導入 その2
文字数 4,694文字
閻治は説明する。
「まず一番に思いつくのが、『帰』だ。これはいわゆる死者蘇生」
「カエリ……。それのどこがいけない? 死んだ人の魂はこの世に残るが、【神代】はそれを容認しているじゃないか?」
「魂が自分の意思で残るのはよい。だが、これは肉体レベルでもう一度生者としてやり直すのだ。それは、死した者が二度目の人生を歩んではいけないという地球が築き上げた常識に反する」
「なるほど。通りで禁止なわけだね」
「次は、『別 』。特殊な霊術で、魂を二分割する。その時肉体も作られるために、同じ人物が二人同時に存在することになるのだが……」
一見すると便利そうではあるが、片方が傷つくとそれがもう片方にフィードバックされる。仮に死んだら、もう片方もそれに引っ張られて死ぬ。だから身代わりにはならない。さらに霊力の絶対量も下がる。故に、禁止。
それとは逆に、『重 』という禁霊術がある。これは二人以上の人間を一人にしてしまうことをさす。行うと、二重人格者のようになってしまうらしい。霊力は上昇し使える霊障の数も増えるのだが、一つの体に二つ以上の精神が存在している状態はとても不安定で危険であり、長い期間の命の保証ができない。それに『別』を使っても元の状態に戻れないし、現在の【神代】ではこの禁霊術を解く方法がないので禁じられている。
「最後となるのが、『契 』だ。貴様、冥婚って知っておるか?」
「地方によるらしいね。確か、若くして死んだ人の霊の慰めのため、存在しない人物を作って結婚をさせることだろう? 魂を悪霊にさせないための処置と聞くけど、それも駄目なのかい?」
「普通の……文化としての冥婚は許されておる。だが中にはおるのだ、生きている人を相手とする冥婚をさせようという輩が。それをするとな、死んだ結婚相手と同じ死に方をしてしまう。遠回しの殺人に等しいわけだ。許されてたまるか!」
以上の四つ。『帰』、『別』、『重』そして『契』が【神代】における禁霊術である。これからの時代によってはさらに増えるかもしれないが、減ることはない。
「それを破ったのなら、死あるのみ。……今の【神代】の温和な雰囲気だと、死ぬまで精神病棟で過ごすことになろう。当然の罰だ」
「それが、慰霊碑の破壊と同じレベルなのか」
「そうなるな。この規則に違反することは誰にも許されん。我輩もその父も、いつか生まれるであろう我輩の子にも、な」
「ほほう。閻治君にはもう許嫁かお嫁さん候補がいるのか」
「………」
無言なのは、いないと言っているのと同じ。いつかは結婚するのだろうが、そのビジョンがまだ明確には見えていないのだ。
「とにかく! 会議で話し合われた四人は慰霊碑を破壊した! これはもう禁霊術に等しい罪! 我輩の祖父、標水が健在だったのなら、即刻処刑であった!」
「あの人、結構な過激派だったものね。何回か話したことあったけど、いつも背筋がヒヤヒヤするんだ」
「死んだ者の悪口を言うのはどうかと思うが、否定はせん………」
祖父を悪く言われたが、閻治はそれを咎めない。標水が生きていた時は、本当に厳しかった。それは神代家の中でもだ。その激しさが他の霊能力者に向かったとなると、被害者が気の毒に思える。
閻治が宣言した通り、膨大な量の心霊写真の鑑定は一日で終わった。夕食を食べ終えると外はもう暗いが、今からお焚き上げを行うつもりである。
「実は他にもあるんだ」
竹林は物置小屋から、神棚や達磨や破魔矢などを取り出した。これらは参拝者が持って来たものである。
「全部燃やそう。我輩がやる!」
「そう言ってくれると、とても心強いよ」
赤馬がお焚き上げの準備を既に終わらせていた。キャンプファイヤーのように木々が組み合され、そこに燃やすべきものを置く。
「しまった! マッチかライターを持って来るのを忘れた」
「いらん。鬼火で火をつける!」
指をパチンと鳴らすと、閻治の指先から小さな炎が。それを新聞紙に移して大きくし、木の中に放り投げる。
燃え盛る品物。空の暗さよりも黒い煙がモクモクと天に向かって伸びる。
「何だか、空しい気分だな」
「どうした、閻治?」
お焚き上げを見ていて変なことを言い出したので、赤馬が気になって聞いてみた。
「物には魂が込められておる。古の人々はそれを信じて生きた。今は科学が発展してはいるが、その考えはまだ我輩たちの血に受け継がれているだろう。だが実際、燃えてしまえば出て来るのは黒い煙だけ……」
どんなに丁寧に物を作っても、どんなに大事に扱っても、最後は焼き尽くされて灰になるだけなのだ。
「そしてそれは、人も同じ……」
人は世界中に何十億といる。そして彼ら彼女らは、自分たちだけの人生を歩むのだろう。しかし死んだ後は? 土葬される地域もあるだろうが、ここ日本では火葬される。だから死んだら物と同じく体は燃やされ煙を吐くだけだ。生前に積み上げたこと経験したことが何であれ、死は平等に全員に訪れる。
死に対し、閻治はある時まで全く実感がなかった。無理もない。霊能力者だから死者の魂と会話ができるし、身内で不幸もない。
だが、三年前にあの霊怪戦争が勃発して終わった時、初めて人の死を味わった。祖父が死んだのだ。生きている間は鬼のように怒声を投げかけて来た顔は、棺の中ではとても安らかだった。そして彼の魂はそのまま黄泉に召されて会話もできず。
「人は死んだら、こうなるのか……」
言い表せられない感触が胸に残った。祖父は性格に難があったためにあまり関わりたくないと、いつか自分が【神代】のトップに就いてもああいう風にはならないと思っていた相手が亡くなった。喜ぶことは当然しないが、意外にも閻治は寂しさを覚え、涙を流したのである。
「もっと、話をすればよかった」
後悔に起因していた。二度と会えなくなるとはどういうことか、学んだ。
だからなのか、
「ここで燃やされる物たちも、きっと元の持ち主には二度と会えん。魂が宿っているというのなら、きっと黄泉へ逝くであろうな」
せめてあの世で安楽であって欲しい。そう思って経を唱える。
お焚き上げは順調に進んでいると思った時だ。突然、木々が弾けた。
「何だ、一体?」
その赤い炎の中から、何かが這いずって出てきたのである。
「幽霊か! それも怨霊の類! 心霊写真に封じ込められていた怨念が、今! 顕現した!」
自分が供養され燃やされ、あの世へ突き落とされることに納得していないその霊。この世に残り続けるのなら、写真の中にいれば安泰と思っていたのだろう。それが今回のお焚き上げのせいで崩れた。
そしてその怒りの矛先は、火をつけ読経する閻治に向けられている。
「大変だ! 今すぐ中止にし、神社の者を動員! 【神代】に応援も……」
「竹林……。いらんことをするな」
「で、でも!」
「でももだってもクソもない。こんな幽霊、我輩一人で祓ってみせる。貴様と赤馬は下がっていろ」
この炎を身にまとう怨霊、それを閻治はシンプルに炎霊 と名付けた。まずは鉄砲水を繰り出して相手の動きを伺う。
「ばああああっ」
炎霊は炎をまき散らした。
「危ないことをするな……」
すかさず水で壁を作り、ガードする。ただ、鉄砲水は瞬時に蒸発してしまった。かなり高温なのだろう。これには普通の霊能力者なら、手こずるが……。
「我輩には効かん。すぐに楽にしてやろう……それが貴様への敬意でもある」
ポケットからスマートフォンを取り出し、炎霊に向けた。そのバッテリーを利用し電霊放を撃つつもりなのである。
「ぎゃああああ!」
しかし炎霊、これを本能的に回避。
「ほう? やるな……?」
電霊放は強力な霊障だが、閻治はそれに特化しているわけではない。だから見切られ、避けられた。
「ならば……霊障合体だ」
手を地面に当てた。すると大地がうねり出す。これは礫岩である。
「びええええ!」
その動き出した地面に反応し、炎霊は回避行動をとる。飛び出した岩石を器用に避けるのだ。これでは当てることはできない。だがそれも計算の内。だからこその霊障合体。
「電地開闢 ! くらえ!」
地面の割れ目が光り出し、そこから電霊放が飛び出した。地面の下から空に向かって、稲妻が登ったのである。
「ぐげええええ!」
これには炎霊も対処しきれず、直撃。炎霊はその体を炎で構成しているために、電気によって火が干渉され中和され、無効化される。大ダメージだ。
(捕らえた……!)
一撃でも当たれば、もう勝ったも同然だ。二撃目、三撃目も着弾する。
「あああああああ………」
駄目押しにもう一発。その最後の一撃で、炎霊の体は魂ごとバラバラに。
「どうだ、終わったぞ?」
時間にして、一分もかかっていない戦闘だった。宣言通り閻治は一人だけの力で怨霊を除霊した。
【神代】としては、白黒つけられない部分がある。
「死した者の魂は、この世に残るべきか否か?」
現世に漂う魂を、無理にでもあの世へ送るべきかどうか。その点では激しい論争がいつの時代でも起きる。
「魂はいつ悪霊や怨霊に変わるかわからない、予想もできない! 見つけ次第、除霊するべきだ!」
「死後の尊厳はどうなるのだ? 人権を考えろ!」
「死んだ者に権利などあるのか? 法整備などはどうなっている? 【神代】の法は理は?」
【神代】のトップが変わる度に、日本各地で霊能力者が騒ぐ。両者とも自分たちの考えが正しいと感じており、トップに付け入る隙を見計らっているのだ。三年前もそうだった。そして次に就任する【神代】のトップはいつでも、
「各々、霊能力者に判断を任せる」
と言う。霊能力者同士を不本意に争わせ、大きな損害を出さないためにもこの宣言は欠かせない。閻治も将来的に、自分なりの言葉に変えるが言うつもりである。
ここで一つ疑問に思えてくるのが、どうして死後魂だけは現世に残るのか、ということだ。この世に未練のない死などはないだろうが、幽霊となるケースがあまりにも多い。
「人間の本質は生きること。それが魂や精神のレベルに結びついておるのだろうな」
稲荷大社の客間に戻った閻治は赤馬に、自分の考えを聞かせていた。
「でももしそうなら、どうして『帰』は禁霊術? 少しでも長く生きて欲しいなら、蘇ることに越したことはない気もするけど?」
赤馬がその、答えに質問をした。
「自然の摂理の話は貴様も知っておるだろう? 【神代】ではそれに反するから、禁じられておるのだが………」
しかし、それ以上のことがあるのではないか?
例えば、黄泉に召された魂を無理矢理現世に引きずり戻すことが、何かを引き起こすとか。はたまた、得体の知れない新たな霊が誕生するのかもしれないのだ。
「その可能性もろもろ含めて、禁じられておるのだがな」
未知の危険性があるためにも、禁霊術は許すことができないのである。
「待て!」
ここで何か、閻治は閃いたらしい。
「もしかして、慰霊碑の破壊は何か……。禁霊術と関係があるのか?」
「ひ、飛躍し過ぎじゃないかそれは?」
赤馬はそう否定したが、あり得ない話ではないと閻治は思う。
慰霊碑は、死者の霊に安息を与えている。それはつまり、彼ら彼女らが苦しく悲しい思いをこれ以上しないため、悪霊や怨霊その他の脅威に変わらないために存在している。
それを壊すということは、考えられる二つの可能性のどちらかが行われようとしている、ということなのかもしれない。
ただ、それは可能性があるだけであって【神代】を動かすほどの確証が持てない。だから閻治にできることは一つしかない。あの四人が、真犯人の野望を止めることを願うだけだ。
「まず一番に思いつくのが、『帰』だ。これはいわゆる死者蘇生」
「カエリ……。それのどこがいけない? 死んだ人の魂はこの世に残るが、【神代】はそれを容認しているじゃないか?」
「魂が自分の意思で残るのはよい。だが、これは肉体レベルでもう一度生者としてやり直すのだ。それは、死した者が二度目の人生を歩んではいけないという地球が築き上げた常識に反する」
「なるほど。通りで禁止なわけだね」
「次は、『
一見すると便利そうではあるが、片方が傷つくとそれがもう片方にフィードバックされる。仮に死んだら、もう片方もそれに引っ張られて死ぬ。だから身代わりにはならない。さらに霊力の絶対量も下がる。故に、禁止。
それとは逆に、『
「最後となるのが、『
「地方によるらしいね。確か、若くして死んだ人の霊の慰めのため、存在しない人物を作って結婚をさせることだろう? 魂を悪霊にさせないための処置と聞くけど、それも駄目なのかい?」
「普通の……文化としての冥婚は許されておる。だが中にはおるのだ、生きている人を相手とする冥婚をさせようという輩が。それをするとな、死んだ結婚相手と同じ死に方をしてしまう。遠回しの殺人に等しいわけだ。許されてたまるか!」
以上の四つ。『帰』、『別』、『重』そして『契』が【神代】における禁霊術である。これからの時代によってはさらに増えるかもしれないが、減ることはない。
「それを破ったのなら、死あるのみ。……今の【神代】の温和な雰囲気だと、死ぬまで精神病棟で過ごすことになろう。当然の罰だ」
「それが、慰霊碑の破壊と同じレベルなのか」
「そうなるな。この規則に違反することは誰にも許されん。我輩もその父も、いつか生まれるであろう我輩の子にも、な」
「ほほう。閻治君にはもう許嫁かお嫁さん候補がいるのか」
「………」
無言なのは、いないと言っているのと同じ。いつかは結婚するのだろうが、そのビジョンがまだ明確には見えていないのだ。
「とにかく! 会議で話し合われた四人は慰霊碑を破壊した! これはもう禁霊術に等しい罪! 我輩の祖父、標水が健在だったのなら、即刻処刑であった!」
「あの人、結構な過激派だったものね。何回か話したことあったけど、いつも背筋がヒヤヒヤするんだ」
「死んだ者の悪口を言うのはどうかと思うが、否定はせん………」
祖父を悪く言われたが、閻治はそれを咎めない。標水が生きていた時は、本当に厳しかった。それは神代家の中でもだ。その激しさが他の霊能力者に向かったとなると、被害者が気の毒に思える。
閻治が宣言した通り、膨大な量の心霊写真の鑑定は一日で終わった。夕食を食べ終えると外はもう暗いが、今からお焚き上げを行うつもりである。
「実は他にもあるんだ」
竹林は物置小屋から、神棚や達磨や破魔矢などを取り出した。これらは参拝者が持って来たものである。
「全部燃やそう。我輩がやる!」
「そう言ってくれると、とても心強いよ」
赤馬がお焚き上げの準備を既に終わらせていた。キャンプファイヤーのように木々が組み合され、そこに燃やすべきものを置く。
「しまった! マッチかライターを持って来るのを忘れた」
「いらん。鬼火で火をつける!」
指をパチンと鳴らすと、閻治の指先から小さな炎が。それを新聞紙に移して大きくし、木の中に放り投げる。
燃え盛る品物。空の暗さよりも黒い煙がモクモクと天に向かって伸びる。
「何だか、空しい気分だな」
「どうした、閻治?」
お焚き上げを見ていて変なことを言い出したので、赤馬が気になって聞いてみた。
「物には魂が込められておる。古の人々はそれを信じて生きた。今は科学が発展してはいるが、その考えはまだ我輩たちの血に受け継がれているだろう。だが実際、燃えてしまえば出て来るのは黒い煙だけ……」
どんなに丁寧に物を作っても、どんなに大事に扱っても、最後は焼き尽くされて灰になるだけなのだ。
「そしてそれは、人も同じ……」
人は世界中に何十億といる。そして彼ら彼女らは、自分たちだけの人生を歩むのだろう。しかし死んだ後は? 土葬される地域もあるだろうが、ここ日本では火葬される。だから死んだら物と同じく体は燃やされ煙を吐くだけだ。生前に積み上げたこと経験したことが何であれ、死は平等に全員に訪れる。
死に対し、閻治はある時まで全く実感がなかった。無理もない。霊能力者だから死者の魂と会話ができるし、身内で不幸もない。
だが、三年前にあの霊怪戦争が勃発して終わった時、初めて人の死を味わった。祖父が死んだのだ。生きている間は鬼のように怒声を投げかけて来た顔は、棺の中ではとても安らかだった。そして彼の魂はそのまま黄泉に召されて会話もできず。
「人は死んだら、こうなるのか……」
言い表せられない感触が胸に残った。祖父は性格に難があったためにあまり関わりたくないと、いつか自分が【神代】のトップに就いてもああいう風にはならないと思っていた相手が亡くなった。喜ぶことは当然しないが、意外にも閻治は寂しさを覚え、涙を流したのである。
「もっと、話をすればよかった」
後悔に起因していた。二度と会えなくなるとはどういうことか、学んだ。
だからなのか、
「ここで燃やされる物たちも、きっと元の持ち主には二度と会えん。魂が宿っているというのなら、きっと黄泉へ逝くであろうな」
せめてあの世で安楽であって欲しい。そう思って経を唱える。
お焚き上げは順調に進んでいると思った時だ。突然、木々が弾けた。
「何だ、一体?」
その赤い炎の中から、何かが這いずって出てきたのである。
「幽霊か! それも怨霊の類! 心霊写真に封じ込められていた怨念が、今! 顕現した!」
自分が供養され燃やされ、あの世へ突き落とされることに納得していないその霊。この世に残り続けるのなら、写真の中にいれば安泰と思っていたのだろう。それが今回のお焚き上げのせいで崩れた。
そしてその怒りの矛先は、火をつけ読経する閻治に向けられている。
「大変だ! 今すぐ中止にし、神社の者を動員! 【神代】に応援も……」
「竹林……。いらんことをするな」
「で、でも!」
「でももだってもクソもない。こんな幽霊、我輩一人で祓ってみせる。貴様と赤馬は下がっていろ」
この炎を身にまとう怨霊、それを閻治はシンプルに
「ばああああっ」
炎霊は炎をまき散らした。
「危ないことをするな……」
すかさず水で壁を作り、ガードする。ただ、鉄砲水は瞬時に蒸発してしまった。かなり高温なのだろう。これには普通の霊能力者なら、手こずるが……。
「我輩には効かん。すぐに楽にしてやろう……それが貴様への敬意でもある」
ポケットからスマートフォンを取り出し、炎霊に向けた。そのバッテリーを利用し電霊放を撃つつもりなのである。
「ぎゃああああ!」
しかし炎霊、これを本能的に回避。
「ほう? やるな……?」
電霊放は強力な霊障だが、閻治はそれに特化しているわけではない。だから見切られ、避けられた。
「ならば……霊障合体だ」
手を地面に当てた。すると大地がうねり出す。これは礫岩である。
「びええええ!」
その動き出した地面に反応し、炎霊は回避行動をとる。飛び出した岩石を器用に避けるのだ。これでは当てることはできない。だがそれも計算の内。だからこその霊障合体。
「
地面の割れ目が光り出し、そこから電霊放が飛び出した。地面の下から空に向かって、稲妻が登ったのである。
「ぐげええええ!」
これには炎霊も対処しきれず、直撃。炎霊はその体を炎で構成しているために、電気によって火が干渉され中和され、無効化される。大ダメージだ。
(捕らえた……!)
一撃でも当たれば、もう勝ったも同然だ。二撃目、三撃目も着弾する。
「あああああああ………」
駄目押しにもう一発。その最後の一撃で、炎霊の体は魂ごとバラバラに。
「どうだ、終わったぞ?」
時間にして、一分もかかっていない戦闘だった。宣言通り閻治は一人だけの力で怨霊を除霊した。
【神代】としては、白黒つけられない部分がある。
「死した者の魂は、この世に残るべきか否か?」
現世に漂う魂を、無理にでもあの世へ送るべきかどうか。その点では激しい論争がいつの時代でも起きる。
「魂はいつ悪霊や怨霊に変わるかわからない、予想もできない! 見つけ次第、除霊するべきだ!」
「死後の尊厳はどうなるのだ? 人権を考えろ!」
「死んだ者に権利などあるのか? 法整備などはどうなっている? 【神代】の法は理は?」
【神代】のトップが変わる度に、日本各地で霊能力者が騒ぐ。両者とも自分たちの考えが正しいと感じており、トップに付け入る隙を見計らっているのだ。三年前もそうだった。そして次に就任する【神代】のトップはいつでも、
「各々、霊能力者に判断を任せる」
と言う。霊能力者同士を不本意に争わせ、大きな損害を出さないためにもこの宣言は欠かせない。閻治も将来的に、自分なりの言葉に変えるが言うつもりである。
ここで一つ疑問に思えてくるのが、どうして死後魂だけは現世に残るのか、ということだ。この世に未練のない死などはないだろうが、幽霊となるケースがあまりにも多い。
「人間の本質は生きること。それが魂や精神のレベルに結びついておるのだろうな」
稲荷大社の客間に戻った閻治は赤馬に、自分の考えを聞かせていた。
「でももしそうなら、どうして『帰』は禁霊術? 少しでも長く生きて欲しいなら、蘇ることに越したことはない気もするけど?」
赤馬がその、答えに質問をした。
「自然の摂理の話は貴様も知っておるだろう? 【神代】ではそれに反するから、禁じられておるのだが………」
しかし、それ以上のことがあるのではないか?
例えば、黄泉に召された魂を無理矢理現世に引きずり戻すことが、何かを引き起こすとか。はたまた、得体の知れない新たな霊が誕生するのかもしれないのだ。
「その可能性もろもろ含めて、禁じられておるのだがな」
未知の危険性があるためにも、禁霊術は許すことができないのである。
「待て!」
ここで何か、閻治は閃いたらしい。
「もしかして、慰霊碑の破壊は何か……。禁霊術と関係があるのか?」
「ひ、飛躍し過ぎじゃないかそれは?」
赤馬はそう否定したが、あり得ない話ではないと閻治は思う。
慰霊碑は、死者の霊に安息を与えている。それはつまり、彼ら彼女らが苦しく悲しい思いをこれ以上しないため、悪霊や怨霊その他の脅威に変わらないために存在している。
それを壊すということは、考えられる二つの可能性のどちらかが行われようとしている、ということなのかもしれない。
ただ、それは可能性があるだけであって【神代】を動かすほどの確証が持てない。だから閻治にできることは一つしかない。あの四人が、真犯人の野望を止めることを願うだけだ。