでしたっけか? それとも映画鑑賞?」
「いいや。卓球だった気がします」
「そうでしたか。なら二階の、中会議室ですね」

 先導し、修練を目的の場所に連れて行く。その際に他の囚人にも同じ問いかけをして、参加する意思があれば鍵を開けて隊列に加えた。

「ああもう! アイツのせいでアタシの人生、こんなことに! ムカつくわ!」

 その中には、日影皐という女性もいた。この病棟に来てから、いつも文句を呟いている人物だ。

「ここです」

 中会議室には既に卓球台とラケット、ボールが用意されており、いつでも始めることが可能だ。スポーツドリンクも一人一本まで準備されている。

「ええ、みなさん。今日は卓球をしましょう。体調が悪くなったらすぐに僕に教えてください。トイレに行きたい場合もです。時間は……夕食の前、五時半ごろくらいで」

 会議室には外側から鍵をかけられている。それに窓はあるが開かないし、そもそも外側に鉄格子があるので体の一部すらも出せない。

「……………」

 修練はラケットを取った。その時、

「おや、修練さんじゃないか」
「お前は確か、美田園蛭児、だったな?」

 ちょうど蛭児と目が合ったので、彼と卓球をする。ルールはよく把握していないし、部活動などで経験しているわけでもない。だから簡単な温泉卓球だ。カコーンカコーンとボールを打ち返す。
 チラリと修練は、山臣の方を見た。会話は自由なのだが、【神代】の息がかかった者が常に目を光らせている。おまけに部屋には監視カメラも。

「そう言えば修練さん、仲間が釈放されてもう少しで一年ですね。私もここに来て、一年が経ちましたよ」
「確かにそのくらいだったな。ここだとあまり季節を感じられないから、時間の流れがわかりにくい」

 ラリーは続く。

「憎くはないのですか?」

 唐突に蛭児は話を始めた。

「誰のことが?」
「自分をここに入れたヤツら、のことです。私は覚えていますよ……廿楽絵美、神威刹那、大鳳雛臥、猫屋敷骸……。アイツらが調子に乗らなければ、私はこんなところには……」

 客観的に見れば蛭児の自業自得なのだが、この閉鎖的な空間に入れられているがためにその能力が欠如してしまっている。

「私は私自身が憎い」

 修練はそう返事した。

「はて?」
「私は若かった時、愛した人を死なせてしまった。それに自分が未熟ゆえに、仲間たちを巻き込んでしまった。そういう因果の蓄積の結果、私がここにいる」

 主観視しかできていない蛭児に対し、修練は自分の非を認めている。

「そう……ですか…」

 静かにラリーが続く。その際、

「あ、しまった」

 ボールがあらぬ方向に飛んだ。蛭児が拾いに行くと、

「ねえ、代わってよ。そろそろ見てるのにも飽きたんだけど?」

 皐が足元のボールを拾ってくれたので、蛭児は彼女にラケットを渡し、

「では、どうぞ」

 交代した。横にあるパイプ椅子に座り、山臣から渡されたタオルで汗を拭く。

「日影皐、か……」
「何? 何か文句でもあるの?」
「お前はどうなのだ? 誰かを恨んでいるのか?」

 さっき蛭児がしていた話を彼女にしてみる。

「あったり前よ! アイツら! まずは邪魔でしかない深山ヤイバ! それにアタシを裏切った、小岩井紫電! 今からでも殺してやりたい!」

 彼女は両手の指を上に向け、動かした。自分の毒厄さえあれば、あっという間に命を奪える。しかしそれはできない。精神病棟から出られないし、例えここにその二人がいたとしても、この病棟内では結界のせいで霊障が使えないのである。

「思い出しただけでムカついてきたわ! ストレス発散よ、ここで!」

 しかし皐は思いっ切りサーブをミスした。見事なまでの空振りだ。

「ねえアンタ、この色じゃないボールはないの!」

 白いボールに文句を言い、踏みつけて潰した。山臣は、

「こちらにオレンジのボールがありますが……」
「これならちゃんと見えるわ。じゃ、さっさと退きなさい」

 今度は動きも捉えることができているらしく、何度か上に投げてキャッチを繰り返した。

(目が見えてないという噂は本当なのか)

 今の動作でハッキリした。皐の視力はあまり良くない。多分人を殺めた過去があるのだろう。そういう罪を犯し続けると、どういうわけか霊能力者の魂が呪われ、メカニズムは不明だが視力の異常と言う形で体に表れる。色の判別がつかなくなったり、全てが白黒に見えたりするらしい。最悪の場合は、完全に光を拾えなくなる……失明だ。

(もっとも個人差があるせいで、厳密に何人殺したのかはわからないが……)

 皐とラリーをしている際にも蛭児は口を動かし、

「皐さんにも、怨敵がいますか。修練さんにもいるのではないですか?」
「………」
「誰のせいで、君はここにいるんですか? 誰かが君の罪を暴いたため、でしょう? 誰ですか、それは?」

 ここまで言われたら、答えない方が失礼だろう。別に恨んでいるわけではないが、自分を追い詰めた人物の名前を修練は口にした。

「永露緑祁、それに藤松香恵……。あの二人が私の思惑を阻止した」
「ほら、いるじゃないですか!」
「永露緑祁? 聞いたことあるわ……。あ、アイツよ! シンポジウムで遭遇した、我儘野郎!」

 何と皐は、緑祁に会ったことがあると言うのだ。

「それは奇妙な偶然ですね」

 蛭児が言うと修練は、

「偶然ではなく、運命かもしれない」

 と返す。

「二年前のあの四月、あの場にいたのは緑祁と香恵だけではなかった。確か、廿楽絵美と神威刹那もいたはずだ」
「な、何ですと!」
「それだけじゃない。私の部下の一人を捕まえた人物は小岩井紫電。紫電もあの日あの夜、駅前にいた」
「紫電が! アイツの顔、潰してやりたいわ!」

 本当に奇妙としか言えない偶然だった。いいや彼の言う通りこれは運命なのかもしれない。
 皐を裏切り捕まえたのは、紫電。
 蛭児の野望を食い止めた内の二人は、絵美と刹那。
 そしてその三人に加えて緑祁と香恵が、修練に関わっていた。
 点と点が線で繋がったことを理解した蛭児は、

「となると、私たちがここにいるのも偶然ではない、のでしょうね……。神が言っているのかもしれません。復讐をせよ、とね……」

 共通点を見い出すと皐は、

「クソ野郎ども! ここにいるべきなのはアイツらじゃないの! 何でアタシたちが! アタシたちの人生、安くないんだ! 返せよ、今すぐに!」

 親近感を感じたのか、そんなことを言う。
 皐と蛭児は、

「どうにかここを出られたら、同じ目的を持つ者たちとして、一緒に報復したいですね」
「そうだわ! この怒り、絶対にぶつけてやる!」

 叶わぬ望みを呟いた。
 この日のレクリエーションは終わりが近づいてきたので、また山臣に先導されて独房に戻る。それから差し出された夕食を食べた。


 千葉県と茨城県の県境にある、小さな森。そこには廃旅館があった。遡ること約四十年前、その旅館で食中毒事件が発生。もともと口コミで評判だったその旅館からは、客はほとんどいなくなってしまった。風のうわさによれば、経営者一族はそこで首を吊ったという。
 そんな曰くつきの旅館に入っていく人物が一人。磐梯洋次だ。東京に住んでいる彼がわざわざそこに出向いたのには理由がある。

「おい、到着したぞ」

 草木が生い茂る玄関先に来ると彼は、声を出した。すると廃旅館の奥から、人影が現れる。

「予定通りだね」

 鎌村峻だ。彼がこの旅館を見つけ、会合の場所に選び洋次を呼んだのである。

「他のみんなは?」
「まだだ。わたしが一番近かったから。アイツらもここを目指して移動中のはずだ」
「そうか。こんな薄汚れた場所だけど、まあようこそ」

 しかし言うほど荒れてはいない。峻が前もって掃除したためである。それにここに蔓延っていた幽霊やら邪念やらは、既に祓ってしまった後だ。

「【神代】はね、廃墟とかには全然除霊の募集を出さないんだ。被害が出れば行うけど、いたずらに労力や資金を消費したくはないんだろうね」

 奥に進む。廃旅館のエントランスに椅子とテーブルが置かれておりそこに峻の仲間である、凸山紅、凹谷葵、平川緑がいる。

「彼の仲間はまだらしい。来るまで待とうか」
「わかったわ」
「それより……」

 洋次が呟いた。

「きさまたちの提案は本当なのだろうな? 今頃になって虚偽だったでは……!」

 この話を持ち込まれた際、洋次は驚いた。

【神代】の運営する精神病棟。罪を犯した霊能力者の監獄。そこから霊能力者たちを脱走させるという、峻たちの計画。

「当たり前だよ。僕らは修練様なしでは生きられない! 絶対に助け出すんだ!」

 もっとも彼らが助けたいのは、修練だけの様子だ。他に投獄されている霊能力者はおまけ程度の認識なのだろう。

「そっちこそ、よく頷いてくれたね」

 普通に考えればそれは、【神代】への反逆だ。思いついただけで罰せられるタブーに足を突っ込んでいる。

「わたしたちにも憎悪はあるからな……」

 納得したのは、洋次たちの状況が特殊だったためである。
 霊能力者になる方法は、今のところ確立されていない。生まれつき、幽霊に祟られた、等の事例は報告されている。しかしどれも再現性がなかった。しかし洋次は違う。自ら望んで霊能力者になったのだ。儀式を行った結果、その力が身に宿った。
 霊能力者になった洋次に対し、【神代】の目は冷たかった。もともと一年前に【神代】に対して背信行為を行ったがために、全然信用されていないのだ。それに加えその罪に対する償いをさせられた。洋次にとってこれほど屈辱的なことはなかった。
【神代】に一泡吹かせたい。それが彼の、いいや彼とその仲間たちの狙いだ。

 修練を脱獄させたい峻たちと、【神代】に仕返しがしたい洋次たち。意見が一致した。
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