第1話 脱獄者、ヤイバ その1

文字数 4,176文字

 かつて人類は、この世界を神が創ったと思った。そして神の存在を信じた。

 その起源は、詳しくは知らない。でもどこの地域でも、神という絶対的な存在はあって、誰もがそれを崇めていた。実際に目で見たわけじゃないのに、と考えるとおかしな話だ。
 神は宗教や地域で異なるようだ。一柱しかない一神教があれば、日本は八百万もいるという。神の数だけ神話もある。一番有名な神は、最初の人類を楽園から追放したそうな。
 夜空を見上げることができれば、大昔ならプラネタリウム以上の星空を見れたに違いない。もしかしたらそんな神秘的な風景が、神という概念を生み出したのかもしれないのだ。
 逆に昼間の空にロマンを見い出した地域もある。エジプトの太陽神がそれだ。

 つまるところ大昔の人間は、目に見えるものに目に見えない以上の力が宿っていると考えたんだろう。日本にだってそれはあり、物には魂が宿ると昔は信じられていた。


 こういう話は人の興味を仰ぐ。
 今現在地球は、球状であると言われている。教科書にも載っている、誰でも理解している知識だ。でも実際に肉眼でそれを確かめることができたのは、宇宙飛行士だけ。目で見た人物は数えるほどしかいないのに、知っている人物は数え切れないほど多いんだ。

 世紀がちょっと違うと、考え方も異なってくる。
 地球は平らで、宇宙の中心と信じられてきた時代がある。大地の下には大きなゾウがいて、それらはより大きなカメの甲羅の上にいて、地球を支えている。ほんの数世紀前だ。当時はそれが常識だったし、意を唱える人が裁判所に連れていかれた例もある。最初に地動説を考え出した人物は、それを公開する気が全くなく、死後に発表されたらしい。
 でも、昔の人が馬鹿ってわけじゃない。空を見れば太陽も月も星も、地球の上を動いている。だから、地球が中心だと誰でも思いつく。いや寧ろ、そうではないと考える方が難しいんじゃないか?


 神のことと、天動説がどう関係しているかって?

 答えは一つ……それは、信じるか否かだ。今も神の存在を信じている人がいるだろうし、地球が宇宙の中心だと宣う人だっているかもしれない。


 そして、人は自分が信じられないことを排除する。

 神の存在に異議を唱えようものなら、命などない。地球が回っていると言うなら、裁かれる。科学が発達した現在なら、それらは間違っていると容易に判別できるのに。進化論を発表した際は顰蹙を買ったらしい。

 人間は愚かな生物だ。考えることができるが故に、考えられない事象は排除するんだ。たとえそれが、正しいことであったとしても。
 人間は都合のいい生物だ。自分の行いは全て、正しいと疑わない。中には罪悪の感情を抱ける人もいるだろう。でもそれって、法律やルールで間違っていると言われるから生じるのであって、もし許されているなら誰も後ろめたい気分にはならないさ。歴史を振り返ってみればわかる。何度人間は、異民族を排除し自分たちのテリトリーを広げようとしたか。他者の価値観を壊して自分たちの規則を押し付けたか。半世紀前では当たり前だったことが、今では禁止されたり規制されたりしている。その前時代では、誰も間違っているとは思わない。


 何でこんな話をするか、疑問に思う?
 オレはこう言いたいんだ。

 結局のところ、世界に神はいない。そして地球は球状で銀河に中心はない。

 科学が発展するとそれは自ずとわかってきた。そして広まった。それから、信じる人が出始めたってわけだ。


 そして、こうも言いたい。

 その、信じること自体がかなり危険な行為なのだ。

 何かを言われると誰だって信じてしまう。それが正しいと錯覚してしまう。その勘違いが、不幸を生む。


 生み出された不幸の中でオレは、いつも思う。
 過去が少し違えば、今とは違う現在があったのかもしれない。
 でもそれは、ちゃんと勉強しておけば頭のいい大学に入れたとか、想いに気づければ幼馴染と恋人同士になれたとか、そういうことじゃない。それは自分で生み出した不幸だ。

 オレがいるのは、他人が生み出した不幸。その中にオレは、押し込められたのだ。
 先ほどから夜空が~とか、地球が~とか言っていた。しかし残念ながらオレにはそれを確かめることができない。目が見えないわけでも、宇宙飛行士ではないわけでもない。
 オレが今いる部屋には、窓が一枚ある。開閉などはしないし、おまけに外側には雨戸じゃなくて鉄格子がつけられている。だから窓から顔を出すこともできないし、そもそもこの部屋は北に面しているので太陽すら顔を出してくれない。
 そんな部屋から出ればいいだろう? それは正論だが、扉の鍵は外側…つまり廊下側からかけられている。つまりオレの意思では出入りはできない。

 要するにオレは、軟禁されているんだ。
 場所はわかっている。千葉県習志野市にある、閉鎖病棟だ。三棟あって、内一つは普通の病院だ。だが残る二つは、【神代】が所有する監獄だ。片方は反逆者を収容しているらしいが、オレはそっちじゃない。オレがいるのは第二病棟、除霊が不可能と判断され見捨てられた者、もしくは精神に異常をきたしたせいで日常生活が送れないと判断された霊能力者が入れられる。オレは後者。
 おいおい、白い眼を向けるな。オレだって好んでここにいるわけじゃない。誰が、自分は狂いました、って言うかよ。
 ここにいる理由は一つ。陥れられたからだ。言い換えるなら、罠にはめられた。そしてオレの言い分を、誰一人として拾ってくれなかった。だからオレは精神異常者と判断されその烙印を押され、ここに六年前から生活している。おっと、本当に六年も経っているかどうかは知らん。カレンダーすらないからな。ただ、季節の移り変わりは屋内にいても感じるので、それで判断したんだ。


 じゃあ誰が、オレを陥れたのか? それはもうわかり切っている。あの女だ。
 その女には、大学に入学した時に出会った。同じ霊能力者だったから、最初の内は意気投合できた。ちょうど大学には他の霊能力者もいて、チームのような体を形成していた。

 しかし、ある時にそれは崩れる。

「それ、ちょうだいよ」

 あの女はオレに言った。それとは、幸札(こうふだ)を意味している。先祖代々オレが受け継いできた、お守りみたいなものだ。持っている人物を幸せにすると言い伝えがある。

「あと、そっちも」

 さらに要求されたのは、式神の札だ。霊能力者なら式神は作れて当たり前だが、オレの周りで持っている人は他にいなかった。だから珍しかったんだろう。
 欲しがることは仕方ないことだ。持っていないものは誰でも手に入れたいから。
 だが、そんな大切なものを渡せ、と言われて誰が馬鹿正直に譲渡する? もちろんオレは断った。
 すると、

「そういうこと言うんだ? へえ…」

 あの女はそれから、オレとあまり関わらなくなり出した。それだけじゃない、チーム全体にも、オレを避ける動きがあった。もちろん違和感を覚えたが、聞こうとしても避けられ解決できなかった。

 そんなある日のことだ。

深山(みやま)ヤイバ君、だね?」

 突然オレの家に、【神代】からの使いが現れた。それも大勢だ。そいつらはオレに書類を突き出すとそれについて説明し、

「………であるために、君の身柄を第二病棟へ移す!」

 強引に連れ出された。
 何が何やら、全くわからない。そんな状況で取り調べは始まった。

「霊能力を用いてストーカー行為をするとは、見逃せないな」
「他にも証言がある。君は日頃から霊能力を使って社会に違反したことをしているとな。万引き、覗き、無賃乗車、痴漢、強姦、窃盗、暴力、脅迫……挙げればキリがない! 唯一してないのは殺人程度か? とんだクズだな」

 言われた容疑は、全く身に覚えがないものだ。だからオレは、最初は人違いを指摘した。だが、

「証拠ならある」

 写真だった。オレが犯罪を行っている決定的瞬間がそれには写っていた。
 それでもオレは否認した。本当にしてないことを自白することなどできないからだ。考えを曲げる気はない。しかしその強固な姿勢が、

「やはりな。精神がもう腐って狂ってる。これはもう手遅れだ、日常生活に戻すことはできそうにない」

 一方的にそう告げられ、今いるこの檻にぶち込まれたのだ。
 どうして自分がこんな目に遭わないといけないのか、納得がいかなかった。いいやそれ以上に、誰一人としてオレの言うことに耳を傾けてても、信じてもくれないことが悔しかった。オレの両親は高校時代に他界していて、他に兄弟姉妹もいない。だから、味方になってくれる人が誰もいなかった。
 いいや、いるかもしれない。そう思ってオレは叫んだ。大学にいる霊能力者の仲間なら、オレの無実を証明してくれるはずだ、と。
 すると看守は、

「お前って本当に馬鹿だな。彼らが報告してくれたんだぞ、お前の悪事を? 特にお前がストーキングしたあの女の子……。かわいそうに、心も体も傷だらけで…」

 と、教えてくれた。
 その時オレは理解した。仲間と呼んだ奴らがオレをはめたのだと。そしてそのキッカケを作ったのがあの女なのだから、首謀者はアイツだと。
 オレが持っていた幸札と式神の札は、没収された。

「慰謝料代わりに渡しておく!」

 と言われて。つまりオレは、あの女が欲した物を手に入れたいがために罪をでっち上げられ、そして病棟に放り込まれたんだ。
 復讐してやりたい。その感情は当然オレの中で生まれたが、ここから出ることができないのでは意味がない。事実オレは霊能力者でもちろん霊障も扱えるのだが、ここらの三棟の病棟は結界が張られていて、その中では霊障は生じない。同じ理由で、多分オレの生霊も出てこれない。だからこちらからは何もできない。

 それなのに、あの女とその仲間たちは普通の日常を歩んでいやがる。それがまた、許せない。


 オレの過去の話なんて、どうでもよかったな。どうせここからは生きている間は、いや死んでも敷地内の墓地に放り込まれるらしいから死んでも、出れないんだから。
 看守が、扉にある小窓を開けた。飯の時間だ、オレは差し出されたオボンを受け取った。栄養面しか考えられていないこの食事は正直言って不味いが、ここでのオレの楽しみは食べること以外には何もない。だからこの辺で、この話も終わりにしよう。
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