第6話 拠点強襲 その2

文字数 6,110文字

 範造たちと別れた皇の四つ子。緋寒は、

(一緒に行動しておった方が良かったか?)

 悩んでいた。何故【神代】が、自分たちと範造たちを組ませたのか、その意図を考えていた。

(もしや……。ここで交流を深めよ、という意味なのでは? いがみ合うことの無意味さ、恨み合うことの悲惨さ、そして怒りをぶつけあうことの虚無さ……、それに気づいて欲しかったのか?)

 何か、意味があるはずである。そう推理する。だとすると、範造たちとはぐれたのは悪手だったかもしれない。

「悩んでおるな、緋寒…」
「んむむ、何か、な……」
「変わったな、緋寒。前にも思ったが……ちょっと厳しさを無くした?」
「わきちも人じゃ。考えも変わることだってある」

 誤魔化したが、実は緋寒自身が心境の変化に敏感だった。

(やはり、緑祁の存在が大きいんじゃな。優しさと強さの間、それが絶妙にバランスが良い。だからいろんな人と関われて、繋がりを築けるのじゃ)

 特に緋寒は緑祁の優しさを高く評価している。今までは対象の相手を機械的に任務に忠実に監視した。もし、緋寒たち皇の四つ子が二月に辻神たちの対応を命じられていたら、相手を許すなど考えもできなかっただろう。しかし緑祁はそれをやってみせた。結果、【神代】を動かし辻神たちは軽い罰で済んだのだ。

(なれるのか、わちきは緑祁のように?)

 わからない。でも少しでも考え方を変えることが、そのキッカケになる気がした。
 そんなことを考えていると、前方から何かを感じる。

「何か、来るぞ!」

 それは、幽霊だった。豊雲が自分の鍾乳洞を守るために配備した、業剣(ごうけん)業脱(ごうだつ)。その二体の幽霊と皇の四つ子は対面したのだ。

「恐竜のような見た目じゃな」

 業剣はステゴサウルス型で、業脱はアンキロサウルス型だ。二体とも、目の前に現れた四人を睨みつけ、

「ガシャアアアルアア!」

 咆哮する。やる気なのだ。

「どう思う、赤実?」
「この辺に豊雲の本拠地があると思うぞ」

 緋寒もそうだと判断したので、範造たちをこちらに呼ぶ。霊障合体・極光を空に向けて放った。これで気づいてくれれば、こちらに向かってくれるはずだ。

「ギショオオオアアア!」

 しかしこの招集サインが、どうやら二体の幽霊にとって刺激であったらしい。怒り出した業剣と業脱は、木々をなぎ倒しながら突進をする。

「来る! ここは霊障合体……」

 だが融解鉄を繰り出す前に、業脱が振った、先に棍棒がついた尻尾に弾き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる緋寒。

「あ、っぐ!」

 見かけ以上に素早い。

「大丈夫か、緋寒!」
「わちきに、構うな! 今はあの幽霊を倒せ!」

 そう言われた紅華は、業剣に狙いを定める。十分な距離を取ってから、

「霊障合体・毒蟲!」

 毒厄を応声虫に混ぜた。生み出したスズメバチやカブトムシが、業剣に向かって飛ぶ。

「幽霊だろうが病にしてしまえば…!」

 だがここで、信じられないことが起きる、何と業剣の背中の板が光ったと思うと、毒蟲たちが力を失い地面に落ちるのだ。

「これはっ!」

 間違いなく霊障が無力化されている。試しに赤実が流氷波を使ったが、やはり背中の板が光ると水も雪も途切れて届かない。

「マズい、下がれ!」

 これはかなり深刻な状況だ。業脱の方はまだ対処できそうなのだが、業剣の霊障無効化は本当に危険。

「緋寒、怪我は!」

 朱雀が緋寒に駆け寄り、慰療を使った。何とか傷を癒すと、

「落ち着くのじゃ、みんな! 霊障が通じぬ場合でも、皇の四つ子は引き下がれぬ! あの幽霊にも、弱点はあるはずじゃ!」

 そうだ。完璧な幽霊などいない。だから業剣にも欠点があるはず。それを見つけ出せば、勝利の方程式に解答できる。

「色々試せ!」
「わかった!」

 ここで紅華の毒草、赤実の液状化現象が繰り出される。業脱の方は苦しんでこそいるものの、まだ除霊できそうにない。そして業剣は、平然としている。苦戦は必至だ。

「どうやって戦う?」
「まずはあの、アンキロサウルス型の幽霊を叩け! アイツには霊障が通じるはずじゃ!」
「了解!」

 ターゲットを切り替える。業剣には注意しながら、業脱を倒すのだ。

「ステゴサウルスの方の注意は、わたしが引く!」

 慰療を使える朱雀が名乗り出た。ワザと目につく動きをし、その視線を遮る。霊障が無効化されるが、こちらから仕掛けなければ特に問題はない。また観察し、弱点を暴くことも朱雀の役目だ。
 業脱を取り囲んだ緋寒と紅華と赤実。

「気を付けよ! コイツの動きは見た目以上に速い! 油断しておるとやられるぞ!」
「なら、わっちが!」

 紅華が霊障合体・樹海脈を繰り出した。聞くに堪えない悲鳴を、木々から発せさせる。

「ギゴゴゴ?」

 これはあまり効いてなさそうだ。

「退け、紅華! わたいが……!」

 次に前に出たのは、赤実。

「霊障合体・地吹雪(じふぶき)!」

 雪と礫岩の合体だ。まるで雪が舞うかのように、岩や石がふわりと浮いて業脱に襲い掛かる。

「ゴグウウアア!」

 これは効いている様子だ。

「いいぞ、赤実! もっと攻めよ!」
「任せ……」

 だが、ダメージを受けているはずの業脱が突如動き出し、尻尾を振った。

「し、しまっ!」

 激突する。そう思った。だが、

「わちきの妹に手を出すな、幽霊ごときが!」

 緋寒が割って入り、機傀で鉄板を生み出して防いだのだ。

「赤実、早く逃げよ!」
「わ、わかった! 助かったぞ……」

 赤実がその場から離れた瞬間、鉄板が真っ二つに割れた。凄まじい力だ。

(コイツの方も苦戦しそうじゃ……!)

 見た目通り耐久力が高いのか、霊障をいくらぶつけても中々除霊できない。ならば、この世から消えるまで攻撃し続けるだけだ。

「極光!」

 オーロラが、業脱に直撃。

「グゴガアアア!」

 悲鳴は聞こえる。しかし、胴体に損傷は見られない。緋寒はさらに融解鉄まで流し込んだが、それも泣き叫ぶだけで溶けていかないのだ。

「強固な! じゃが、除霊してみせようぞ!」
「そうじゃ、紅華! ここはわたいとのコンビネーションで……」

 その時、緋寒はあることを思いついた。

「もしや……!」

 この業脱は、霊障を受けてもそれではダメージをくらわないのではないか、ということだ。霊障自体を無効化できる業剣がいるのだから、そういう特性を持った幽霊がいても不思議ではない。

(確かめる……!)

 紅華と赤実が、同時に霊障合体を使う。それを見てみて、判断するのだ。

「毒草!」
「流氷波!」

 触れるだけで毒を流し込める草が、紅華が投げた種から成長する。そして赤実の方は氷を含んだ鉄砲水を放った。どちらも当たればタダでは済まされない霊障合体だ。

(通じるか、これが!)

 しかしこれは緋寒の予想通りの結果になった。

「な、何じゃと?」
「当たった! 確かに今、当たったのじゃ! なのに、凍らない?」

 疑惑が確信に変わった。業脱は態度では嫌がるが、実際には霊障が効かない。

「ならば今度は……」
「待て、赤実!」
「何故じゃ、緋寒?」
「この幽霊には、霊障は通じん!」
「本当か、それは?」
「今の毒草も流氷波も、効かんかった。それはつまりもう、そういうことなのじゃ!」

 それを妹たちに説明するために緋寒は、パチンコ玉を機傀で生み出し帯電させて業脱の上に投げた。

「電雷爆撃……」
「グギャアアアア!」

 直撃したのに、焦げないし溶けない。

「何と! こんな幽霊がおるのか!」
「かなり特殊な霊じゃな……。はて、どうやって除霊するか……」

 今まで除霊をほとんど霊障に頼ってきた皇の四つ子にとって、かなり面倒な幽霊だ。

「読経はどうじゃ? 除霊の基本中の基本じゃが……?」
「試してみる価値はある!」

 ならば、霊障の力を使わない除霊方法を試す。緋寒が目を閉じ合掌して、経を唱えた。

「ギシシシサア!」

 効いているのか、苦しみだす業脱。体の一部が煙のようになって溶けだしたのだ。

「いいぞ、緋寒! そのままこの世から……」

 しかし、業脱がジッとしているわけがない。緋寒に突進をした。

「ぐあぁ!」

 かなりの威力だ。目を閉じていたせいで、回避できなかった。しかも紅華と赤実の忠告すら間に合わない……言葉を発するよりも前に動いたのだ。

「あばらが折れたか……。じゃが、この幽霊を倒すまではわちきも倒れるまでにはいかない!」

 薬束の方を使えても、怪我は治せない。だから緋寒は根性で立ち上がる。

「よせ、緋寒! 朱雀を呼んで、傷を治そう!」
「駄目じゃ! 朱雀は、もう一体……厄介な方を一人でさばいておる…。コイツは、わちきらだけで倒すのじゃ!」

 動くだけで、胸に激痛が走る。でも彼女は止まらない。一歩、また一歩と前に進む。

「コイツの攻略法が予想できた!」

 それは、直接胴体を掴んで読経するということ。

「危険すぎる! 近づくだけでもあの尻尾が……!」
「しかし、経は効いた! コイツの体に直に聞かせれば!」

 除霊できるかもしれない。その危険な賭けに乗り出そうとする緋寒。まずは業脱の背中に飛び乗る必要があるのだが、骨折のせいで足に力が入らない。逆に座り込んでしまった。

「くっ……! 動け、わちきの足!」
「わっちが代わる! 赤実、サポートを頼むぞ!」
「了解じゃ!」

 一応、効かないにしても霊障で攻撃はできるので、赤実は雪の氷柱を発射した。業脱の背中の鎧には弾かれたが、脚には突き刺さる。

「よし、今じゃ!」

 背中に飛び乗る紅華。そして読経を始める。

「ギャギャギャ、ギイイイ!」

 効果がある。行けると確信できた。
 しかしその直後、業脱の尻尾が唸った。一振りで背中の紅華、雪で攻撃している赤実を弾いたのだ。

「ぶあぁ!」
「なんとっ!」

 紅華は木の幹に、赤実は地面に叩きつけられた。

「クッ! つ、強い……!」

 自分たちでは、勝てないのか。その絶望が頭の中を漂い始める。

「いいや、勝てる!」

 だがその悪い空気を貫いて立っているのが、一人いる。

「緋寒……? 大丈夫なのか?」

 傷は痛む。だが自分の使命感の方が大きく重い。自分が立ち上がり、この業脱を祓わなければいけないのだ。

「しかし緋寒! その怪我では……!」
「紅華、赤実! 下がっておれ!」

 やはり除霊がこの戦いのカギだ。業脱に妨害されず、最後まで読経し切る策があるのだろうか?
 何と緋寒は、自分の体に電霊放を流した。鋭い痺れが全身の皮膚に伝わる。

「これなら! そなたも手は出せまい!」

 その、放電状態で業脱の尻尾に掴みかかったのだ。

「ゴオオオオガアアアギュアアアアアア!」

 滅茶苦茶に振り回されるが、必死にしがみつく。それでいて、口を動かし心の底からの読経を聞かせるのだ。
 業脱は、緋寒に流れる電霊放に痺れ、しかも唱えられる経にも苦しむ。

「ギャイアアアアアア!」

 だが、ここで思いつくのだ。尻尾ごと地面に打ち付ければ、緋寒を倒せる、と。そして実行する。

(……ぐあ!)

 腕が千切れるかと思うくらいの衝撃だ。肩も多分、脱臼している。それでも緋寒は尻尾を離さず、悲鳴も上げずに読経をただひたすら繰り返す。
 徐々に、業脱の動きが鈍くなり始めた。この世から離れつつあるのだ。

「ガアアアアアアア!」

 当然抵抗をする業脱。限界が近いのだろう、動きがカクカクになり、そして遅くもなる。

「ギッ……!」

 暴れていた業脱の動きが、突然止まった。するとすぐに、その体が空気に溶けていく。緋寒は自分が触れている尻尾が完全に消えるまで、読経を続けた。
 ボトッと、彼女の体が地面に落ちた。でもそれは緋寒の腕が限界だったからではない。業脱が、完全に除霊されたのである。

「か、勝った……!」

 霊障では倒せなかった業脱が、この林の中から消えた。

「緋寒、大丈夫か! すぐに傷の手当てを!」
「その前に、することがあるじゃろう!」

 それは、業剣を除霊することだ。体にしがみついて読経すれば、この幽霊は倒せる。それを緋寒が身を傷つけながら証明した。

「しかし、今は!」
「生きておる……! だからわちきよりも先に、もう一体の幽霊を!」
「くっ! 済まぬ、緋寒……」

 志しに押し負け、業剣の相手をすることに。
 その業剣の方は、未だに朱雀との追いかけっこをしていた。自分に向けられた霊障は無力化できるが、朱雀は旋風と乱舞を自分に使って機動力を上げている。これは無力化できないのだ。

(自分……霊能力者が自分に向けた霊障は、この幽霊たちは邪魔できぬ。それが、緋寒が暴いた弱点!)

 しかし今度は、霊障に頼らずに行わなければいけない。

「ひ、緋寒? わたしが目を離した隙に、そんなボロボロに! ここは霊障合体・応急弾来で……!」

 朱雀は傷だらけ血塗れの緋寒のことを見るや否や、霊魂を封じてある札を取り出そうとした。だが、

「朱雀、それは後じゃ! 今はこのステゴサウルス型の幽霊を祓うことに専念じゃ!」
「しかし、赤実それは……」
「緋寒も同じ思い! それを無駄にするな!」

 断腸の思いで、除霊にあたる。

「しかし、どうすれば?」
「胴体を掴んで、ひたすらに読経! それだけじゃ!」
「逆に難易度高くないか、それ……」

 言われるがまま、朱雀は紅華と赤実と共に業剣の背中に飛びかかろうとした。しかし、業剣の尻尾の先には鋭く尖った大きな棘が二対。

「おおっと!」

 ギリギリで避ける。その隙に赤実が、業剣の顔を掴んだ。頭部の方には尻尾は届かないと踏んだのだ。

「大人しくせんか!」

 経を唱え始める。すると、

「ゴゴゴ、ガアアア!」

 効いている。霊障を一切受け付けない業剣が、苦しみだしている。

「行けるぞ、紅華、朱雀!」
「ガウ!」

 けれども業剣が、頭を地面に叩きつけた。当然赤実もその衝撃をくらう。

「うう、ぐ……! じゃが!」

 でも手は離せない。ここで緩めれば、全てが無駄になるからだ。

「おおおおお!」

 次に朱雀がジャンプした。大胆にも業剣の棘のある尻尾を掴んだのだ。

「ここなら、その自慢のスパイクも届かん!」

 真横を陣取ることで、物理的に攻撃されないのだ。

「暴れるな! 今すぐにあの世へ送ってやろうぞ!」

 最後に紅華が、背中の板を握る。これで三人が業剣に引っ付いた。

「始めるぞ、赤実、朱雀!」
「わかった!」
「了解じゃ!」

 三人はその状態で、読経した。

「グオオオオオオオ!」

 先ほどの緋寒の時の三倍の効果があるようだ。すぐに業剣の姿が薄くなる。

(霊障での攻撃では手こずる! だが、それを使わなければ何も恐れることはない!)

 だがここで、業剣は最後の抵抗に出た。

「ガルルルルルウウ!」

 体を横に回転させ、まるで自分の胴体に付いた寄生虫を払い除けるかのように紅華たちを地面に押し付けた。

「うう!」

 当然、紅華たち三人は負傷する木の枝が腕や腹に突き刺さり、石が肌を削る。でも自分の傷を気にしている暇はない。除霊するのが先だ。怪我は後で手当てすればいいのだ。ここで手を離すのは、それこそ業剣の思惑通りになってしまう。

「ギイイイイ! ギイイイイイイイイイイ!」

 ついに音を上げた業剣。体が消えた。その空間に何も無くなったので、紅華たちは地面に落ちた。

「ふ、ふうううう! どうだ幽霊、皇の四つ子を舐めてはいかぬぞ!」

 ボロボロだが、勝利宣言をする赤実。
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