第1話 罪悪の前奏曲 その3
文字数 2,790文字
気づけば大学二年生になっていた。ガイダンスの際、智華子は修練の隣に座った。よく一緒に食事にも行くようになる。
「智華子、嫌じゃないのか?」
智華子のことも、さん付けせずに名前で呼んでいた。
「何が?」
「俺みたいな、親しい友人すらいないヤツと一緒にいることが。俺は普通の人じゃ、ない。そう言えば聞こえはいいかもしれないけど、実態は幽霊が見える不気味なヤツだ。そんなヤバそうな人と仲良くして、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。私、修練のこと結構気に入っているから……」
智華子はそう言い切った。修練も悪い気はせず、寧ろ彼女の想いに応えなければいけないという使命感に駆られる。
(俺のことをわかってくれる人が、まさかいるなんて……。しかもそれが霊能力者ではない、普通の女の子……)
その点が一番、彼にとって衝撃的だったのだろう。だから修練は段々と智華子のことを想うようになった。
(運命って、本当にあるんだな……。俺の小指に赤い糸があるとしたら、それはきっと智華子の小指に結びついているはず)
そんなことも感じていた。そしてそれは、智華子も同じだった。冗談で、
「結婚するんだったら、俺は智華子がいいな」
と言うと、
「や、やめてよ。もう、修練ったら!」
顔を赤めながら、まんざらでもなさそうに返事をする。
だが、そんな幸せは無残にも崩れてしまう。それも最悪なことに、修練の手によって。
修練はいつも不思議に思っていた。智華子が髪に挿している簪だ。かなり古い物である点も不審なのだが、最大の違和は、彼女がそれをいつもつけていることだ。かなり仲良くなったのにもかかわらず、修練は智華子が簪を外したところを見たことがない。
(そんなに大切な物なら、もっとオシャレで綺麗なヤツか高価な物にすればいいのに…)
彼女の誕生日に何をプレゼントしようか悩んでいた。真っ先に思いついたのが、新しい簪を贈ることだった。【神代】で依頼や仕事をこなしている都合上、やや高価な物でも修練の財布で十分購入できた。
「これで……サプライズだ!」
智華子を下宿先に呼び出し、一緒に過ごす。その時に彼女に気づかれないように、簪を交換した。修練のサプライズは完璧だった。後は智華子が気づいた時に種明かしをするだけ。
「うっ………」
急に智華子が、胸を押さえて苦しみだした。
「おい、どうした智華子?」
「わかんない………。今まで、こんなことなかったの………」
明らかに様子がおかしい。修練は迷うことなく消防に通報し救急車を呼んだ。智華子は八戸大空病院に搬送され、修練も一緒に救急車に乗って向かう。だが同伴できるのは手術室の前まで。その廊下にあるベンチに座り、智華子の様態が良くなることを祈ることしかできなかったのだ。
「智華子……! 大丈夫だよな、智華子! そんな問題じゃないよな?」
何もできずに時間だけが淡々と過ぎていく。
数時間後、手術室から医者が一人出てきた。
「あ、あの! 智華子は……」
「この大馬鹿野郎!」
突然殴られる修練。医者は老人に見えるが、中々の威力があり、修練は床に転げ落ちた。
「な、何が一体……?」
この医者……小岩井陣風は修練の襟首を掴んで彼のことを無理矢理立たせると、
「お前にはわからん話だろう。だがな、あの子には……あの簪が必要なのに! お前が違うヤツと取り換えたんだろうが!」
「どういう意味です?」
ここで陣風から衝撃の事実を言い渡されることに。
「智華子は十年前、臓器移植をした。私が担当したから、昨日のことのように思い出せる。手術は完璧だったが、その後の経過が悪かった。そこで私は知り合いのツテを頼り、【神代】という霊能力者の集会に頼み込んで、どうにかあの子の命をこの世に繋ぎとめる方法を模索した」
結果として、簪にまじないを込め、それを常に身につけることで効力を発揮させ、霊的に自分の命を安定させる方法が取られた。【神代】が持つ技術では、智華子の病気を完治できなかったからである。
しかしその方法が功を奏し、智華子は今日まで普通の生活を送れるようになっていたのだ。
「手は尽くす! 輸血パックは準備できたか? ここから第二ラウンドだ……。小僧お前は、あの簪を早くここに持って来い!」
陣風は手術室に戻った。
「そんな………………」
修練はここで、自分がしてしまったことの重大さを理解した。智華子の命綱を、切ってしまったのである。
我に返った彼は、自分の家にすぐに戻った。元々智華子が挿していた簪は、タイミングを見て返そうと思っていたのでまだ家にある。
「俺のせいで……。こんなことに……」
走っている最中、ずっと自分の血の気を感じられなかった。それくらい、彼は動揺していた。自室の机の引き出しに、例の簪はしまってある。それをカバンに入れ、病院にとんぼ返りする。
「はあ、はあ……!」
急いだ。突き抜ける風よりも速く走った。
病院に着き、手術室まで駆ける。しかし手術はもう終わっていた。
「どうなったんだ……?」
陣風に尋ねると、
「正直なところ、お前を殺してやりたい。だが、お前も悪意があってやったわけではないのだろう。もう責めはせん」
と返事をされ、簪を回収された。それだけでは智華子がどうなったのかわからない。
陣風が部下に、
「【神代】に連絡を入れろ。霊能力者を一人呼んでもらえ……。弔うべき仏様を早く、慰めてやるんだ」
と言っているのが聞こえた。
それはつまり、間に合わなかったということ=智華子は亡くなってしまったということを意味していた。
「うわああああ…………!」
その場に泣き崩れる修練。
葬式の時、修練は事情を遺族に説明した。自分が悪かったことを包み隠さず伝えたのだ。智華子の両親は、
「あの子は幸せだったのでしょう。あなたのような良い人と出会えたのですから……」
口ではそう言ったが、目から流れ出る涙が本当の悲しみを物語っている。
一人残された修練。智華子の死の真相はおそらく、陣風という医者と智華子の両親と自分しか知らないことだろう。だが、罪悪感が心に芽生えた。その後悔の念が、
「霊能力者なら、人を蘇らせることくらいできるのではないか?」
と、【神代】の法を越えさせる。
言ってしまえば、その技術は【神代】にはあった。『帰』である。だがこれは禁霊術であり、行うことは絶対に許されない。これにも絶望する修練。亨や未知夫、将に穂香にも相談したが、みんな、
「禁霊術だけは手が出せない。そもそもやり方を知らない」
と断られる。
彼のその後の人生は、抜け殻だった。熱意は消え失せ、ただ時間を消費するだけの毎日。
いつも、思う。
「智華子に会いたい。あの時のことを謝りたい。許してはくれないだろうけど、俺は……」
再会したい願望が、洪水のように心に押し寄せる。でも心に建てられた罪悪の十字架は、何をやっても消せなかった。
「智華子、嫌じゃないのか?」
智華子のことも、さん付けせずに名前で呼んでいた。
「何が?」
「俺みたいな、親しい友人すらいないヤツと一緒にいることが。俺は普通の人じゃ、ない。そう言えば聞こえはいいかもしれないけど、実態は幽霊が見える不気味なヤツだ。そんなヤバそうな人と仲良くして、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。私、修練のこと結構気に入っているから……」
智華子はそう言い切った。修練も悪い気はせず、寧ろ彼女の想いに応えなければいけないという使命感に駆られる。
(俺のことをわかってくれる人が、まさかいるなんて……。しかもそれが霊能力者ではない、普通の女の子……)
その点が一番、彼にとって衝撃的だったのだろう。だから修練は段々と智華子のことを想うようになった。
(運命って、本当にあるんだな……。俺の小指に赤い糸があるとしたら、それはきっと智華子の小指に結びついているはず)
そんなことも感じていた。そしてそれは、智華子も同じだった。冗談で、
「結婚するんだったら、俺は智華子がいいな」
と言うと、
「や、やめてよ。もう、修練ったら!」
顔を赤めながら、まんざらでもなさそうに返事をする。
だが、そんな幸せは無残にも崩れてしまう。それも最悪なことに、修練の手によって。
修練はいつも不思議に思っていた。智華子が髪に挿している簪だ。かなり古い物である点も不審なのだが、最大の違和は、彼女がそれをいつもつけていることだ。かなり仲良くなったのにもかかわらず、修練は智華子が簪を外したところを見たことがない。
(そんなに大切な物なら、もっとオシャレで綺麗なヤツか高価な物にすればいいのに…)
彼女の誕生日に何をプレゼントしようか悩んでいた。真っ先に思いついたのが、新しい簪を贈ることだった。【神代】で依頼や仕事をこなしている都合上、やや高価な物でも修練の財布で十分購入できた。
「これで……サプライズだ!」
智華子を下宿先に呼び出し、一緒に過ごす。その時に彼女に気づかれないように、簪を交換した。修練のサプライズは完璧だった。後は智華子が気づいた時に種明かしをするだけ。
「うっ………」
急に智華子が、胸を押さえて苦しみだした。
「おい、どうした智華子?」
「わかんない………。今まで、こんなことなかったの………」
明らかに様子がおかしい。修練は迷うことなく消防に通報し救急車を呼んだ。智華子は八戸大空病院に搬送され、修練も一緒に救急車に乗って向かう。だが同伴できるのは手術室の前まで。その廊下にあるベンチに座り、智華子の様態が良くなることを祈ることしかできなかったのだ。
「智華子……! 大丈夫だよな、智華子! そんな問題じゃないよな?」
何もできずに時間だけが淡々と過ぎていく。
数時間後、手術室から医者が一人出てきた。
「あ、あの! 智華子は……」
「この大馬鹿野郎!」
突然殴られる修練。医者は老人に見えるが、中々の威力があり、修練は床に転げ落ちた。
「な、何が一体……?」
この医者……小岩井陣風は修練の襟首を掴んで彼のことを無理矢理立たせると、
「お前にはわからん話だろう。だがな、あの子には……あの簪が必要なのに! お前が違うヤツと取り換えたんだろうが!」
「どういう意味です?」
ここで陣風から衝撃の事実を言い渡されることに。
「智華子は十年前、臓器移植をした。私が担当したから、昨日のことのように思い出せる。手術は完璧だったが、その後の経過が悪かった。そこで私は知り合いのツテを頼り、【神代】という霊能力者の集会に頼み込んで、どうにかあの子の命をこの世に繋ぎとめる方法を模索した」
結果として、簪にまじないを込め、それを常に身につけることで効力を発揮させ、霊的に自分の命を安定させる方法が取られた。【神代】が持つ技術では、智華子の病気を完治できなかったからである。
しかしその方法が功を奏し、智華子は今日まで普通の生活を送れるようになっていたのだ。
「手は尽くす! 輸血パックは準備できたか? ここから第二ラウンドだ……。小僧お前は、あの簪を早くここに持って来い!」
陣風は手術室に戻った。
「そんな………………」
修練はここで、自分がしてしまったことの重大さを理解した。智華子の命綱を、切ってしまったのである。
我に返った彼は、自分の家にすぐに戻った。元々智華子が挿していた簪は、タイミングを見て返そうと思っていたのでまだ家にある。
「俺のせいで……。こんなことに……」
走っている最中、ずっと自分の血の気を感じられなかった。それくらい、彼は動揺していた。自室の机の引き出しに、例の簪はしまってある。それをカバンに入れ、病院にとんぼ返りする。
「はあ、はあ……!」
急いだ。突き抜ける風よりも速く走った。
病院に着き、手術室まで駆ける。しかし手術はもう終わっていた。
「どうなったんだ……?」
陣風に尋ねると、
「正直なところ、お前を殺してやりたい。だが、お前も悪意があってやったわけではないのだろう。もう責めはせん」
と返事をされ、簪を回収された。それだけでは智華子がどうなったのかわからない。
陣風が部下に、
「【神代】に連絡を入れろ。霊能力者を一人呼んでもらえ……。弔うべき仏様を早く、慰めてやるんだ」
と言っているのが聞こえた。
それはつまり、間に合わなかったということ=智華子は亡くなってしまったということを意味していた。
「うわああああ…………!」
その場に泣き崩れる修練。
葬式の時、修練は事情を遺族に説明した。自分が悪かったことを包み隠さず伝えたのだ。智華子の両親は、
「あの子は幸せだったのでしょう。あなたのような良い人と出会えたのですから……」
口ではそう言ったが、目から流れ出る涙が本当の悲しみを物語っている。
一人残された修練。智華子の死の真相はおそらく、陣風という医者と智華子の両親と自分しか知らないことだろう。だが、罪悪感が心に芽生えた。その後悔の念が、
「霊能力者なら、人を蘇らせることくらいできるのではないか?」
と、【神代】の法を越えさせる。
言ってしまえば、その技術は【神代】にはあった。『帰』である。だがこれは禁霊術であり、行うことは絶対に許されない。これにも絶望する修練。亨や未知夫、将に穂香にも相談したが、みんな、
「禁霊術だけは手が出せない。そもそもやり方を知らない」
と断られる。
彼のその後の人生は、抜け殻だった。熱意は消え失せ、ただ時間を消費するだけの毎日。
いつも、思う。
「智華子に会いたい。あの時のことを謝りたい。許してはくれないだろうけど、俺は……」
再会したい願望が、洪水のように心に押し寄せる。でも心に建てられた罪悪の十字架は、何をやっても消せなかった。