第7話 状況整理中
文字数 6,108文字
「それは本当?」
緑祁は朝起きると、香恵から信じがたいことを聞いた。それは【神代】からの報告だった。
昨日倒した幽霊が迷霊だったことをまず知る。でも驚くべきところはそこではない。サイコが言ったこと……迷霊を解き放った人物が、病射であったことに驚いている。
(まさか本当だったとは!)
しかも追い打ちまである。
「緑祁と私が遭遇したのは、病射の力が込められた迷霊だったわ。でも絵美と刹那、紫電と雪女が遭遇したのは……」
【神代】の報告書によればそれには、鉾立朔那という人物の霊紋が残されていたという。
「誰?」
ここまで、まるで話題に上がって来なかった人物が突然現れた。でもここまでなら、まだ、
「幽霊に取り憑かれた病射がその人物から盗んだかもしれない」
という仮説を立てることができる。
「肝心なのは、昨日の夜に通報があったことよ。それも京都の孤児院から、朔那が復讐に走ってしまったかもしれない、って」
「てことは、その朔那って人は京都に住んでいるってことだよね?」
「そうなるわ」
その朔那と、病射の力が込められた提灯が発見された。二人が無関係であることよりも、何かしら関係していると考える方が自然だ。
「でも、取り憑かれて理性が無くなっているだろう人と一緒に行動なんてできる? 変じゃない?」
「その前提が、間違っていたのかも……」
香恵は考えた。そもそも病射は幽霊に取り憑かれていない、もしくはすぐに朔那と遭遇してお祓いを受けたのだろう。そのどちらでもいい。問題なのは今現在、病射は朔那と行動しているかもしれないということだ。
「朔那が復讐したがっている相手は、どこにいるの?」
「愛知県名古屋市よ」
「な、名古屋……?」
もうこの京都にはいない。
「じゃあ、昨日僕たちが遭遇した幽霊って?」
無言で頷く香恵。
あれは病射と朔那の陽動作戦だったのだ。朔那は、自分が復讐に走れば同じ孤児院の誰かが通報すると予想していた。復讐するためには京都を出て名古屋に行かなければいけない。その過程で【神代】に駅や高速道路を見張られたらすぐに捕まってしまう。
それを避けるために、迷霊が用意されたのだ。京都の町に放つことで周囲の目を引き、自分たちが動きやすくなるための捨て駒。そして緑祁たちはまんまとその策にはめられた。
「なんてこった! 出し抜かれた!」
手のひらで踊らされた感覚を味わった緑祁。とても悔しい気分だ。
「じゃあ、その朔那って人を追いかけないといけないってことか! 復讐を阻止しないと!」
「一応、皇の四つ子がターゲットと思われる人物の護衛に回ってはいるそうよ。でも……」
それを聞いて納得できる緑祁ではないということは、香恵がよく知っている。
「向かいましょう。名古屋へ!」
まず、絵美と刹那、そして魔綾にも声をかける。ホテルのエントランスに集合し、事情を話す。
「病射はどうなってるって?」
「取り憑かれていないかもしれないんだ。それか理性を無くしたまま操られてる? とにかく、朔那と一緒に名古屋に向かったかもしれない!」
それを聞いた魔綾は動揺した。
「私が勘違いしたせいで、昨日の行動が全部、無駄になっちゃった………」
自分のせいで、二人を捕まえることができたチャンスを不意にした。その責任を感じるのだ。しかし、
「気にする必要はない。この世に無駄なことなど一つもないのだ――」
刹那がフォローした。魔綾の提案がなければ、提灯を発見できなかった。提灯が見つからなければ、緑祁たちは見つかるはずもない病射を京都の町で捜索することになるし、朔那が本当に復讐に動き出したことも判明しない。決して昨日の行為は無駄ではないのだ。
「で、これからどうするのよ?」
絵美が聞くと、
「もちろん僕は病射を捕まえたい! それに朔那が復讐を考えているのなら、絶対に止める!」
緑祁の正義感が反応した。
「確か前に、復讐を止めてるのよね?」
「辻神たちのことだね? もう半年前のことだけど、あの時も誓ったんだ。僕は復讐を止めたい! それ以上に、救いたい!」
「……救う――?」
「そうだよ。過去に囚われて怯える人たちに、日の光を与えたいんだ! 前を向いて未来を歩んでもらいたいんだ! だから、僕が止めてみせる!」
ただ復讐を阻止するのではない。朔那の心を救うところまでが、緑祁の使命。
「魔綾たちはどうするの? 私は緑祁について行くわ」
「私だって、香恵たちをここに呼んだ張本人よ? 最後まで責任を持つわ!」
それが魔綾の、責任の果たし方。
「どうする、刹那?」
「友人が困っているなら、手を貸すのが道理――」
「だよね? 一応の確認しただけよ」
絵美と刹那も、名古屋に行くことを決める。
「ねえ香恵、紫電たちはどうするの?」
「まだ教えていないけど?」
「連絡、代わりにしようか? だって紫電たちも昨日迷霊と遭遇しているんだし、無関係ではないじゃん?」
「でも……」
香恵は絵美の提案を渋った。というのも、香恵たちは名古屋で一緒に行動することになるだろう。人を殺す気満々の朔那と、彼女に協力している病射の相手をするのだから当然の選択だ。
だが、緑祁と紫電はどう思うか? 力を合わせて動いてくれるとは、とても思えない。
(緑祁なら、復讐を望んでいる朔那を救えるはず。でも紫電は、緑祁と同じ考え方をしているとは限らない……)
もし紫電が朔那を捕まえたら、普通に【神代】に突き出して裁かせるだろう。間違っていることではないが、それだと朔那が救われないで終わる。
それに紫電がこのことを知ったら、
「ならば! 俺が緑祁よりも先に朔那と病射を捕まえてやるぜ!」
と言うのが簡単に想像できてしまう。
「どうするの、香恵?」
「うーん……」
しかし、絵美の言うことも正しい。旅行を邪魔された紫電たちにも、この事件に関わる権利があるのだ。それを香恵が妨げていいのだろうか。
困った顔で悩んでいると緑祁が、
「香恵、紫電たちにも教えよう」
と言った。
「いいの、緑祁?」
「紫電には紫電の考えた方があるよ。僕の目的をわかってもらえないかもしれないけど、それはしょうがないんだ」
もし、先を越されたら、緑祁は諦めるつもりのようだ。
「今は人命を守ることが最優先! 僕たちの私情で外すことはできないんだ」
「そ、そうね。わかったわ。今、連絡する」
香恵はスマートフォンを取り出し、雪女に電話をかける。同時にタブレット端末を操作して、情報を彼らと共有した。
「どうするの?」
「ちょっと待って」
数秒待つと、
「行くよ、私たちも。もうちょっと詳しい事情を知りたいから、名古屋駅で集合しない?」
「了解よ」
雪女が、今すぐ向かうと答えた。
「私たちも行きましょう。名古屋に。もう病射も朔那も、この京都にはいないわ……」
五人は新幹線に乗り込んだ。
紫電たちは嵐山から一旦京都駅に行く分、時間がかかる。先に名古屋に到着したのは緑祁たちだ。
「今日は天気が良くて何よりだよ。殺人的日射じゃない分、かなり余裕がある」
大名古屋パークのベンチに腰かけて紫電たちの到着を待つのだ。
「ん?」
その際、緑祁は見覚えのある人物が歩いているのを発見した。呼び止めるために立ち上がり、その人物の側に寄る。
「あっ! 辻神じゃないか!」
「お、緑祁か。久しぶりだな」
それは俱蘭辻神である。緑祁は、どうして彼がここにいるのか、疑問に感じた。一人で旅行中という感じでもなさそうなのだ。
「辻神は、どうしてここに?」
「多分目的は、おまえと同じだ」
「どういうこと?」
彼は語る。どうして自分がこの名古屋に来ているのかを。
話はこの日の朝方に遡る。
「ふわああ! 眠い! でもやらないといけないことがある!」
田柄彭侯があくびをしながら、神社の本殿で布団を片付けていた。
「仕方ないヨ、あんなに遅くまでゲームやってたら……。やっぱり夜は早く寝るべきだったね。ぼくもすごく眠い!」
手杉山姫も目を擦りながら、彭侯の作業を手伝う。辻神は二人よりも早く起きており、既に歯磨きをしていた。
三人は、関東地方の神社に来ていた。神楽坂満からの命令である。お守りに念を入れたり、預けられた物を供養したりとほとんどが雑用だが、誰かがやらなければいけないこと。
「少しずつ、ゆっくりでいい。着実にこなせばそれでいいんだ」
朝の習慣で、【神代】のデータベースにアクセスする辻神。その際、とある情報が目に入った。
「皇の四つ子が名古屋に向かっている? どうしてだ?」
別に、関りがあるのではない。だが何か、気になったのだ。
(皇の四つ子が監視する相手は、そのほとんどが疑惑のある人物! 何か事件が起きたということか……!)
その情報を詳しく知りたいと感じた彼は、満に電話をする。
「………ということを目にしたんだが、どういうことが起きている?」
「ああ、あれか。そんなに大袈裟なことじゃない。【神代】も半信半疑だが、何か起きてからでは遅いからな……」
満は詳細を教えてくれた。
「復讐? それは本当か?」
「本当か嘘かはまだわかっていない。でも、朔那が孤児院に戻っていないのは事実だ。何も起きなければそれでいいんだが」
電話はそこで終わった。しかし辻神の思考はここから始まる。
(復讐、か……)
半年前まで、自分たちもそれに囚われて生きていた。相手を恨み、怒りを育て、酷く憎む。かなり暗い道を進んできた。
しかしそこに手が差し伸べられる。緑祁だ。
(緑祁に私たちは助けられた。復讐という間違った道を歩まずに済んだ。光ある生き方を選ぶことができたんだ)
そんな自分……復讐を選んだが止められそして救いの手をもらえた自分だからこそ、しなければいけないことがあるのではないか。
そしてそれは、朔那の復讐を阻止して彼女のことを救うことではないか。ちょうど緑祁が自分たちに行ってみせたように、自分も朔那を暗黒の道から救い出すべきなのではないか。
「どうした、おおい? 辻神?」
「ねえ聞いてる?」
「あ、すまん……」
考え過ぎで上の空になっていた。
「どうしたの、辻神? 顔、曇ってるヨ?」
「……実は」
彼は山姫たちに、教える。自分がするべきことを。
「そうなのか」
それを聞いた彭侯の判断はかなり早かった。
「行ってこいよ、辻神! オレと山姫で残りの仕事をやっておく!」
「いいのか、二人とも?」
「大丈夫だヨ! これくらい、ぼくと彭侯だけでもできる! それに辻神は、やるべきことを見つけたんでしょう? なら、早く!」
良い仲間を持った。辻神はそう思った。山姫と彭侯は彼の背中を押すことを、心地よく選んでくれたのだ。
「ありがとう。必ずこの恩は返す」
「いいって、別にさ! オレたち、そういうこと感じる仲じゃないだろう?」
「頑張ってネ、辻神!」
そして一人神社を出て、新幹線に乗って名古屋に来たのだ。
「そういうことがあったのか!」
緑祁は辻神との再会、そして彼が手伝ってくれることをとても喜んだ。香恵もだ。
(あの時……初めて出会った時の辻神は、復讐のために雷をバチバチ鳴らしていたわ。でもそれが今、自分とは全く関係のない人のために、復讐を止めようとしてくれている!)
感動すら覚える。
魔綾たちに辻神の紹介をし、彼も作戦に加える。
「【神代】にさ、応援を頼むのはどう? その方が人員が豊富になるわ!」
絵美はそう提案するが、緑祁は頷かない。辻神が、
「それをしてしまうと、捕まえた時にいよいよ裁判を免れなくなってしまう」
「でも、もう通報されてるんでしょ?」
「今のところ、【神代】は半分くらいしか信じていない。それを利用するのだ」
「は? どういう意味よ? あなたの中でなら筋でも通ってるの?」
「一理ある――」
先に理解したのは刹那だった。
「【神代】にとってはまだ疑惑の範疇を出ていない。その状態で朔那に復讐を止めれば、重大な事件として扱われない――」
「……なにそれ」
あまり釈然としていない絵美だが、相棒の刹那が納得しているので無理矢理頷いた。
「ならさ、辻神。僕は元から病射を捕まえたい。朔那は、そっちに任せていいんだね?」
「もちろんだ。私は最初から、朔那の方が大本命。病射の話はここで初めて聞いた。私とはあまり関係なさそうだな」
話をしていると、紫電たちも到着し合流する。
「お前は確か……辻神とか言ったな? ちょうどいいぜ、このサイコの面倒を俺の代わりに見てくれないか」
「【UON】か……。そう言えば貸した金、返してもらった記憶がない……」
「ええ~? 知らないよ、そんなの!」
冗談はこれくらいにしておいて、本題に入る。
「現状を整理しよう。今、病射と朔那がどこで何をしているかは不明、なんだよね?」
「そうね。でも、名古屋に来ていると思うわ」
雪女が促すと香恵が答えた。
「迷霊を解き放ったのなら、その日のうちに移動しないと陽動にならないもんな……」
根拠はそれだ。動くとしたら、昨日しかないのである。
「で、今はその朔那がターゲットにしている人物……上杉左門の護衛を、皇の四つ子が担当しているらしい。家とは別の安全な場所に避難済みだ」
「なら、仮に朔那が左門に近づいても、返り討ちに遭うだけか」
皇の四つ子の強さは、紫電も認知している。最悪の場合の保険はちゃんとかけられていて安心できる。
「言っておくが! 俺は緑祁とは一緒には動かねえぞ!」
「僕もそれはお断りだよ」
「おまえたち……。前も同じようなことを言ってなかったか? それとも私の気のせいだったか?」
別々に動く方が、病射たちと遭遇できる可能性が高くなるので辻神はその方向で納得。
「でも、どうやって探し出すの?」
「霊能力者ネットワークを利用しよう」
左門の住所は公開されている。それを朔那が把握していないわけがない。だから二人はまず、そこを訪れるだろう。
「ネズミ捕りってわけか! だがよ辻神、今左門は家にはいないんだろう? 朔那たちがもう既に家に訪れててよ、もぬけの殻ってことがわかったら、別の場所に行くんじゃねえのか?」
「確かにな。そこで、だ。左門の家周辺で待ち伏せする組と、名古屋を探索する組に分かれよう」
今、緑祁、香恵、魔綾、絵美、刹那、辻神、紫電、雪女、サイコの九人がいる。三組に分かれることが可能だ。
「私は緑祁と辻神と。魔綾は絵美と刹那、紫電は雪女とサイコで、どうだ?」
段々作戦が固まってきた。
「オッケー!」
早速、分かれて行動を開始する。緑祁たちは左門の家に向かう。絵美と刹那と魔綾は、霊能力者が寄りそうな場所を探して回ることに。
「紫電、一つ頼まれてくれないか?」
「何を?」
紫電のことを辻神が呼び止める。
「おまえは、皇の四つ子と合流してくれ」
「……? いいけどよ、皇のことを信頼してないのか?」
「いや違う」
周囲をキョロキョロして、
「ちょっと耳を貸してくれ」
紫電に、辻神は自分の思惑を伝えた。
「なるほどな。そういう事情があるんなら、それは必要だぜ! わかった、任せな!」
「頼んだぞ、紫電! 緑祁のライバルであるおまえの腕、存分に振る舞ってくれ!」
三組に分かれた一同は名古屋の町に溶け込んでいく。
緑祁は朝起きると、香恵から信じがたいことを聞いた。それは【神代】からの報告だった。
昨日倒した幽霊が迷霊だったことをまず知る。でも驚くべきところはそこではない。サイコが言ったこと……迷霊を解き放った人物が、病射であったことに驚いている。
(まさか本当だったとは!)
しかも追い打ちまである。
「緑祁と私が遭遇したのは、病射の力が込められた迷霊だったわ。でも絵美と刹那、紫電と雪女が遭遇したのは……」
【神代】の報告書によればそれには、鉾立朔那という人物の霊紋が残されていたという。
「誰?」
ここまで、まるで話題に上がって来なかった人物が突然現れた。でもここまでなら、まだ、
「幽霊に取り憑かれた病射がその人物から盗んだかもしれない」
という仮説を立てることができる。
「肝心なのは、昨日の夜に通報があったことよ。それも京都の孤児院から、朔那が復讐に走ってしまったかもしれない、って」
「てことは、その朔那って人は京都に住んでいるってことだよね?」
「そうなるわ」
その朔那と、病射の力が込められた提灯が発見された。二人が無関係であることよりも、何かしら関係していると考える方が自然だ。
「でも、取り憑かれて理性が無くなっているだろう人と一緒に行動なんてできる? 変じゃない?」
「その前提が、間違っていたのかも……」
香恵は考えた。そもそも病射は幽霊に取り憑かれていない、もしくはすぐに朔那と遭遇してお祓いを受けたのだろう。そのどちらでもいい。問題なのは今現在、病射は朔那と行動しているかもしれないということだ。
「朔那が復讐したがっている相手は、どこにいるの?」
「愛知県名古屋市よ」
「な、名古屋……?」
もうこの京都にはいない。
「じゃあ、昨日僕たちが遭遇した幽霊って?」
無言で頷く香恵。
あれは病射と朔那の陽動作戦だったのだ。朔那は、自分が復讐に走れば同じ孤児院の誰かが通報すると予想していた。復讐するためには京都を出て名古屋に行かなければいけない。その過程で【神代】に駅や高速道路を見張られたらすぐに捕まってしまう。
それを避けるために、迷霊が用意されたのだ。京都の町に放つことで周囲の目を引き、自分たちが動きやすくなるための捨て駒。そして緑祁たちはまんまとその策にはめられた。
「なんてこった! 出し抜かれた!」
手のひらで踊らされた感覚を味わった緑祁。とても悔しい気分だ。
「じゃあ、その朔那って人を追いかけないといけないってことか! 復讐を阻止しないと!」
「一応、皇の四つ子がターゲットと思われる人物の護衛に回ってはいるそうよ。でも……」
それを聞いて納得できる緑祁ではないということは、香恵がよく知っている。
「向かいましょう。名古屋へ!」
まず、絵美と刹那、そして魔綾にも声をかける。ホテルのエントランスに集合し、事情を話す。
「病射はどうなってるって?」
「取り憑かれていないかもしれないんだ。それか理性を無くしたまま操られてる? とにかく、朔那と一緒に名古屋に向かったかもしれない!」
それを聞いた魔綾は動揺した。
「私が勘違いしたせいで、昨日の行動が全部、無駄になっちゃった………」
自分のせいで、二人を捕まえることができたチャンスを不意にした。その責任を感じるのだ。しかし、
「気にする必要はない。この世に無駄なことなど一つもないのだ――」
刹那がフォローした。魔綾の提案がなければ、提灯を発見できなかった。提灯が見つからなければ、緑祁たちは見つかるはずもない病射を京都の町で捜索することになるし、朔那が本当に復讐に動き出したことも判明しない。決して昨日の行為は無駄ではないのだ。
「で、これからどうするのよ?」
絵美が聞くと、
「もちろん僕は病射を捕まえたい! それに朔那が復讐を考えているのなら、絶対に止める!」
緑祁の正義感が反応した。
「確か前に、復讐を止めてるのよね?」
「辻神たちのことだね? もう半年前のことだけど、あの時も誓ったんだ。僕は復讐を止めたい! それ以上に、救いたい!」
「……救う――?」
「そうだよ。過去に囚われて怯える人たちに、日の光を与えたいんだ! 前を向いて未来を歩んでもらいたいんだ! だから、僕が止めてみせる!」
ただ復讐を阻止するのではない。朔那の心を救うところまでが、緑祁の使命。
「魔綾たちはどうするの? 私は緑祁について行くわ」
「私だって、香恵たちをここに呼んだ張本人よ? 最後まで責任を持つわ!」
それが魔綾の、責任の果たし方。
「どうする、刹那?」
「友人が困っているなら、手を貸すのが道理――」
「だよね? 一応の確認しただけよ」
絵美と刹那も、名古屋に行くことを決める。
「ねえ香恵、紫電たちはどうするの?」
「まだ教えていないけど?」
「連絡、代わりにしようか? だって紫電たちも昨日迷霊と遭遇しているんだし、無関係ではないじゃん?」
「でも……」
香恵は絵美の提案を渋った。というのも、香恵たちは名古屋で一緒に行動することになるだろう。人を殺す気満々の朔那と、彼女に協力している病射の相手をするのだから当然の選択だ。
だが、緑祁と紫電はどう思うか? 力を合わせて動いてくれるとは、とても思えない。
(緑祁なら、復讐を望んでいる朔那を救えるはず。でも紫電は、緑祁と同じ考え方をしているとは限らない……)
もし紫電が朔那を捕まえたら、普通に【神代】に突き出して裁かせるだろう。間違っていることではないが、それだと朔那が救われないで終わる。
それに紫電がこのことを知ったら、
「ならば! 俺が緑祁よりも先に朔那と病射を捕まえてやるぜ!」
と言うのが簡単に想像できてしまう。
「どうするの、香恵?」
「うーん……」
しかし、絵美の言うことも正しい。旅行を邪魔された紫電たちにも、この事件に関わる権利があるのだ。それを香恵が妨げていいのだろうか。
困った顔で悩んでいると緑祁が、
「香恵、紫電たちにも教えよう」
と言った。
「いいの、緑祁?」
「紫電には紫電の考えた方があるよ。僕の目的をわかってもらえないかもしれないけど、それはしょうがないんだ」
もし、先を越されたら、緑祁は諦めるつもりのようだ。
「今は人命を守ることが最優先! 僕たちの私情で外すことはできないんだ」
「そ、そうね。わかったわ。今、連絡する」
香恵はスマートフォンを取り出し、雪女に電話をかける。同時にタブレット端末を操作して、情報を彼らと共有した。
「どうするの?」
「ちょっと待って」
数秒待つと、
「行くよ、私たちも。もうちょっと詳しい事情を知りたいから、名古屋駅で集合しない?」
「了解よ」
雪女が、今すぐ向かうと答えた。
「私たちも行きましょう。名古屋に。もう病射も朔那も、この京都にはいないわ……」
五人は新幹線に乗り込んだ。
紫電たちは嵐山から一旦京都駅に行く分、時間がかかる。先に名古屋に到着したのは緑祁たちだ。
「今日は天気が良くて何よりだよ。殺人的日射じゃない分、かなり余裕がある」
大名古屋パークのベンチに腰かけて紫電たちの到着を待つのだ。
「ん?」
その際、緑祁は見覚えのある人物が歩いているのを発見した。呼び止めるために立ち上がり、その人物の側に寄る。
「あっ! 辻神じゃないか!」
「お、緑祁か。久しぶりだな」
それは俱蘭辻神である。緑祁は、どうして彼がここにいるのか、疑問に感じた。一人で旅行中という感じでもなさそうなのだ。
「辻神は、どうしてここに?」
「多分目的は、おまえと同じだ」
「どういうこと?」
彼は語る。どうして自分がこの名古屋に来ているのかを。
話はこの日の朝方に遡る。
「ふわああ! 眠い! でもやらないといけないことがある!」
田柄彭侯があくびをしながら、神社の本殿で布団を片付けていた。
「仕方ないヨ、あんなに遅くまでゲームやってたら……。やっぱり夜は早く寝るべきだったね。ぼくもすごく眠い!」
手杉山姫も目を擦りながら、彭侯の作業を手伝う。辻神は二人よりも早く起きており、既に歯磨きをしていた。
三人は、関東地方の神社に来ていた。神楽坂満からの命令である。お守りに念を入れたり、預けられた物を供養したりとほとんどが雑用だが、誰かがやらなければいけないこと。
「少しずつ、ゆっくりでいい。着実にこなせばそれでいいんだ」
朝の習慣で、【神代】のデータベースにアクセスする辻神。その際、とある情報が目に入った。
「皇の四つ子が名古屋に向かっている? どうしてだ?」
別に、関りがあるのではない。だが何か、気になったのだ。
(皇の四つ子が監視する相手は、そのほとんどが疑惑のある人物! 何か事件が起きたということか……!)
その情報を詳しく知りたいと感じた彼は、満に電話をする。
「………ということを目にしたんだが、どういうことが起きている?」
「ああ、あれか。そんなに大袈裟なことじゃない。【神代】も半信半疑だが、何か起きてからでは遅いからな……」
満は詳細を教えてくれた。
「復讐? それは本当か?」
「本当か嘘かはまだわかっていない。でも、朔那が孤児院に戻っていないのは事実だ。何も起きなければそれでいいんだが」
電話はそこで終わった。しかし辻神の思考はここから始まる。
(復讐、か……)
半年前まで、自分たちもそれに囚われて生きていた。相手を恨み、怒りを育て、酷く憎む。かなり暗い道を進んできた。
しかしそこに手が差し伸べられる。緑祁だ。
(緑祁に私たちは助けられた。復讐という間違った道を歩まずに済んだ。光ある生き方を選ぶことができたんだ)
そんな自分……復讐を選んだが止められそして救いの手をもらえた自分だからこそ、しなければいけないことがあるのではないか。
そしてそれは、朔那の復讐を阻止して彼女のことを救うことではないか。ちょうど緑祁が自分たちに行ってみせたように、自分も朔那を暗黒の道から救い出すべきなのではないか。
「どうした、おおい? 辻神?」
「ねえ聞いてる?」
「あ、すまん……」
考え過ぎで上の空になっていた。
「どうしたの、辻神? 顔、曇ってるヨ?」
「……実は」
彼は山姫たちに、教える。自分がするべきことを。
「そうなのか」
それを聞いた彭侯の判断はかなり早かった。
「行ってこいよ、辻神! オレと山姫で残りの仕事をやっておく!」
「いいのか、二人とも?」
「大丈夫だヨ! これくらい、ぼくと彭侯だけでもできる! それに辻神は、やるべきことを見つけたんでしょう? なら、早く!」
良い仲間を持った。辻神はそう思った。山姫と彭侯は彼の背中を押すことを、心地よく選んでくれたのだ。
「ありがとう。必ずこの恩は返す」
「いいって、別にさ! オレたち、そういうこと感じる仲じゃないだろう?」
「頑張ってネ、辻神!」
そして一人神社を出て、新幹線に乗って名古屋に来たのだ。
「そういうことがあったのか!」
緑祁は辻神との再会、そして彼が手伝ってくれることをとても喜んだ。香恵もだ。
(あの時……初めて出会った時の辻神は、復讐のために雷をバチバチ鳴らしていたわ。でもそれが今、自分とは全く関係のない人のために、復讐を止めようとしてくれている!)
感動すら覚える。
魔綾たちに辻神の紹介をし、彼も作戦に加える。
「【神代】にさ、応援を頼むのはどう? その方が人員が豊富になるわ!」
絵美はそう提案するが、緑祁は頷かない。辻神が、
「それをしてしまうと、捕まえた時にいよいよ裁判を免れなくなってしまう」
「でも、もう通報されてるんでしょ?」
「今のところ、【神代】は半分くらいしか信じていない。それを利用するのだ」
「は? どういう意味よ? あなたの中でなら筋でも通ってるの?」
「一理ある――」
先に理解したのは刹那だった。
「【神代】にとってはまだ疑惑の範疇を出ていない。その状態で朔那に復讐を止めれば、重大な事件として扱われない――」
「……なにそれ」
あまり釈然としていない絵美だが、相棒の刹那が納得しているので無理矢理頷いた。
「ならさ、辻神。僕は元から病射を捕まえたい。朔那は、そっちに任せていいんだね?」
「もちろんだ。私は最初から、朔那の方が大本命。病射の話はここで初めて聞いた。私とはあまり関係なさそうだな」
話をしていると、紫電たちも到着し合流する。
「お前は確か……辻神とか言ったな? ちょうどいいぜ、このサイコの面倒を俺の代わりに見てくれないか」
「【UON】か……。そう言えば貸した金、返してもらった記憶がない……」
「ええ~? 知らないよ、そんなの!」
冗談はこれくらいにしておいて、本題に入る。
「現状を整理しよう。今、病射と朔那がどこで何をしているかは不明、なんだよね?」
「そうね。でも、名古屋に来ていると思うわ」
雪女が促すと香恵が答えた。
「迷霊を解き放ったのなら、その日のうちに移動しないと陽動にならないもんな……」
根拠はそれだ。動くとしたら、昨日しかないのである。
「で、今はその朔那がターゲットにしている人物……上杉左門の護衛を、皇の四つ子が担当しているらしい。家とは別の安全な場所に避難済みだ」
「なら、仮に朔那が左門に近づいても、返り討ちに遭うだけか」
皇の四つ子の強さは、紫電も認知している。最悪の場合の保険はちゃんとかけられていて安心できる。
「言っておくが! 俺は緑祁とは一緒には動かねえぞ!」
「僕もそれはお断りだよ」
「おまえたち……。前も同じようなことを言ってなかったか? それとも私の気のせいだったか?」
別々に動く方が、病射たちと遭遇できる可能性が高くなるので辻神はその方向で納得。
「でも、どうやって探し出すの?」
「霊能力者ネットワークを利用しよう」
左門の住所は公開されている。それを朔那が把握していないわけがない。だから二人はまず、そこを訪れるだろう。
「ネズミ捕りってわけか! だがよ辻神、今左門は家にはいないんだろう? 朔那たちがもう既に家に訪れててよ、もぬけの殻ってことがわかったら、別の場所に行くんじゃねえのか?」
「確かにな。そこで、だ。左門の家周辺で待ち伏せする組と、名古屋を探索する組に分かれよう」
今、緑祁、香恵、魔綾、絵美、刹那、辻神、紫電、雪女、サイコの九人がいる。三組に分かれることが可能だ。
「私は緑祁と辻神と。魔綾は絵美と刹那、紫電は雪女とサイコで、どうだ?」
段々作戦が固まってきた。
「オッケー!」
早速、分かれて行動を開始する。緑祁たちは左門の家に向かう。絵美と刹那と魔綾は、霊能力者が寄りそうな場所を探して回ることに。
「紫電、一つ頼まれてくれないか?」
「何を?」
紫電のことを辻神が呼び止める。
「おまえは、皇の四つ子と合流してくれ」
「……? いいけどよ、皇のことを信頼してないのか?」
「いや違う」
周囲をキョロキョロして、
「ちょっと耳を貸してくれ」
紫電に、辻神は自分の思惑を伝えた。
「なるほどな。そういう事情があるんなら、それは必要だぜ! わかった、任せな!」
「頼んだぞ、紫電! 緑祁のライバルであるおまえの腕、存分に振る舞ってくれ!」
三組に分かれた一同は名古屋の町に溶け込んでいく。