第6話 侵犯の青い汚染 その3
文字数 3,980文字
「毒厄に侵された緑祁がどうして無事だったのか、考えるはできないのかしら?」
「んだと…!」
思えば不自然だ。彭侯は毒厄を解いた記憶はないので、あの晩に緑祁は死んでいないとおかしい。たとえ医療機関に駆け込めても、症状は続いているはずなのだ。
その答えが、香恵である。
「そうかこの女、薬束を持っているな! 毒厄を唯一解毒できる霊障! そうでなければ説明ができない!」
薬束を使えば、毒厄の悪影響は受けない。発病する前に体の異常を治せるからだ。
「クッソー! この女が緑祁の切り札だったか! 毒厄が効かない体で、オレを襲うつもりなのか!」
しかしそうではない。香恵は緑祁がいる木の元に歩み寄り、
「緑祁! 私がいれば汚染濁流は無視できるわ! 降りてきて一緒に戦おう!」
と勇気ある声をかけた。
「わたったよ!」
それに応じ、木から降りる緑祁。着地する時に水が跳ねて首にかかったが、何ともない。香恵が緑祁の背中を触っているから、薬束のおかげで毒厄を無効化できているのだ。
彭侯が作ったフィールドは、香恵によって無意味と化した。形勢が逆転した。
「………とでも本気で思っているか、緑祁? 女の子侍らせながら戦うのかよ? かっこ悪いんじゃないのか?」
これはあからさまな挑発だ。そして香恵がいると汚染濁流が意味を成さなくなることを遠回しに言っているようなもの。
「彭侯! そっちはそう思うかもしれない。でもね、香恵は僕の心強い味方だ! 一緒に戦う意思も見せてくれた! 香恵の勇気を、そっちが悪く言う権利はないよ!」
「……チッ!」
だがこれは危険でもある。まず香恵が使える霊障は慰療と薬束のみで、攻撃できるものではないから回復専門となる。そして攻撃手段がないということは、防御する術を持たないのと同じ。
(もし香恵を狙われたら、僕も終わりだ……。だから香恵のことを守りながら戦うことになる! 彭侯に一歩遅れる………)
そして常に薬束を使ってもらうためにも、緑祁は体の一部を香恵と接させていないといけないのだ。
(大丈夫だろうか、香恵……)
心配そうな緑祁とは裏腹に、彼女の方はもう覚悟を決めている。
「足を引っ張ることはしないわ、緑祁。安心して」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
緑祁は一歩前に出た。対する彭侯は一歩下がる。
(これはマズいぞ……。控え目に言ってもヤバい!)
汚染濁流が通じない。仮に彼の毒厄がもっと驚異的な威力であったとしても、薬束の前では意味がない。
(オレに残された手は、鉄砲水だけだ……。だが緑祁のヤロウは、鬼火と鉄砲水、旋風を使える……。その三つを突破したとしても、式神の存在が待っている!)
勝ち目が遠退いたのを彼は感じたのだ。だからもう一歩、後ろに下がる。
「さあ一気にケリをつけるよ、彭侯!」
香恵を狙われる危険性を考えると、長引かせるのは得策ではない。そう判断した緑祁はもう勝負を仕掛ける。
「来やがるか、このヤロウ!」
もう毒厄に霊力を割くのは無駄なことなので、彭侯は鉄砲水にのみ集中した。
(オレの鉄砲水の方が、緑祁のそれよりも優れている自信がある! 簡単には負けないぞオレは!)
指先から鉄砲水を撃ち出した。狙いは緑祁の目。一瞬でもそれを潰せば、次の行動に移りやすくなる。
しかし緑祁は鬼火を出してこれを防御。
「今度は僕から行くよ?」
緑祁の霊障は、台風だ。旋風に鉄砲水を乗せて解き放つ。弾丸のように打ち付ける水の粒が、彭侯に迫りくる。
「させないぜ、緑祁ぇ! 香恵ぇ!」
だがここで、作ってあった水溜りが役に立った。水の壁が地面から生み出されると、それが台風を遮ったのだ。
(よし、いいぜ! 同じ鉄砲水でもオレの方が上だ! これでわかった!)
それを利用しない手はない。
「おい緑祁! アンタも男なら一つ、オレと勝負しろ!」
叫んだ。彼の提案する勝負というのは、
「鉄砲水の撃ち合いだ! それで全てを決める! いいな!」
とても無理のある提案だ。だが緑祁は、
「……いいよ!」
と、それに乗ったのだ。
お互いの距離は、十メートル程度。緑祁も彭侯も地に足を着け踏ん張って、片手を突き出してそのひらから鉄砲水を撃ち出す。
水と水が激しくぶつかり合う。
(押し合いなら、オレの方が有利だ! 緑祁め、それをわかってない! それがアンタの命取りだぜ!)
徐々に競り勝つ彭侯の鉄砲水。だが、
「確かに鉄砲水は、そっちの方が強いね彭侯! でも僕は、これだけに全てを賭けたりはしない!」
不意に風が吹き、彭侯の髪の毛を揺らした。
「な……! 旋風? だ、だが! オレの鉄砲水が負けるはずが……」
しかし彼の予想とは違うことが起き始めていたのだ。
なんと、押し負け始めた。
(馬鹿な? 他の霊障を使っている緑祁が鉄砲水に集中できるはずがない! それに旋風を使ったとしても、オレを越えるなんてことが起きるはずは……)
実はこれは、彼の思い違いだ。風は自然に吹いただけのもの。でも彭侯が負け始めているのは事実。
改めて彼は緑祁のことを見る。緑祁の真後ろには香恵がおり、緑祁の突き出した腕に手を添えているのだ。
「ふ、ふ、二人分だとおおおお!」
鉄砲水を使うことはできない香恵ではあるが、霊力を誰かに貸し与えることは可能。この場合では緑祁に分け与えることで、彼の力を激増させたのである。
押し合いを制したのは緑祁だった。彭侯は鉄砲水に押し出され、体が吹っ飛んだ。
(だが、まだ神様もオレを見捨ててはいない! こっちの方向に吹っ飛んだのは幸運だった! 海だ! 海に落ちれば……)
転げる体は、陸から落ちようとしている。海に入れさえすれば、形勢をもう一度ひっくり返すことは可能。鉄砲水の場合は海の水を操ることはできないが、フィールドを海上に移せばかなり彭侯に有利となる。
だが、
「危ない!」
緑祁は飛んだ。旋風に乗って前に出て、彭侯の手を掴んだのである。
「おいアンタ……正気かよ?」
彭侯の体に直接触れる。それが何を意味しているかは、緑祁もよくわかっている。でも、彼をこのまま海の方へ吹き飛ばしたいと思えなかったのだ。
そのまま陸に引っ張り上げる緑祁。
「馬鹿め、オレはアンタの今の行為に何の恩義も感じちゃないぜ! 触ったのはアンタの方からだ! オレの毒厄は、触れる必要があるが……逆に言えば、アンタからでも有効だ! それをわかってて触ったんだろうがぁ!」
するとすぐに、緑祁の表情が悪くなる。
(あの時と同じだ……! まるでインフルエンザに罹ったみたいな、症状!)
節々が痛くなり、発熱し、頭痛もする。いきなり悪くなった体調のせいで、地面に倒れた。
「近づくんじゃないぜ、香恵! 取った、人質に!」
「………」
「それ以上動いたら、コイツの頭を鉄砲水で貫く! さあ退けろ、香恵!」
指を緑祁のこめかみに突き立てて彭侯はそう怒鳴った。
「そうするべきではないと思うわ」
香恵の返事は、そういうものだった。
「フッ! 何を言う? もう緑祁は戦えな……」
途中で声が途切れる。
(あ、熱いぞ? 何だこれは……?)
異常な熱を緑祁の体から感じるのだ。これは発熱ではあり得ないほどである。
「彭侯……。僕がそっちに近づいたのは、確実にこれをくらわせるためだよ……。最初から接近できれば、こうするって決めてたんだ。それができなかったのは汚染濁流のせいだけど、もう覚悟を決めた……! インフルエンザになっていても、すぐに死んだりはしない…。かなりつらいし痛いけど、少しぐらい体を動かすことはできるんだ…!」
その熱の正体は、鬼火だ。
「だ、だが!」
彭侯はすぐに鉄砲水での消火を試みる。この距離なら彼にも分があり、すぐに消せるはずだった。それができなかったのは、鬼火が風に流され始めたからだ。
「旋風と合わせて……火災旋風!」
ほぼゼロ距離での攻撃。
「ずわあああああああああっ!」
彭侯はそれをまともにくらい、吹っ飛び木の幹に叩きつけられて気を失った。
「ふ、ふう……」
立ち上がろうとしたが、彭侯が気絶しても毒厄は有効なようで、手足に力が入らずすぐに崩れ落ちそうになる緑祁の体。それを香恵が支える。
「今度こそ勝ったのね、緑祁……!」
彼女の手を握ると、毒厄は薬束によって祓われ緑祁は元気を取り戻せた。
「うん、そのはずだよ。威力は加減したから、火傷とかはしてないはず。そして今度は逃がさない!」
二人は彭侯との距離を縮める。
その時、夜空が瞬いた。ゴロゴロという轟音が、空の方で鳴ったのだ。
「雷? でもどうして? 太平洋側じゃ、冬に雷なんて落ちないんじゃなかったっけ?」
少なくとも緑祁も香恵も、冬に雷が落ちたところを見たことも聞いたこともない。
(いや待って! これは自然現象ではないのかもしれない……。確か紫電も同じようなことができたんじゃないのか? 電霊放を使えば……ってことは!)
すぐに視線を彭侯の方に戻した。
しかしそこには彼の姿がない。
「逃げられたの、まさか?」
「ち、違うよ! これは………」
考えられる可能性が一つだけある。
辻神だ。彼がここに来て、敗北した彭侯を回収したのだ。
「香恵、気をつけて! 既に辻神が来ている! これは蜃気楼だ! 彭侯の姿が見えなくなったのは、幻覚のせいだ! 彼の体に周囲の景色が描かれているから、見えないんだ!」
それを聞いた香恵は緑祁の懐に手を突っ込み、式神の札を取り出してすぐに召喚した。[ライトニング]と[ダークネス]が出現し、周囲を見回す。
(やはり式神を出したか。彭侯を抱えながらでは、不利だな)
そう判断した辻神は、一旦別荘に逃げることを選択。蜃気楼で上手く姿を誤魔化して、誰の目にも入れられずにその場を去る。
緑祁と香恵は一時間ぐらい公園内を捜索したが、結局彭侯も辻神も見つけ出せなかった。
「んだと…!」
思えば不自然だ。彭侯は毒厄を解いた記憶はないので、あの晩に緑祁は死んでいないとおかしい。たとえ医療機関に駆け込めても、症状は続いているはずなのだ。
その答えが、香恵である。
「そうかこの女、薬束を持っているな! 毒厄を唯一解毒できる霊障! そうでなければ説明ができない!」
薬束を使えば、毒厄の悪影響は受けない。発病する前に体の異常を治せるからだ。
「クッソー! この女が緑祁の切り札だったか! 毒厄が効かない体で、オレを襲うつもりなのか!」
しかしそうではない。香恵は緑祁がいる木の元に歩み寄り、
「緑祁! 私がいれば汚染濁流は無視できるわ! 降りてきて一緒に戦おう!」
と勇気ある声をかけた。
「わたったよ!」
それに応じ、木から降りる緑祁。着地する時に水が跳ねて首にかかったが、何ともない。香恵が緑祁の背中を触っているから、薬束のおかげで毒厄を無効化できているのだ。
彭侯が作ったフィールドは、香恵によって無意味と化した。形勢が逆転した。
「………とでも本気で思っているか、緑祁? 女の子侍らせながら戦うのかよ? かっこ悪いんじゃないのか?」
これはあからさまな挑発だ。そして香恵がいると汚染濁流が意味を成さなくなることを遠回しに言っているようなもの。
「彭侯! そっちはそう思うかもしれない。でもね、香恵は僕の心強い味方だ! 一緒に戦う意思も見せてくれた! 香恵の勇気を、そっちが悪く言う権利はないよ!」
「……チッ!」
だがこれは危険でもある。まず香恵が使える霊障は慰療と薬束のみで、攻撃できるものではないから回復専門となる。そして攻撃手段がないということは、防御する術を持たないのと同じ。
(もし香恵を狙われたら、僕も終わりだ……。だから香恵のことを守りながら戦うことになる! 彭侯に一歩遅れる………)
そして常に薬束を使ってもらうためにも、緑祁は体の一部を香恵と接させていないといけないのだ。
(大丈夫だろうか、香恵……)
心配そうな緑祁とは裏腹に、彼女の方はもう覚悟を決めている。
「足を引っ張ることはしないわ、緑祁。安心して」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
緑祁は一歩前に出た。対する彭侯は一歩下がる。
(これはマズいぞ……。控え目に言ってもヤバい!)
汚染濁流が通じない。仮に彼の毒厄がもっと驚異的な威力であったとしても、薬束の前では意味がない。
(オレに残された手は、鉄砲水だけだ……。だが緑祁のヤロウは、鬼火と鉄砲水、旋風を使える……。その三つを突破したとしても、式神の存在が待っている!)
勝ち目が遠退いたのを彼は感じたのだ。だからもう一歩、後ろに下がる。
「さあ一気にケリをつけるよ、彭侯!」
香恵を狙われる危険性を考えると、長引かせるのは得策ではない。そう判断した緑祁はもう勝負を仕掛ける。
「来やがるか、このヤロウ!」
もう毒厄に霊力を割くのは無駄なことなので、彭侯は鉄砲水にのみ集中した。
(オレの鉄砲水の方が、緑祁のそれよりも優れている自信がある! 簡単には負けないぞオレは!)
指先から鉄砲水を撃ち出した。狙いは緑祁の目。一瞬でもそれを潰せば、次の行動に移りやすくなる。
しかし緑祁は鬼火を出してこれを防御。
「今度は僕から行くよ?」
緑祁の霊障は、台風だ。旋風に鉄砲水を乗せて解き放つ。弾丸のように打ち付ける水の粒が、彭侯に迫りくる。
「させないぜ、緑祁ぇ! 香恵ぇ!」
だがここで、作ってあった水溜りが役に立った。水の壁が地面から生み出されると、それが台風を遮ったのだ。
(よし、いいぜ! 同じ鉄砲水でもオレの方が上だ! これでわかった!)
それを利用しない手はない。
「おい緑祁! アンタも男なら一つ、オレと勝負しろ!」
叫んだ。彼の提案する勝負というのは、
「鉄砲水の撃ち合いだ! それで全てを決める! いいな!」
とても無理のある提案だ。だが緑祁は、
「……いいよ!」
と、それに乗ったのだ。
お互いの距離は、十メートル程度。緑祁も彭侯も地に足を着け踏ん張って、片手を突き出してそのひらから鉄砲水を撃ち出す。
水と水が激しくぶつかり合う。
(押し合いなら、オレの方が有利だ! 緑祁め、それをわかってない! それがアンタの命取りだぜ!)
徐々に競り勝つ彭侯の鉄砲水。だが、
「確かに鉄砲水は、そっちの方が強いね彭侯! でも僕は、これだけに全てを賭けたりはしない!」
不意に風が吹き、彭侯の髪の毛を揺らした。
「な……! 旋風? だ、だが! オレの鉄砲水が負けるはずが……」
しかし彼の予想とは違うことが起き始めていたのだ。
なんと、押し負け始めた。
(馬鹿な? 他の霊障を使っている緑祁が鉄砲水に集中できるはずがない! それに旋風を使ったとしても、オレを越えるなんてことが起きるはずは……)
実はこれは、彼の思い違いだ。風は自然に吹いただけのもの。でも彭侯が負け始めているのは事実。
改めて彼は緑祁のことを見る。緑祁の真後ろには香恵がおり、緑祁の突き出した腕に手を添えているのだ。
「ふ、ふ、二人分だとおおおお!」
鉄砲水を使うことはできない香恵ではあるが、霊力を誰かに貸し与えることは可能。この場合では緑祁に分け与えることで、彼の力を激増させたのである。
押し合いを制したのは緑祁だった。彭侯は鉄砲水に押し出され、体が吹っ飛んだ。
(だが、まだ神様もオレを見捨ててはいない! こっちの方向に吹っ飛んだのは幸運だった! 海だ! 海に落ちれば……)
転げる体は、陸から落ちようとしている。海に入れさえすれば、形勢をもう一度ひっくり返すことは可能。鉄砲水の場合は海の水を操ることはできないが、フィールドを海上に移せばかなり彭侯に有利となる。
だが、
「危ない!」
緑祁は飛んだ。旋風に乗って前に出て、彭侯の手を掴んだのである。
「おいアンタ……正気かよ?」
彭侯の体に直接触れる。それが何を意味しているかは、緑祁もよくわかっている。でも、彼をこのまま海の方へ吹き飛ばしたいと思えなかったのだ。
そのまま陸に引っ張り上げる緑祁。
「馬鹿め、オレはアンタの今の行為に何の恩義も感じちゃないぜ! 触ったのはアンタの方からだ! オレの毒厄は、触れる必要があるが……逆に言えば、アンタからでも有効だ! それをわかってて触ったんだろうがぁ!」
するとすぐに、緑祁の表情が悪くなる。
(あの時と同じだ……! まるでインフルエンザに罹ったみたいな、症状!)
節々が痛くなり、発熱し、頭痛もする。いきなり悪くなった体調のせいで、地面に倒れた。
「近づくんじゃないぜ、香恵! 取った、人質に!」
「………」
「それ以上動いたら、コイツの頭を鉄砲水で貫く! さあ退けろ、香恵!」
指を緑祁のこめかみに突き立てて彭侯はそう怒鳴った。
「そうするべきではないと思うわ」
香恵の返事は、そういうものだった。
「フッ! 何を言う? もう緑祁は戦えな……」
途中で声が途切れる。
(あ、熱いぞ? 何だこれは……?)
異常な熱を緑祁の体から感じるのだ。これは発熱ではあり得ないほどである。
「彭侯……。僕がそっちに近づいたのは、確実にこれをくらわせるためだよ……。最初から接近できれば、こうするって決めてたんだ。それができなかったのは汚染濁流のせいだけど、もう覚悟を決めた……! インフルエンザになっていても、すぐに死んだりはしない…。かなりつらいし痛いけど、少しぐらい体を動かすことはできるんだ…!」
その熱の正体は、鬼火だ。
「だ、だが!」
彭侯はすぐに鉄砲水での消火を試みる。この距離なら彼にも分があり、すぐに消せるはずだった。それができなかったのは、鬼火が風に流され始めたからだ。
「旋風と合わせて……火災旋風!」
ほぼゼロ距離での攻撃。
「ずわあああああああああっ!」
彭侯はそれをまともにくらい、吹っ飛び木の幹に叩きつけられて気を失った。
「ふ、ふう……」
立ち上がろうとしたが、彭侯が気絶しても毒厄は有効なようで、手足に力が入らずすぐに崩れ落ちそうになる緑祁の体。それを香恵が支える。
「今度こそ勝ったのね、緑祁……!」
彼女の手を握ると、毒厄は薬束によって祓われ緑祁は元気を取り戻せた。
「うん、そのはずだよ。威力は加減したから、火傷とかはしてないはず。そして今度は逃がさない!」
二人は彭侯との距離を縮める。
その時、夜空が瞬いた。ゴロゴロという轟音が、空の方で鳴ったのだ。
「雷? でもどうして? 太平洋側じゃ、冬に雷なんて落ちないんじゃなかったっけ?」
少なくとも緑祁も香恵も、冬に雷が落ちたところを見たことも聞いたこともない。
(いや待って! これは自然現象ではないのかもしれない……。確か紫電も同じようなことができたんじゃないのか? 電霊放を使えば……ってことは!)
すぐに視線を彭侯の方に戻した。
しかしそこには彼の姿がない。
「逃げられたの、まさか?」
「ち、違うよ! これは………」
考えられる可能性が一つだけある。
辻神だ。彼がここに来て、敗北した彭侯を回収したのだ。
「香恵、気をつけて! 既に辻神が来ている! これは蜃気楼だ! 彭侯の姿が見えなくなったのは、幻覚のせいだ! 彼の体に周囲の景色が描かれているから、見えないんだ!」
それを聞いた香恵は緑祁の懐に手を突っ込み、式神の札を取り出してすぐに召喚した。[ライトニング]と[ダークネス]が出現し、周囲を見回す。
(やはり式神を出したか。彭侯を抱えながらでは、不利だな)
そう判断した辻神は、一旦別荘に逃げることを選択。蜃気楼で上手く姿を誤魔化して、誰の目にも入れられずにその場を去る。
緑祁と香恵は一時間ぐらい公園内を捜索したが、結局彭侯も辻神も見つけ出せなかった。