第9話 断ち切る その4
文字数 5,254文字
「どうした緑祁? お前から来ないのなら、私から行かせてもらおうか!」
「完璧なものなんて、この世にもあの世にもない! 絶対に弱点がある、そのはずなんだ!」
「それは、お前の願望か?」
「えっ……?」
「そう思い込んで、不可能を可能にし続けてきたのだな? 現実世界には、思い通りならないことは沢山ある。それをお前は、自分の都合の良い方に願うことで、逃避してきた!」
「違う! 僕は……」
「そういうことをしているから、他人を思いやるフリをして自分が正しいと思い込んでいるわけだ。優しさという甘い蜜で集めた仲間との友情ごっこは楽しいか?」
数秒黙る緑祁。しかしそれは、図星だからではない。
「楽しんでない……いや感じてすらいないよ、そんな見せかけの絆なんて。僕の仲間は、抜け殻じゃない、馬鹿にするな! 僕の優しさを、豊雲! そっちに貶せる資格はない!」
自分を強い方向に流すために、少しの間が必要だったのだ。
「ならば来るがいい! 私を倒して証明できるというのなら、な!」
「ああ、やってやる!」
吐き出される岩石を避ける緑祁。狙うはその、口の中だ。内部に札を貼り付けられれば、今度こそ除霊が可能かもしれない。
ここで、プレシオサウルス型の頭部がろくろ首のように伸びて緑祁に牙を向けた。
「っわわ!」
三本同時に、だ。
(一つにでも噛みつかれたら、お終いだ……! 捕まったら、三本の首が僕のことを引き千切る! でも、除霊するには前に進まないといけない!)
近寄る首に霊障を使ってみる。期待はしてなかったのだが、予想外に怯ませることだけはできた。
「ククク……! 今ので勝ったつもりにならないことだな、緑祁! 諦めて、死ね! 私を倒すことなど不可能! 【神代】の全てを破壊し一から作り直す! これは決定事項なのだ!」
「その邪悪な欲望を、叩き割ってやる!」
生み出した者がいる以上、必ず除霊できるはずだと緑祁は考える。その除霊のための札も手元にある。
(危険だけど、やっぱり近づかないといけない!)
弱気になりそうな心を、何度も強い方向に流す。それが勇気となって、前へ前へ進める。
「甘いな!」
しかしその勇敢さをあざ笑うかのように、豊雲が攻撃。鞭のようにしなり伸びる三本の頭が進路を邪魔し、さらに岩石を吐き出して飛ばす。
「難しい問題だ、これは! でも!」
諦めない心が、この複雑な方程式の解を導き出す。
「うりゃあああああ!」
ジャンプし、プレシオサウルス型の首に掴みかかる緑祁。
「ほほう? 自分から向かって来るとはな……。もう、やけになったか?」
「そう思うなら、やってみればいいさ!」
もちろん、残る二本の首が緑祁のことを食い千切ろうと迫る。だがこの首には、霊障が効き怯ませることができる。すかさず鬼火を使って、自分の体に噛みつかせない。
「ならば……こうしてやろう!」
その首にしがみついている緑祁を、豊雲は自分のところに引き寄せる。首を手元に戻すのだ。モササウルス型の巨大な顔で、噛み砕くつもりなのだろう。
「その諦めの悪さとともに、バラバラに砕け散れ!」
今、片方の頭が上を向き、緑祁に牙が迫った。
「今しかない!」
この瞬間、緑祁は除霊の札を手放した。ひらひらと落ちるそれは、豊雲が開いた口の中に吸い込まれる。
(内部からの除霊なら、倒せるはず!)
直後、
「うぐううううおおおおおおおおおおあああああああああああ!」
すごい音量の悲鳴が、豊雲から発せられた。動きが止まり、開いた口が塞がっていない。緑祁は首から地面に飛び降り、鍾乳石の後ろに回り込んで様子を伺う。
「どうだ?」
淡い希望を抱きながら見ていると、
「う、ぐええええええろろろろろろろ!」
豊雲は札を飲み込んだ口から何かを吐き出した。それは軽自動車くらいの大きさのアーケロン型の幽霊だ。
(まだ、駄目なのか……! 内部からの除霊すら、受け付けない?)
吐き出した後の豊雲の様子は、元気を取り戻しているように見える。
「くくく! どこに逃げた、緑祁? 結局、札を私の体内に入れても平気だ。寧ろ私は、手下を生み出せたのだぞ!」
除霊するたび、状況が悪くなっている気がする。緑祁が持つ札は一枚ずつ減っているのに、豊雲の体は変化を続けているのだ。
アーケロン型の幽霊が、頭と手足と尻尾を甲羅に収納し、回転して移動した。
「はっ!」
それが鍾乳石を迂回して、緑祁の目の前に滑り込む。
「た、台風で、どうだ!」
鉄砲水を乗せた旋風を放った。
「ぬう!」
回転しながら、台風を避けられた。そのまま甲羅が緑祁にぶつかる。
「うわっ!」
衝撃で吹っ飛ぶ緑祁の体。地面に叩きつけられた。
(凄い痛みだ、どこかの骨が折れた? でも、怯んでいられない! 立ち上がらないといけないんだ!)
気合で自分の体を起こす。まだアーケロン型の幽霊は回っていて、緑祁に再び迫った。
「こっちだ!」
その攻撃を利用するのだ。回転しながらの移動は、器用なものではない。だからある程度誘導できる。もちろんプレシオサウルス型の三本の首と豊雲が飛ばす岩石にも気をつける。
今、大きな鍾乳石を折らせた。それが地面に落ちる前に、
「霊障合体・水蒸気爆発!」
爆風を起こして、豊雲にぶつけるのだ。鍾乳石が飛んだ。この岩石は霊障で作ったわけではないので、効くかもしれない。
「効かぬな!」
口から吐き出される岩石が、緑祁が飛ばした鍾乳石を弾いた。
(これも駄目か! もう、どうすれば……!)
この時緑祁の動作は少し止まっており、その隙を突いてアーケロン型の幽霊が彼を突き飛ばす。
「くっ! ぐうう!」
地面に転がっている石のせいで、手の甲がパックリと切れてしまった。血が、ドバっと流れ出る。
「うう、い、痛い! これは深い傷だ……手の甲の脈が切れてしまったのか?」
あっという間に、手が真っ赤に染まる。だがここで彼は、
(そう言えば、豊雲は言っていた。業葬賊には生者のエネルギーを注ぎ込んでいる、って! 同じことを除霊用の札にすればいいのでは?)
札には予め、除霊の念が込められている。それに緑祁自身の霊力をプラスするのだ。そうすれば、業葬賊に決定打を与えられるかもしれない。今、彼の手は血で染まっている。これなら札を赤く塗るだけで手っ取り早い。
「墓穴を掘ったぞ、豊雲! 今から除霊し、助け出す!」
最後の一枚。その札を取り出し、血で染める。この時に緑祁は自分の霊気を加える。
「無駄だな! お前の死は確定している! もう足掻くことすら、難しいのではないのかね?」
「僕の心配は無用さ……!」
確かに傷ついた状態での足取りは重い。だが緑祁は一気に豊雲に迫る方法を編み出した。
「うおおおおあああああああ!」
それは、自分に向かって来るアーケロン型の幽霊に突っ込むことだ。当然、弾き飛ばされる緑祁。しかし、
(凄い痛い、激痛だ! でも! 豊雲に近づけた! これで……!)
豊雲の近くに倒れ込んだ。すぐに起き上がって、
「これで最後だ、豊雲おおおおおおおおおおおおおおおお!」
「無駄だ、緑祁! 死ねえええええええええええ!」
血で染めた札を、豊雲に押し付ける。対する豊雲は爪で攻撃。その大きく鋭い爪をかわし、緑祁の動きの方が速かった。
「ぐぶ、がああああああああああああああああああ!」
札が、豊雲に胴体に貼られた。
「終わりだ! これで! 本当に最後! うりゃあああああああああああああああああ!」
剥がれないように押し付ける。
「ぐ、ぐううううううう!」
焼けるような痛みが、豊雲に走った。
(ぐぶ、馬鹿な? この私がこんな……小僧に負ける、のかああああ! 負けるわけが、ないいいいい!)
そんな感情が、豊雲に更なる変化をもたらした。
ドシャン、という何かが落ちてくる音がした。
「何が、起きた……?」
驚く緑祁は周囲を確認。
「こ、これは!」
巨大な手が二つ、出現したのだ。
「見るがいい、緑祁! これが業葬賊の力だ! 除霊など不可能! そして限界なく自己進化を繰り返す! まさにこの世を支配するため生み出された存在だ!」
「そ、そんなことが……!」
手が動いた。緑祁はそれに反応できず、弾き飛ばされた。
「うぐわああああああ!」
しかも飛んだ先は、豊雲が業葬賊と融合する前に開いた穴。
「落ちろ! 緑祁!」
手で掴める物は何もない。
「うわあああ……!」
地面に打ち付けられても体は転がり、穴に落ちそうになる。何とか崖を手で掴めた。
「ま、マズい………!」
この指の力が尽きたら、落ちて死ぬ。そう実感させるには十分過ぎるのだ。
「往生際の悪いヤツだ。だがそれも、ここで終わる!」
何と豊雲は、震霊を応用して強引に自分の体を動かした。地面と共に前進するのだ。その振動が、緑祁の指をジワジワと動かしていく。
「ふふふ、ふふっはははははははは! 手一本で辛うじてこの世に繋ぎとめている命! 軽く薄く、儚いな! 潔く散るがいい!」
アーケロン型の幽霊に命じ、緑祁の指を弾き飛ばさせた。
「う、うわあっ!」
穴に落とされた緑祁。同時に絶望の淵にも突き落とされた。
(ま、負け……。僕が、死ぬ……? ここで豊雲を止められなくて…?)
体は満身創痍で、除霊用の札はもう使い切った。それでも豊雲を倒し切れなかった。
緑祁が最後に考えたこと。それは自分の死についてではない。
(ごめん、香恵……! 約束を、守れなかった……!)
謝罪の感情があった。
必ず帰ると約束した。でも、果たせなかった。それが香恵に対して申し訳なく思うのだ。
それだけではない。ここで緑祁が負ければ、豊雲には業葬賊の覚醒……明日までの猶予が生まれてしまう。そうなると、【神代】への攻撃が始まるだろう。霊障も除霊も通じない豊雲を止めることは、もう誰にもできなくなる。
「それでいいのか?」
ふと声が聞こえた。聞いたことがある女性の声だった。
「だ、誰……」
すぐには思い出せなかったが、それは並星久実子の声だ。
「わたくしたちの知っている貴方は、最後の最後まで諦めない人です。まだ、わたくしたちが残されているではないですか」
「ここで勝利して、香恵のところに帰る。それが今、あんたがするべきことだろう!」
「相手が強力な力を持っているのなら、それを利用すればいいんです。貴方ならそれは、得意でしょう?」
突然、緑祁の胸ポケットが光った。式神の札が、光っているのだ。
「そうか! [ライトニング]と[ダークネス]が、僕のことを!」
そして召喚される式神。緑祁は[ダークネス]の背中に乗れた。
「ありがとう、[ダークネス]、[ライトニング]! そうだね、諦めることだけは、してはいけないんだ! 最後の最後まで希望を繋げる! それが生きている者にこそ、できること!」
[ライトニング]と[ダークネス]は本来、人語を話せないタイプの式神だ。だがきっと、魂のレベルで緑祁に語り掛けたのだろう。だから思いも言葉も彼に通じたのだ。
[ダークネス]は緑祁を乗せて、穴から飛び出た。
「式神か……! 隠し持っていたな、緑祁! そして随分としぶとい! まだ、死にたくないと言うのか!」
「殺されてたまるか! 僕は香恵のところに帰るんだ!」
「フン! もう札がないだろう? それでどうやって、私に勝つつもりだ!」
豊雲の言う通り、緋寒からもらった札は全部使い切ってしまっている。しかし緑祁には、まだ希望がある。
([ライトニング]が……鹿子花織が僕に、教えてくれた! 豊雲の攻略方法を!)
豊雲と業葬賊は、強靭だ。だがそれを利用する。
「よろしい、緑祁! 式神ごと、砕け散るがいい! 望み通りここで確実に、息の根を止めてやろう!」
豊雲はけしかける。プレシオサウルス型の三本の首、アーケロン型の幽霊、そして巨大な手を。
「死ねぇいい!」
その時、緑祁は[ダークネス]の背中を蹴った。そして豊雲の頭の上に乗ったのだ。
「フハハハハハハハハハハ! それで避けたつもりか! 押し潰してやる!」
首が、幽霊が、手が迫りくる。豊雲は本気……確実に殺すつもりで、緑祁を攻撃した。
「今だ!」
対する緑祁は、足元で水蒸気爆発を使った。当然豊雲には通じないが、自分の体を吹っ飛ばすことはできた。そのまま、待機してくれていた[ダークネス]の背中に戻る。
一方の豊雲は、攻撃動作のキャンセルが間に合わない。自分の頭部を、自分で攻撃してしまったのだ。
「グッハハハハハハハ……………!」
勇ましく叫んでいるが、今までとは明らかに様子がおかしい。プレシオサウルス型の三本の首は根元から千切れ、アーケロン型の幽霊は甲羅にヒビが入って砕け散り、巨大な手も煙となって消滅した。そして豊雲本体にも、変化する様子がない。
「業葬賊の弱点は、自分自身だったんだ! 豊雲、そっちは自分で自分の体を攻撃した! それが、この幽霊を除霊する、唯一の方法だったんだ!」
ボロボロになりながらも、緑祁は勝負を諦めなかった。その結果、勝利を手にすることができたのだ。
「完璧なものなんて、この世にもあの世にもない! 絶対に弱点がある、そのはずなんだ!」
「それは、お前の願望か?」
「えっ……?」
「そう思い込んで、不可能を可能にし続けてきたのだな? 現実世界には、思い通りならないことは沢山ある。それをお前は、自分の都合の良い方に願うことで、逃避してきた!」
「違う! 僕は……」
「そういうことをしているから、他人を思いやるフリをして自分が正しいと思い込んでいるわけだ。優しさという甘い蜜で集めた仲間との友情ごっこは楽しいか?」
数秒黙る緑祁。しかしそれは、図星だからではない。
「楽しんでない……いや感じてすらいないよ、そんな見せかけの絆なんて。僕の仲間は、抜け殻じゃない、馬鹿にするな! 僕の優しさを、豊雲! そっちに貶せる資格はない!」
自分を強い方向に流すために、少しの間が必要だったのだ。
「ならば来るがいい! 私を倒して証明できるというのなら、な!」
「ああ、やってやる!」
吐き出される岩石を避ける緑祁。狙うはその、口の中だ。内部に札を貼り付けられれば、今度こそ除霊が可能かもしれない。
ここで、プレシオサウルス型の頭部がろくろ首のように伸びて緑祁に牙を向けた。
「っわわ!」
三本同時に、だ。
(一つにでも噛みつかれたら、お終いだ……! 捕まったら、三本の首が僕のことを引き千切る! でも、除霊するには前に進まないといけない!)
近寄る首に霊障を使ってみる。期待はしてなかったのだが、予想外に怯ませることだけはできた。
「ククク……! 今ので勝ったつもりにならないことだな、緑祁! 諦めて、死ね! 私を倒すことなど不可能! 【神代】の全てを破壊し一から作り直す! これは決定事項なのだ!」
「その邪悪な欲望を、叩き割ってやる!」
生み出した者がいる以上、必ず除霊できるはずだと緑祁は考える。その除霊のための札も手元にある。
(危険だけど、やっぱり近づかないといけない!)
弱気になりそうな心を、何度も強い方向に流す。それが勇気となって、前へ前へ進める。
「甘いな!」
しかしその勇敢さをあざ笑うかのように、豊雲が攻撃。鞭のようにしなり伸びる三本の頭が進路を邪魔し、さらに岩石を吐き出して飛ばす。
「難しい問題だ、これは! でも!」
諦めない心が、この複雑な方程式の解を導き出す。
「うりゃあああああ!」
ジャンプし、プレシオサウルス型の首に掴みかかる緑祁。
「ほほう? 自分から向かって来るとはな……。もう、やけになったか?」
「そう思うなら、やってみればいいさ!」
もちろん、残る二本の首が緑祁のことを食い千切ろうと迫る。だがこの首には、霊障が効き怯ませることができる。すかさず鬼火を使って、自分の体に噛みつかせない。
「ならば……こうしてやろう!」
その首にしがみついている緑祁を、豊雲は自分のところに引き寄せる。首を手元に戻すのだ。モササウルス型の巨大な顔で、噛み砕くつもりなのだろう。
「その諦めの悪さとともに、バラバラに砕け散れ!」
今、片方の頭が上を向き、緑祁に牙が迫った。
「今しかない!」
この瞬間、緑祁は除霊の札を手放した。ひらひらと落ちるそれは、豊雲が開いた口の中に吸い込まれる。
(内部からの除霊なら、倒せるはず!)
直後、
「うぐううううおおおおおおおおおおあああああああああああ!」
すごい音量の悲鳴が、豊雲から発せられた。動きが止まり、開いた口が塞がっていない。緑祁は首から地面に飛び降り、鍾乳石の後ろに回り込んで様子を伺う。
「どうだ?」
淡い希望を抱きながら見ていると、
「う、ぐええええええろろろろろろろ!」
豊雲は札を飲み込んだ口から何かを吐き出した。それは軽自動車くらいの大きさのアーケロン型の幽霊だ。
(まだ、駄目なのか……! 内部からの除霊すら、受け付けない?)
吐き出した後の豊雲の様子は、元気を取り戻しているように見える。
「くくく! どこに逃げた、緑祁? 結局、札を私の体内に入れても平気だ。寧ろ私は、手下を生み出せたのだぞ!」
除霊するたび、状況が悪くなっている気がする。緑祁が持つ札は一枚ずつ減っているのに、豊雲の体は変化を続けているのだ。
アーケロン型の幽霊が、頭と手足と尻尾を甲羅に収納し、回転して移動した。
「はっ!」
それが鍾乳石を迂回して、緑祁の目の前に滑り込む。
「た、台風で、どうだ!」
鉄砲水を乗せた旋風を放った。
「ぬう!」
回転しながら、台風を避けられた。そのまま甲羅が緑祁にぶつかる。
「うわっ!」
衝撃で吹っ飛ぶ緑祁の体。地面に叩きつけられた。
(凄い痛みだ、どこかの骨が折れた? でも、怯んでいられない! 立ち上がらないといけないんだ!)
気合で自分の体を起こす。まだアーケロン型の幽霊は回っていて、緑祁に再び迫った。
「こっちだ!」
その攻撃を利用するのだ。回転しながらの移動は、器用なものではない。だからある程度誘導できる。もちろんプレシオサウルス型の三本の首と豊雲が飛ばす岩石にも気をつける。
今、大きな鍾乳石を折らせた。それが地面に落ちる前に、
「霊障合体・水蒸気爆発!」
爆風を起こして、豊雲にぶつけるのだ。鍾乳石が飛んだ。この岩石は霊障で作ったわけではないので、効くかもしれない。
「効かぬな!」
口から吐き出される岩石が、緑祁が飛ばした鍾乳石を弾いた。
(これも駄目か! もう、どうすれば……!)
この時緑祁の動作は少し止まっており、その隙を突いてアーケロン型の幽霊が彼を突き飛ばす。
「くっ! ぐうう!」
地面に転がっている石のせいで、手の甲がパックリと切れてしまった。血が、ドバっと流れ出る。
「うう、い、痛い! これは深い傷だ……手の甲の脈が切れてしまったのか?」
あっという間に、手が真っ赤に染まる。だがここで彼は、
(そう言えば、豊雲は言っていた。業葬賊には生者のエネルギーを注ぎ込んでいる、って! 同じことを除霊用の札にすればいいのでは?)
札には予め、除霊の念が込められている。それに緑祁自身の霊力をプラスするのだ。そうすれば、業葬賊に決定打を与えられるかもしれない。今、彼の手は血で染まっている。これなら札を赤く塗るだけで手っ取り早い。
「墓穴を掘ったぞ、豊雲! 今から除霊し、助け出す!」
最後の一枚。その札を取り出し、血で染める。この時に緑祁は自分の霊気を加える。
「無駄だな! お前の死は確定している! もう足掻くことすら、難しいのではないのかね?」
「僕の心配は無用さ……!」
確かに傷ついた状態での足取りは重い。だが緑祁は一気に豊雲に迫る方法を編み出した。
「うおおおおあああああああ!」
それは、自分に向かって来るアーケロン型の幽霊に突っ込むことだ。当然、弾き飛ばされる緑祁。しかし、
(凄い痛い、激痛だ! でも! 豊雲に近づけた! これで……!)
豊雲の近くに倒れ込んだ。すぐに起き上がって、
「これで最後だ、豊雲おおおおおおおおおおおおおおおお!」
「無駄だ、緑祁! 死ねえええええええええええ!」
血で染めた札を、豊雲に押し付ける。対する豊雲は爪で攻撃。その大きく鋭い爪をかわし、緑祁の動きの方が速かった。
「ぐぶ、がああああああああああああああああああ!」
札が、豊雲に胴体に貼られた。
「終わりだ! これで! 本当に最後! うりゃあああああああああああああああああ!」
剥がれないように押し付ける。
「ぐ、ぐううううううう!」
焼けるような痛みが、豊雲に走った。
(ぐぶ、馬鹿な? この私がこんな……小僧に負ける、のかああああ! 負けるわけが、ないいいいい!)
そんな感情が、豊雲に更なる変化をもたらした。
ドシャン、という何かが落ちてくる音がした。
「何が、起きた……?」
驚く緑祁は周囲を確認。
「こ、これは!」
巨大な手が二つ、出現したのだ。
「見るがいい、緑祁! これが業葬賊の力だ! 除霊など不可能! そして限界なく自己進化を繰り返す! まさにこの世を支配するため生み出された存在だ!」
「そ、そんなことが……!」
手が動いた。緑祁はそれに反応できず、弾き飛ばされた。
「うぐわああああああ!」
しかも飛んだ先は、豊雲が業葬賊と融合する前に開いた穴。
「落ちろ! 緑祁!」
手で掴める物は何もない。
「うわあああ……!」
地面に打ち付けられても体は転がり、穴に落ちそうになる。何とか崖を手で掴めた。
「ま、マズい………!」
この指の力が尽きたら、落ちて死ぬ。そう実感させるには十分過ぎるのだ。
「往生際の悪いヤツだ。だがそれも、ここで終わる!」
何と豊雲は、震霊を応用して強引に自分の体を動かした。地面と共に前進するのだ。その振動が、緑祁の指をジワジワと動かしていく。
「ふふふ、ふふっはははははははは! 手一本で辛うじてこの世に繋ぎとめている命! 軽く薄く、儚いな! 潔く散るがいい!」
アーケロン型の幽霊に命じ、緑祁の指を弾き飛ばさせた。
「う、うわあっ!」
穴に落とされた緑祁。同時に絶望の淵にも突き落とされた。
(ま、負け……。僕が、死ぬ……? ここで豊雲を止められなくて…?)
体は満身創痍で、除霊用の札はもう使い切った。それでも豊雲を倒し切れなかった。
緑祁が最後に考えたこと。それは自分の死についてではない。
(ごめん、香恵……! 約束を、守れなかった……!)
謝罪の感情があった。
必ず帰ると約束した。でも、果たせなかった。それが香恵に対して申し訳なく思うのだ。
それだけではない。ここで緑祁が負ければ、豊雲には業葬賊の覚醒……明日までの猶予が生まれてしまう。そうなると、【神代】への攻撃が始まるだろう。霊障も除霊も通じない豊雲を止めることは、もう誰にもできなくなる。
「それでいいのか?」
ふと声が聞こえた。聞いたことがある女性の声だった。
「だ、誰……」
すぐには思い出せなかったが、それは並星久実子の声だ。
「わたくしたちの知っている貴方は、最後の最後まで諦めない人です。まだ、わたくしたちが残されているではないですか」
「ここで勝利して、香恵のところに帰る。それが今、あんたがするべきことだろう!」
「相手が強力な力を持っているのなら、それを利用すればいいんです。貴方ならそれは、得意でしょう?」
突然、緑祁の胸ポケットが光った。式神の札が、光っているのだ。
「そうか! [ライトニング]と[ダークネス]が、僕のことを!」
そして召喚される式神。緑祁は[ダークネス]の背中に乗れた。
「ありがとう、[ダークネス]、[ライトニング]! そうだね、諦めることだけは、してはいけないんだ! 最後の最後まで希望を繋げる! それが生きている者にこそ、できること!」
[ライトニング]と[ダークネス]は本来、人語を話せないタイプの式神だ。だがきっと、魂のレベルで緑祁に語り掛けたのだろう。だから思いも言葉も彼に通じたのだ。
[ダークネス]は緑祁を乗せて、穴から飛び出た。
「式神か……! 隠し持っていたな、緑祁! そして随分としぶとい! まだ、死にたくないと言うのか!」
「殺されてたまるか! 僕は香恵のところに帰るんだ!」
「フン! もう札がないだろう? それでどうやって、私に勝つつもりだ!」
豊雲の言う通り、緋寒からもらった札は全部使い切ってしまっている。しかし緑祁には、まだ希望がある。
([ライトニング]が……鹿子花織が僕に、教えてくれた! 豊雲の攻略方法を!)
豊雲と業葬賊は、強靭だ。だがそれを利用する。
「よろしい、緑祁! 式神ごと、砕け散るがいい! 望み通りここで確実に、息の根を止めてやろう!」
豊雲はけしかける。プレシオサウルス型の三本の首、アーケロン型の幽霊、そして巨大な手を。
「死ねぇいい!」
その時、緑祁は[ダークネス]の背中を蹴った。そして豊雲の頭の上に乗ったのだ。
「フハハハハハハハハハハ! それで避けたつもりか! 押し潰してやる!」
首が、幽霊が、手が迫りくる。豊雲は本気……確実に殺すつもりで、緑祁を攻撃した。
「今だ!」
対する緑祁は、足元で水蒸気爆発を使った。当然豊雲には通じないが、自分の体を吹っ飛ばすことはできた。そのまま、待機してくれていた[ダークネス]の背中に戻る。
一方の豊雲は、攻撃動作のキャンセルが間に合わない。自分の頭部を、自分で攻撃してしまったのだ。
「グッハハハハハハハ……………!」
勇ましく叫んでいるが、今までとは明らかに様子がおかしい。プレシオサウルス型の三本の首は根元から千切れ、アーケロン型の幽霊は甲羅にヒビが入って砕け散り、巨大な手も煙となって消滅した。そして豊雲本体にも、変化する様子がない。
「業葬賊の弱点は、自分自身だったんだ! 豊雲、そっちは自分で自分の体を攻撃した! それが、この幽霊を除霊する、唯一の方法だったんだ!」
ボロボロになりながらも、緑祁は勝負を諦めなかった。その結果、勝利を手にすることができたのだ。