導入 その2
文字数 2,945文字
次の日の午前中に、除霊は計画されている。
「頼みます……」
三十代くらいの男性だ。苗字は菅原 。坊主頭で筋肉質な外見。
「どんな風なことが?」
彼を本殿に招き、檀十郎は詳しいワケを聞いた。
「わからない、です…。気が付くと、悪寒がするんです。部屋の電気が勝手についたり消えたりも、します。すれ違う犬や猫から吠えられるんです。どうか、助けてください!」
これに疑問を抱く檀十郎と閻治。
(変だぞ? 確か聞いた話では、怨霊に取り憑かれたはずだ。だが、そういう怨まれるようなことはしていないと? ではどうして取り憑かれる?)
当初菅原は、家の近くの寺や神社に駆け込んだ。しかし取り憑いている霊は怨霊であり、しかもあまりにも霊が強すぎて、そこで対処できないことがわかったのだ。だから【神代】に霊能力者を募集し除霊を頼んだわけである。
「他人に何か、嫌なことをした記憶は?」
閻治が尋ねると菅原は、一瞬だけ彼のことを睨んで、
「そ、そんなこと! 身に覚えがありませんよ!」
表情を和らげてから弁明した。
(年下の我輩にため口を使われたことが、そんなに嫌だったか? それとも……?)
深読みする。
(まあ、いい。貴様が話したくなければ我輩がすべきことはただ一つ! 怨霊に聞いてみるだけだ! 怨まれるようなことを貴様は確かにしでかしておる! 暴いて見せようではないか!)
檀十郎を促し、除霊を始める。菅原を本殿の中央の座布団の上に座らせ、塩を一撒き。周りを囲む修行僧らは読経し、怨霊をまずは彼の身体から引き剥がす。
「うおおおおおおお!」
その怨霊が、絶叫した。同時に閻治も驚いた。
(一体だけではない! 二、三、四……。いいや! 両手で数え切れないほどだ! しかも全てが、強い怨み怒りを抱いておる!)
これは一体、どういうことなのか。
「その魂よ、聞け! 貴様はどうしてこの男に取り憑く? この男が貴様に何をした?」
「くううううううううしゅううううううう!」
この時、菅原には意識はない。床に倒れている。ただその上に、真っ赤で大きな顔が浮かび上がっているのだ。
「話してみろ!」
ワケを尋ねた。怒り狂っている怨霊でも、これは答えてくれる。何故なら、怨みの根源だからだ。どうして怨んでいるのか、何故菅原が憎いのか、その全てを吐き出すのは、怒っていても簡単だ。
「………そういうワケか! なるほどな、それでは黄泉の国に召されんわけだ。現世に留まり、この男に付きまとうわけだ」
事情を理解した閻治は何と、除霊を中断させた。
「いいのかい?」
「寧ろ、貴様はコイツを社会に戻していいと思うか?」
「いいや、全然」
意見は一致。だから菅原が自力で起きるまで待つ。
「う、ん……」
気が付いた菅原は起き上がって、
「終わった、んですか?」
と聞いた。
「まだだ」
そう言う返事がくると、
「なら、完全に祓えるまでお願いします! どうしても普通の日常生活に戻りたいんです!」
大きな声で頼み込む。
しかし、
「それはできんな」
冷血に彼を突き放す閻治。
「ど、どうして!」
「貴様、身に覚えがないと本気で思っておるのか? 誰にどうして怨まれ憎まれ怒られているのか、貴様自信が一番わかっておるだろうが!」
「何のこと、です?」
この期に及んで菅原はとぼけるのだ。それが馬鹿馬鹿しく感じた閻治は、
「振り返ってみろ」
指をクルンと回して指図した。菅原は言われるがまま顔を後ろに向けると、
「ひ、ひええええええ!」
腰を抜かし、床に崩れた。
「わかりやすいように、怨霊に霊気を分け与えて霊感のない貴様にも見えるようにしてやったぞ? どうだ、これでもまだとぼけるのか?」
もはや言い逃れは不可能。それを察した閻治はまず右端の怨霊を指し示し、
「あれは、貴様が五年前に殺した女の霊。今も死体は海の底、殺人事件という認識すらされておらん。隣は、貴様が高校時代にいじめで自殺させた同級生。貴様の証言が元となって、学校側はいじめを認めなかった。その次、貴様が騙して破産に追いやった老人。貯めてきた金を全て持って行かれたために、裁判すら起こすことができず自殺した。もっと言ってやろうか?」
他の十二の怨霊について、閻治は解説した。
「直接だろうが間接だろうが関係ない。全部貴様が殺してきた人間の魂だろうが! 普通の日常に戻りたい、だと? それは貴様に奪われた命全てが望んでいたこと!」
霊を通して、彼は菅原の罪を知ったのである。そして罪人を助けることの方が、除霊できなかったことよりも【神代】の名を穢さない。だから祓ってやるのをやめたのだ。
罪を暴かれた菅原は、猫をかぶるのをやめた。
「だから何だよ? 人生ってのはさあ、死んだら負けなんだぜ? 俺はその勝負に勝ってきただけだ! 負け犬が何匹のたれ死のうが、生きてる奴らが正しいんだよ! 死んだんなら黙ってろ!」
開き直って展開したその理論は、まさに死者への冒涜そのもの。
「反省の色はないか…」
無色であることがわかった。
「大体、死人が何か言ったのか? それで俺は逮捕されんのか? ええ? お前が出鱈目並べてるだけだろうがよ! こっちは金払ってんだ、ちゃんと仕事しろ! この馬鹿が、メルヘン設定は脳内だけにしておけ! 恥ずかしくて見てられない!」
確かにこれは菅原の言う通り。死者の声で人が逮捕できるわけがない。証拠にならないので、法で裁くこともできない。
「なら、返金してやる。とは言っても貴様が働いて稼いだ金じゃないだろう? 誰かを殺して得た金銭だ。どの道こんな汚れた金は受け取れん」
閻治は、前もって渡されていた札束を菅原目掛けて投げた。何十枚もの万札が本殿にばら撒かれる。
「もったえねえじゃねえか!」
その紙幣をかき集めようとした菅原であったが、その動作が止まる。
「あ…?」
掴もうと手を差し出した紙幣に、火がついていることがわかったからだ。
「お、おい! お前まさか、燃やそうって考えてんじゃねえだろうな? そんな馬鹿なことすんなよ、ボケ!」
「確かに燃えておるが、火をつけたのは我輩じゃない」
火を消そうと手を動かす菅原だったが、その手首を誰かが掴んだ。
「え……?」
「さっき言っただろう? 貴様にも見えるようにしてやった、って。それがどういう意味か、まだわからんのか?」
怨霊に力を与えたと、閻治はさっき言った。それはつまり怨霊に、今まで以上の菅原への干渉が可能になったということだ。
「ぐるわっ!」
握りしめる力が一気に増し、菅原の手首の骨を砕いた。
「怨霊はその怨みが晴れると、自然にこの世からいなくなる。まあ行く着く先は地獄だろうな? 貴様もついでに連れて行ってもらうといい」
鬼火だ。一個一個の火の玉が、菅原の体を囲んでいる。そしてそれらは結びついてより大きな炎となる。
「あ、あづいいいいいいいい! 誰か、助けろ! 火を消せ! 速くしろ! 俺が命令してるだろうが、動け! 動けよ!」
叫び声に対し、誰も動かない。
「嫌だ! 嫌だああああああ! 死にたく! 死にたくなああああああああいいいい!」
断末魔の叫び声は、異様にうるさく響いた。
「最後まで救えん奴だ」
その身を焼く炎が治まった時、座布団の上には紙幣の燃えカスだけが残されていた。
「頼みます……」
三十代くらいの男性だ。苗字は
「どんな風なことが?」
彼を本殿に招き、檀十郎は詳しいワケを聞いた。
「わからない、です…。気が付くと、悪寒がするんです。部屋の電気が勝手についたり消えたりも、します。すれ違う犬や猫から吠えられるんです。どうか、助けてください!」
これに疑問を抱く檀十郎と閻治。
(変だぞ? 確か聞いた話では、怨霊に取り憑かれたはずだ。だが、そういう怨まれるようなことはしていないと? ではどうして取り憑かれる?)
当初菅原は、家の近くの寺や神社に駆け込んだ。しかし取り憑いている霊は怨霊であり、しかもあまりにも霊が強すぎて、そこで対処できないことがわかったのだ。だから【神代】に霊能力者を募集し除霊を頼んだわけである。
「他人に何か、嫌なことをした記憶は?」
閻治が尋ねると菅原は、一瞬だけ彼のことを睨んで、
「そ、そんなこと! 身に覚えがありませんよ!」
表情を和らげてから弁明した。
(年下の我輩にため口を使われたことが、そんなに嫌だったか? それとも……?)
深読みする。
(まあ、いい。貴様が話したくなければ我輩がすべきことはただ一つ! 怨霊に聞いてみるだけだ! 怨まれるようなことを貴様は確かにしでかしておる! 暴いて見せようではないか!)
檀十郎を促し、除霊を始める。菅原を本殿の中央の座布団の上に座らせ、塩を一撒き。周りを囲む修行僧らは読経し、怨霊をまずは彼の身体から引き剥がす。
「うおおおおおおお!」
その怨霊が、絶叫した。同時に閻治も驚いた。
(一体だけではない! 二、三、四……。いいや! 両手で数え切れないほどだ! しかも全てが、強い怨み怒りを抱いておる!)
これは一体、どういうことなのか。
「その魂よ、聞け! 貴様はどうしてこの男に取り憑く? この男が貴様に何をした?」
「くううううううううしゅううううううう!」
この時、菅原には意識はない。床に倒れている。ただその上に、真っ赤で大きな顔が浮かび上がっているのだ。
「話してみろ!」
ワケを尋ねた。怒り狂っている怨霊でも、これは答えてくれる。何故なら、怨みの根源だからだ。どうして怨んでいるのか、何故菅原が憎いのか、その全てを吐き出すのは、怒っていても簡単だ。
「………そういうワケか! なるほどな、それでは黄泉の国に召されんわけだ。現世に留まり、この男に付きまとうわけだ」
事情を理解した閻治は何と、除霊を中断させた。
「いいのかい?」
「寧ろ、貴様はコイツを社会に戻していいと思うか?」
「いいや、全然」
意見は一致。だから菅原が自力で起きるまで待つ。
「う、ん……」
気が付いた菅原は起き上がって、
「終わった、んですか?」
と聞いた。
「まだだ」
そう言う返事がくると、
「なら、完全に祓えるまでお願いします! どうしても普通の日常生活に戻りたいんです!」
大きな声で頼み込む。
しかし、
「それはできんな」
冷血に彼を突き放す閻治。
「ど、どうして!」
「貴様、身に覚えがないと本気で思っておるのか? 誰にどうして怨まれ憎まれ怒られているのか、貴様自信が一番わかっておるだろうが!」
「何のこと、です?」
この期に及んで菅原はとぼけるのだ。それが馬鹿馬鹿しく感じた閻治は、
「振り返ってみろ」
指をクルンと回して指図した。菅原は言われるがまま顔を後ろに向けると、
「ひ、ひええええええ!」
腰を抜かし、床に崩れた。
「わかりやすいように、怨霊に霊気を分け与えて霊感のない貴様にも見えるようにしてやったぞ? どうだ、これでもまだとぼけるのか?」
もはや言い逃れは不可能。それを察した閻治はまず右端の怨霊を指し示し、
「あれは、貴様が五年前に殺した女の霊。今も死体は海の底、殺人事件という認識すらされておらん。隣は、貴様が高校時代にいじめで自殺させた同級生。貴様の証言が元となって、学校側はいじめを認めなかった。その次、貴様が騙して破産に追いやった老人。貯めてきた金を全て持って行かれたために、裁判すら起こすことができず自殺した。もっと言ってやろうか?」
他の十二の怨霊について、閻治は解説した。
「直接だろうが間接だろうが関係ない。全部貴様が殺してきた人間の魂だろうが! 普通の日常に戻りたい、だと? それは貴様に奪われた命全てが望んでいたこと!」
霊を通して、彼は菅原の罪を知ったのである。そして罪人を助けることの方が、除霊できなかったことよりも【神代】の名を穢さない。だから祓ってやるのをやめたのだ。
罪を暴かれた菅原は、猫をかぶるのをやめた。
「だから何だよ? 人生ってのはさあ、死んだら負けなんだぜ? 俺はその勝負に勝ってきただけだ! 負け犬が何匹のたれ死のうが、生きてる奴らが正しいんだよ! 死んだんなら黙ってろ!」
開き直って展開したその理論は、まさに死者への冒涜そのもの。
「反省の色はないか…」
無色であることがわかった。
「大体、死人が何か言ったのか? それで俺は逮捕されんのか? ええ? お前が出鱈目並べてるだけだろうがよ! こっちは金払ってんだ、ちゃんと仕事しろ! この馬鹿が、メルヘン設定は脳内だけにしておけ! 恥ずかしくて見てられない!」
確かにこれは菅原の言う通り。死者の声で人が逮捕できるわけがない。証拠にならないので、法で裁くこともできない。
「なら、返金してやる。とは言っても貴様が働いて稼いだ金じゃないだろう? 誰かを殺して得た金銭だ。どの道こんな汚れた金は受け取れん」
閻治は、前もって渡されていた札束を菅原目掛けて投げた。何十枚もの万札が本殿にばら撒かれる。
「もったえねえじゃねえか!」
その紙幣をかき集めようとした菅原であったが、その動作が止まる。
「あ…?」
掴もうと手を差し出した紙幣に、火がついていることがわかったからだ。
「お、おい! お前まさか、燃やそうって考えてんじゃねえだろうな? そんな馬鹿なことすんなよ、ボケ!」
「確かに燃えておるが、火をつけたのは我輩じゃない」
火を消そうと手を動かす菅原だったが、その手首を誰かが掴んだ。
「え……?」
「さっき言っただろう? 貴様にも見えるようにしてやった、って。それがどういう意味か、まだわからんのか?」
怨霊に力を与えたと、閻治はさっき言った。それはつまり怨霊に、今まで以上の菅原への干渉が可能になったということだ。
「ぐるわっ!」
握りしめる力が一気に増し、菅原の手首の骨を砕いた。
「怨霊はその怨みが晴れると、自然にこの世からいなくなる。まあ行く着く先は地獄だろうな? 貴様もついでに連れて行ってもらうといい」
鬼火だ。一個一個の火の玉が、菅原の体を囲んでいる。そしてそれらは結びついてより大きな炎となる。
「あ、あづいいいいいいいい! 誰か、助けろ! 火を消せ! 速くしろ! 俺が命令してるだろうが、動け! 動けよ!」
叫び声に対し、誰も動かない。
「嫌だ! 嫌だああああああ! 死にたく! 死にたくなああああああああいいいい!」
断末魔の叫び声は、異様にうるさく響いた。
「最後まで救えん奴だ」
その身を焼く炎が治まった時、座布団の上には紙幣の燃えカスだけが残されていた。