第7話 先祖への誓い
文字数 3,286文字
「辻神、怒ってるよネ?」
山姫は辻神にそう聞いた。彼女は彼に頼まれていた、緑祁の捕獲に失敗したのだ。だから辻神がご立腹でも仕方がない。
「………」
しかし辻神は無言。
「オレのこと、殴っていいぜ? 遠慮することは何もないんだ」
彭侯はというと、もっと深刻だ。何故なら彼は怒りに任せて辻神の言うことを無視し、勝手に緑祁へ襲撃したのだ。しかも結果は、山姫と同じく失敗。
「いいや殴れ! そうしてくれないとオレが治まらない!」
「ぼくのことも頬を抓って、罵っていいヨ」
二人は責任を感じていたために、罰を与えることを辻神に求めた。
が、
「いや、いい。寧ろ二人とも逆に捕まらないで良かった」
と、彼は求められたことと真逆のことを言う。
「でも……」
それでも何かしらの罵声があるはずだ。そう思ってさらに深く尋ねる。
「何もないさ。ただ、緑祁と香恵とか言ったか? 二人の方がちょっとおまえたちを上回っただけ。それ以外に何かあるか?」
けれども辻神は、悪口を絶対に言わなかった。彼自身、感じていないわけではない。本当は自分たちの予定通りに事が進まず、不愉快なはずだ。でもその感情を表に出すことは絶対にしないのである。
「私はおまえたち二人を失いたくはない。だから負けても無事でよかったんだ」
仲間はもう自分たちしかいない。そのこともあってか、徹底的に擁護に回る辻神。でもそれがかえって不気味で、
「本当に言いたいことを言ってくれ! 何でもいいんだ、だから!」
と彭侯は叫んだ。
「では一つだけ、聞く」
ついに辻神も思い口を開いたかと思いきや、
「これ以降の計画、最後までついて来てくれるか?」
新しいプランに同意するかどうかを聞いてきた。
「それって、どういう……?」
山姫が聞くと、
「もう私が出るしかない。だが、幸運なことにおまえたちも無事で、彭侯も回復したところだ。だとすれば、緑祁と香恵との戦いにおまえたちも加わって欲しい」
これは辻神に勝つ自信がないから、ではない。
「人数は多い方が有利なはずだ。聞く話が正しければ、香恵は慰療と薬束を使える。そんな女を放っておいたら、いくら緑祁に霊障を叩き込んでもすぐに回復されるのがオチ。ならば山姫に彭侯も参戦して、場を乱す方がいい」
だがこの作戦、危険でもある。それはやはり緑祁だ。山姫の火炎噴石、彭侯の汚染濁流、この二つを彼は攻略してきた。これはもう覆せない実力の照明だ。おそらく二度も同じ霊障合体が通じる相手ではないと思われる。そう考えると、まだ手の内を完全に見せていない辻神だけが有利。
「……なのに、オレと山姫が? どういう作戦なんだ、辻神?」
「蜃気楼を使う。その時におまえたちを、囮として使わせてもらいたいんだ」
要するに、自分が有利に戦闘を進めるための捨て駒になってくれということである。だが二人が首を縦に振らないのなら、辻神も無理強いはしない。
「……やはりやめよう。これはおまえたちのことを全く考えない、酷い作戦だ……」
「そんなことないヨ!」
山姫が叫んだ。
「ぼくも彭侯も、本来の役目を果たせなかったんだ。だから最後のチャンスをちょうだい! それが囮だろうが捨て駒だろうがぼくは一向に構わないワ!」
「オレも山姫と同じ意見だ」
彭侯も頷いた。
「私は、嬉しい。山姫に彭侯、おまえたちが仲間でいてくれたことが……」
こうなれば、彼の方から断る理由はない。
「では、こういう作戦でいく……」
その概要を説明した。そんなに難しいことではなく、二人はすぐに頭に叩き込めた。
「それと」
もう一つ、二人に了承を取らねばいけないことがある。
辻神はポケットからあるものを取り出し、見せた。
「それが、辻神…アンタの親が残したっていう?」
「そうだ」
布袋の中には、石が一つ入っている。それを中から取り、手のひらに置いた。
黒ずんだ赤い石だ。
「死返の石……」
それが、辻神の親が持っていた特別な石。【神代】に提出することはできないと判断し、樹海に隠したのだ。
「マカルガエシ? 辻神、一体それで何をしようってんだ?」
「死返は、人を蘇らせることを意味する!」
その一言に彭侯は驚いた。
「待ってヨ辻神! それは……」
「ああ、そうだ。【神代】では禁霊術とされている儀式の一つ、『帰』……。死者をこの世に蘇らせる行いだ」
だがそれは禁霊術の名の通り、禁止されている。もしも違反しそれが【神代】にバレたのなら、どんな処罰が下っても文句は言えない。最悪の場合、死刑の可能性だってあるのだ。
「万が一の時は、これが奥の手だ。私はこの石を使って、『月見の会』を蘇らせる。そして【神代】に要求を突き付けるつもりだ。だがそれが仮に失敗したのなら、巻き込んでしまったおまえたちもタダでは済まされない。だから降りるなら、今のうち……」
この説明、辻神としては二人に賛成して欲しくなかったから言ったのである。しかし、
「……ここまで来て、アンタにだけ任せて逃げられるかよ! オレも覚悟はできてるんだぜ、やってやろうじゃないかよ!」
「そうだネ、彭侯。ぼくたちの目的、それを達成するなら道を外れる覚悟も必要だヨ。任せて辻神! ぼくも君の後ろをついて行く!」
禁忌を犯すかもしれないというのに、二人は頷いてくれたのだ。
「感謝する…! ありがとう、山姫! 彭侯!」
辻神は山姫と彭侯を抱きしめた。言葉の上だけではない覚悟と信頼が、二人の温もりと共に心臓の鼓動から伝わってくるのがわかる。
その日の夜、三人は山荘を出て夜空を見た。月がちょうど真上に登り、木々の合間から顔を覗かせていた。
(かつて『月見の会』も、こんな夜空を見ていたに違いない。輝く月は、夜の世界に落とされた一点の煌めき。その光の下に集った人たちの命、精神、志し……【神代】に否定されてたまるか!)
緑祁は強い。それは山姫と彭侯が負けたことから十分にわかる。しかも式神も使役している。でも辻神には、勝つ自信があった。
(私は負けない。負けられないんだ、絶対に!)
先祖に勝利を誓う。夜空の月に向かって辻神は、
「見ていてください、ご先祖様。絶対にあなたたちの無念を晴らしてみせます」
まず『月見の会』に向けて誓った。次に、
「そして私と山姫と彭侯の親、祖父祖母……。『月見の会』を裏切るよう仕向けられたこと、謝罪させてみせます。代々受け継いできた屈辱、私の代で晴らします」
三人の先祖に向けて約束した。
「ですので、どうか! 私たちに力をください!」
両手を挙げ、天を仰いだ。その時に月の光が、さっきよりも強くなった気がした。
(応援してくれているんだ、『月見の会』も私たちの先祖も!)
そう感じると増々心が熱くなる。
本来辻神たちの先祖は、【神代】のせいで意図せず『月見の会』から抜け出してしまった人たちだ。だから辻神が『月見の会』に誓うのは、変な風にも聞こえる。だが、彼らのルーツは『月見の会』で間違いないのだ。その『月見の会』も、霊怪戦争で滅んだ。会の生き残りの話は全然耳にしない。せいぜい一人、霊能力者ネットワークに登録されている程度だが、それも存在が怪しい。
要するに『月見の会』の血を受け継ぐ人で今を生きる者は、自分たち三人だけかもしれない。その思考が三人に、『月見の会』の分まで戦う勇気と志しをくれたのだ。
「ぼくの両親は、死ぬ間際まで後悔していました。どうして自分が先祖の屈辱を晴らしてやれなかったのだろうか、って。あの苦しそうな表情、今も忘れません。どんな手を使っても、両親を始め『月見の会』の人たちの霊を弔ってみせます!」
「きっと人は何度も道を間違えるんです。復讐なんて、その典型だと思います。でもオレは、知っててあえて間違えます。オレの中に流れる血は、今のままでは駄目だということを知っているんです。この悪い流れを変えるためにも、武運を祈ってください」
山姫と彭侯も、各々の覚悟を月に誓う。
「【神代】に塗られた恥を払拭し、味わった屈辱を絶対に晴らします!」
同時に叫んだ。
「よし。では行こう」
一旦別荘に戻って最終準備を整えると、三人は出た。
山姫は辻神にそう聞いた。彼女は彼に頼まれていた、緑祁の捕獲に失敗したのだ。だから辻神がご立腹でも仕方がない。
「………」
しかし辻神は無言。
「オレのこと、殴っていいぜ? 遠慮することは何もないんだ」
彭侯はというと、もっと深刻だ。何故なら彼は怒りに任せて辻神の言うことを無視し、勝手に緑祁へ襲撃したのだ。しかも結果は、山姫と同じく失敗。
「いいや殴れ! そうしてくれないとオレが治まらない!」
「ぼくのことも頬を抓って、罵っていいヨ」
二人は責任を感じていたために、罰を与えることを辻神に求めた。
が、
「いや、いい。寧ろ二人とも逆に捕まらないで良かった」
と、彼は求められたことと真逆のことを言う。
「でも……」
それでも何かしらの罵声があるはずだ。そう思ってさらに深く尋ねる。
「何もないさ。ただ、緑祁と香恵とか言ったか? 二人の方がちょっとおまえたちを上回っただけ。それ以外に何かあるか?」
けれども辻神は、悪口を絶対に言わなかった。彼自身、感じていないわけではない。本当は自分たちの予定通りに事が進まず、不愉快なはずだ。でもその感情を表に出すことは絶対にしないのである。
「私はおまえたち二人を失いたくはない。だから負けても無事でよかったんだ」
仲間はもう自分たちしかいない。そのこともあってか、徹底的に擁護に回る辻神。でもそれがかえって不気味で、
「本当に言いたいことを言ってくれ! 何でもいいんだ、だから!」
と彭侯は叫んだ。
「では一つだけ、聞く」
ついに辻神も思い口を開いたかと思いきや、
「これ以降の計画、最後までついて来てくれるか?」
新しいプランに同意するかどうかを聞いてきた。
「それって、どういう……?」
山姫が聞くと、
「もう私が出るしかない。だが、幸運なことにおまえたちも無事で、彭侯も回復したところだ。だとすれば、緑祁と香恵との戦いにおまえたちも加わって欲しい」
これは辻神に勝つ自信がないから、ではない。
「人数は多い方が有利なはずだ。聞く話が正しければ、香恵は慰療と薬束を使える。そんな女を放っておいたら、いくら緑祁に霊障を叩き込んでもすぐに回復されるのがオチ。ならば山姫に彭侯も参戦して、場を乱す方がいい」
だがこの作戦、危険でもある。それはやはり緑祁だ。山姫の火炎噴石、彭侯の汚染濁流、この二つを彼は攻略してきた。これはもう覆せない実力の照明だ。おそらく二度も同じ霊障合体が通じる相手ではないと思われる。そう考えると、まだ手の内を完全に見せていない辻神だけが有利。
「……なのに、オレと山姫が? どういう作戦なんだ、辻神?」
「蜃気楼を使う。その時におまえたちを、囮として使わせてもらいたいんだ」
要するに、自分が有利に戦闘を進めるための捨て駒になってくれということである。だが二人が首を縦に振らないのなら、辻神も無理強いはしない。
「……やはりやめよう。これはおまえたちのことを全く考えない、酷い作戦だ……」
「そんなことないヨ!」
山姫が叫んだ。
「ぼくも彭侯も、本来の役目を果たせなかったんだ。だから最後のチャンスをちょうだい! それが囮だろうが捨て駒だろうがぼくは一向に構わないワ!」
「オレも山姫と同じ意見だ」
彭侯も頷いた。
「私は、嬉しい。山姫に彭侯、おまえたちが仲間でいてくれたことが……」
こうなれば、彼の方から断る理由はない。
「では、こういう作戦でいく……」
その概要を説明した。そんなに難しいことではなく、二人はすぐに頭に叩き込めた。
「それと」
もう一つ、二人に了承を取らねばいけないことがある。
辻神はポケットからあるものを取り出し、見せた。
「それが、辻神…アンタの親が残したっていう?」
「そうだ」
布袋の中には、石が一つ入っている。それを中から取り、手のひらに置いた。
黒ずんだ赤い石だ。
「死返の石……」
それが、辻神の親が持っていた特別な石。【神代】に提出することはできないと判断し、樹海に隠したのだ。
「マカルガエシ? 辻神、一体それで何をしようってんだ?」
「死返は、人を蘇らせることを意味する!」
その一言に彭侯は驚いた。
「待ってヨ辻神! それは……」
「ああ、そうだ。【神代】では禁霊術とされている儀式の一つ、『帰』……。死者をこの世に蘇らせる行いだ」
だがそれは禁霊術の名の通り、禁止されている。もしも違反しそれが【神代】にバレたのなら、どんな処罰が下っても文句は言えない。最悪の場合、死刑の可能性だってあるのだ。
「万が一の時は、これが奥の手だ。私はこの石を使って、『月見の会』を蘇らせる。そして【神代】に要求を突き付けるつもりだ。だがそれが仮に失敗したのなら、巻き込んでしまったおまえたちもタダでは済まされない。だから降りるなら、今のうち……」
この説明、辻神としては二人に賛成して欲しくなかったから言ったのである。しかし、
「……ここまで来て、アンタにだけ任せて逃げられるかよ! オレも覚悟はできてるんだぜ、やってやろうじゃないかよ!」
「そうだネ、彭侯。ぼくたちの目的、それを達成するなら道を外れる覚悟も必要だヨ。任せて辻神! ぼくも君の後ろをついて行く!」
禁忌を犯すかもしれないというのに、二人は頷いてくれたのだ。
「感謝する…! ありがとう、山姫! 彭侯!」
辻神は山姫と彭侯を抱きしめた。言葉の上だけではない覚悟と信頼が、二人の温もりと共に心臓の鼓動から伝わってくるのがわかる。
その日の夜、三人は山荘を出て夜空を見た。月がちょうど真上に登り、木々の合間から顔を覗かせていた。
(かつて『月見の会』も、こんな夜空を見ていたに違いない。輝く月は、夜の世界に落とされた一点の煌めき。その光の下に集った人たちの命、精神、志し……【神代】に否定されてたまるか!)
緑祁は強い。それは山姫と彭侯が負けたことから十分にわかる。しかも式神も使役している。でも辻神には、勝つ自信があった。
(私は負けない。負けられないんだ、絶対に!)
先祖に勝利を誓う。夜空の月に向かって辻神は、
「見ていてください、ご先祖様。絶対にあなたたちの無念を晴らしてみせます」
まず『月見の会』に向けて誓った。次に、
「そして私と山姫と彭侯の親、祖父祖母……。『月見の会』を裏切るよう仕向けられたこと、謝罪させてみせます。代々受け継いできた屈辱、私の代で晴らします」
三人の先祖に向けて約束した。
「ですので、どうか! 私たちに力をください!」
両手を挙げ、天を仰いだ。その時に月の光が、さっきよりも強くなった気がした。
(応援してくれているんだ、『月見の会』も私たちの先祖も!)
そう感じると増々心が熱くなる。
本来辻神たちの先祖は、【神代】のせいで意図せず『月見の会』から抜け出してしまった人たちだ。だから辻神が『月見の会』に誓うのは、変な風にも聞こえる。だが、彼らのルーツは『月見の会』で間違いないのだ。その『月見の会』も、霊怪戦争で滅んだ。会の生き残りの話は全然耳にしない。せいぜい一人、霊能力者ネットワークに登録されている程度だが、それも存在が怪しい。
要するに『月見の会』の血を受け継ぐ人で今を生きる者は、自分たち三人だけかもしれない。その思考が三人に、『月見の会』の分まで戦う勇気と志しをくれたのだ。
「ぼくの両親は、死ぬ間際まで後悔していました。どうして自分が先祖の屈辱を晴らしてやれなかったのだろうか、って。あの苦しそうな表情、今も忘れません。どんな手を使っても、両親を始め『月見の会』の人たちの霊を弔ってみせます!」
「きっと人は何度も道を間違えるんです。復讐なんて、その典型だと思います。でもオレは、知っててあえて間違えます。オレの中に流れる血は、今のままでは駄目だということを知っているんです。この悪い流れを変えるためにも、武運を祈ってください」
山姫と彭侯も、各々の覚悟を月に誓う。
「【神代】に塗られた恥を払拭し、味わった屈辱を絶対に晴らします!」
同時に叫んだ。
「よし。では行こう」
一旦別荘に戻って最終準備を整えると、三人は出た。