第3話 飛来した花 その3

文字数 2,502文字

 だがそれは、逆鱗に触れること。

「やっぱり、捕まえて支配するのが目的なんですね」
「んん、どういう意味だ?」
「そういうことは聞けないんだ、オッサン」
「どうしてだ? 君たちのことを心配しているからこそ、この寺院に……」
「うるさい!」

 久実子が怒鳴ると同時に堕天闇を繰り出した。増幸は逃げることができず、それに当たった。

「な、何て強い霊障だ……!」

 幸い命は無事。倒れた増幸に雛臥がすぐに駆け寄る。

「雛臥君、彼女らを捕まえるんだ! そうしなければ元の世界に戻せない。こっちの世界は彼女たちにとって、安全ではないんだ…」
「わかりました!」

 改めて雛臥は、花織と久実子の前に立つ。

「わたくしたちは、誰の下にも付きません。誰にも支配されません」

 そう言いながら花織は、和紙のような札を取り出した。

「それは何だ?」

 新しい霊障か。身構える雛臥だったが、

「こちらの世界にもあるでしょう? 式神(しきがみ)という存在は……。[ジュレイム]、出番です」

 その札から、式神……形式上の神が現れた。樹木のような見た目の竜だ。

「[ジュレイム]、時間を稼いでください。わたくしたちはこの寺院から逃げます。ここにいては、支配されてしまう可能性があるのです」

[ジュレイム]という名前のそれは、唸り声を上げた。

「逃がすわけにはいかない!」

 すぐに雛臥が駆けるが、式神が邪魔をする。

「退いてくれ。それができないなら、燃やす!」

 指先から業火を繰り出した。式神への対処は、簡単だ。札を破壊するか、式神自体を壊してしまえばいい。炎は十分に破壊できる。
 のだが、それが[ジュレイム]に通じていない。放射された火炎を体で受け止めてそれを飲み込み、逆に体が大きくなる。

「これが、この式神のチカラなのか…!」

 式神には固有のチカラがある。[ジュレイム]の場合、周りの炎を自分の糧にすることだ。体から伸びる枝が、葉ではなく炎を生い茂らせている。

「スウウウウウゥゥゥウウッ!」

 息を一気に飲み込むと、

「スバアアアアアアアッウ!」

 吐き出した。炎が混じる、赤い息。寺院内部の木々や草を燃やすこの炎、雛臥は逃げることしかできない。

「僕では勝てない…? あの式神を突破できないのか!」

 だが、海神寺には他にも霊能力者がいる。彼らは鉄砲水を繰り出せるため、消火を試みた。けれども無意味。[ジュレイム]は植物としての性質も持ち合わせているために、水を吸い取ってしまえるのだ。

「ヤバい! 逃げろ逃げろ!」
「本殿だけは守れ!」
「火を消せ!」

 増幸と雛臥は逃げた。敵わないのなら、優先すべきは命の安全。

「あの二人が、逃げて行く……」
「今は僕らも安全な場所を探さないといけません! 追跡は後です!」

 とにかく火の手から逃れるのだ。途中で骸のことを拾い、また道雄と勇悦とも合流して海神寺から離れる。

 その海神寺を電信柱の上から見下ろす人物が一人いた。彼は手に持つダウジングロッドから電気を撃ち出し、海神寺を焼き尽くそうとする炎を一気にかき消したのである。

「よからぬ気配を感じて来てみれば、結構大事になってるじゃねえかよ!」

 紫電だった。彼はジャンプして海神寺の中に降り立ち、[ジュレイム]を睨んだ。

「プシュウウウウウウ……」
「ガン飛ばしてんじゃねえぜ、式神のくせに! 俺は容赦しねえ。お前の小細工は通じないんだからな!」

[ジュレイム]が息も吸わずに火炎を吐き出した。だが紫電の撃ち出した電霊放は、その炎にすら干渉し中和し無効化。そして[ジュレイム]の体ごと貫いたのである。

「スリュウウウウウウイイイイ……」

 式神は、死者の魂から作られている。だから破壊された場合、魂など残らない。これは世界に関係ないことだ。[ジュレイム]の体は砕け散り、灰塵と化した。

「さてと、この犯人を探さねえとな…!」

 紫電からすれば、緑祁を追いかけていると思ったら事件に遭遇していた。自分の事情を優先したい気持ちはあるのだが、海神寺の人から緑祁たちが宿泊していたことを知るや否や、

「なら、アイツも犯人捜しを優先するはずだ! だとしたら俺がすべきことは一つ! 緑祁よりも先に犯人を暴いて捕まえること!」

 挨拶もしないで紫電は海神寺から駆け出た。ダウジングロッドを駆使すれば、探すことは不可能ではない。


「……ということなんだ」

 その二人が海神寺を襲撃して、数時間が経過。戻って来てみたらほとんど鎮火され、奇跡的に本殿が残っていた。

「じゃあ、その人たちを見つけ出して捕まえることを、すべきなんですね?」
「そうだ。でもあの二人はどこかへ逃げた」

 行き先は不明だ。だから探すのは困難。

「そもそも、その二人の目的は何なの?」

 香恵が聞くと、

「わからない。彼女らは何を求めて活動しているのか…。その全てが不明なんだ」

 増幸の答えは、答えになっていない。でもそれしか返事ができないのは、緑祁も香恵もわかっていること。

「隣接世界からの者が野放しになっている現状は、危険極まりない。現に二人はためらうことなく海神寺を攻撃した。ここは【神代】からの指示を仰ごう」

 賢明な判断である。

「わかりました…」

 緑祁と香恵もそれに頷く。


 二人は増幸の用意したホテルに泊まれることになったが、その前に雛臥と骸に会いに行った。病院の面会時間はとっくに過ぎているので、霊障を駆使して忍び込むのだ。

「軽い怪我だよ。明日にはもう退院できるんだ」

 雛臥はそう言うけれども、頭に包帯を巻いている。隣のベッドに寝ている骸は、

「心配すんな。傷という男の勲章が二、三個増えただけだからよ」

 気にしていない様子。だが、

「あの二人だけは、絶対に捕まえてくれ! 今、動けない俺たちに代わってお前らが!」

 その熱い思いは、緑祁たちに託した。


 一方の花織と久実子は、海神寺から結構離れた場所にいた。

「ああ、[ジュレイム]の札が…」

 式神が破壊された場合、その式神を封じ込めている札も壊れる。当然逆もある。だから花織は[ジュレイム]の敗北を悟った。

「花織、大丈夫さ。あんたにはあたしがいる!」

 そう言って久実子は彼女のことを抱き寄せる。

「わかっています。でも、心配なんです……」
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