第10話 花は実を残す その2

文字数 3,013文字

 この、海神寺で起きた実験が招いた事件はこれで終わった。緑祁は[ライトニング]に、香恵は[ダークネス]の背中に乗って、七草神社に飛んだ。夜の空を移動する二人は誰の目にも映らずに、静かに神社に到着した。

「な、なんや? これ?」

 道雄が庭の掃除をしており、急に目の前に現れた二人と二体の式神に驚いて尻餅をついた。

「ここで話すのもなんだし、増幸さんを呼んでそこで」

 増幸の部屋に向かう。少し遅れて雛臥と骸も到着。
 そこで緑祁と香恵は、事の顛末を説明した。

「ふむ、そういうことが……。だがそれは、本当かい?」
「証拠ならあります」

 緑祁が式神を召喚してみせる。

「おおお、これは…」

 研究者である増幸は一目見ただけで、この二体が普通の式神ではないことを見抜いた。

「素晴らしい! こんなことが起こるなんて! 研究は驚きの連鎖だが、これ以上の発見はないぞ! すぐに論文を書かなければ!」
「増幸はん……。その前に、【神代】になんて言い訳するんや? 海神寺の修理、けっこうかかるんとちゃう?」

 儀式は極秘で内容は【神代】にすら話せない。だからどう言いくるめて代金を工面するのか、道雄は疑問に思った。

「まあええやんけ、大事にならんかったんやし。雛臥に骸、報告書を代わりに書いてくれへんか? 【神代】には、未知の妖怪が現れたとか言っておけば大丈夫やろ?」
「任せろ」

 実際に隣接世界の式神は、そのような存在と言っても過言ではない。それが海神寺を襲ったのも事実なので、骸は了承した。道雄からノートパソコンを受け取った雛臥は、

「うげえウインドウズ? 僕、パソコンはマックじゃないと認めない派なんだけど…」
「おいお前! この前携帯買い換えた時、アイフォーンはスマートフォンじゃない、って言ってなかったか?」

 どっちにしろ雛臥はIT関連の知識がほとんどないので、骸がパソコンを奪い取った。

「増幸、俺たちが遭遇した妖怪は、緑祁と香恵、それに紫電が対処して退治し、事件は解決した……そんな筋書きでいいんだな?」
「よろしく頼む」
「オッケーなら任せてくれ」

 隠蔽工作のように感じるが、それは仕方ないことだ。もし事実を【神代】に報告すれば、

「では、その二体の式神を提出せよ」

 と、言われかねない。

「二体は…いいや、二人は誰にも渡さない。花織と久実子の魂は死んでないんだ。その意思も僕のこの札の中で生きているんだ」

 だから、増幸に同じことを言われても断った。研究材料にするなど、絶対にお断りだ。

「しかし、いいことを聞いたぞ!」

 提出を断られた増幸だったが、その顔は明るかった。

「新しい情報は金塊よりも価値があるからな……。隣接世界の人間がこちらの世界に来れば、そのまま霊魂を操作して式神にできる! これは大発見だ!」

 何かしらの発想が生まれたのか、この日彼は寝ないでノートに向き合い、得た知識とそれを基にした実験の情報を書きなぐった。


 もう気づけば、外が明るくなる時間帯である。戦って疲れているはずなのに、緑祁はちっとも眠くなかった。

「夜が明けるわね」

 窓の外を見ている香恵も、起きていた。

「うん」

 二人はたった一夜の間に、自分たちとは全く違うルールを持つ人物とぶつかって、そして勝利し、さらに常識を覆す出来事まで引き起こしていた。興奮しているためか、眠気が襲ってこなかったのである。

「でも睡眠不足は肌にも頭にもよくないわ。今日は休んで明日、新幹線で青森に戻りましょう」
「わかったよ」

 敷かれた布団にようやく入り込んだ香恵。でもまだ緑祁は座椅子の上に座っていた。手に二枚の札を握り、思う。

(僕の人生、これから先に何があるかはわからない。でも花織、久実子…いいや、[ライトニング]と[ダークネス]、僕に力を貸してくれ!)

 その思いは式神にも届いており、札が一瞬だが光った気がした。同時に二人の顔が、式神のそれになって頷いたような感覚も覚えた。

 こちらの世界に残された実は、緑祁が明日に向かって運ぶのだ。


 次の日の夕方に、紫電は七草神社を訪れた。

「探し回ったけどよ、あの二人が全く見つからないぜ……。俺のロッドが壊れたのか?」

 しかしそうではない。道雄が、

「その問題なら、もう緑祁が解決してくれたんや。そやさかいワイらも数日のあいさに海神寺に戻んで」
「な、何い! 緑祁が、だと!」

 紫電に衝撃が走った。またも緑祁に出し抜かれたのである。

「やってくれたな、緑祁ぇ……! だが俺も諦めないぞ? 次こそは絶対に、勝ってやる!」

 躍起になっている紫電。ただで八戸には帰らない。

「式神を新たに得たって言ってたな? ならば俺も!」

 負けず嫌いの彼は、自分の式神を作るつもりなのだ。だが、隣接世界からやって来た花織と久実子の痕跡はもうどこにも残っていない。彼女たちが所持していた式神のも、どこを探したって見つからないだろう。

「でも、いいぜ。自分のは普通で相手のが特別ってのも、悪くはねえんだよ」

 彼が向かった先は、初日に訪れた大内病棟の近くの森林だ。川も流れている、自然溢れる場所。同時に、怪しい気配に引かれて霊も集まる場所だ。紫電が病棟の廃墟霊を撃破したとしても、異様な雰囲気には変わりないので霊が流れ着きやすいのだ。
 死人の魂から式神を作れないのは、紫電も同じだ。だからこそ、霊の種類が豊富な森に来た。

「ちょうどいい、こっちに来てくれ」

 手で招くと、浮遊霊が彼の元に来る。どれも生前は人間以外の動物だったらしく、その霊魂の温もりはやや冷たい。

「じゃ早速だが、仲間になってもらうぜ?」

 札を三枚取り出した。二枚にしなかったのは緑祁への対抗意識の表れか。そしてすぐに霊魂に札を当て、名前を書く。時間にして数秒。そんなわずかな動作で紫電は己の仲間を獲得した。
 三体の式神。[ライデン]はイノシシ型である。[ヒエン]と名付けた式神はツバメの姿をしている。見た目がカブトガニであるのが[ゲッコウ]だ。
 三体とも、紫電に敵意を向けた。主と認めていないのだ。

「なら、気が済むまで戦ってやるぜ?」

 その場合、力を見せつければ従えることができる。[ライデン]は炎を操り、[ヒエン]は風を生み出し、[ゲッコウ]は水を放った。

「ちょうど、アイツの霊障と同じか……。でもそれがいい!」

 電霊放の敵ではない。威力は加減しても、一発で十分力関係の差を理解させた。すると三体とも、従順になった。

「よし、いいぞ! これから帰るとするか。まだ大学の課題も結構残っているしよ。もう帰るぜ? ちょうど今からなら予約したファーストクラスに間に合う!」

 力を得たのは、緑祁だけではない。紫電も自分なりに、仲間を増やしたのである。彼からすれば、元からこちらの世界にあった実を拾った感覚だろう。それを式神にすることで、自分に合うように彩ったのだ。

「必ず越えてやるぜ、俺は緑祁のことを!」

 三つの霊障と同じチカラを持つ式神がいることは、紫電にとってプラスにしかならない。これからその式神を使って訓練し、確実に対処できるようにすればいい。そうすれば自ずと緑祁に勝つ道が開ける。
 帰りの飛行機の中で紫電は考えた。

(緑祁を越えた先に、霊能力者としての俺が待っている気がする……。それを必ずつかみ取ってみせる!)

 と。

 花は実を残すために咲く。だから物事にはそれに基づく結果がある。緑祁と出会ったことが花であれば、実の方は、紫電の勝利なのだ。
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