第3話 屈辱の雪解け その2

文字数 2,819文字

 辻神の握るドライバーは小岩井紫電の持つダウジングロッドと同様に、グリップの部分に乾電池が仕込んであり、そこから電気を確保して電霊放を撃てる仕組みとなっている。

(もしもあの彼……データベースによれば辻神って言ったっけ? 彼の操る霊障が電霊放だけなら、戦えば僕の方が有利なはず!)

 無意識にそう考える。紫電は電霊放のエキスパートであり、そんな彼と競戦……競い合う戦いを行った緑祁は電霊放の対処には慣れている。

(当たらないのが一番いいんだ。今も避けれた! だから負けることはないはず……)

 香恵のことを近くに停まっている車の後ろに隠して、緑祁は三人の前に出て来ようとした。しかし、足に何かが躓いて転んだ。

「うわっ!」

 地面に落ちる際に足元を見た。アスファルトが一部隆起している。さっきまではそんな出っ張りはなかったはずなのに、である。

「助かるぞ、山姫。って、また寝てしまっているのか」

 立ったまま眠るという器用なのか不器用なのかわからないことをしている山姫。彭侯に叩かれ起きると、

「大丈夫だヨ! ちゃんと状況は把握しているワ!」
「ならばよし。山姫、おまえは私と一緒にこの小僧を潰す。彭侯、おまえは一緒にいた女の方を頼むぞ」
「任せろ!」

 既に戦いは始まっている。

(香恵には絶対に手を出させない!)

 緑祁の意識はそれで一杯だ。だからまずは目の前に立ちふさがる、辻神と山姫を倒す。

「先に聞いておこう。名前は何という、おまえ?」
「永露、緑祁……」
「緑祁? そう言えば聞いたことがある名だ。でもどこだったかな」
「多分、天王寺修練の事件の人だヨ辻神。確かそういう名前だったはずだワ」
「ああ、そうか。【神代】において名前を上げ、随分と出世したらしいな。だが、この一件に関りを持とうとしたことは間違いだった。地獄で後悔していろ!」

 ドライバーの先を緑祁に向ける。また電霊放を撃つつもりなのだ。

(あの先端が光る前に立ち上がって逃げないと!)

 手を地面につけて力を込める。だが何と、その手先の地面だけが器用に陥没したのだ。

「ええ、どういう……まさか!」

 そのまさかである。この時の緑祁は知らなかったが、これは礫岩という霊障だ。山姫が使っているのだ。地面を陥没させたり隆起させたりは、彼女の思うまま。例えそれが、アスファルトやコンクリートで覆われていても。
 立ち上がることはできずに緑祁は、辻神の放った電霊放をくらう。

「うう、ぐっ!」

 しかし一発ではへこたれない。これには辻神も驚いた。

「意外だな? 耐えられるとは」
「ぼくに任せてヨ辻神!」
「いいや待て。尋問はできる時にしておきたい」

 辻神と山姫にとっては、緑祁たち……【神代】がどの程度計画を察知しているのかが気になるところだ。だから聞き出したいのだろう。

「喋れば少しだけ寿命をやる。言え。【神代】はどこまで掴んでいる? どこまで知っている? どこで勘付いた?」

 逃げようにも、自由に動けない。だから緑祁は問いかけに答える。

「……青森に迷霊が現れた。それは怨霊の中にいたんだ。僕はそれと遭遇して、そのことを【神代】に報告する。ただそれだけの役目だ……」

 すると、

「つまりは、まだ何もわかっていないというわけだな? 私たちに辿り着けたのは偶然の産物に過ぎない」

 ならばどうするか。答えは一つだけだ。

「二人とも、ここで死んでもらう。おまえたちの息の根さえ断ち切れば、私たちの計画が【神代】にバレることはない!」

 どうやら香恵も彭侯に捕まってしまったらしく、緑祁の目の前に跪かせられた。

「か、香恵……」
「大丈夫よ、緑祁。怪我はしてないわ。でも……」

 絶望的な状況に変わりはない。

「でもやるって、誰が? オレか、辻神?」
「いいや、私が行う」

 予備用のドライバーを取り出した。もちろん取っ手に電池が組み込まれているヤツだ。それを緑祁目掛けて投げる。
 だが、それは弾かれた。

「な、何!」

 それは突如緑祁と香恵の前に現れた、幻獣のような姿。式神だ。[ライトニング]と[ダークネス]を、緑祁が今召喚したのである。

(切り札は最後まで取っておけってよく言うよ。でもいつが最後になるかは、当人でもわからないじゃないか! とにかく僕は今を最後にしたくない! だから呼び出したんだ)

 式神の登場までは流石の辻神も想定しておらず、三人は後ろに下がった。そのうちに香恵は緑祁の腕を引っ張って彼を立たせた。

「ありがとう」
「お礼はこれが終わったらにして! 今は彼らをどうにか……【神代】の応援がここまで来るから、それまでの辛抱よ」
「わたった。[ライトニング]、[ダークネス]! その三人を捕まえるんだ! 気絶する程度の攻撃を!」

 頷いて答える二体の式神。

「ど、どうするんだ辻神…? こんなの聞いてないぞ?」
「彭侯、何も焦ることはない。式神も幽霊と同じだ、倒せる。大事なのは怖気づかないことだけ」

 それを体現するかのように辻神は前に出て、ドライバーを振った。[ライトニング]が振り上げた蹄を、電気を帯びたドライバーでさばいたのである。

「力は強い。だがそれだけ……」

 しかし式神には、チカラがある。[ライトニング]のそれは精霊光。解き放たれた光の球体を、辻神は脊髄反射よりも早く反応して避ける。彼の後ろに停まっていた軽自動車がひしゃげるほどの威力だ。

(このチカラは危険だな。こういう場合は、あの緑祁が持っている札を狙うのが一番手っ取り早い)

 瞬時に見抜き、山姫に耳打ちして彼女を起こす。

「私が囮になる。その間におまえが、緑祁が持っているはずの札を壊せ」
「わかったワ!」

 隣にいる彭侯はというと、[ダークネス]に苦戦している。

「くっそーこの式神! 何もない空間から攻撃してきやがる! どうなってんだ、一体これは! 超能力を使う式神でもいるのか、あああ?」

[ダークネス]の堕天闇は、日が落ちたこの時間帯では目視するのは難しい。

「もういい彭侯! その式神の相手も私が行う! おまえは山姫と一緒に、緑祁本体を叩け」
「了解だ。アンタも気をつけろ、辻神! この式神、マジで意味不明だ!」

 辻神は二体の式神に電霊放を撃ちこんだ。しかし致命傷どころか、傷をつけられるほどの威力すらない一撃だ。

(だがこれでいい。今の一撃で二体の注意は私に向いた。ここからは囮を演じるだけだ)

 次の電霊放は、もうめちゃくちゃな方向に乱射しまくる。それを[ライトニング]と[ダークネス]は羽ばたいて飛び、避ける。式神の気を引きためにも辻神は、少しはねらって電霊放を撃ったり、ポケットの中の電池を投げたりした。

「さあて。緑祁ぇえええ? オレと山姫が相手だぜ? 逃がさないぜ、言っとくが!」

 これに対し緑祁は、

「逃げないよ、僕は!」

 と叫んだ。

「おお?」
「たとえ目の前の困難が山より高く海より深くても! 人はいつかは立ち向かわないといけないんだ! 逃げるだけの人間に、明日の朝日は昇らない!」
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