第3話 邪魔な者

文字数 4,214文字

 緑祁と紫電の予感は当たっている。

「やはり現れたか。いつかはバレるとは思っていたが、もう、とはな…」

 虎村神社の件については、長い間隠ぺいはできないと豊雲自身が感じていた。だから新しい場所に本拠地を移したのだ。それがこの、鍾乳洞である。もちろん自然に生まれた場所ではなく、豊雲の恐鳴によって生み出された空間。

「邪魔な者は排除する。緑祁、香恵、紫電、雪女、辻神、山姫、彭侯……。今、パッと思うついただけでもこれだけいる」

 その名前が挙がった者はみんな強い。豊雲自身が動けばすぐに倒せるかもしれないが、それは危険。洋次たちに任せるしかないのだが、彼らは一度敗北している。

「ここは幽霊の力を借りよう」

 今、紬と絣は灯篭を持っている。儀式に使う物だ。

「どういうわけか怪神激が撃破された。となればもっと強い幽霊を生み出す必要があるな」

【神代】の体制に不満がない者はいないだろうが、豊雲たちに力を貸してくれる者もいない。となると人員は増やせないということ。それなら幽霊を使うのが一番手っ取り早い。

「これはどうするの?」
「そっちに置け」

 指定された場所に灯篭を置き、魔法陣の外に避難する紬と絣。

「始めるか……」

 怪しげな呪文を豊雲が唱えると、魔法陣の真ん中に力が集中する。

「さあ出でよ、そして我が野望を現実のものとせよ!」

 生み出されたのは、八体の幽霊。

「す、すごい!」

 寛輔が言葉を漏らしたほどの迫力だ。

「私が生み出したのは、八体の業! これで緑祁や紫電を葬る!」

 ただ流石に力の消費が激しかったのか、その場に崩れる豊雲。

「大丈夫か?」

 洋次が肩を貸すが彼はそれを受け取らず、

「私に構わなくていい。お前は次に緑祁と対峙した時のために勝つ道を考えろ」
「指示されなくても、それは熟考している」

 豊雲はそのまま岩に腰をかけ休むことに。

「これからどうする?」

 一方の洋次たちは今後のことを話し合っていた。

「オレは辻神の野郎が許せない! アイツを殺してやる!」
「そうカッカするな。感情をコントロールしろ」
「でも!」
「わたしたちがすべきことは…緑祁の排除! だが、そこまでに何個かの課題がある」

 洋次は言う。【神代】も馬鹿ではないのだから、他の霊能力者を動かすかもしれない。

「なら、誰にでも勝てるようにしておかないといけないね」
「そうだ。寛輔にしては理解がいい」

 ここで紬が、

「場所がわかってるんなら、奇襲攻撃をしてはどう?」
「それは寛輔が失敗しただろう?」
「でも、さっき生み出された幽霊と一緒なら!」
「う~ん。僕はちょっと自信がない……」

 寛輔は以前負けた時のことを思い出していた。

(緑祁が相手じゃ、調子が狂う気がする……)

 わかり合える手前までいった。だからこそ本気で戦えない気がするのだ。

「わたしは緑祁を敗北させる!」

 一方の洋次は秀一郎同様リベンジに燃えていた。

(もはや香恵など関係ない! わたしのプライドが、アイツに負けたことを許さない! 絶対に勝利し、誇りを取り戻す!)

 紬と絣はそうでもないようで、

「命令があるなら、誰でもいいよ私たちは。ね?」
「はい!」

 適当な返事をする。

「で、でもだよ? 緑祁を襲おうにも、もう護衛がいるかもしれないよ。それにおびき寄せること自体が無理じゃないかな?」
「弱気だな。だが、予期されているということは可能性がある」

 仮に彼らが霊能力者ネットワークに挑戦状を書き込んでも、来るのは緑祁ではなく他の【神代】の人たちだろう。もちろん洋次たちを捕まえる捕獲部隊の先鋭たちだ。

「なら、どうしたら?」

 悩んでいると豊雲が腰を上げて、

「幽霊を貸してやろう」

 と会話に加わった。

「具体手にはどうすれば?」
「そうだな……。【神代】への攻撃をする。予備校の本店が都内にあるのは知っているだろう? 支店は各都道府県にある。孤児院や児童養護施設もだ。神社や寺院の他にそこを攻撃対象にする」

 かなり暴力的な発想だ。

「しかしそれでは、辻神たちだけをあぶり出せないんじゃ?」
「その必要自体がないんだ、秀一郎。敵は緑祁や辻神だけじゃない。【神代】自体が敵だ。作戦はな……」

 豊雲は語る。今は味方してくれる人はいないかもしれない。しかし【神代】を徐々に弱らせれば、各地で不満が爆発するはずだ。そのクーデターを引き起こすためにも、【神代】の霊能力者たちの精神を揺さぶる必要があるのだ、と。

「そして【神代】に反する仲間を増やし勢力を増強すれば、勝てない相手ではないのだ」
「なるほど」

 そしてその武力として、彼は先ほど生み出した幽霊を貸し与えることを約束した。

「この提灯を一人一つ持っていけ。壊せば幽霊が出現する。召喚した者の命令を聞くよう設定してあるから、お前たちは襲われない」

 いよいよ準備が整ってきた。

「なら決めましょう。誰がどこを攻めるのかを!」
「はい!」

 紬と絣が言い出し、地図を広げてペンで書き込む。

「じゃあオレ、ここにする!」
「え、そこ? でもそこは……」

 秀一郎の発言に寛輔が待ったをかけたが、

「気にすんなよ。こういう場所も【神代】へのダメージになるだろう?」

 と、押し切った。彼はその場所に名前を書き込んだ。

「じゃあ、僕はここ……」

 寛輔も嫌々場所を決める。

「わたしはこうする」
「私と絣は、ここね」
「はい!」

 あとは日時を決めるだけだ。

「全員、同時刻に攻撃だ」

 洋次がそれも決めた。同じ時刻に攻撃すれば、【神代】も人員を割かなければいけなくなる。そうやって無理矢理分離させれば、作戦も上手くいきやすくなる。

「ではそのXデーだが……」

 さらに話し合う。


 一連の計画が決まると、代表して洋次が豊雲に報告した。

「そうか、わかった。健闘を祈る」
「参加はしないのか?」

 ここで気になるのが、豊雲は自分では動かないということ。それを尋ねると、

「私にはやるべきことがあってな」

 といい、ある鍾乳石を見た。それは周りの石よりも格段に大きい。そして怪しく赤く光っているのだ。

「これは一体?」
「私の切り札だ……」

 まだ未完成ではあるが、この石には悪霊を封じてある。もちろん豊雲の意思で自由に動かせる幽霊だ。

「お前たちの力を信じてないわけではない。だが、最悪のケースを常に想定しなければならん」

 その時、きっと緑祁がここに来て豊雲と対面しているのだろう。これはその場合の備えである。
 この鍾乳洞自体は豊雲が作ったために、本来ならば彼の任意のタイミングで落盤し、なかったことにできるはず。だがこの幽霊の力があまりにも強過ぎて、それができないのだ。これでもまだ成熟し切っていないのだから恐ろしい。

「そしてこの……業葬賊(ごうそうぞく)という幽霊は、【神代】を確実にこの世から葬り去るための力。だが私が生み出したこの空間でしかコントロールができない。完成すれば、その限りではなくなるはずだが」

 逆に言えば、この場所ならいくらでも命じることができるということだ。今は豊雲が、大地や植物から吸い取った力を与えて完成に向け育成している。

「わたしたちには期待していない、と?」
「そう聞こえたのなら、謝ろう。だがそれはあくまでも考え得る最悪の事態であって、お前たちが未然に防いでくれるならそれでいいのだよ」

 そもそも期待がなかったら、声すらかけていない。ここまで連れてこられているということ自体が、その信頼の証明になっている。

「一つ、先に謝っておこう」
「…?」

 それは、洋次たちの人生を歪めてしまったことだ。霊能力者になったが故に、普通の人生を送れなくなってしまった。事実彼らは本来なら、大学生活を始めているのだから。しかし今、キャンパスではなくこの鍾乳洞にいる。

「それに【神代】に捕まったら、増々人間生活から遠ざけられることになるだろう。お前たちを霊能力者にしたのは正夫だが、アイツの代わりに私がここで謝ろう」

 意外にも、豊雲は深々と頭を下げた。

「そんな気遣いは必要ない」

 だが、霊能力者になるかどうかの最終決定は洋次たちの意思を尊重した結果だ。言い換えれば自分たちで進んで、道を外れたということ。

(優秀なわたしが何の才能や能力も持っていないなど、あり得てはいけない! それにわたしには、平凡な人生など必要ではない)

 だから、その謝罪を洋次は受け取らなかった。


 洋次たちが行動に出る前日、豊雲は彼らを集めた。

「いいか、みんな。これからについて少し、話しておく」

 それは作戦の再確認ではない。

「【神代】の霊能力者たちは強い。それは多分お前たちもよくわかっているはずだ。お前たちは緑祁や紫電、辻神に一度負けたことがある……」

 では今、豊雲は彼らに何を伝えようとしているのか。それは激励である。

「だが、そんな認識はここに捨てて行け! 一度負けたからと言って、次も負けるとは限らない。勝負はやってみるまで、どちらに転ぶかわからないものだ」

 とにかく励まし、戦意やモチベーションを高めるのだ。やる気さえ高く維持していれば、たとえ苦しい戦況に陥っても勝利への道を見い出せるはず。

「諦めることだけは、絶対に選んではいけない!」

 そしてテンションを高めるために、未来のビジョンを語る。

「【神代】に勝利できれば、新しい組織が作れるだろう。そこではお前たちは、幹部クラスだ。もう誰かから命令をされる側ではない。指示を出す側になれる! 指先一つで何人もの霊能力者を動かせるようになる! この最初の攻撃さえ決まれば! 【神代】に不満を抱いている霊能力者が味方をしてくれる! そうなれば後は苦しくない! この最初が、クライマックスなのだ!」

 豊雲は、現状の【神代】に納得できていないのは自分だけではないと考えている。数年前までの【神代】では、そんな異分子……【神代】にとっての邪魔な者は即座に排除され異議を唱える暇すらなかった。だが現在は神代富嶽がトップであり、【神代】の状況も温い。クーデターが起きないのは、そのキッカケがないからだと考えている。

(一度私たちが動き出せば、それに感化される者がいるはずだ! だから、最初は苦しいだろうが、その後は味方が出てきて戦力も増える!)

 そのためにも、洋次たちに失敗は許されない。
 洋次たちの顔色が良くなっていくのがわかった。

「よし、行け! そして勝利をつかみ取ってこい!」

 五人はこの鍾乳洞から出て、それぞれの攻撃目標に向かう。そして時間を待って、作戦に移るのだ。
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