第6話 熱の陰で その1

文字数 4,126文字

「もうここまで来たのか……。関東地方!」

 神奈川に入った途端に紫電がそう言った。周囲の風景が明らかに他の県と異なる。天に昇るビルが林のごとくそびえ立っているのだ。何度来ても、その迫力に圧迫されてしまう。

浦賀(うらが)神社(じんじゃ)はこっちよ」

 今、目指しているのは浦賀神社だ。神奈川在住の香恵は何度か行ったことがあるらしく、土地勘があった。

「周りは大丈夫かな?」

 警戒を怠らない緑祁。チェックポイント付近は特に他の霊能力者と遭遇しやすい場所で、相手に先に見つかると平然と不意打ちしてくるので常に注意を払う。

「紫電、一旦コンビニでお金降ろそうよ。財布が軽すぎて怖い」
「言われてみれば。移動手段が豊富だが、それだけ金が飛びやすい。補充すべきだ」

 雪女に促され紫電は一緒に近くのコンビニに入る。その際緑祁と香恵は外で待つ。

「ここまで来れるなんて、思ってなかったよ……」

 唐突に切り出した緑祁だが、香恵は彼の話に合わせて、

「そうね。長い道のりだったわ……」

 思えば、この旅は最初に終わっても不思議じゃなかった。もし紫電が首を横に振ったら、すぐにでも死闘が始まってどちらかが落ちる。勝った方もタダでは済まされないだろう。
 奇跡的に、紫電と雪女は緑祁たちの提案を飲んでくれた。だから最悪の衝突は回避され、結果として緑祁と香恵は彼らに感謝している。
 それは緑祁たちだけではない。ATMの画面を見ながら紫電が、

「もう優勝は目の前だぜ! 俺と緑祁がそろえば確実にそうなる!」
「そうだね、熱が違うもんきみたちは。どうしていつも組んでないのか不思議なくらい」

 まだ大会で脱落していないのは、緑祁と香恵のおかげであるとも考えられるのだ。緑祁の強さは知っているし、香恵の無病息災は非常に便利で重宝した。どちらかが欠けていたら、多分紫電も既に脱落していただろう。

「本当は緑祁とは決着をつけたいが、今はお預けだ! さ、雪女。金は調達したから行くぜ」
「うん」


 そして浦賀神社に近づいた際、

「ムっ!」

 紫電は気づいた。他のチームがいる。しかも知っている相手だ。

「さ、行こう。正々堂々と……」
「待て緑祁! アイツらはちょっと事情が違う……」

 この時緑祁は面と向き合った戦いを想定していた。だが紫電側の事情は違う。というのも相手は琥珀、空蝉、向日葵そして冥佳であり、礫岩を使える人物がチーム内にいるためだ。

「不意打ち、するの?」

 香恵が考える。卑怯な手ではある。だが、禁止されているわけではない。相手がこちらに気づいてない今は、その襲撃の最大のチャンスなのだ。

「アイツら結構強いからな……。少しでも有利になるなら、ここで……」

 襲撃する、と言う前に紫電はあるものに目を奪われた。それは緑祁の肩にとまった虫だ。カブトムシがこんな季節に翅を動かしているのだ。

「バレているぞ!」

 これは空蝉の応声虫だ。彼と一戦交えたことのある紫電にはすぐにピンと来た。そしてこうして虫が放たれているということは、こちらの存在が把握されているということ。

「ということは、あれらは向日葵の蜃気楼か?」

 有無を言わさず即座に電霊放を撃ち込む紫電。当然のごとく四人に当たっても手応えなし。幻だった。

「一度相手したことあるヤツは……。手の内がわかっているから楽な反面、こちらのことも知っているから厄介でござるな。なあ、紫電!」

 声がする方を向いても、琥珀がない。姿を蜃気楼で隠されている。

「聞いたことがある声だ。でも誰だっけ……?」
「琥珀、ね。西の電霊放の使い手よ。そうでしょ、紫電?」
「ああ。半田鏝を持って背中にバッテリーを背負ってるヤロウだ。気をつけろ、その電霊放は半端ではねえぜ! しかも曲がる!」

 おまけに今回は霊鬼によるパワーアップもない。

「でもさ、紫電と緑祁なら勝てるはずだよ。私も加わるから、心配しないで。香恵は私の後ろに下がってて」

 最大限の警戒をし、香恵を守りつつ緑祁たちは蜃気楼のまやかしと応声虫を避けながら、本物の琥珀らを探し出すことに。

「さあ、気を引き締めて行くぞ!」


「くだらん。実にくだらん」

 福島の虎村(とらむら)神社(じんじゃ)の本殿で、偉そうにふんぞり返りながら座っている人物がいた。その男の名は、蛇田(へびた)正夫(さまお)。住職であると同時に、心霊研究家である。
 一体何が気に食わないのか。それは彼のいる火祭(ひまつり)神社(じんじゃ)が大会のチェックポイントに選ばれなかったことではないし、自分が出場できなかったことでもない。そもそも彼は、持ちかけられた話を断ったくらいだ。

「そうですねー。標水の時代の方が刺激的でよかった。何かをしたら一瞬で罰せられ処刑されかねないバランス。これが一番幸せでしたよー」

 正夫の従者である、吉備(きび)豊次郎(とよじろう)。彼の言うことに対し首を横に振らないイエスマンである。

「それが誰のせいか、知っているか? 豊次郎?」
「えーっとですねー。多分、【神代】の代表のせいではないでしょうか? 富嶽と言いましたよね、確か。標水とは違って手が緩い。誰の処刑も命じれない臆病者の弱虫のクズです」

 彼らは現状の【神代】の体制を心地よく思っていないのだ。
 もっと、厳しくあるべきだと考えている。それこそ数年前まで続いた標水の時のように。少しでも機嫌を損ねたら制裁されるような時代だったが、逆に霊能力者たちは常にピリピリとした感触を抱けていた。

 それが今はどうだろうか? 富嶽にトップが変わった時こそ、あまり崩れてなかったが、数年で牙が抜けた。心霊犯罪者は精神病棟送りにこそなるが、言い換えればそれで終わり。その程度で罰したつもりである。

「特に天王寺修練なんかは、死んで然るべきだったはずだ。【UON】の面々も生きて返したのは間違いだ。だからこそ、今の【神代】はくだらない」

 富嶽の政策は、厳しくない。そのせいで霊能力者の気が緩んでいる。正夫はそう思うのだ。そしてその真骨頂が、今開催されている霊能力者大会である。

「標水が生きていればー。こんな馬鹿げた催し物なんてなかったはずですね。本当に、【神代】は変わってしまいましたー」
「そう思うよな、豊次郎?」
「はいー」

 神社の電話が鳴っている。知人からの電話だ。液晶画面には、茂木(もぎ)剣増(けんぞう)、と表示されている。でも、出ない。

「コイツらにもそれはわからない。理解ができないということは悲しいことだな」

 自分と同じく、【神代】の中では結構高い立場。同じ立ち位置の淡島(あわしま)豊雲(とよぐも)を含めた三人でよく意見を交換し、【神代】の内部で発言したこともあった。
 だが、標水が死んでからは全然相手にされなくなってしまった。それも不満でしかない。

「あとー。跡継ぎも駄目でしょう」

 豊次郎は【神代】の跡継ぎのことも話した。直接会ったことこそないが、噂は結構な頻度で耳にする。

「知ってますかー蛇田さん? 今の跡継ぎは自分の立場を全く理解してないんですね。だって【神代】の依頼に自ら赴くのですからー」
「それは、いずれ【神代】のトップに君臨する者としての覚悟が足りていないな」

 会社に例えてみれば、社長の息子が雑務をこなすようなもの。気品のないことをする態度も嫌だ。

「それが全部、自分のための鍛錬だと思っているとかいないとかー? はは、馬鹿ですね」
「その馬鹿親子に支配されている【神代】が、情けなくて涙が出る」

 こう聞くと、正夫と豊次郎は【神代】の親子を憎んでいるように感じる。だがその憎しみの対象は、彼らだけではない。

「豊次郎、永露緑祁という人物を知っているか?」
「どこの馬の骨ですー?」
「私は裁判で見た。二月のことだ、【神代】への背信行為を行った三人の若者がいた。普通なら処刑されるべきなのだが、その緑祁が庇ったんだ。それを富嶽が受け、軽い罰で許してしまった」
「あららのら! そんなことがー! それはいけませーん」

 しかも都合の悪いことに、同じ時期に起きた【UON】の【神代】侵略では敵を誰一人殺さずに対処している。

「緑祁という人物は! 修練を追い詰めたという。だがそれだけだ。それだけの功績で、偉そうにしているんだ。そもそも修練の件も、緑祁が捕まえず殺せば良かっただけの話。二月の事件も【UON】もそうだ。どうしてこう、【神代】は人に甘くなった?」

 正夫は、【神代】が緩く怠惰になった原因が緑祁にあると推測。

「虫歯ができるほどですね」

 人の前に立つ者が厳しさを持っていないなら、見習う人も無駄な優しさを育ててしまう。

「このままでは【神代】は、かつての姿に戻れなくなる。いいか豊次郎、私たちが【神代】を変えなければいけない!」

 では、どうやって【神代】を変えるか。

「力だ」

 と、正夫は言う。

「富嶽に見せつけてやる。一体何が本来、【神代】があるべき姿であるのか、を! そのためにも豊次郎、君に命令を出そう」
「何でしょうー?」
「緑祁を殺せ。ヤツに味方がいるなら全員。君なら命を懸けてそれができるはずだな?」

 その力とは、邪魔者を排除するということ。富嶽が贔屓していた緑祁が死ねば、考えを改めるかもしれない。言わばこの命令は、彼への最終警告である。一番効果的なのは【神代】の跡継ぎの死なのだが、流石にそれは難易度が高過ぎるので今回は緑祁の命で妥協する。
 望みは薄いかもしれない。その場合は正夫自身が動くつもりだ。その準備もできてはいるが、まずは豊次郎に行動してもらう。

「僕の命ももう短いわけですねー。ま、いいでしょう。今のままの【神代】で生き永らえたくないですし」

 絶対に反対意見を言わない豊次郎はやはり賛成し、

「手段は? 僕は霊障を使えないのですが?」
「これを君に与える」

 そう言って正夫が手渡したのは、提灯と札と藁人形。

「これには強力な霊が封じられている。精気を与えれば従えられるはずだ。ヤツに厳しさとは何であるかを、君の命をもって教えてやれ」
「了解しました」

 それらを受け取ると、豊次郎はすぐに神社を出た。

「緑祁……。影響力を持つ者が甘い態度ではいけない。皆の見本となるべき人物は、誰よりも、そして何に対しても……命に対しても厳しくなければならないのだよ」

 この大会の裏で、この世ならざる陰謀が渦巻き始めた。

「万が一の時には、あの子たちの力も借りないといけないな……」
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