第20話 葬送の鎮魂曲 その3

文字数 5,028文字

「待ってください、富嶽さん!」

 ここで緑祁が居ても立っても居られずに声を出した。

「お前、静かにしていろ! 今、富嶽様が……!」
「黙れ。緑祁、何か知っているのか?」

 側近の制止を逆に無視し、富嶽は緑祁を指名した。彼としては、二年間口を割らなかった修練から聞き出すよりも、知っているのなら緑祁から話してもらえた方が効率が良い。

「僕は、知りました。修練の望み、その全てを」

 チラリと今、緑祁は修練の方を見た。目が合ったその時、修練の目は否定的ではなかった。ならば自分が喋っても良いということだ。

「彼はただ、謝りたかっただけなんです。山添智華子さんに!」
「誰、それは?」

 比叡山絹子が【神代】のデータベースにアクセスするが、情報がない。

「修練が愛した女性です。霊能力者ではない、一般の人。その人は修練の悪気のない行動のせいで亡くなられた。そのことを謝りたい……それだけです」

 会議室がどよめく。今緑祁が説明した情報など、どこにもない。

「本当か、緑祁?」
「全て、修練から聞きました」

 この場にいるみんなを説得するには、今しかない。緑祁はそれを悟り、一気に話のかじ取りを自分に向ける。

「修練は、実は優しい人です。そして愛のために生きた人です。僕は感じました。彼の心は、どす黒いわけではないんです! 立ち止まることができる人なんです! 自分の犯した罪と向き合って、反省できる人なんです! 皐のように気に入らない人に八つ当たりしたり、蛭児のように自分の目的のために誰かを騙して利用したり、そういうことは選ばない人!」

 だから、

「修練は僕の仲間です! 僕は修練のことを守ります。わかり合える人だからこそ、僕は宣言します!」

 前置きをした上で、そこからさらに深く話す。

「謝りたいという意志があるからこそ、智華子さんを蘇らせて頭を下げたかった! 修練の目的はその一つしかありません。しかし『帰』は、【神代】では禁じられています。だから、自分が合法的に謝罪するために、【神代】の体制を変えようとしただけです。それ自体は悪いことかもしれません。でも、謝りたいという思いが間違っているとは、僕は思えません!」

 一旦、緑祁は呼吸するために口を止めた。すると富嶽は、

「緑祁、何が貴様の望みだ?」

 と尋ねてきた。

「修練に処刑命令が下されていることは知っています。それを解除して欲しいんです! どんなに時間がかかってもいい! 修練はやり直せるはずです! 処罰をできるだけ軽くして、更正に努めさせてください! 僕は修練に、もっと長く生きて欲しい! 生きて罪と向き合って、自分ができることを探し、正しい道を選んで進んで欲しいんです! それが、それこそが修練の贖罪なんです! わかり合うということなんです!」

 これ以上ないほど、修練のことだけを考えた緑祁の望み。心に抱える思いを全て、富嶽にぶつけたつもりだ。

「………そうか、緑祁、貴様の思いはわかった」

 富嶽のその返事を聞き、一瞬ホッとした緑祁だったが、

「しかしだ。だからと言って、罪を軽くするわけにはいかん」

 理解した上で、緑祁の望みを跳ねのける。富嶽も個人的な感情でそうしているわけではない。【神代】や社会に与えた被害は甚大だ。犯人が反省すると言えば、全てなかったことにできるのか? 傷ついた人のことを無視して、修練のことを許していいわけがない。

「で、ですが……! 富嶽さん! 辻神たちの時は」
「あの時は、辻神たち三人は【神代】に大きな被害は出しておらんかった。未然に防げたからこそ、罰を軽くできた。ちょうど禁霊術も失敗に終わったしな」
「で、でも……僕の時だって!」
「貴様の時は、貴様を信じる者たちに賭けただけだ。そして真犯人が別にいたからこそ、貴様には奉仕で済ませられた」

 辻神や緑祁の時とは、状況がまるで違うのだ。だから【神代】も、罰を軽くできない。

(緑祁……。私にも、何もできそうにない……)

 この裁判の午後の部にも辻神は満とともに参加していたが、緑祁の擁護ができなかった。辻神だけじゃない。緑祁の言葉を聞いた彼と交流を持つ人たちが、助け船を出したいと思っている。しかし同時に、修練を裁くべきとも。

「修練のことを信じてください! 富嶽さん!」
「…………それだけはできないのだ、緑祁。【神代】として、修練を裁かねばいかん」

 ただそれだけを富嶽は言う。緑祁は涙を溢した。誰もわかってくれなかった。富嶽ですら、合理的な判断を優先させたのだ。

「土方範造に出した処刑命令がまだ生きておる。彼にやらせよ」

 その後緑祁はずっと項垂れていて、裁判の内容は全然耳に入っていない。気が付いたら今日の分は終わっていた。


 明日、具体的な処罰が発表される。夜に緑祁は自分の病室から出て、ある部屋に向かう。そこは修練が入れられている部屋で、廊下に緋寒と朱雀が立って見張っている。

「ちょっと、話せるかい?」
「ドア越しなら。開けることは絶対にできん!」
「それでいいよ」

 許可を得て緑祁はノックした。

「修練、聞こえるかい?」

 数秒後に返事が来る。

「緑祁か。どうしたんだ、こんな夜中に?」

 簡単だ。

「ごめんなさい、修練! 僕は、僕は……! 修練のことを守ると決めたのに! 守れなかった………! 何も言い返せなかった……! 誰もわかってくれなかった……」

 謝りに来たのだ。約束したにもかかわらず、何もできなかったことを詫びに来た。廊下の床に手をついて、泣きながらも何度も、

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 と叫ぶ。それに対し修練は、

「君が謝る必要はない。何の責任も、君にはないのだから」

 きっと【神代】は、修練のことを処刑するだろう。彼の責任のある死をもって、事件解決となるのだ。それは言い換えれば修練が死ななければ、一件落着と行かないということ。もう彼の命は守れない。
 それが、たまらなく悔しい。だから涙がボロボロと目から床に流れ落ちる。そんな緑祁の様子を察した修練は、

「もしも私が君の立場なら、胸を張る。事件を解決できたことを、誇る。だから泣くな、緑祁。私のことを守ろうとした君の思いはとても温かくありがたかった。もうそれでいいんだ。これ以上を望めば、君が無意味に傷つくだけ。自分の心を守ることと、他のことを天秤にかけてはいけない」

 修練は、約束を守らなかったことを責めなかった。そんな優しさがまた、緑祁の心に涙を流させた。

(もういっそのこと、怒鳴りつけてくれてもいいのに……! まるで僕には何も責任がないみたいに、言わないでくれ……!)

 最後の最後でわかり合えた修練。なのに緑祁は彼を守れず、ただ刑の執行を待っているしかない。心臓が引き裂かれたかのような虚しさが全身に伝わる。

「一言、僕のせいだと言ってくれ……! 僕がちゃんと擁護できなかったから、誰も説得できなかったんだ……。修練が死ぬのは、僕の落ち度だ……」
「それは違うぞ、緑祁。みんなわかっている。責任があるのは私だけだ。緑祁は【神代】のために働き動いた。【神代】を社会を守ってみせたじゃないか? どこに君の落ち度があるんだい? 正義は君の方だ、君の方が正しいから、私に勝てたんだ。そして悪である私は裁かれて消える。人間の歴史と同じことが繰り返されるだけだ」

 違う、と緑祁は感じた。修練を守れない自分のどこに正義があるのか。でも呟けなかった。嗚咽が止まらないからでもあるし、自分の気持ちをどう表現すれば良いのかわからないからでもある。

(これ以上緑祁に苦しい思いをさせたくはない)

 そう判断した修練は逆にドアの内側からノックし、緋寒と朱雀を呼んだ。

「何じゃ?」
「緑祁のことを自分の部屋に連れて行ってやってくれないか? 私は最後まで一人でいい」
「……了解じゃ。緋寒、頼んだぞ」
「ま、待ってくれ修練……! まだ……」

 床に手を突いている緑祁を無理矢理立たせると緋寒は、そのまま彼のことを引っ張った。その時に緑祁はただ、

「修練……! もっと話をさせてくれ……! まだ、何か手があるはずだ……! 修練の命と未来を守るためにも………!」

 それができないことであることは、他でもない修練が一番よくわかっている。

(これでいいんだ、緑祁……。私のことを気に病む必要はない。私を切り捨て、君は前に進め……)

 だからこそ、彼なりに緑祁の背中を押して前に進ませた。彼が拒もうとするのなら、無理矢理にでも。それが生き残る者の宿命だからだ。


 緑祁が一通り泣き止んで落ち着くまで、緋寒は廊下の椅子に彼を座らせ見守っていた。

「もう、大丈夫?」
「うん……」

 本当は、凄く嫌な気分だ。でももうどうしようもない。修練の命は守れない。わかってくれなかったと彼は感じたが、本当はみんな緑祁の言い分もわかるのだろう。許すことで前に進むことができる。それはいい。しかし緑祁だけが許したところで罪が消えるわけでも、被害を受けた人の流した涙や血が戻ってくるわけでもない。

「じゃ、戻っておくれ。遅くなると香恵も心配するじゃろ?」

 緑祁は緋寒から借りたハンカチで涙を拭き取り、彼女に返した。そしてそのネガティブな心持ちのまま自分の部屋に戻る。

「緑祁、お帰りなさい」

 笑顔で迎え入れてくれる香恵。しかし今の緑祁はそれでは満たされない。完全に心が折れている状態……一生このままかもしれないという雰囲気だ。
 だが香恵は、

「ねえ緑祁? これについて話を聞かせてもらえる? そちらの方が詳しいでしょう? それにこれなら、修練を救えるかもしれないわ」
「え、これ……?」

 そんな緑祁を元気づける物……修練を助ける残された唯一の方法を見つけ出し、タブレット端末に表示していた。


 次の朝の裁判では、昨日できなかったことも行う。洋次たちの処遇についてだ。最初は修練たちに力こそ貸したが、途中で裏切られて【神代】の方についたために、微妙な立ち位置にいる。今ここで審議しハッキリさせるのである。

「【神代】に歯向かうのは、二度目か……」

 呆れたように富嶽は呟く。しかし最初……去年の四月の件に関しては、もう責任の追及は終了している。それとは完全に切り離し、今回の件だけに集中する。

「信用していたのは事実です。だからこそ、結託しました」

 洋次は富嶽に聞かれたことに正直に答えた。保身に走る気は一切ない。彼だって悪意を持って【神代】を攻撃した。
 だが、まさか捨て駒にされるとは思ってもみなかった。

「だから反転し、【神代】に味方をした。間違いはないな?」
「はい。それがケジメのつけ方かと思いました」

 結も答える。それに、

「最初から裏切るつもりだったかもしれません。そんなの許せますか!」

 少し怒り気味の秀一郎。

「一番理想的だったのは……」

 三人の言い分を聞き終えた富嶽が、寛輔のことを見て、

「寛輔の密告で緑祁たちが動き、強襲を防げた場合だった。しかしそれは上手くいかなかった。ただ……」

 あの時あの場に、緑祁たちがいた。だから脱獄した者の数は最小限に抑えられたとも考えられる。

「そんなに重い罪には問えないであろうな……」

 精神病棟への攻撃は、絶対に間違った行いだ。しかしこの四人は反省している。顔色や声の調子からも、罪の意識がわかるのだ。

「前回と同じく、奉仕に努めよ。それができるか?」
「はい」
「わかりました」
「了解です」
「文句はありません」

 それぞれ処遇をきちんと受け止めているようだ。
 裁判はこれで終わってもいい。しかし富嶽は、

「さて……。緑祁、貴様何か言いたいことあるであろう?」

 見抜いていた。会議室中の視線が一気に緑祁に向いた。彼の表情は昨日とはもう違う。

「これを見てください」

 そう言ってカバンからクリアファイルを取り出し、その中身を見せた。プリントアウトされた一枚の、カラーの紙だ。昨晩に香恵に見せてもらい、朝一番に印刷しておいた。

「ほう? それは……ムカサリ絵馬のようだが」

 富嶽の言う通りだ。
 ムカサリ絵馬とは、未婚の死者を供養するための風習の一つだ。地方によっては、未婚の男性の霊が悪霊となり、現世に害を及ぼすという考え方がある。それを防ぐための処置。大抵の場合は死んだ男性と架空の女性による冥婚だが、極まれに生きている女性があてがわれてしまうことがある。

「おいおい、それってつまり……」

 まず重之助が呟いた。いいや彼だけではなく、この場にいる【神代】の関係者なら誰でも気づく。
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