第6話 邪霊討伐 その1

文字数 3,876文字

【神代】の代表である富嶽。彼へ直接連絡を入れることができる人物は、限られている。そんな富嶽のスマートフォンにホットラインが入った。それも国際電話だ。

「ハロー! ツァーリ・フガク!」
「誰かと思ったら、ハイフーンだったか。一体何の用だ? その前に貴様はいつからロシア人になったんだ?」

 相手は以前【神代】を攻略すべく日本にやって来た、ヴァージル・ハイフーン。

「日本にね、霊能力者を派遣したね。【神代】のために働いてくれるから、自由に使ってね。技能実習生みたいなもんね」

 武力による征服は不可能と判断したのだろう、手法を変えてきた。【神代】にあえて労働力を与え、恩を売っておくという戦法なのだ。

「勝手なことを……。しかも事後報告か?」
「仕方ないね。事前に教えたら、突っぱねられるからね!」
「まあそうだが……」

【神代】としては、相手に恩を作りたくない。だからハイフーンは拒否されないように、報告を後回しにしたのだ。

「大事にしておいた方がいいと思うね」
「それもそうだな」

 もしも疎かにしたり酷い待遇を与えたりしたら、【UON】に【神代】を攻撃する口実を与えてしまう。ここは従うしかない。

「だがな、思いっ切りしごいてやるぞ! はたして耐えられるかなソイツは……?」
「甘く見ない方がいいね。ミーの選んだエリートネクロマンサーだからね!」


 緑祁は何度も香恵に電話をかけていた。しかし全て、

「電源が入っていないか電波の届かないところに…」

 と、機械音声にあしらわれるのだった。

「どうなっているんだい、香恵……?」

 今まで、こんなことはなかった。

(もしかして僕、嫌われてしまったのかな……)

 少し、そう考える。だがすぐに、

(香恵も何かの事件に巻き込まれているのかもしれない……)

 と、悪い方向に考えてしまう。

 彼を取り巻く状況が悪い。見知らぬ霊能力者……それも【神代】が把握していない者に突然襲われ、しかも行方不明者の捜索をしている辻神たちも、また別の霊能力者と遭遇したらしいのだ。

「待てよ……?」

 ここで緑祁は思い出す。辻神が最初に自分に連絡を寄越した時に言ったこと。彼は自分の電話番号を、香恵に聞いた、と言っていた。

「ということはあの時点では、香恵はまだ連絡が取れる状況だったってこと?」

 ほんの数日前のことである。今度は緑祁、辻神に電話をする。

「もしもし?」
「あ、辻神かい? 僕だ、緑祁だよ」
「おう、どうした? っていうか、無事か?」
「何とかね。それで、そっちに聞きたいことがあるんだ」
「ほう、どういった用件だ?」

 香恵のことを尋ねる。

「なに、連絡が取れない? そんな馬鹿な? 私が電話した時は、すぐに出たぞ?」
「でも、どうしてなのか……」
「……一旦この電話、切る」

 辻神は、こちらからかけてみると言って電話を切った。数分後に彼からまたかかってきて、

「……本当だ、繋がらない!」
「辻神も、なのかい?」
「これはどうなっているんだ?」

 わからない。

「緑祁、香恵の家族に会ったことはあるか?」
「妹に、一度だけなら」
「住所はわかっているんだ、一度こっちに来てくれ」

 少々迷惑かもしれないが、家を訪ねてみようという提案。辻神よりも知人の緑祁の方が、話が通じやすいというわけだ。

「何事もなければそれでいい! 有事があってからでは遅い!」
「わかった! 今すぐに新幹線に乗るよ! かなり遅くなるけど、今日中にそっちには着ける!」
「待っているぞ、緑祁……。これは私の勘でしかないが、嫌な予感がする!」

 ゴクリと唾を飲んだ緑祁。彼は焦る心にそのまま動かされ、式神の札と財布とスマートフォンと、必要最低限の荷物だけを持って家を出た。


 だが新青森駅の前に、正夫がいた。

「寛輔は立派に仕事をしてくれたよ。緑祁の排除はやはり、私がしよう」

 彼は既に故神、害神、救神を再生させている。それをそのまま、札や藁人形や十字架から、霊気を使って解き放つ。正夫自身の霊気は豊次郎よりも格段に上なので、疲労や倦怠こそ感じるが命までは失わなくて済む。

「よし、いいぞ。ではこれより儀式を始める……」

 彼はこの幽霊たちだけでは満足しなかった。ここからさらに、融合させるのだ。

「そもそも故神、害神、救神は材料でしかないのだよ。この、怪神激(かいしんげき)を生み出すための!」

 夕方の空を漂う三体のおぞましい姿をした霊が、吸い込まれるように一点に集中する。

「さあ、現れるがいい」

 そして、霊能力と血を使って合体させるのだ。彼をして極悪と言わしめる怪神激。それがこの青森に誕生した。

「命じる。緑祁を抹殺せよ! それを済ませたら、好きなようにこの世をひっくり返すがよい」

 同時に、霊界重合も引き起こされる。この世とあの世が融合し、霊能力者でなくても幽霊が見えてしまう魔の状況に、ここら一帯が変貌した。
 正夫は用事が済むと、予約しておいた新幹線に乗って福島に戻る。


「な、なんだこれは!」

 外に出た緑祁は、驚いた。何故なら幽霊が通常よりも多く漂っているのだ。しかも、

「おい、コイツ! 息してないぜ……!」
「血塗れだ、うわあああああ!」

 一般人にも間違いなく見えている。

「この、この世ならざる雰囲気……。まさか、霊界重合…!」

 間違いない。この世とあの世が融合してしまっているのだ。そのせいで、本来なら見えない人にも幽霊が見えてしまっているのである。
 今、会社員に悪霊が襲い掛かろうとした。

「危ない!」

 そこで緑祁が間に入り、霊障を使う。火災旋風で悪霊を除霊した。

「コイツも人間じゃないぞ! 逃げろおおおお!」

 霊障を使った緑祁のことを人外と認定し、その会社員たちは一目散に逃げ出した。緑祁としては変に質問されなかったので面倒ではなかったのだが、変なレッテルを貼られたので気が沈みそうだ。

(今はそんなことを気にしている場合じゃない! 霊界重合は幽霊が引き起こしているんだ、どこかにその中心となる幽霊がいるはず! ソイツを倒して止めないと!)

 緑祁にとっては三度目の霊界重合だ。恐怖よりも終わらせるべきという使命を感じる。
 次に目の前に現れたのは、獣の姿の幽霊。生前は猟犬だったのだろうか。

「退いてくれ! 今は構っている暇がないんだ!」

 台風を繰り出し、強引に突破する。

「どこだ? どこにいるんだ、原因となっている幽霊は!」

 そしてその霊を解き放った人物は、誰でこれをどこで見ているのか。

「ちょっとストップ!」

 突然、後ろから声をかけられた。

「誰…?」

 知らない声だ。振り向いてみると、その人物は日本人ではなかった。

「やれやれ……。いざ日本に来てみたら、こんなことが起きているなんて聞いてないぞ?」
「あの、誰ですか?」
「おおっと、失礼! ワタシのコードネームはフレイム」
「自己紹介……? 偽名ですか?」

 このフレイムという人物こそ、ハイフーンが寄越した霊能力者だ。状況が状況なので、緑祁の方も簡単に自己紹介をした。

「【UON】? 聞いてことがない……。海外の霊能力者は、そういう組織に統括されているの?」
「そうなのさ。どうにか東京にある【神代】の本部に行きたいんだが、樺太から南下していたのでここに来ている。んで、今のこの状況をワタシに説明して欲しい」
「霊界重合、わかる? この世にあの世が重なってしまっているんだ」
「なるほど。日本語訳は初めて聞いたが、知っている現象だ。ナイトメアワールドだな。【UON】では禁止されているんだが、【神代】では違うのか?」
「同じようなもんだよ」

 少しの会話で、緑祁はフレイムが敵ではないと判断。

「なら、協力してくれ!」
「それは、【神代】からの命令ということかな?」
「うん? ま、まあそんな感じだ! 今すぐにこれを止めないと、大変なことになってしまう!」
「イエッサー! じゃあ始めようぜ!」

 一人よりも二人の方が戦力的に申し分ない。

「ところでリュウケ君? 心当たりはないのかな?」
「あったら、アタフタしてないよ……」

 緑祁は札を取り出し[ライトニング]と[ダークネス]を召喚し、二体の式神に、

「探してくれ! きっとこの近くにいるはず! 見つけたら攻撃して構わない!」

 命じる。その後にフレイムと一緒に、町中をとにかく走る。

「面白くなってきたな、リュウケ君!」
「はしゃいでいる時じゃないよ、今は……。被害が出ない内に、この現象を終わらせないといけないんだ」

 目の前に、大量の幽霊がいる。全員が緑祁とフレイムを睨み、手を挙げた。襲い掛かるつもりなのだ。

「一掃してやろう! 的は多い方がいいんだ、ワタシのファントムフェノメノンではな!」

 手を合わせてから擦り静電気を生じさせる。その電気を霊力を使って何倍にも増幅させ、手を開くと同時に前方に放出した。

「くらえ、シャドープラズマ!」

 その電霊放は拡散し、全弾、幽霊に命中して除霊してしまった。

「すごい……。そっちの電霊放は、拡散するのかい?」
「そもそもシャドープラズマには二つのタイプがある。ワタシのは一発一発の威力は低いが命中率重視なのだ」

 だが建物の陰に一体、隠れていた。ソイツは結構レベルの高い幽霊なようで、斧を持っている。

「甘いな? そんなちっぽけなアイテムで勝てるほど、生きている人間は柔らかくはないぞ? ワタシの命を刈り取ることなど不可能さ!」

 フレイムは二つ目の霊障を使う。鬼火だ。パンと手を叩くとそこから炎が伸びて、相手を焼き尽くすのだ。

「ゴーストフレア! 魂の髄まで燃え尽きるがいい!」

 よく燃えた。それこそ持っていた斧も灰に変わって風に吹かれ塵と化す。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み