導入 その2

文字数 6,705文字

 この森は、曰くがついている。戦国時代に何かしらの呪いが生まれた場所なのだ。

「確かこの前、除霊の依頼が出されていたはずだが?」

【神代】は定期的に悪い霊が住み着いているかどうかを調査し、駆除している。大元の呪いを解くのは難しいので、現在はそれで妥協しているのだ。

(本気を出せばこんな心霊スポットくらい、潰せるはずなのだがな……)

 ここにはおそらく、霊能力者の仕事がなくなってはいけないという思惑も含まれているのだろう。呪いを完全に取り払ってしまうと、除霊の仕事が消滅してしまうからだ。だからある程度の手抜きが施されてしまっている。

(難しい塩梅だな。人々の安全を優先するのなら、確実に呪いは潰さねばいかん。しかし霊がいなくなっては、霊能力者に仕事を斡旋できん!)

 個人の感情と、霊能力者組織の運営。今その二つは天秤に乗せられ、均衡状態だ。

「今は感情を優先しよう。とにかく助けだすのだ」

 確か、この森の奥には祠があった。きっと五人はそこに向かったはず。機傀で方位磁石を生み出し方角を確かめると閻治は動き出す。
 数分歩くと、その件の祠にたどり着いた。

「あ、あううう。あうあうあ……」

 五人の学生はそこに倒れており、言葉にもならないことをブツブツ呟いている。

「見つけたぞ!」

 そこに閻治が到着。五人の前に立っているのは、悪霊だ。

「悪質だな。何も知らん者の命を貪るとは……。看過できん行為だ」

 すると悪霊、

「お前の方が美味そうだ」

 喋った。どうやらコミュニケーションが可能な類の幽霊であるらしい。そしてこの五人はコイツの保存食にされそうになっている。

「我輩が、か?」
「ああ、そうだ。強力な霊力を持つ者は、美味いっていう定番があるのだ」
「それは嬉しい評価だ」
「だろう? そしてお前は、我に食われて魂の一部となる!」
「愚かだな」

 閻治は呆れたため息を溢した。

「何だと?」

 それを聞き逃さない悪霊。

「我輩のことを強力な霊能力者と認識しておきながら、勝つ気でいるのか? 自分を過大評価しておらんか?」
「人の子よ、生きている間は我には勝てん。その命を我に……」

 捧げよ、と言い終わる前に閻治が先制攻撃を仕掛けた。機傀で作ったパチンコ玉を帯電させておいて、それを悪霊の上に放り投げ雷を落とす。

「ささグワワ!」

 電雷爆撃だ。今のこの一撃で、悪霊の左半分が溶けた。

「アアアアア!」
「どうした悪霊? 我輩に勝つのではなかったのか?」
「うぐぐ、お前……! 必ず殺す! その魂を肉体ごと食ってやる!」
「できんな、貴様では」

 この傾いた形勢を逆転することはまず不可能。

「そうかな、人の子よ……」

 しかし悪霊は他の幽霊を招集した。

「むっ!」

 さっきと同じ、クマ型の幽霊だ。それが七体、一気に出現。

「さあ、コイツをボロクソにしてしまえ!」
「ガオオオオオオ!」

 爪も牙も鋭い。だが閻治はそれが、自分に届かないことを知っていた。

「こういう群がった輩どもに有効なのは……極光か」

 鬼火と電霊放を合わせ、幕状のオーロラを展開する。それに飲み込まれたクマの幽霊が一気に消えていく。

「馬鹿な?」
「馬鹿は貴様だ」

 閻治は悪霊を、一対一の戦いに引きずり下ろした。

「く、くううう! しかし! 我には勝てんぞ!」
「もういい」

 冷たくそう吐き捨てる。その息が雪に変わり、周囲に舞う。これも霊障だ。

「ふはははは! こんな雪程度で勝てると思っているのか!」
「何のための雪か、を考えられないところが、貴様の敗因だな」
「あ?」

 その雪に閻治は電霊放を撃ち込んだ。すると雪がその電気を反射し、悪霊に当たる。

「ぐ、があああ!」

 一発や二発ではなく、数十発分も撃ち出し、雪で反射。その全ての電撃が悪霊を襲うのだ。

「ぎええええええ! こ、こんなばばばば馬鹿な? この我が、人間ごときに負け、負け、負けるだって……! あ、あり得ないいいいい!」

 霊障合体・雷雪崩が悪霊を飲み込むと、それを瞬く間もなく蒸発させていく。

「勝てる勝てないを決めるのは、貴様じゃない。我輩だ……。その認識が、甘かったな」

 悪霊は最初に、閻治のことを強者と言った。そのことを頭に入れて最初から全力をおけば、こんな無残な結果にはならなかったかもしれない。
 祠には手を加えなかった。下手にあの世の怒りを買いたくないという判断だ。

「さて……。あの五人をどうやって運ぶか? 一人ずつでは遅すぎるし、他の幽霊もやってくるかもしれんしな。朝まで待つか? いいや松永は気が短いし……」

 この状態の人は、自分の意思では歩くどころか立ち上がることすら不可能だろう。
 悩んだ結果、一人ずつ少しずつ動かすことに。時間はかかるが確実に運び出せる。


「どうなっているんだ、この森はぁ!」
「あんなの聞いてないよ!」

 バスに乗っている学生たちは、騒いでいた。松永は一人、学生たちがバスから出ようとしないかを運転手に座って見張っている。

「まだかな、閻治様は?」

 ほどなくして閻治が、彼の視界に入った。松永はバスから降り、

「何一人でバケツリレーみたいなことをしているんですか?」
「仕方ないだろう! 他に人手がなかったんだから!」

 式神に手伝わせようにも、そういう力のある式神はさっきの二十人の護衛をしているので無理だ。今もバスの周辺を見張ってくれている。

「では行くぞ! 明日はちょうど土曜日だから、一日を除霊にあてる。目的地は……東京都にある、凶霊(きょうれい)()だ!」

 ついでにメッセージアプリを起動し、平等院慶刻と白鳳法積に連絡を入れる。二人に除霊を手伝わせるのだ。
 朝の九時になって、ようやく凶霊寺に到着した。

「おはよう!」

 慶刻は眠たそうな目を擦りながら、バスに向かって手を振る。

「呼び出すなよ、こんな朝っぱらに!」

 悪態を吐いている法積ではあるが、断らずにきちんと閻治の要望に応じた。
 閻治がバスから降りると、

「凶子には話をつけてある。早速始めたい」
「こんなにいるのか、ひえー。こりゃあ俺とお前、ついでに法積がいても一日かかるぜ……」

 とにかく何が起きているのかを、みんなに説明したい。お寺の修行の間に二十人を案内する。

「久しぶりね、閻治! あんたの要望通りに用意しておいたわ!」

 襟谷(えりたに)凶子(きょうこ)が言った。彼女はこの寺院の跡取り娘だ。この修行の間は彼女が準備をし、いつでも除霊ができるようにしてある。

「助かる! この人数だ、我輩でも手こずるからな……。凶子も手伝ってくれ!」
「あいよ!」

 集めた二十人に加え、意識がおかしくなってしまっている五人もここに連れ込む。

「神代先輩、これはどうなっているんですか?」
「まず、そこからだな。静かにしていろよ?」

 閻治は今、彼らに起きていることを説明する。

「貴様らは、祟られたのだ! あの時間帯にあそこに行けば、誰だって呪われる!」
「祟り? 呪い?」

 話が飲み込めていない様子だ。

「そんな非科学的なことを!」
「では、この状態をどうやって説明する?」

 あの祠に近づき、嘲笑ったせいで祟られ呪われた。そのせいで意思疎通ができない状態になってしまっている。

「当然だ。今この五人の意識は、この世とあの世の中間点を彷徨っておる! まず、その精神を体に戻さねばならん!」

 ここで慶刻と法積が数珠を人数分持って来て、五人の腕に通した。

「蝋燭も必要でしょう、閻治?」

 さらに凶子が太い蠟燭を持って来て、一人一人の前に立てた。

「さて、ここからだな問題は。難易度が高い。我輩なら成功間違いなしだが、一人だけでは手間取るしな…」

 失敗は絶対にしないという意識。でも閻治一人ではかなりの時間がかかる。だから慶刻と法積を呼んだのだ。

「早速始めよう……。遅くなればなるほど、手遅れになる!」

 蝋燭に火をつけ、雨戸を閉めて照明を消す。ユラユラと揺れる小さな火たちが、この間にいる人たちを照らしている。

「慶刻、法積、凶子! 読経を頼むぞ!」

 言われた通り三人は経を唱え始めた。息ぴったりだ。

「この者たちに取り憑く者よ、出て来い」

 五人の内一番先輩の学生に指をさす。まだ黙っている。

「早く出て来い! 苦しみたいのか? 言葉があるならその体を借りて発言しろ」

 すると、

「ううう、うううう! あうああああああ!」

 突然泣き出した。

(子供の幽霊が入り込んでおるな、コイツには……)

 他の四人も赤子のように泣き出す。

「安心しろ、三途の川の向こう側に送ってやる。ただしその者たちは自由にせよ! 拒むのならば、こちらも容赦はしない」
「がううう。あああばああ!」

 人語を話しているようには聞こえないが、閻治には意味がわかる。彼の提案を拒まれている。

(当たり前か……)

 きっとこの子供たちは、大人の都合で命を奪われたのだろう。この世に未練を残すほど無念だったに違いない。そんな霊魂が安住の地を求め祠に祀られていたのに、それを五人が荒したのだ。怒りも感じているはずだ。

「気に食わないのか? 自分たちは死んで、この者たちが生きていることが?」
「う、ううう!」

 これを閻治はイエスととらえた。

「言いたいことはわかる。だが死者が二度目の人生を歩むことは許されん。たとえ生身の体を借りても、だ」

 そして息を大きく吸って、

「自然の摂理を侵す者は、どんな理由があろうと許せんぞ!」

 怒鳴った。

「今ならまだ、引き返せる。苦しまずに済む。だがこれから先は、今以上に苦しく辛い」

 これは最終警告だ。これを拒まれたのなら、閻治は無理矢理除霊することになる。そして幽霊の方がこの警告に頷くとは思っていない。

(駄目か……。じゃ、仕方なかろう)

 視線を凶子に送った。すると凶子は数珠をポケットから取り出し、それを引っ張って引き千切る。すると、

「っがああがあああががががあああああ! ばあああばばばばばばあああばばば!」

 五人が苦しみだした。当然だ。この修行の間は閻治から連絡を受けた段階で、除霊の準備をしてあり結界を張っていた。その結界の中で平気だったのは、凶子が力を抑えていたからだ。今その抑制を外したので、結界の力がフルに発揮されている。
 慶刻たちに加わり、閻治も経を読み出した。時間にして五時間、休憩も取らず水分も補給せずにぶっ通しで。かく汗すらも拭きとらないほどの集中力と持続力だ。

「………」

 蝋燭の炎が勢いよく燃え、この五時間で全部溶けてしまった。そうしたら子供のように騒いでいた五人は力を失ったかのように黙り込んだ。

「ふ、ふう……。やっと終わったか! 強力な幽霊だった」

 この沈黙を最初に打ち破ったのは、法積だ。水筒を取り出しお茶をゴクゴクと飲む。慶刻もトイレに立った。

「もう大丈夫よ。次に目覚めた時は、ちゃんと自分の意識持ってるはずだから」

 凶子が寺院の修行僧に促し、その五人を客間に運ばせた。

「まだ終わっとらんぞ。さっきよりも簡単だが、人数が多い分時間がかかる」

 あと二十人の分がまだ残っている。慶刻が戻って来たタイミングでもう一度除霊を始める。

「我輩が、いい、と言うまで動くなよ? 簡単だがそれ故に、ちょっとしたことで失敗することがあり得るのだ」

 ゴクリと唾を飲んだ学生たちは言われた通り静かにし、凶子から配られた数珠を合掌した手に通す。
 四人は読経を始めた。一番声を出しているのは閻治。疲れを微塵も感じさせない声で、何度も何度も経を繰り返す。
 時間にして四時間が経った時、

「いいぞ」

 閻治が言った。

「あ、あれ……?」

 学生たちは感じた。さっきまでの肩の重みがなくなっている。重い雰囲気や気分も消えている。

「これが、除霊……」
「そうだ。これに懲りたのなら、もう二度とあんな馬鹿な真似をしないことだ。次回からはちゃんと金を取るぞ!」

 しかしこれで終了とはいかない。

「神代先輩、ちゃんと説明してくださいよ! さっきから何が起こっているんです?」
「最初に説明しただろう?」
「簡単過ぎて理解できませんでした!」

 知る権利が彼らにはある。そう感じた閻治はまず心霊スポットの曰くを解説。

「いいか? 貴様らが向かった森は数百年前、処刑場だった。犯罪者はもちろんだが無実の人も大量に殺された。戦に負けた人たちも死地として選び大勢が自害した。そんな場所に遊び半分で行ったのなら……呪われるに決まっておる」
「そもそも神代先輩は、何者なんですか?」

 根本的なことを問われた。

「一般には、霊能力者と呼ばれる部類だ。つまり死者の声が聞こえるし、姿も見える。こうして干渉することだってできるわけだ。我輩だけではない、慶刻も法積も凶子も同じ」

 霊能力者の存在は、あまり公にはされていない。信じない人が多いからだ。事実今閻治がカミングアウトしても、大半の学生は、

「何を痛いこと言ってるんだ?」

 と言いたげな顔をしている。しかし閻治は大真面目に、

「いいか後輩! この世の中には満たされぬ魂が存在しておる! それは幽霊となり、生きる者に害を成す。その物の怪や化け物から人々を守る者たち……それが、霊能力者! 社会を陰から支えている者。影に生き、魔を葬る者。闇の中で、人々の安息を願う者、だ!」

 と、述べた。

「神代先輩が、そうなのですか?」
「そうだ」

【神代】の存在は上手く隠しつつ、自分たちが他の人たちとは少し違うことを理解してもらう。のだが、

「じ、じゃあ神代先輩は……幽霊の仲間なんですか!」
「ばばばばばばば化け物? 悪魔? エクゾシスト? それとも……ひぃえ!」
「………ん?」

 変な方向に納得されてしまったようだ。

(一般人に霊感が霊障が~云々言っても通じんか……)

 そこで慶刻が、

「そこまで変に考えないでくれよ? 普通の人と何ら変わらないさ。ただちょっと、スピリチュアルな人たち、ってこと!」
「変人じゃん、それ」
「そうじゃなくてだな……」

 彼も解説に困っている。ここで法積が、

「よく、テレビでやる心霊番組あるじゃん? アレに出演する、霊能力者みたいな感じだと思ってくれ」

 厳密には全然違うのだが、彼は相手に納得してもらうにはそう言うしかないと判断したのだろう。

「胡散臭い!」

 そんな返事を投げられた。


 除霊が終わったので、まず二十人の学生を大学の最寄り駅に送る松永。凶霊寺にはまだ眠っている五人が残り、目覚めを待っている閻治たちが居間で喋っていた。

「失礼じゃないの、アイツら! 私たちが変人ですって? どうやら教育が足りてないようね……!」
「難しいんだ、この概念はさ。俺も今まで、周りの人に教えてなかったし」

 怒り気味の凶子に対し、法積はそこまで感情が高ぶっていない。きっと今までの人生で同じような衝突があったのだろう。そしてその度に、

「理解できないのなら、しなくていいさ」

 と、言ったに違いない。
 法積はそれで良かったかもしれない。だが閻治としては、

「霊能力者の定義を見直す必要があるかもしれんな……」

 悩んでいた。

「でも、【神代】は公の組織じゃない。そこまでしなくてもいいのでは?」

 慶刻がそう言うが、

「それでは、今年度は同級生に敬遠されて一人で過ごさねばいけなくなる……」

 これは冗談で、

「いつの日か、【神代】の存在が表に出るかもしれん。その時に理解してもらうために、何を言えばいい?」
「閻治が跡を継いだら、そういうことをするのかい?」
「いいやそうではない」

 ただ、彼の中に引っ掛かっていることがある。

「後輩が言っておったな…。我輩たちは幽霊の仲間か、と」

 もちろんそのような事実はない。だが、

「他の人から見れば、我輩たちがやっていることは不自然不思議不気味なことだ。そう思われても仕方がないのかもしれん」

 自分たちは幽霊の仲間か、それと同類なのか。魔物や化け物の類なのか。
 よく考えればおかしな話だ、生きているのに死者と関われるのは。生者なのか死者なのか、曖昧になってしまっている。

「【神代】の霊能力者の定義は確か、明治時代頃に決められたっけか?」
「そうだ。我輩の先祖……初代【神代】が、色々な資料を基に決めたこと」

 一度、原点に立ち戻ってみる必要があるかもしれない。

「そんな必要、ないと思うけどな。俺たちはずっと、影の存在なんだ。表に出る必要なんてないんだ。内輪だけで通じる話でいいじゃないか」

 慶刻はそれを望んではいなさそうである。しかし閻治は、

「なら我輩の中だけでもいい! 霊能力者とは何か、何をすべきか、何を目指すのか! 決めてみせる!」

 将来【神代】を引っ張る身となるからだろう、彼には覚悟があった。その挑戦の精神がいつ開花するかはわからない。だが、そういう意識を持っていること自体が大事なことなのだ。
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