第10話 清算の夜
文字数 4,094文字
「終わった! 豊雲! そっちの欲望もここまでだ……」
豊雲の体は動けていない。緑祁は[ダークネス]を札に戻した。
「もうこの鍾乳洞が持ちそうにない。豊雲、業葬賊との合体を解除して、一緒に早く逃げよう! 今なら崩れる前に抜け出せる!」
地面が揺れ、鍾乳石もボロボロになって落ちてくる。あと少ししたら、この鍾乳洞が落盤するということが、二人にはわかった。
「業葬賊に固執する理由は、ないんだ! 早くしないと手遅れになってしまう!」
「手遅れ、か……」
戦いが終わってから、やっと豊雲が喋った。
「急いでくれ!」
「もう、手遅れなのだよ……。何もかも、な……」
「何を言ってるんだ、豊雲! まだ……ボロボロだけど、道は残ってる。帰れるはずだ! そんな悪霊なんて放っておいて、命を守ることを優先させて」
「業葬賊が、悪霊か……。それは間違いないだろう……。だが、お前はどうだ?」
「……え?」
突如、豊雲が尋ねてきたのである。
「お前は、私の野望を打ち砕いた悪魔だ…………」
「で、でもそれは誰にも望まれていない身勝手な望みだったから……」
「悪魔が人の形をしている……。そして霊障も使え、幽霊が見える……。立派な、悪霊だろう、お前は…?」
「ぼ、僕が……悪霊?」
「そうだ……。考えたことは、ないか……」
その問いかけは、
「何故我々霊能力者は、幽霊を見ることができる…? 失われた命が現世に残した魂に、干渉できる……? 他の人にはできないことを、どうしてできる……?」
「何が言いたいんだ、それは」
「答えは簡単だ……。霊能力者は、幽霊なのだ……」
とんでもない理屈である。だが緑祁は、
「確かに、そうかもしれない」
納得ができた。
「感情があって自分の都合で動けて、しかも除霊ができる。そう考えると、霊能力者は幽霊よりも悪質かもしれないよ。幽霊が肉体を持っている、と解釈できなくもない」
理解ができたのは、彼には豊雲の全てを否定するつもりがなかったからだろう。一緒にこの鍾乳洞を抜け出し、そして豊雲は裁判にかけられる。重罪かもしれないが、それは自身の悪行を償うための必要最低限の処置だ。
「緑祁……お前は、紛れもない悪霊だ……」
「その話は、後で聞く! 今は早くここを離れよう! 業葬賊を解いて!」
「私は、わかった…。お前こそ、【神代】にとっての悪………。祓われるべき、悪霊なのだ……。お前は気づいていないだけで、邪念を宿している……」
「……どういう、意味?」
「考えられない、か……。正夫が言っていたはずだ…。お前の思いやりには、中身がない……」
「かもしれない。でも僕は、誰かのことを思うことが優しさだと信じている!」
「違う……」
「何が、さ?」
豊雲は、言った。
「お前は……。どんな悪人でも罪があっても、救われなければいけない、助けなければいけないと……。その、概念に囚われている……」
言い換えるなら、優しさという感情の囚人になってしまっているというのが豊雲の主張だ。
確かに緑祁には、厳しさが足りていないという自覚はあった。しかしそれは、自分が冷酷や無情になり切れないと思っていたからだと、感じていた。
「その認識は、違うな………。緑祁、お前は、自分の心に気づいていないだけだ……。キッカケがあれば、簡単に黒になれる…。お前の本質は、悪霊、なのだ……」
「豊雲……。でも、僕は…!」
その時、緑祁の足元がグラグラ揺れた。
(まさか、もうここも限界なのか? でもまだ、豊雲が!)
しかしそこに穴が開き、範造と赤実が飛び出したのだ。
「え? 何で、ここに?」
「緑祁、もうこの鍾乳洞が崩れる! 外から見ててもそれがわかった! さあ、逃げるぞ!」
緋寒との約束を果たすためだ。二人は緑祁を助けるために、礫岩を使って穴を作ってここまで来たのだ。
「待ってくれ! まだ、豊雲が!」
「豊雲? が、どこにおるのじゃ?」
赤実が鍾乳洞を見渡したが、それらしい人影がない。
(あの異形な幽霊が、きっと業葬賊であろう? だとすれば、ここには豊雲はもういない! 逃げる一択じゃ!)
二人には、形容しがたい格好をしているそれが豊雲であるとはとても思えなかった。
範造と赤実は緑祁の手を引っ張り、自分たちが通ってきた穴を戻る。
一人残された豊雲。もう目の前に緑祁はいないのだが、うわ言のようにしゃべり続ける。
「楽しみだぞ……。お前が、闇に染まる、その時が来るのがな……! きっと、面白いことが起きるだろう……。それも全て、お前が撒いた種だ……。お前は邪悪の芽を隠し持つ、悪者だ……。自分の正義を押し付けるお前こそ、真正の悪霊なのだから………!」
彼がそう言った直後に、この鍾乳洞は落盤し、完全に崩れてしまった。
「緑祁!」
範造と赤実に連れられ鍾乳洞の外に出た緑祁。血塗れでボロボロだ。香恵が即座に駆け寄り、慰療を使う。
「ありがとう、香恵……! 香恵のことを考えたから、戦えたよ」
傷は治ったが、それでも体力の疲労と精神の疲弊は治せない。フラッとして倒れそうになる緑祁を香恵が支え、
「ゆっくりと休みましょう。今日は、これ以上は何もしないで」
「でも、豊雲が……」
彼女の顔を見ることができて安心したのか、緑祁の瞼が重くなる。そして意識が薄れていき、眠ってしまった。
長い一日だった。しかしそれももう、ここで終わった。
一週間後の夜、福島の予備校で裁判が開かれていた。
「豊雲は……」
緑祁は、その後の話を香恵から聞いていた。
「あの周辺を【神代】の援軍の礫岩を使える人たちが探索した結果、遺体を発見したわ。その場で火葬されて、遺骨はもう集団墓地……主に【神代】において罪人の骨壺が納骨される場所に埋葬されたそうよ」
結果的に緑祁は、豊雲のことを見殺しにしてしまった。
(あの時……)
範造と赤実を説得していれば、結果は違ったかもしれない。礫岩を使える二人の力があれば、豊雲の命を救えたかもしれないのだ。
だがあの場で、二人が緑祁の説明を真に受けてくれるかどうかはかなり怪しい。範造と赤実も、緑祁を救出しなければいけないために焦っていた。長々と話を聞く暇はなかっただろう。
だから、
「永露緑祁君……。自分は罰せられるべきだ、と? しかし、非があるようには思えない。淡島豊雲の死は、変えられなかったことだ。この一件、緑祁及び土方範造、皇赤実は罪には問わないこととする」
裁判で、そう言われてしまう。言い返すことができなかった緑祁は、無理矢理納得するしかなかった。
「続いて……。件の四名だが……」
ここからが、この裁判の本件だ。洋次、寛輔、結、秀一郎のことを裁くのである。
「蛇田正夫や淡島豊雲に脅されていた、という事実はないな?」
「……はい」
正直に答える四人。責任転嫁しようと思えば、いくらでもできる。でも、しない。真面目に自分たちがしてしまったことの責任を取ろうとしているのだ。
「どうにか、できないかな……」
そう呟く緑祁。豊雲を助けることができなかった。でも、洋次たちは今生きている。彼らは【神代】の法なぞ知らない。
「知らなかったから無罪、にはなれないわ。その理屈だけは、この世界のどこの裁判所にも通じないのよ……」
それは緑祁にもわかっている。しかし、
「彼らの処罰を、軽くしてあげられませんか?」
緑祁は発言した。前に辻神たちを最悪の結果……精神病棟送りから救えた。同じことがここでも起きれば、四人の処罰は軽くなるはず。
でもあの時、それを通せたのは鶴の一声……富嶽の提案があったからだ。今は違う。富嶽は神蛾島に用事で出かけており、この裁判には絶対に居合わせられない。
「いいんじゃないか、それで」
しかし、緑祁に賛同する者がこの場に現れた。
「与那国 秦絨蝋 じゃないか。わざわざ北海道から来たのか?」
「ああ」
その人物の方を向いた緑祁と香恵。秦絨蠟の右腕は肘から先がなく、義手も付けていない。
「二月にさ、【神代】で騒ぎがあっただろう?」
「どれのことを言っている?」
「『月見の会』の生き残り? のヤツ。確か三人いたよな」
「それがどうした?」
「その三人、神楽坂さんの部下になったでしょう? 【神代】に奉仕するのが、償いになるとか言って」
「私がそう言ったのではないんだけど……」
満はそう言い否定したが、
「でも、前例があることには変わりないだろ? それに四人はまだ、未成年じゃないか。未来を奪うのは、酷過ぎる」
彼がここで提案する。
「孤児院出身らしいし、ここはその施設で保護観察、でいいだろう。なあ、そう思うよな?」
「う~む……」
この裁判に参加しているみんなが、悩み込んだ。
「【神代】に常に身柄を置いておくなら、それで大丈夫だとは思うが……」
「なら、決まりだろ」
こうして、判決が出た。洋次たちは霊能力を悪用しないよう、保護観察処分となった。
「それが、彼らにしてあげられる唯一の救いなら……!」
緑祁もそれで納得した。
裁判が終わり全てが清算された後、緑祁と香恵は秦絨蠟に駆け寄り、
「味方してくれて、ありがとうございます。秦絨蠟さんの言葉がなければ、洋次たちは……」
「気にするな。俺もお前に興味があったんだ」
「と言いますと?」
「辻神たちをかばった、その優しさ。それを見てみたくて。実際、本物だったわけだし」
もし緑祁の思いやりが仮初めの感情だったら、秦絨蠟は味方しないと決めていた。だがそうではなかった。
「思い出すな、昔を」
右肘をさすって、秦絨蠟は言った。緑祁と香恵は、腕を失うほど大変な思いと出来事があったのだろうと察知し、それ以上のことを遠慮して聞かなかった。
「緑祁! 正夫や豊雲の野郎が何を言おうとな、他人のことを考えられる、思いやれる。それが真の優しさに、変わりはないんだ。自信を持って、前に進め!」
「は、はい!」
何度も否定された、緑祁の優しさ。だがそれを肯定してくれる人がいることを、彼と香恵は痛感した。
「さて、明日…青森に戻ろう。今日はもう遅いから、ホテルに宿泊だね」
「そうね。紫電と雪女が予約してくれているわ」
二人は予備校の外に出た。春の香りを夜風が運んでいた。
豊雲の体は動けていない。緑祁は[ダークネス]を札に戻した。
「もうこの鍾乳洞が持ちそうにない。豊雲、業葬賊との合体を解除して、一緒に早く逃げよう! 今なら崩れる前に抜け出せる!」
地面が揺れ、鍾乳石もボロボロになって落ちてくる。あと少ししたら、この鍾乳洞が落盤するということが、二人にはわかった。
「業葬賊に固執する理由は、ないんだ! 早くしないと手遅れになってしまう!」
「手遅れ、か……」
戦いが終わってから、やっと豊雲が喋った。
「急いでくれ!」
「もう、手遅れなのだよ……。何もかも、な……」
「何を言ってるんだ、豊雲! まだ……ボロボロだけど、道は残ってる。帰れるはずだ! そんな悪霊なんて放っておいて、命を守ることを優先させて」
「業葬賊が、悪霊か……。それは間違いないだろう……。だが、お前はどうだ?」
「……え?」
突如、豊雲が尋ねてきたのである。
「お前は、私の野望を打ち砕いた悪魔だ…………」
「で、でもそれは誰にも望まれていない身勝手な望みだったから……」
「悪魔が人の形をしている……。そして霊障も使え、幽霊が見える……。立派な、悪霊だろう、お前は…?」
「ぼ、僕が……悪霊?」
「そうだ……。考えたことは、ないか……」
その問いかけは、
「何故我々霊能力者は、幽霊を見ることができる…? 失われた命が現世に残した魂に、干渉できる……? 他の人にはできないことを、どうしてできる……?」
「何が言いたいんだ、それは」
「答えは簡単だ……。霊能力者は、幽霊なのだ……」
とんでもない理屈である。だが緑祁は、
「確かに、そうかもしれない」
納得ができた。
「感情があって自分の都合で動けて、しかも除霊ができる。そう考えると、霊能力者は幽霊よりも悪質かもしれないよ。幽霊が肉体を持っている、と解釈できなくもない」
理解ができたのは、彼には豊雲の全てを否定するつもりがなかったからだろう。一緒にこの鍾乳洞を抜け出し、そして豊雲は裁判にかけられる。重罪かもしれないが、それは自身の悪行を償うための必要最低限の処置だ。
「緑祁……お前は、紛れもない悪霊だ……」
「その話は、後で聞く! 今は早くここを離れよう! 業葬賊を解いて!」
「私は、わかった…。お前こそ、【神代】にとっての悪………。祓われるべき、悪霊なのだ……。お前は気づいていないだけで、邪念を宿している……」
「……どういう、意味?」
「考えられない、か……。正夫が言っていたはずだ…。お前の思いやりには、中身がない……」
「かもしれない。でも僕は、誰かのことを思うことが優しさだと信じている!」
「違う……」
「何が、さ?」
豊雲は、言った。
「お前は……。どんな悪人でも罪があっても、救われなければいけない、助けなければいけないと……。その、概念に囚われている……」
言い換えるなら、優しさという感情の囚人になってしまっているというのが豊雲の主張だ。
確かに緑祁には、厳しさが足りていないという自覚はあった。しかしそれは、自分が冷酷や無情になり切れないと思っていたからだと、感じていた。
「その認識は、違うな………。緑祁、お前は、自分の心に気づいていないだけだ……。キッカケがあれば、簡単に黒になれる…。お前の本質は、悪霊、なのだ……」
「豊雲……。でも、僕は…!」
その時、緑祁の足元がグラグラ揺れた。
(まさか、もうここも限界なのか? でもまだ、豊雲が!)
しかしそこに穴が開き、範造と赤実が飛び出したのだ。
「え? 何で、ここに?」
「緑祁、もうこの鍾乳洞が崩れる! 外から見ててもそれがわかった! さあ、逃げるぞ!」
緋寒との約束を果たすためだ。二人は緑祁を助けるために、礫岩を使って穴を作ってここまで来たのだ。
「待ってくれ! まだ、豊雲が!」
「豊雲? が、どこにおるのじゃ?」
赤実が鍾乳洞を見渡したが、それらしい人影がない。
(あの異形な幽霊が、きっと業葬賊であろう? だとすれば、ここには豊雲はもういない! 逃げる一択じゃ!)
二人には、形容しがたい格好をしているそれが豊雲であるとはとても思えなかった。
範造と赤実は緑祁の手を引っ張り、自分たちが通ってきた穴を戻る。
一人残された豊雲。もう目の前に緑祁はいないのだが、うわ言のようにしゃべり続ける。
「楽しみだぞ……。お前が、闇に染まる、その時が来るのがな……! きっと、面白いことが起きるだろう……。それも全て、お前が撒いた種だ……。お前は邪悪の芽を隠し持つ、悪者だ……。自分の正義を押し付けるお前こそ、真正の悪霊なのだから………!」
彼がそう言った直後に、この鍾乳洞は落盤し、完全に崩れてしまった。
「緑祁!」
範造と赤実に連れられ鍾乳洞の外に出た緑祁。血塗れでボロボロだ。香恵が即座に駆け寄り、慰療を使う。
「ありがとう、香恵……! 香恵のことを考えたから、戦えたよ」
傷は治ったが、それでも体力の疲労と精神の疲弊は治せない。フラッとして倒れそうになる緑祁を香恵が支え、
「ゆっくりと休みましょう。今日は、これ以上は何もしないで」
「でも、豊雲が……」
彼女の顔を見ることができて安心したのか、緑祁の瞼が重くなる。そして意識が薄れていき、眠ってしまった。
長い一日だった。しかしそれももう、ここで終わった。
一週間後の夜、福島の予備校で裁判が開かれていた。
「豊雲は……」
緑祁は、その後の話を香恵から聞いていた。
「あの周辺を【神代】の援軍の礫岩を使える人たちが探索した結果、遺体を発見したわ。その場で火葬されて、遺骨はもう集団墓地……主に【神代】において罪人の骨壺が納骨される場所に埋葬されたそうよ」
結果的に緑祁は、豊雲のことを見殺しにしてしまった。
(あの時……)
範造と赤実を説得していれば、結果は違ったかもしれない。礫岩を使える二人の力があれば、豊雲の命を救えたかもしれないのだ。
だがあの場で、二人が緑祁の説明を真に受けてくれるかどうかはかなり怪しい。範造と赤実も、緑祁を救出しなければいけないために焦っていた。長々と話を聞く暇はなかっただろう。
だから、
「永露緑祁君……。自分は罰せられるべきだ、と? しかし、非があるようには思えない。淡島豊雲の死は、変えられなかったことだ。この一件、緑祁及び土方範造、皇赤実は罪には問わないこととする」
裁判で、そう言われてしまう。言い返すことができなかった緑祁は、無理矢理納得するしかなかった。
「続いて……。件の四名だが……」
ここからが、この裁判の本件だ。洋次、寛輔、結、秀一郎のことを裁くのである。
「蛇田正夫や淡島豊雲に脅されていた、という事実はないな?」
「……はい」
正直に答える四人。責任転嫁しようと思えば、いくらでもできる。でも、しない。真面目に自分たちがしてしまったことの責任を取ろうとしているのだ。
「どうにか、できないかな……」
そう呟く緑祁。豊雲を助けることができなかった。でも、洋次たちは今生きている。彼らは【神代】の法なぞ知らない。
「知らなかったから無罪、にはなれないわ。その理屈だけは、この世界のどこの裁判所にも通じないのよ……」
それは緑祁にもわかっている。しかし、
「彼らの処罰を、軽くしてあげられませんか?」
緑祁は発言した。前に辻神たちを最悪の結果……精神病棟送りから救えた。同じことがここでも起きれば、四人の処罰は軽くなるはず。
でもあの時、それを通せたのは鶴の一声……富嶽の提案があったからだ。今は違う。富嶽は神蛾島に用事で出かけており、この裁判には絶対に居合わせられない。
「いいんじゃないか、それで」
しかし、緑祁に賛同する者がこの場に現れた。
「
「ああ」
その人物の方を向いた緑祁と香恵。秦絨蠟の右腕は肘から先がなく、義手も付けていない。
「二月にさ、【神代】で騒ぎがあっただろう?」
「どれのことを言っている?」
「『月見の会』の生き残り? のヤツ。確か三人いたよな」
「それがどうした?」
「その三人、神楽坂さんの部下になったでしょう? 【神代】に奉仕するのが、償いになるとか言って」
「私がそう言ったのではないんだけど……」
満はそう言い否定したが、
「でも、前例があることには変わりないだろ? それに四人はまだ、未成年じゃないか。未来を奪うのは、酷過ぎる」
彼がここで提案する。
「孤児院出身らしいし、ここはその施設で保護観察、でいいだろう。なあ、そう思うよな?」
「う~む……」
この裁判に参加しているみんなが、悩み込んだ。
「【神代】に常に身柄を置いておくなら、それで大丈夫だとは思うが……」
「なら、決まりだろ」
こうして、判決が出た。洋次たちは霊能力を悪用しないよう、保護観察処分となった。
「それが、彼らにしてあげられる唯一の救いなら……!」
緑祁もそれで納得した。
裁判が終わり全てが清算された後、緑祁と香恵は秦絨蠟に駆け寄り、
「味方してくれて、ありがとうございます。秦絨蠟さんの言葉がなければ、洋次たちは……」
「気にするな。俺もお前に興味があったんだ」
「と言いますと?」
「辻神たちをかばった、その優しさ。それを見てみたくて。実際、本物だったわけだし」
もし緑祁の思いやりが仮初めの感情だったら、秦絨蠟は味方しないと決めていた。だがそうではなかった。
「思い出すな、昔を」
右肘をさすって、秦絨蠟は言った。緑祁と香恵は、腕を失うほど大変な思いと出来事があったのだろうと察知し、それ以上のことを遠慮して聞かなかった。
「緑祁! 正夫や豊雲の野郎が何を言おうとな、他人のことを考えられる、思いやれる。それが真の優しさに、変わりはないんだ。自信を持って、前に進め!」
「は、はい!」
何度も否定された、緑祁の優しさ。だがそれを肯定してくれる人がいることを、彼と香恵は痛感した。
「さて、明日…青森に戻ろう。今日はもう遅いから、ホテルに宿泊だね」
「そうね。紫電と雪女が予約してくれているわ」
二人は予備校の外に出た。春の香りを夜風が運んでいた。