第3話 誕生秘話 その3

文字数 4,037文字

 一方、雪女の人生はどうだろうか?

『月見の会』の集落に生まれた彼女は、会が独自に編み出した後天的に霊能力者になる方法を用いられ、双子の兄と共にそれに目覚めた。

「寿命は半分程度になってしまう」

 四十代ほどまでしか生きられないであろうことを完全に事後承諾させられた。彼女の兄は幽霊を見ることができることを喜んだが、雪女は、

(何で勝手に人生を決めつけられなきゃいけないの?)

 幼いながら既に反感を抱いていた。
『月見の会』の歴史は古く、江戸時代まで遡る。時の将軍の密命によって、月見太陰という人物が創立した。

(それはいいけど……)

 しかし明治になると、『月見の会』の安息と安泰が終わる。【神代】が台頭してきたためだ。当初『月見の会』は【神代】と共同し、【神代】を傀儡にしようと企んでいた。だがそれを良しとしなかった初代代表神代詠山が、会の集落を徹底的に攻撃した。命乞いなど聞き入れず、女子供でもお構いなし。ちなみに『月見の会』は【神代】に二度も強襲を受けて集落を破壊された=【神代】に居場所を握られているので、昭和の終わりごろに富山に本拠地を移す。集落と呼ばれるのは創立時の名残で、雪女が生まれた頃は小さな村という感じだった。

「馬鹿なんじゃないの、全く」

 集落では古い習わしに従い、みんな月見と名乗る。そして霊能力者として教育されるわけだが、その内容はほとんど【神代】への恨みつらみ。【神代】がどのように憎いかを叩き込まれるだけだ。集落に住む大人はほとんどが農業に従事しており、いつか限界集落と呼ばれても仕方がない有様。
 対する【神代】は、表向きは塾や予備校、孤児院などを運営して普通の教育に力を入れつつ裏では霊能力者をまとめ上げている。

「敵うわけないじゃん」

 規模がもう月と鼈だ。でも愚かなことに『月見の会』は、【神代】に敵意を向けることをやめない。


 雪女はあることを考えていた。小学校の時に習ったことなのだが、

「ペリーが日本に来た時、白旗を日本に渡したという。もし開国を拒むのなら、武力を持って征する。その時は当然日本の敗北だろうから、渡した白旗を焼け野原になった江戸の町に掲げろ」

 本当にそういうことを言ったかどうかは不明だ。でも同じことが、『月見の会』に起きていた。

【神代】は最初、

「傘下に入らないか?」

 とスカウトしに来たのだ。それを『月見の会』が拒んだために、攻撃を受けた。
 歴史を学べとは、流石に雪女も言わない。当時……江戸末期の出来事が正しかったかどうかなんて、明治初期にすぐに判明するわけがない。だから当時の『月見の会』の、【神代】の配下になりたくなかったという思いもわかる。

 でも、長い目で見る能力はなかったと判断している。
 何故なら日本は、列強諸国に歯向かうことを諦めて開国を選んだ。そして植民地にされまいと西洋を学び、一つの国となってみせた。その後二次大戦で負けるまで、他の国に支配されていない立派な帝国だったのだ。そして今も一つの国として地球上に存在している。

 だが『月見の会』は? 仮に【神代】の言うことに従っていれば、憎しみなんて生まれていなかっただろう。逆に日本全国に目を向け、堂々と霊能力者として活躍できたかもしれない。【神代】に従わなければいけないが、集落は存続できていたに違いないのだ。しかし当時の『月見の会』は徹底抗戦を選んでしまう。そのしわ寄せを、百年以上経った今子孫が受けている。
 外から現れた新しい勢力には、抗えないのだ。それこそ外来種に在来種が駆逐されるように。

 服従を選んだ日本は存続し、徹底抗戦を選んだ『月見の会』は滅亡の未来を辿ることになる。


 憎むことしか知らない『月見の会』に対し、雪女は愛想を尽かしていた。でも、

「抜け出したい」

 なんて言えば、当時生きていた会の代表、月見良源からお叱りを受ける。だから言いたくても言えない。そして勝手に出て行こうにも、怪しまれて捜索され、連れ戻される。

(どうすればこんな廃れ切った場所から逃げ出せるんだろう…?)

 雪女の当時の願いは二つ。一つは、何事も起きなければいいということ。『月見の会』が行動を起こさなければ、こんな狭い集落の中だけだがトラブルなしの生活を送れる。

「雪女、相談なんだけどさ…。叢雲は私のこと選んでくれるかな?」
「心配ないよ橋姫。彼は最初からきみのことしか見てないから。私すら眼中にないわ。いつでもアタックして大丈夫」

 幸いにも親しい友人と兄がいたので、窮屈な場所だがつまらない生活ではない。
 そしてもう一つの願いは、全く逆で『月見の会』が何かしらの行動に出て欲しいということ。どうしてそんなことを思っていたのか。これには理由がある。

(【神代】が『月見の会』のことを知れば、絶対に向こうも対処に来る。『月見の会』は解体されるでしょうね。そうしたら、ここから抜け出せるわ)

 平穏な生活を送りたい一方で、こんな場所から早く抜け出したいと思う自分がいた。そして彼女の願いはどちらに『月見の会』が転んでも叶う。
 はずだった。

 雪女の思考回路には、ミスが二つあった。一つは力を無くしたとばかり思っていた『月見の会』が、彼女の代で【神代】に対して攻撃に出たこと。そしてもう一つは、当時の【神代】代表である神代標水が、初代並みに血の気が盛んな人物であったこと。

 霊怪戦争が勃発した際、【神代】は本気で『月見の会』を潰しにかかったのだ。それこそこの世から消し去ろうという次元で。
 当初は集落の場所を移していたことと、彼女の兄が開発した霊鬼の力もあって、会は善戦する。でもある時、謎の強大な霊魂の塊が集落に落ちる。その一撃で農作物は枯れ果て、畑はあの世と化した。しかもそれは、【神代】が『月見の会』の場所を把握したことも意味していたのだ。

「これ以上攻撃させるな!」

 まさかこの期に及んで降伏を選ばないとは雪女も驚いた。彼女と年齢が違わない霊能力に優れる友人たちが、死を覚悟して【神代】へ攻撃する。

(叢雲も大刃(だいば)群主(むらじ)も、みんな行くんだ……。嫌じゃないの、死ぬことは?)

 雪女は兄と共に集落に残るはずだった。でも『月見の会』は念のためと称し、雪女にも出撃命令を出したのだ。

(……今しかない)

 断ることは、駄々をこねればできたかもしれない。でもそうはしなかった。この混乱に乗じ、会を出るのだ。ちょうどこの時一緒に行動することになった人物は二人で、橋姫は自分の言うことをわかってくれるだろうし、経立(ふったち)は年下なので無理矢理従わせることもできる。
 この時彼女は兄に、一緒に行くことを提案した。でも、頷いてくれなかった。霊鬼を生み出したせいで始まった戦争なので、自分に責任がある。だから自分は最後までここに残り、『月見の会』と運命を共にする義務がある。そう言われると泣く泣く引き下がるしかなかったのだ。でもその時、兄が唯一手元に残した精度八割の霊鬼を手渡された。

 集落を出て南に進んだ際、突如経立が奇声を上げて二人の下から逃げて行った。死ぬとわかっていることに従事することがいかに狂ったことか、理解したからだろう。
 橋姫と二人だけになった雪女は、彼女を説得しようとした。でも橋姫は混乱していて何を言っても首を横にも縦にも振らない。だから諦め、雪女は一人で走った。気が付くと、寺にたどり着いていた。あれは確か溝寺(みぞでら)という寺院だ。

「私は『月見の会』の人だけど、怖くなって逃げ出した。亡命を受け入れて欲しい」

 と言えば、住職は彼女を寺院へ招き入れしばらく泊まらせてくれた。

「【神代】には、『月見の会』であることは言わん方がいいよ、お嬢さん。多分戦争は【神代】の勝ちだろうけど、滅ぼしたはずの子孫がいることは気に食わないかもしれないから」

 住職に警告されたが、そもそも雪女は『月見の会』に良い感情を抱いてない。


 夜が明けると同時に、終戦する。『月見の会』は滅んだ。それはすなわち、兄の死を意味していた。

「う、うう………」

 普段感情を表に出さないドライな雪女も、この時ばかりは涙腺が枯れるまで泣いた。一週間は寺院に引きこもっていたほどだ。住職が許してくれるなら、このまま一生傷心に浸かっていたかった。
 そうさせなかったのは、兄が残した霊鬼である。

「これがあったら、天国の兄さんも浮かばれないかもしれない。でも、処分したくもない……」

 雪女には、自分がそれを使いこなせないことがわかっていた。そして兄がワザワザ用意してくれた特別な霊鬼なのだから、ゴミに捨てるのも嫌である。これを処分するなら、使って消費するのが良い。
 そう考えた彼女はすぐに住職に相談する。でも、

「私には無理だよ…」

 断られた。

「なら、探してみる。霊鬼を存分に使うことで破壊してくれる人を」

 ので、雪女は溝寺を出る決意をした。

「待ちなさい。これを持って行きなさい」

 その際に、住職からもらったものがある。数枚のお札と絵馬だ。

「これは【神代】の巡礼者の証だ。全国の寺院や神社で有効だから、見せれば心地よく泊めさせてくれる。巡礼者の受け入れはある種のステータスだから。それで生きていく分には困らないだろう」

 雪女は【神代】の霊能力者ネットワークに登録しなかった。でもその印があれば、【神代】が認めた巡礼者ということになるので、身分をデータベースで調査されることはない。好都合だから受け取った。

「では、行ってくるわ」
「ああ、気をつけて。出会えるといいね」

 長い旅になるだろう。事実訪れた場所に霊能力者はいても、霊鬼の使用は何度も拒まれた。誰も頼まれてくれないのだ。それでも雪女は諦めない。

「兄さん……。兄さんの作った霊鬼が戦いの火種しか生まない間違った存在じゃないって証明するから。天国で待ってて」

 霊怪戦争が終わった後三年間も、東日本を彼女は彷徨っていた。


 そしてライバル心を燃やす紫電、霊鬼を使いこなせる者を探す雪女。この二人が運命的な出会いをしたのだ。
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